24.ポンコツエルフ、空を飛ぶ
努力(?)の甲斐あって、研究資金を用意できたクラエスフィーナの研究チーム。いささか日数が空いたが、やっと製作できた三号機をついに実機試験まで持ち込むことができた。
「よ~し、開始!」
ラルフの号令に合わせてホッブとダニエラの踏み込む扇風機が轟々と音を立て始め……風洞実験設備の中心に据えられた実験機(エルフ付き)は風に遅れること十八秒後、骨組が折れることもなくふわりと浮き上がった。
三号機は“馬”から宙へ舞い上がり、天井から下がった縄で固定されて一定の場所で滞空している。クラエスフィーナのチームの実験機が初めて、飛び上がった瞬間だった。
「……いった!? いった、やりましたよ助教!」
一分に近いあいだ、そのままの飛行状態を維持している実験機を目にして……一瞬声を詰まらせたラルフは、感激しながら助教を振り返った。
「うん、まあなんとかね」
数十のチームで毎回これを見ている助教は、特に感慨も無く淡々と安定性をチェックしていた。
不安定な機動ながら浮き続ける実験機へ、ラルフは手でメガホンを作って呼びかけた。
「クラエス、どんな感じ!?」
一拍置いて操縦士から返事が返ってくる。
「飛んでる! グラグラして気持ち悪い! 床があんなに遠く!? 怖いよお!?」
クラエスフィーナの返事を聞いて、ホッとしたラルフは後ろで見守っていた助教へもう一度振り向いた。
「搭乗者も順調みたいです!」
「本当に?」
風洞実験を終えて実験機から降ろされたクラエスフィーナの肩を三人が交互に叩いた。
「良かったねクラエス! 今度こそちゃんと飛べたよ!」
「少なくとも不戦敗は免れたな」
「あたしが素材を吟味したおかげだな! うん、やっぱりあたしゃやる時はやる女よ」
「言っておくが、普通はここまで一回目で完成している物だからな」
また助教に襟首を掴まれて連れて行かれるダニエラを見送り、クラエスフィーナはホッとした顔で息を吐いた。
「は~、なんとか形になって良かったよ……。一か月かかって宙に浮くこともできなかったものね」
クラエスフィーナの独白に、ラルフとホッブもしみじみと思い出を噛みしめ……。
「……いや、実質十日でしょ? むしろ早くない?」
「そうだよな。無駄な文献に振り回されたのと資金稼ぎで滅茶苦茶時間を無駄にしているからな」
「……それは言わないお約束だよ」
明けて翌日。
「ついにここまで来たね……」
キャロル湖のほとりに立ち、クラエスフィーナが風に髪を揺らしながら感慨深げにつぶやいた。
昨日の成功を受け、今日は審査会場にもなるキャロル湖で実機試験をするつもりだ。
出遅れていた自分たちが、実際に審査を行う環境で実験をするところまで持って来た。これは素直に凄いことだと思う。ここまで出来れば、もう試験に落ちても悔いはない……。
「クラエス、現実逃避は終わった?」
「い~や~だ~ぁぁぁ! 風洞実験で二メートルの高さに浮くだけであれだけ怖かったんだよ!? 本当に空なんか飛んだら、私怖くて死んじゃうよ!?」
「搭乗者がまさかの高所恐怖症ってのは、審査要綱の不備になるのかな?」
「人種も体格も考慮しないで『誰も研究してない分野だから』でいきなり空を飛ばそうってアホな企画だぞ? そんなの無視されるに決まってんだろ」
「こんなの危険で非人道的だよ! もっと安全に配慮した課題を要求するよ!」
「課題に文句があるんなら発表当日に言わないと」
「御意見確かにごもっともだがな。おまえが二週間前に、他所のチームの失敗を笑って見てなきゃ少しは説得力もあったんだがな」
「笑ってはいなかったよぉ……」
いよいよ空を飛べる機体ができたことで、やっと四人は次のステップに進む事ができた。今日の実験は実際にクラエスフィーナを空に飛ばして、前に進む為の推力をどういう手段で得るか検討する。
普通のチームはそこまで決めて機体の開発をするものだが、形から入るクラエスフィーナのチームは、問題点を一個ずつ片付けていく手法だ。
まだ飛び立つ方法も考えていないので、今日のところはよそのチームがやっていた人間凧揚げである。クラエスフィーナを縛り付けた実験機に縄をつけ、長く伸ばした先を三人で引っ張ってとにかく宙へ飛ばすやり方だ。
「今日ちょうど風が強いのは良かったけど、三人ぐらいで引っ張ったところで上手く風に乗せられるかな?」
「クラエス自身の風魔法でも補助ができるだろ。頑張れよ、クラエス」
