26.足りない物を何とかしたい
「うーあー、この格好で帰るのか……」
とぼとぼ歩きながらダニエラがぼやいた。研究室に半分住んでたクラエスフィーナはともかく、他の三人は生乾きの服を着ているしかない。着替えたクラエスフィーナにしても、今にも風邪を引きそうな顔をしている。まだちょっと湖で泳ぐには時期が早すぎた。
これは今晩熱が出るかな、と思っていたラルフの前を歩いていたホッブが急に立ち止また。
「……待てよ?」
ホッブが首を回して学舎を眺める。
「おい、学院生の特権を使おうぜ」
「はい?」
ホッブが学院の事務局や導師の会議室がある管理棟を指差した。
「俺たちは課題の実験中に水に入って風邪をひきそうなんだぜ? 充分施薬院を利用する資格があるじゃねえか」
「そう言えばそうだね」
施薬院。
学院生や職員の怪我や病気に対応できるように、魔導学科の医薬担当が毎日詰めている医療施設である。
町医者にかかると相当な金を取られるけど、施薬院は学院の厚生施設の一環なので学院生ならば金を取られない。単純に薬を買うだけでも、街の薬屋ではそこそこ支払わなくてはならないけど……施薬院ならタダだ。
滅多に利用する設備ではないけれど、そもそも普通の市民では医療を受けること自体が滅多に無い。ホッブの言葉通り施薬院は“学院生の特権”と言える……けれど、ある種イカレた導師の実験台なので、率先して利用したい施設でもない。しかし今はその時だ。
「風邪ひくと判ってんだから、こういう時ぐらい利用して行こうぜ」
「確かにね。寝込んでからだと治るまでに何日かかるか判らないよ」
クラエスフィーナも賛成した。そう言われればラルフやダニエラも異論はない。四人はぞろぞろと来た道を引き返した。
今日の施薬院担当は製薬学のクラウディア導師だった。直接知っている導師ではないけれども、とんがり帽子に黒のワンピースという典型的な魔女の衣装をしていることでは有名な人物だ。頭の中身がイカレていることが多い導師の中では、見た目にまで漏れ出ているので判りやすい方である。
「ほうほうほうほう、風邪の引き始めとな」
ホッブから来訪理由を聞いて、なぜか満足そうに笑う導師。杖(ただの歩行補助用)を振りかざし、天を仰いで叫ぶ。
「それはちょうどいいところに来たぞ、若人よ! 実はな……昨日、風邪薬を補充したばっかりだったんじゃ!」
機嫌のいい理由はわかったが、薬の補充ごときでなんで画期的な発明をしたみたいに宣言するのだろう。
さっそく薬を取りに行く導師に、調剤用なのか暖炉が燃え盛っているのを見てダニエラが尋ねた。
「すいまっせん、導師! まだ服が濡れているもんで、火にあたらせてもらってもいいっすかね!?」
「なんじゃ? 何故着替えをせん!? 濡れた服を着ておってはどこまで行っても繰り返しであろうが!」
「それはそうなんすけどね……」
着替えがあるなら着替えている。
クラウディア導師が部屋の隅にある更衣用のカーテンを指差した。
「タオルを貸してやるのですぐに脱げ! そっちの乾燥室に干しておけば、薬を飲んでしばらく横になっている間に乾くわ」
「あざーす! そうさせてもらえれば助かります!」
意外に親切な導師に礼を言い、すでに着替えたクラエスフィーナ以外はありがたくタオル一丁になってドライサウナのような小部屋に服を干す……のだけれど、なんだか臭い。
「あの、導師……この部屋、やけに臭いが付いてませんか? 洗濯物を干すのに向いてないんじゃ……」
ラルフが恐る恐る尋ねると、呆れたような声が返って来た。
「何を言うとる。施薬院で乾燥室と言うたら、薬草の乾燥用に決まっとるじゃろうが。そこで服を乾かすと燻蒸効果もあるでの、しばらく虫除け効果もついて便利じゃぞ」
「便利じゃぞと言われても……」
神殿の坊主でもあるまいに、なんで薬草臭い服を若者が着て歩かねばならないのか。三人は顔を見合わせ、家に帰ったら即行洗濯し直すことを決意した。
「それじゃ、そこに横になっとれ」
「はーい!」
簡易な寝台がちょうど四つあったので、四人はもぞもぞと上がって横になった。すでに体調の悪化を自覚しつつあったから、横になれるのがありがたい。
「あー、身体が疲れているから寝ちゃいそう」
クラエスフィーナのどこか満足そうな声に、ダニエラがウンウンと頷く。ラルフも隣のホッブへ顔を向けた。
