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23.男たちの幕間

 歓楽街の辺りはまだ営業している店もあり、深夜営業の居酒屋から灯りが漏れていた。しかし大通りへ出て家路をたどると、もう灯りは所々にある頼りない街灯だけ。満天の星空が補ってくれるとはいえ、手元の明るさは一気に暗くなる。

 いつもの光景とはいえ、ちょっと気になったラルフは暗い街並みを振り返った。

「飲んだくれていた時も思ったけどさ、クラエスたちは帰り道大丈夫なのかな? ほら、中身はアレでも二人とも見た目は良いから」

 ラルフも結構言うようになってきた。

「ん~?」

 横を歩くホッブも軽く唸って考え込むが、言葉になった時には軽い調子になっていた。

「ま、大丈夫じゃないのか? クラエスが手元を照らすくらいなら火球を出せるらしいし、ダニエラもパッと見はアレだけど腕力はあるからな。護身用にって金づち借りていったそうだぞ」

「そうかぁ」

 しばらく無言で歩いた後、ラルフがホッブに尋ねた。

「ねえ、クラエスの“火球”って、攻撃魔法の“ファイヤーボール”じゃないよね?」

「……いや待てラルフ。攻撃用とか照明用とか、区別はあるのか?」

「わかんないけど……そういやホッブ、ダニエラが金づちを借りていったって……もしかして裏の小屋にあったブッチャーハンマーのこと!?」

「……あっ!」

 「黄金のイモリ亭」では牛豚クラスの四足の家畜が暴れると危険なので、“食肉加工”する前に大型の金づちで脳天を一撃して昏倒させるのだ。彼らが苦しまないようにという配慮でもある。

「ダニエラがあれで路上強盗や痴漢に会心の一撃を加えたら……」

 その鈍器は勢いよく振り下ろすと成年男子でも、遠心力で身体が持って行かれて途中で止められない重さがある。相手に当たらず空振りすれば自分の体勢が無防備に崩れて逆に付け込まれかねないのだけど……ダニエラはポンコツでもドワーフだ。あの程度の重さでは、楽々振り回せる膂力があると考えた方がいい。ただ、牛が一発で倒れるアレを人間に直撃させちゃったら……。

「怖いこと言うなよ!? ……きっと大丈夫だ。あの粗忽なダニエラだぞ? まず当たらねえよ。大事な場面じゃ必ず失敗するからな。うん、そうに決まってる」

 ホッブの返しの最後の方が、なんか自分に言い聞かせる自己暗示みたいになっている。

「ポンコツなあの二人が、ヤバいこうげ……防衛手段しか持っていないのって怖いね」

「ああ、見た目に惑わされて血迷ったバカが出ないといいがな……あの二人の間の悪さだと、こういう時に限ってうっかりクリティカルヒットに……」

「口に出すなホッブ! ホントになったらどうするんだ!」

「わりぃ……」




 夜が明けたら友人たちが衛兵隊の御厄介になっている可能性に怯えながら、ラルフとホッブはいつもの大木戸まで帰って来た。

 普段ならここで手を振って別れる所だけど、今日は研究室の資料を売り払った大金を持っている。念のために分散して金袋を持っているので、ホッブもラルフの家までついて行く。仕事(バイト)中も置引きに合わないように、“食肉保管庫”にまで持ち込んで二人で見張っていた大事な研究予算だ。せっかく捻出した大事なお金を、あとちょっとというところで強盗に盗られたらたまったものじゃない。

 小さい頃から見慣れた下町の夜景(ほぼ屋根の輪郭のみ)を眺めながら、ホッブが何気なくラルフに尋ねた。

「なあラルフ」

「ん? なんだい?」

「クラエスに告白はしねえのか?」

「!」

 いきなりズバリと訊かれて、ラルフは取り落としたカバンを足にぶつけてうずくまった。今日はホッブと半分ずつ分けた金袋を入れていたので、うっかり蹴り上げたカバンはめちゃくちゃ重い。ラルフは目尻に涙を浮かべながら、強打した向こう脛をそっと撫でた。

「お、おま……いきなり何を!?」

「いや、何をでもねえと思うが」

 横にしゃがみ込んだホッブが指を折って数える。

「クラエスはどう見てもおまえの好みドンピシャだろ? 見た目だけは上品な美人だし、ボンッ・キュッ・ボンで何より胸がデカい。

 そんで、ピンボケしているけど人当たりは柔らかくてエルフなのに意外とかわいい性格だ。おまえんトコのキツイ女性陣に比べりゃ、ウブでほんわかしていると言えなくもない。

 成果は出ないけど真面目だし、からみ酒だけど飲みにつき合うし、課題を手伝わせているって弱みもあるからフレンドリーだろ?

