21.働くって、尊い(棒読み)
「まあ冗談はこれぐらいにして」
ホッブがしかめっ面で身を乗り出すと、同じような渋い顔をしたラルフとダニエラも大きく頷く。
……いや、正直三人とも冗談のつもりで言ってたわけでもないのだけれども……冗談ということにしておかないと、横でボロボロ泣きながら睨んでいるエルフがスネて今日も飲んだくれかねない。
「早いのはどこかで臨時で働くことだろうが、そもそも雇ってくれるところがあるかだな」
基本的に王都辺りだと、日雇い労働というものが無い。
理由は単純、仕事を覚える前に勤務時間が終わってしまっては教えるだけ無駄だからだ。オマケにその日だけしか雇われないとなれば、サボったり盗んだりといった事をする素行の悪い者も混じりかねない。
誰か知り合いのところでお情けで働いて小遣いを貰うか、工事現場で土運びみたいな物を考えなくてもできる単純労働で稼ぐか、しかないけれど。
「ラルフ、おまえのところの店で仕事ないか?」
ホッブに言われて、あからさまに気乗りしない顔でラルフが横に首を振る。
「うちの父さんも母さんも、ホッブが考える以上に商売人だよ? 僕をタダでこき使えばいいのに、無茶をさせられない息子の友達をお金出してまで雇うと思う?」
もちろん、息子本人は対象外。
「それとさ……この話をうちの家族にしたら、ヤバいと思う」
「食い倒れするエルフなんかに金を出せねえとか?」
胸を押さえてうずくまるエルフを後ろに、違う違うとラルフが手を振った。
「わざわざお駄賃しかもらえない店の手伝いなんかしなくても、クラエスの為なら有り金はたいて支援してくれるんじゃないかな……その代わり、クラエスの進路は一択になるけど」
「ああ……」
理解したホッブがしみじみ頷いた。
「ラルフの嫁なんて、罰ゲームを通り越して借金漬けで奴隷落ちした奴じゃないと成り手がいないからな」
「その言葉、ホッブにもそっくりそのままお返しするよ」
ラルフの家はダメ。ホッブの家は印刷屋で確かに仕事自体はあるけれど、技術が必要な職種なので素人がちょこちょこ手伝うような仕事じゃない。
「そんなに難しいの?」
「インクを原版に塗り付けるのとか、プレス機で紙にしっかり印字しつつ箔押ししない力加減とか、結構熟練の技が必要なんだ。硬い板に小刀で鏡文字を彫り込む原版づくりならまだいけるが……削り間違えれば一からやり直しだから、神経をすり減らして一ページ作るのに三日ぐらいかかるぞ? しかも一枚幾らの歩合給だ」
「最悪じゃないか」
「安いお駄賃で何日も頑張ってよ、やっと作った原版が影武者の書いた町長の立志伝とか……ざけんなクソが……」
「……おまえも意外と苦労してるんだな」
「あとは常連になっている店とか、それこそ城壁修理の土木工事で臨時雇いか」
知っている店と言っても、ラルフもホッブも世間は狭い。飯を食う「首絞め野ウサギ亭」か、酒を飲む「黄金のイモリ亭」くらいしか店主に頼めるほど親しい店はない。城壁修理なんて重労働だし、ひょろい学院生を臨時雇いでも使ってくれるとは思えない。
クラエスフィーナもダニエラも地方から出て来ているから、家業を紹介も出来なかった。
「クラエスの場合、家の仕事って言っても木の実の拾い食いだから現物支給だよな」
「黙って、ダニエラ」
否定はしないクラエスフィーナだった。
ラルフが腕を組んで唸った。
「なんとか働かせてもらえそうなのは、「黄金のイモリ亭」かなあ……あそこオヤジとハンスの二人で一晩中廻しているから、働くのなら雇ってくれそうだけど」
「雇ってはくれるが、安売りが看板の店だからな。四人全員雇ってくれたって、安く使われちゃ資金なんか貯まらねえぞ」
ホッブの言う通り、普通に給仕とかなら大した給料にならない。ずっと勤めている小僧のハンスが、一日中働いても給金が安いとぶちぶち言っているくらいだ。
何か、付加価値を付けられないか……。
思い思いの方向を向いて、無言で考えこむ四人。
(高く雇ってもらうには、やっぱりクラエス推しだけど……ダニエラもセットで売り飛ばせないかな?)