「なあホッブ、施薬院でこれって普通なの?」
「何がだ? 俺も初めて来たからわかんねえよ」
「いやさ。薬を飲んでから横になるんじゃなくて、横になってから薬を飲むの?」
「……そう言えば、そうだな」
ハッと違和感に気がついた時には手遅れだった。トラップが作動して、四人の身体はあっと言う間にベルトで寝台に縛り付けられる。
「ふぇっ!? ど、導師、これは!?」
クラエスフィーナが動揺して声を上げるも……。
「ひょっひょっひょっ! 何、今から投薬する風邪薬がな……効き目は最高にいいのだが味が最高に悪いので、飲みたがらぬ者もいるから先に患者を固定をすることにしておるのじゃ」
またもや杖を振りかざして高らかに叫ぶ導師。もう悪の魔導士役とかに成り切っているとしか思えない。
「いや、十かそこらのガキじゃあるまいし……もう成人する学院生なんだから」
薬が苦いと泣くような年でもないのにとぼやくホッブに、導師が素で返した。
「そんなことはないぞ? なにしろ私が開発したこの新薬、コンセプトが『良薬は苦いはず』じゃからな。私も努力を重ね、ついに数滴舐めただけでも『死んだ方がマシ』と思えるレベルにまで到達することができたのだ! 成人だろうが老人だろうが、一さじ舐めれば七転八倒すること間違いなし!」
「薬効の方を努力しろ! 今さらうちの学院の導師に何も期待しないけどよ!? 研究の根っこがズレすぎだろ!?」
「しかも一回あたりの用量がコップ一杯分じゃからの! これは死ねる! 間違いなく魂だけがあの世行き! 投薬が終えた頃にはきっと、生まれてきたことを十回後悔しておるじゃろう!」
「俺たちゃもうすでに、アンタがこの世の中に生まれちまったことを後悔してるよ!」
導師はウキウキと漏斗とデカい薬瓶を手に取った。
「ふぉっふぉっふぉっ、抵抗しても服を人質にとっておるから逃げられんぞ!? さあ、もう夕刻も迫っておるでな、観念せい! ぬほほほほ、楽しい投薬開始じゃ!」
「あ、クラエスが飲む前に気絶してる」
拘束を解かれても、起き上がれるのは誰もいない。魂が抜けかけた四人の姿に満足そうに、クラウディア導師は神に勝利のポーズを捧げている。
やっと頭を起こしたラルフがホッブを睨みつけた。
「おいホッブ、素直に風邪引いといた方がマシだったじゃないか」
「これは素直にすまねえ……タダより高い物はねえって……ホントだな……」
しかし本当に効果が高いのか、身体の方はこの僅かな時間で悪寒も消えていた。大事な時期に風邪を引かずに済んだのには感謝するしかない……とはいえ、礼を言いたいかと言うとそうでもないが。
取りあえず服も取り戻したので急いで辞去しようとラルフが身支度を整えていると、導師が薬草を束ねるのにゴムの帯を使っているのに気がついた。
「あ! 導師、ゴムの帯ってどこで買えるんですか?」
発射台を利用した飛び立ち方を考えるのに、パッと思いつくのはやはり先日見た工造学科の実機試験。あの時に見た中で自分たちでできそうなのは、ゴム帯を利用したパチンコ式だ。でも、急に思い立っても仕入先がわからない。
「うん? これかの? これはゴムの研究をしておるドルーズのところでもらってきた物じゃ」
「ドルーズ導師ですか?」
クラエスフィーナが首を傾げた。
ドルーズ導師はクラウディア導師と同じく製薬学。つまり工造学科では無くて魔導学科だ。
「素材研究って工造学科じゃないんですか?」
「木材や金属などはそうじゃがの。ゴムは樹液の加工物になるので、そういう物はむしろ私ら製薬学専攻の領分じゃの」
四人は無言で頷きあった。これは良い事を聞いた。ドルーズ導師にあたれば、クラエスフィーナを飛ばせるようなゴムの帯を手に入れる事も出来るかもしれない。
施薬院を出ると、もう夕闇が迫ってきていた。
「ゴムが手に入れば、発射台はかなりやりやすくなるぞ」
興奮するホッブにダニエラも同意する。
「そうだな。台自体は木工で何とかなるから、とにかくクラエスの重さでも飛ばせるでっかいゴムのベルトが欲しいな!」
「重い言うな!」
クラエスフィーナのチョップがダニエラの頭頂部へ炸裂する。その横でラルフが、星も見え始めた空を見上げた。
「今日はもう遅いから、明日にでも導師を訪ねてみようか」