ラルフとホッブに言われて、いよいよ空に飛ばされるクラエスフィーナは涙目だ。
「ううう、学院でこんな目に遭うとは思わなかったよぉ……ねえ、ラルフぅ……」
「泣いてもダメだよ? これはクラエスが奨学金を打ち切られない為なんだからね」
「わかってるよぉ……だから、銀貨三枚あげるから代わりに飛んで?」
「君は僕をどう見ているんだ!?」
今三人が待機している高台から岸辺まで、つまづく物が無いかをチェックしに行っていたダニエラが戻ってきた。揉めている様子を見て首を傾げる。
「どうしたよ?」
「クラエスが怖くて空を飛びたくないって」
「あ~……」
察したダニエラがポケットをまさぐった。出て来た肉片をエルフに突き出す。
「ほれ、クラエス。ビーフジャーキーやるから大人しく飛んでろ」
「貴方は私をどう見てるの……!?」
「よーし、とにかくおまえら全力で走れ! クラエスは浮き上がったら、しばらくは姿勢の安定に全力! 俺たちが立ち止まって充分高さが取れたら、今回はまずは風魔法で後ろに風を叩きつけて前へ進むのをやってみよう。いいな!?」
「おうっ!」
ホッブの指示を受けてラルフとダニエラがロープを握り直す。ホッブも前に向き直り……かけて、いまいち覇気のないエルフに念を押す。
「もしクラエスが全力で走らなかったり、どう見てもサボってる行動を取るようだったら……次は『おデブなエルフのお通りだ!』と叫びながらやり直すからな?」
「わかったよ!? ちゃんとやります! 怖いなんて言わないから!?」
「行くぞっ!」
ホッブの掛け声に合わせ、前に他のチームがやっていたみたいに四人は湖のほとりに向かって走り始めた。途中からクラエスも補助で魔法を使い、思ったよりは簡単に実験機は空へ浮き上がることに成功する……のだけれど。
クラエスが背負った“翼”が空中で本物の風を受けた途端。
「うぉっ!?」
ガクンと行き足が止まり、ものすごく強い力でロープが後ろへ引っ張られる。
「わっ、わっ、わっ!」
地上の三人が一緒に持ち上がらなかったのが不思議なぐらいに、実験機は強い力で一気に上空へ持ち上げられた。ラルフたちは手の中をドンドン駆け抜けるロープを必死に握り締め、摩擦熱で痛い思いをしながらなんとか最後の最後でロープの端を握り直した。
「あっっっぶなかったぁ……!」
青い顔でラルフが思わずつぶやいた言葉に、声も無くホッブとダニエラも同意する。
風の力も地上で吹かれて涼しいだのなんだの言っている分には大したことはないけれど、少しでも空に上がるとこんなにも強いものだとは……風車が大風でバンバン壊れる訳がよく分かった。
「ちょっとー、いきなりロープを繰り出すなんて酷いよッ!? 急に上がり過ぎて、私すごく怖かったよーっ!」
何も知らないクラエスフィーナが、頭の上から呑気に抗議して来るけれど……下の三人は喉から心臓が飛び出しそうな顔で、未だに胸のバクバク言うのが収まらない。
反応が無いので、エルフが不思議そうに声をかけてくる。
「どーしたのー!?」
「……あー、悪りー! 初めての事だから加減がわからなかった!」
平静を装っているホッブの声もよく聞けば震えている。さすがに空に飛ばされている本人に、もうちょっとで風に攫われるところだったとは言えない。というか、三人はもう残りが無いところでかろうじてロープを掴んでいるだけで、今も現在進行形で手綱を離しそう。
(……おい、もうもちそうにねえぞ)
(僕も、手が、すべりそうで……)
(頑張れよおまえら! クラエスが墜落すんぞ!?)
もうもたない。手は痛いしロープは滑るし、風が実験機を引っ張り上げる力はクラエスフィーナの体重が加算されたみたいに重過ぎる。
「クラエス! そろそろ魔法で推力を試してみてくれ!」
「もうー!?」
上のクラエスにとっては今上がったばかりだろうけど、下の三人にとってはむしろ破滅のカウントダウンがすでに始まっている。準備無しに地上組が手を離せば実験機はコントロールを失ってどうなるかわからない。けれど……それをまさか、すぐにパニクるクラエスフィーナに馬鹿正直に伝えるわけにはいかない。
「もう夕方だ、いつまでも時間をかけていられねえぞ!」
なんでも無いことみたいに言えるだけ、ホッブは役者かも知れない。ラルフとダニエラは声も出せず、三人でロープの最後五十センチを必死に掴んでいる。今もじりじり数ミリずつ手の中をロープが逃げていくのがわかる。一人が片手を外せば終わりだ。
(早くしてクラエス!)