 そもそも“ただのお友達”にしたって、おまえが緊張せずに話せる女子なんてクラエスとダニエラしかいねえじゃねえか。おまえの出会いのない人生でこんな女に出会えるのは、後にも先にも間違いなくこれ一回こっきりだぜ。

 ここまで条件揃って、告白しない理由がどこにある」

「ホッブ、なんで一つ言うたびに余計な枕詞が入るんだ」

「それに説明が必要か?」

 ラルフは路面に座り込んだ。尻に食い込む整備の悪い石畳が地味に痛い。でもそれよりも、腫れてそうな脛の方が格段に痛い。

 足を撫でながら、思春期の少年は屋根の間のまばらな星空を見上げた。

「確かに僕はお察しの通りクラエスが好きだよ。言われた通り見た目も性格も、すごい魅かれるんだ。あと、胸がデカいし。話してみればいいヤツだし。あと、胸がデカいし。抜けていてポンコツですぐに丸め込まれるちょろい所もなんだか笑っちゃうし。あと、胸がデカいし」

 そこで、ラルフの唇はキュッとへの字口になった。

「でも、僕はあんなかわいい娘にアタックできるような自信の源を何も持っていないんだよ。成績は悪いし、授業態度は悪いし、やりたいことも夢も無いし。見た目も平凡だし、嫁に来てって言えるような家柄も資産も無いし。つまり、告白してOKがもらえると思えない……じゃないな。OKがもらえると過信できる拠り所が何もないんだ」

「いや、前半はおまえが性根を直せば何とかなるだろ」

「ホッブ、おまえはできるのか?」

「十八年手塩にかけて育てたんだ。今後も大事に慈しみたい」

 ラルフは手繰り寄せた自分のカバン(研究資金入り)をはたいて埃を落とすと、もう一回肩にかけて立ち上がった。

「それに、今はクラエスが大変な時期じゃないか。今僕が告白なんかしたら、予想もしてない話にクラエスの処理能力が追い付かなくなるぞ。大事な時に負担をかけたくないよ」

「まあ確かに、忙しい時に余計な手間だもんな。適当にあしらっていたゲボクが急に『本気なんです!』とか言って告ってきたら、クラエスも『やべえ、フッたショックでこいつが抜けたら人手足りなくなるじゃん! なんて言って言いくるめよう?』とか考えなくちゃならねえもんな」

「ホッブ……散々けしかけといて、お前というヤツは……」

「すまんラルフ。ついつい嘘がつけない俺の、正直な意見が漏れちまった」

 二人は歩みを再開した。ラルフの家はもうすぐだ。

「僕も正直な事を言えばね。今せっかく居心地が良いのに、クラエスに告ってこの関係を壊したくないんだ。だからもし、気持ちを告白する勇気ができたとしても……せめて課題審査が終わるまではお預け、かなあ」

 今までホッブにもダニエラにも言っていなかったけれど……後ろ向きではあるけれども、実はラルフもそれなりの決意を固めていたのだ。

 覚悟を物語る友人の背中を見やり、ホッブは一点だけ指摘した。

「なあラルフ」

「なんだい?」

「クラエスが審査に落ちたら、余計に言いづらくなるぞ」

「……どうしようね?」




 ラルフ宅の裏口から台所に入ると、物音に気がついて妹が出てきた。

「あ、ジェレミーか。ちょうどいい所に。母さんか父さんは起きているかな?」

「あれ? お兄、今日は酔ってないの……て」

 兄が飲んで遅くなったと思い込んでいたカワイイエルフ義姉推しのラルフ妹(十四歳)は、せっかく出迎えに出たのにラルフと一緒に帰って来たのがエルフではないのに気がついた。

「……チェンジッ!」

「何を!?」


 エルフが来なかったので引っ込んだ妹の代わりに、どう見ても寝入りばなを叩き起こされた父が出てきた。頭の寝ぐせはともかく、凶悪な人相が眠気と不機嫌で凄いことになっている。

「……なんだ?」

 どう見ても今、話のできそうな雰囲気ではない。ホッブが慌てて目配せしてくる。

(おい、オマエの親父相当に機嫌が悪そうだぞ? こんなので頼めるのか?)

(大丈夫だ。個人的な話は無理だけど、仕事の話ならちゃんと聞く!)