(「黄金のイモリ亭」ぐらいしか働き口が無いのは確かだが……そもそも、あの店四人も雇う余裕あるのか?)
(うーん、あのお店でウリになること……お肉……お腹空いた……お肉食べたい)
(雇ってもらうって言ってもな……クラエスの送別会を企画した方が早いんじゃねえかな?)
思考の方向性がバラバラな事だけは、共通している四人だった。
ふと顔を上げたクラエスフィーナが、自分の下宿の方に目を向けた。
「珍しい民族衣装で給仕係とか、お客を呼べるネタにならないかな? 私、エルフの里の服で王都に来た時は通行人に珍しがられたよ?」
「それは面白いかもね」
「……あんまり高くは売り付けられねえかもしれないが、交渉してみる価値はあるかもな」
クラエスフィーナの提案に、ラルフとホッブも反応はいまいちだけど一応賛意を示した。民族衣装くらいでは、酔客相手に客寄せにはならないかもしれないが……オヤジさんに高い給料を要求する交渉材料が他に考え付かないし、エルフ自体が珍しいからもしかして本当に見に来る客がいるかもしれない。
「でも、どんな感じなの? 僕らがクラエスを知った時にはもう町娘の仮装してたから知らないんだよね」
「仮装言わないで!? 王都に来た時エルフの服だったから、あんまりじろじろ見られるからお上りさん丸出しかと思って急いで王国風の服を買ったの!」
クラエスフィーナの説明では、エルフの里が王都に比べて暑い土地にあるので基本が半袖や袖なしなのだという。
「王都じゃ長袖にロングスカートが普通だから、ちょっと浮いてたのかも」
「ほほう……」
呑気に解説をするクラエスフィーナの何気ない言葉に、ラルフの目が光った。ホッブを窺うと、向こうも一瞬でポイントに気がついた顔をしている。
(これはウリになるかもしれないぞ、ホッブ!)
(ああ。特に野郎が多い酒場だしな!)
クラエスフィーナの説明からするに……エルフの民族衣装は“露出度が高い”可能性が!
客が呼べるかわからないが、少なくともあのスケベオヤジにはアピールになるのは間違いない。
「よし! さっそくその服を見せてよ、クラエス」
「わかったわ。下宿に取りに行ってくる!」
飛び出していくクラエスフィーナをラルフが見送っていると、ホッブが横でしゃべらないドワーフに気がついた.
「おいダニエラ、どうした?」
ダニエラは何か考えているというより、どうしても思い出せないことがあるという感じで顔をしかめている。
「いやさ、クラエスの服なんだけど……あたし、何かを忘れているような……」
「まさか雑巾に使っちまったとか言わないよな?」
「そんな事するか! ……いや、なんだったっけかな」
全然思い出せない様子に、ラルフとホッブも首を捻った。
「ダニエラが着たら破けたとか」
「そもそも着られるサイズじゃねえよ! どんだけ身長差があると思ってんだ!」
「あっはっは!」
実は半分正解していることを、この時の三人は知る由も無かった……。
「持ってきたよ!」
クラエスフィーナは抱えて来た布袋から、一年ちょっと前に来ていた服を取り出した。
「……ほう?」
懐かしいとか言ってほんわかしているエルフやドワーフを置いておいて、男子二人は真剣な表情で可能性を吟味している。ラルフとホッブは目配せを交わした。
(これはいけるんじゃないか? ホッブ)
(ああ……あのオヤジなら交渉できそうだ)
二人が着目した点は、もちろん南国ならではの露出度の高さだ。
クラエスの持って来たエルフの服は、王都ではまず見ない袖無しの上着にミニスカート。おまけに見慣れ過ぎて気がつかないのか、男子がいるのにエルフ風の下着までセットで入っていた。
クラエスの美貌で腕とか脚とか剥き出しなんて……パンツ喫茶ほどではないけど、コイツは“紳士”が行列したっておかしくない。
(というか、理屈はどうでもいいからコレを着たクラエスが見たい!)