(ダニエラ、あと何秒もつ!?)
(サービスして……三十秒?)
(盛ってんじゃねえ! 正直に言え、バカ!)
(今すぐだよ、コンチクショウ!)
「それじゃ、やってみるよー!」
小声でやり取りしていた地上班の悲鳴が聞こえたわけでもないだろうけれど。破綻まであと僅かのところで、のんびりしたクラエスフィーナの決意表明が上から降ってきた。
「た、助かった……」
「クラエスがな」
思っていたより強い向かい風の中、クラエスは地上を見ないようにしながら“翼”が水平になるように努力する。
ただ、努力すると言っても手で掴んだ“翼”の前縁を持ちあがらないように下向きに体重をかけて引いているだけで……正直これでいいのかクラエスフィーナにもわからない。とにかく凧の要領で風を受ける実験機を作ってみただけのダニエラの知識に、“方向舵”などという発想はない。
ホッブに急かされ、クラエスフィーナは機体の保持もそこそこに推力に使う魔法の発動を行うことにした。
「もうホッブったら、次から次へとやれって言われても難しいんだよ? 失敗したらどうするつもりよ」
下では今まさに破滅の足音が全力疾走で駆け寄りつつあるのだけれど、一人風に煽られているクラエスフィーナはそのことを知らない。
うつ伏せになっている自分の足から、後ろに向かって風が噴き出す状態をイメージする。
「それじゃ、やってみるよー!」
地上の三人に一声かけて、クラエスフィーナは前に向かってそろそろと進み出した。
下から見るとクラエスフィーナの実験機は初め風に流されるようだったのが自力で静止するようになり……やがてそろそろと前に進み始めた。だんだん早くなり、明らかに前に進むように見えてくる。
下からでもそのように見えて、三人はホッとしながら急に軽くなったロープを手放した。
「これは、推力の試験も成功かな!?」
ラルフが額に手をかざして仰ぎ見る。そんなに早くはないけれど、クラエスフィーナをぶら下げた“翼”は明らかに前へ前へと動いている。
「ふっふーん、どうよ! あたしの天才ぶりにも困っちまうなぁ!」
失敗が続いた後に立て続けの成功で、ドワーフも初歩の初歩なのに図に乗っている。
「やったねホッブ! これは課題審査ももらったんじゃない!?」
歓喜でガッツポーズをしながらラルフが親友を振り返ると……何故か彼だけが、難しい顔で腕組みしながら上空を見つめていた。
「……ホッブ? どうしたの? 何かおかしな動きが!?」
「ああ……いや、な」
ホッブは上空の実験機に注視しながら、考え事をするように顎を手の甲でこすった。
「だって、考えても見ろラルフ」
「何を?」
それだけ言われても、ラルフもなんのことだかわからない。
「……だってな?」
ホッブがチラリとふんぞり返っているダニエラを見た。
「このポンコツドワーフが調子に乗っている時に、事故が起こらないはずがねえんだ」
「あんだと!?」
「真理じゃねえか」
「まあまあ。それこそ真理と言えば、そう言うのを気にしている時に限って失敗しやすいと……」
言い争いが始まったのをラルフが止めようとした、その時。
「……あっ」
「ん?」
ダニエラの間の抜けた声にラルフとホッブが顔を上げると。
前に安定して進んでいると見えた実験機が、急に縦方向へ波打つような動作を繰り返したかと思うと……ストンと急角度で下を向き、そのまま岸から少し離れた湖面へと突っ込んだ。
さざ波の立つ水面に、ひときわ大きく円形の波が起こる。
「……ねえ、ホッブ」
「……なんだ?」
「あれ、もしかして墜落じゃない?」
「俺もそんな気がするな」
二人はダニエラを見る。
「やっぱりダニエラが設計したものだから……」
「いやいや!? おまえらがこんな時に縁起の悪い話をするから! そもそも……」
ホッブとダニエラが言い争いを始めた後ろを、散歩中の老人が犬を連れて通りかかった。
「兄ちゃん、姉ちゃん。今はそれより、乗ってたヤツを助ける方が先でねえかい?」
「……そうですね。ありがとうございます」
週の半ばに風邪を引いたらしく、熱とかはほぼなかったのですが腹に来てしまい……痛みはあんまりなかったのですが、とにかく消化器系を掻き回されるような不快感で昨日までぐったりしてました。体調自体は酷くは無いから仕事は行きましたが、水曜はせっかく週の半ばにあった休みが一日本も読めずに過ぎました。能率が上がらず仕事にもしわ寄せが行きまして、どうも土曜も出勤になりそうです。
明け方に冷えたのか、おかしなものを食べたのか判りませんが……この時期気候も体調も不安定だから嫌ですわ。