 穀物問屋は半分肉体労働系の職人ではあるけれども、接客も経理もやるのだから金の話なら真面目に聞いてくれる。その処理が終わったら、安眠を妨害したお仕置きがあるかもしれないけれども。

 食卓の向かいに片肘ついて座る父に、ラルフは研究費用を捻出した事と大部分を預かってほしい旨を伝える。

「……なるほどな。研究室の鍵じゃ心配だから、手元資金以外はうちの金庫に入れたいってか。それは正解だ。学院の防犯なんざアテにならんからな」

「そうなんだよ。クラエスの奨学金の二倍にもなるお金なんで、あんな夜は誰もいない所にまとめて置いとくのは心配で。クラエスの家にしても、寝に帰るだけだからほとんど見張りがいないし」

 防犯も何も、自分たちこそ研究室の資料を勝手に売り払って金を作ったことは黙っておく。

 半身で聞いていた父が正面に向き直り、両肘をついた。

「話は分かった。そういう事情なら俺も協力しよう」

「父さん、ありがとう!」

「おじさん、よろしくお願いします!」

「うむ」

 父の承諾が出て、ホッとするラルフとホッブ。これで資金の保管という地味だけど一番危急な問題はクリアできた。この金が盗まれたら今度こそ万事休すだった。

 しかし、父の側から見れば本題はむしろここからだ。

「で、商売としてリスクを取るからには当然保管料は戴くからな」

「……やっぱり?」

「当たり前だ」

 そう、父に商人として支援を求めるなら、父の方も商人として対応して来るのが道理。金の絡んだ事では親子と言えども、きっちり(・・・・)しておくのが父の考えである。

 一度立った父は紙とペンを持って来た。

「両替商みたいに高い手数料は言わないから心配するな」

「助かるよ……」

 預けた金が手数料で目減りするのは絶対避けたい。

「おまえらも今は僅かでも金が惜しいだろうから、現金では止めとこう」

「ホント!?」

 怖い父の意外な甘い言葉に沸きかけたラルフとホッブ……に冷水を浴びせて消火する父。

「手数料は息子の嫁にエルフでいいわ」

「待って? それだけは待ってパパン? メチャクチャ高すぎるだろ」

「何がだ。おまえらは金がかからず、うちは自力じゃどうにもならんボンクラ息子の嫁問題が解消される。いいことずくめだ」

「僕の評価は後で話し合いたいんだけど、とりあえずその取引内容はチームリーダー(クラエスフィーナ)がいない所で決められないんで! できれば他の対価を考えて欲しいかな~と、そう思うんだけど」

「そうか」

 特に惜しそうでもなく父は要求を引っ込めた。そして代わりに。

「それじゃあな。そこにいるエバンスのとこのガキに、休講日は勤労奉仕に来てもらおうか。十日に一度で、その課題審査が終わるまであと二か月。計六日か」

 最初に無茶を言い、その後に考え直すように頼まれて(・・・・)現実的な案を出す。いくらか高めでも、大幅に要求を引き下げてもらった手前相手もダメと言いにくい。頭が半分寝ていても、ラルフ父は商売人であった。

 ラルフも相手の術中にハマったことを理解した。エルフ嫁は揺さぶり(ブラフ)だった。息子としてはもうちょっと粘ってくれても、と思わないでもない。

「仕方ないな。わかったよ父さん、それで手を打とう」

「おい、ちょっと待てボンクラ親子」

 本人の承諾なしにちゃっちゃと商談をまとめそうなラルフと父を、ホッブが止めにかかる。

「なんで俺なんだよ!? まずラルフからだろ!」

「バカだなホッブ。すでにタダで使える分が交換条件(バーター)になる筈が無いだろう?」

「そういうこった」

「おまえん家は、なんでそんな所だけきっちりしているんだよ……」

 ラルフは基礎控除。

 父が手早く書類を作り出す。一枚は金庫に研究予算を間借りさせてもらう代わりに労働力で預入保管料を物納する契約書。一枚は確かに金を預かって返還義務があるという預金証書。契約書はラルフ父が持ち、預金証書はラルフたちがもらう。

「契約内容と書類が合っているか、ホッブ確認してくれよ。法論学科だろ?」

「自分の奴隷契約書の書式を確かめる日が来るとは思わなかったわ……」


 予算の問題も、それの保管場所もクリアした。

「これで、あとは研究に邁進するのみだね!」

「爽やかにまとめるのは結構だが、俺はなんか釈然としねえ」

 ホッブのボヤキを置いておいて、一つ思い出したラルフは金を金庫に納めに行く父を呼び止めた。

「あ、そうだ父さん。ちょこちょこ支払いで出金があると思うんで、小まめに出すようにして欲しいんだけど」

「ちっ、めんどくさいな……付帯条件を後から出してくるんじゃねえ、契約内容を変えないと成らないだろうが。期間後にコイツの働く日を後四日追加な」

「仕方ないなあ」

 条件追加の覚書を作り始めるラルフ親子。

「だからおまえら、何でこう言う時だけきっちりしてるんだよ!」

「商売人だからな」

「一番肝心な本人同意が全くされてねえけどな!」

「ホッブだって、牛豚に『君は今から食肉になりますが宜しいですか?』なんて聞かないだろ?」

「俺は家畜扱いか!?」

「そんなことはどうでもいいから、覚書の文言を早く確認してよ。ホッブ法論学科だろ?」

「俺の同意はどうでも良くて、書類の一字一句は気にするのかよ……」

「商売人だからな」

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