クラエスフィーナ落第の危機も頭から弾け飛び、煩悩に忠実なラルフ。
(落ち着けラルフ! 自然に、かつ当たり前みたいに頼んでみろ!)
元より止める気もないホッブ。
ラルフはコホンと軽く咳ばらいをすると、非常に自然にクラエスフィーナへリクエストした。こういう小芝居だけは得意なのだ……不純な動機の時だけ。
「それじゃクラエス。僕らも見た事ないんで、とりあえず着てみてよ」
不自然なほどに人畜無害な好青年づらをしたラルフとホッブに気づかず、クラエスフィーナは疑いもせずに頷いた。
「うん、わかった! ちょっと着替えてみるね!」
部屋の一角をカーテンで区切り、その中へ着替えを抱えて入るクラエスフィーナ。
ナイスバディーなクラエスフィーナがあの服を着たらどうなるだろうか。小高い丘の賢者であるラルフは、カーテンの外でドキワクが止まらない!
……しかしながら。事態はラルフたちの思惑からも、ちょっと斜め上へと走っていた。
クラエスフィーナの消えたカーテンの外で、ウズウズしながらラルフたちは待っていた。しかし一向に、肝心のクラエスフィーナが出てこない。
やけに時間がかかるな~とか思っていたら、中から焦った様子のブツブツ呟く声が漏れてきた。
「?」
ラルフとホッブが不審な呟きに顔を見合わせ、そっと耳を澄ませてみると。
『いや、そんな……ちょっと待って? おかしい、そんなはずは……いや、ないない! ありえないから! そんなバカなはずがないでしょ!? ちょっ、コレ、絶対入る……うぐっ! そんなぁ……だって、たった一年……』
なんとな~く事情を察したラルフとホッブ。
そう、確かにさっき白状していたのだ。奨学金を文字通り喰い潰したと。
クラエスフィーナは無駄な努力で相当な苦戦をしているようだけど、いつまでも待たされていてはこちらも声を掛けざるを得ない。だけど、乙女の重大事項で苦心しているエルフになんと言って声を掛ければいいものか……。
クラエスフィーナと別の意味で男二人が苦慮していると、さっきから長考していたドワーフがやっとエルフのダダ漏れな独り言に気がついた。ポンと膝を打つ。
「あ、そうか! そうだそうだ、その服はクラエスが太ってはまんなくなったんだったわ! ようやく思い出した! なっ、クラエス。そうだったよな!」
「ダニエラ!? 何言っちゃってるの!?」
疑問が解けて晴れ晴れとイイ顔のダニエラは、エルフの悲鳴に首を傾げながら男たちの顔を見回した。
「おまえ……俺たちでもなんて言えばいいのか悩んでいたのに……」
「……ダニエラ、おまえホッブ以上だよ」
「なにがよ?」
結局ダニエラの暴露で無理に着るのを諦めたクラエスフィーナは、カーテンを開けるなりダニエラの脳天に思い切りチョップをかまし……昏倒するドワーフを背景に、有無を言わせぬ口調で二人にお披露目の延期を告げた。
「特に問題は無かったんだけど! 別に太ったとかふくよかになったとかまさかの事態になったとかじゃないんだけど! ちょっと綻びとか見つけたからまた明日! 明日見せるから今日はこれで解散! イイよね!? 構わないよね!?」
「あ、ああ……」
目の据わったエルフの剣幕を目の当たりにして、誰がどうしても今日見せろなどと言えようか。
条件反射でカクカク頷く二人を置いて、エルフは自業自得なドワーフを転がしたまま風のように去って行った。おそらく夜なべしてサイズを仕立て直すのだろう。
「なあラルフ。クラエスの裁縫の腕は知らねえけどよ、一晩で素人が仕立て直しをできると思うか?」