「そうだね! ああ、これで問題が一つ解決するかも……」
クラエスフィーナも鼻息が荒い。
研究室に戻ってきて反省会をやっていた時は、問題点ばかり追加されてどうしようかと思ったけれど……探してみれば、意外とあちこちにヒントが隠されているものだ。
「よーし! じゃあ今日は早く帰って、明日は朝から導師の研究室を訪問しよう!」
意気込むクラエスフィーナ……の肩をダニエラが叩いた。
「やる気を出してるところに申し訳ないけどよ。明日の予定の前に、あたしたち今から『黄金のイモリ亭』でバイトだろ? あの小っ恥ずかしい衣装でな」
「……忘れていたかったよ」
翌朝、一旦クラエスフィーナの研究室に集合した四人は二手に分かれることにした。ドルーズ導師にクラエスフィーナとラルフが聞きに行き、ホッブとダニエラは「安全な降り方」を検討しに工造学科をうろついてみる。
ドルーズ導師の研究室へ行く前に、ホッブは二人に注意を与えた。
「いいか、相手の話を全部聞こうと思うな」
「え? というと?」
不思議がるラルフに、ホッブは予測を明かした。
「導師なんてのは承認欲求の塊だ。このオッサンがどういう人物だか知らねえが……多分研究の事を聞けば延々“武勇伝”が続くはずだ。俺たちはゴムの手配さえできれば研究成果なんてどうでもいい。とにかく長話は右から左へ聞き流して、肝心のどこで手に入るか、だけを気をつけて聞いて来い」
「わかったよ!」
一時間ほどして、ちょうどドルーズ研究室の前を通りかかったホッブとダニエラ。ダニエラが研究室の扉を指差した。
「なあホッブ、あいつらまだ話の最中かな? 覗いて行かねえ?」
「そうだな」
そーっと扉を薄く開くと……ソファに座ったラルフとクラエスフィーナに、対面の偏屈そうな爺さんが身振り手振りを入れて解説しているところだった。
「つまりだな、ゴムノキからの収量は木の生育環境にもずいぶん左右されるのだ。これは各地の林を数十本単位で観察して得られたデータで、つまり統計の……」
二人はそーっと扉を閉めた。
「まだまだ長くなりそうだな」
「ああ。あの分じゃ当分解放されそうにないな」
ホッブとダニエラはまた研究室の前を通りかかった。一応覗いてみる。
ラルフとクラエスフィーナの前で、興奮してローテーブルに片足をかけた導師が口角から泡を飛ばしながら大きくジェスチャーを入れて喋りまくっている。
「儂は決断した! 伝説のカチェム種がここにしかないと断定できるからには、禁忌の森と言われようと探査に入るしかないと! 止めるロバンギ族に感謝を告げて、儂は僅か十五人の探検隊を連れて奥地へ分け入った! その艱難辛苦の冒険行は筆舌に尽くしがたいが、その中でも特に困難を極めたのが……」
昼になっても二人が全く戻ってこないので、ホッブとダニエラはまた覗きに行ってみた。
ラルフとクラエスフィーナの前で、諸肌を脱いだ導師が青銅製の槍と円形の盾を構えて戦士の踊りを踊っている。
「スッタラニ族の戦士は出撃の前に、神の前で勝利を誓う聖なる踊りを奉納する! 彼らは地底神メイヨを信奉していて……」
もう日が陰る頃になって、やっとラルフとクラエスフィーナが戻ってきた。歩くのもつらいくらいに疲労困憊している。
「お帰り……大変だったみたいだな」
ダニエラが出したお茶を、涙目のクラエスフィーナは両手で包むようにしてちびちび飲んだ。
「かれこれ七時間聞いてたよ……もう、永遠に終わらないかと思ったよ……」
ラルフもぐったりと机に伏せた。
「何故だろう……自慢話が長くないだけで、うちの導師が尊敬できる気がしてきた」
「気がするだけだ。ブラウニング導師も自慢話自体はあるんだな……」
ホッブが先を急かした。
「それで? ゴムの帯は入手できるのか?」
「うん、そこはちゃんと聞いて来た……」
ラルフが疲労で震える手でメモを出す。
「均質な製品が必要だったら、貿易商通りの問屋で買えるって……」
「店で買えるのかよ!? 導師のコネ必要ねえじゃん!」
ダニエラの叫びに、ホッブの嘆息が重なる。
「……今日一日の努力がほとんど無駄だったな」
「あうー……誰か、慰めて……」
クラエスフィーナの嘆きが卓の上を転がった。
「監獄スローライフ」の連載時文字数を超えました。
意外と長文を書けるものだなと自分でビックリです。