「それは僕にはわからないけれど……明日は結果がどうあれ、余計な一言を言うなよホッブ」
そんな会話から、早くも一日。
宣言通りに昔の服を直してきたエルフが着替えを終わり、カーテンが開けられた。
「どうかな!? ……ちょっと色々ゴニョゴニョがあって、少し改造しているけど……」
エルフの衣装は、基本は昨日と同じだった。ビキニの上に袖無しの上着とミニスカート。多分本来なら可愛らしいワンピースに見えるデザイン……だったのだろう。
ただ、今現在の持ち主はこの一年の不摂生のおかげで進化していて……その体型の変化に合わせて、エルフの民族衣装は紐ビキニの上に前の閉じられないボレロ風の袖無し上着とパンツを時々チラ見せするスリット入りのミニスカートに変貌を遂げていた。
(やっぱりクラエスの腕前じゃ、切って貼ってが限界だったか)
(無理矢理でも着れるようにできただけ大したものじゃん。いや、それよりさ)
ラルフとホッブは視線を交わし、ガシッと手を握り合った。続けて、なんとかごまかせたかと緊張してこっちを見ているエルフを褒め称える。
「よくやったクラエス!」
「うん、最高だよクラエス!」
「え? そう? えへへ……だけど、服を着替えただけでよくやったって……なに?」
クラエスフィーナは男たちの賞賛がなんなのかよくわかっていないけど……ラルフとホッブは魔改造されたエルフの民族衣装を見て、自分たちの勝利を確信した。
「ラルフ、クラエスに外套を貸せ! すぐに『黄金のイモリ亭』に行くぞ!」
「よし来たホッブ! さ、クラエス! 賃金交渉に行くよ!」
「え? 雇ってもらえるかどうかの確認からじゃないの?」
「そんなの確定だよ! もうその次のステップさ!」
そう。美貌のエルフが来ただけで客席まで見に来たあのオヤジなら。ほぼ水着のクラエスフィーナを雇わないなんてありえない。
「頼むぜ法論学科!」
「任せろ! 思いっきり賃金ふんだくってやる!」
「これから雇ってもらうんだよね!? 未払いでもないのに賃金を“ふんだくる”ってなに!?」
「いいから、気にするな! さあ行くぜ、『黄金のイモリ亭』へ!」
「ふっ、思った通りだ」
ホッブが思わず自画自賛してしまうくらい、事はスムースに運んだ。
いきなり押しかけてきた学院生に「しばらく四人を雇え」と言われたオヤジは予想通り渋ったが、クラエスの外套を脱がせたら“一発で赤字じゃない?”という高額の賃金を丸飲みにした。しかも客が押し寄せるだろうという予測もホッブと親父で一致し、クラエスフィーナについては超高額な基本給以外に客の入りに合わせて歩合給も出る事になった。
ただし、オヤジの方からも要求があって。
「おいホッブ、なんであたしまで!?」
「仕方ねえだろダニエラ。おまえも女給にするってのがオヤジの条件だったんだから」
ダニエラはかわいいフリフリのエプロンドレスを着せられていた。黙っていればそれなりに顔のいいダニエラにこんな服を着せると、まるで本物の幼女みたい。ツルペタなオコサマ体型もいい仕事をしている。
セクシー路線のクラエスフィーナとファンシー一直線のダニエラを並べ、店の主はご満悦だ。
「イケる、絶対イケるぜ! グラマラスなセクシー美女と思わず撫でたくなるカワイイ幼女が酒を運ぶ店! これで客が入らないはずは無い! 今晩は忙しくなりそうだ!」
「あの、ホントに? 自分で作っといてなんだけど、私ホントにこの格好でお酒運ぶの?」
いまだ信じられないという顔のクラエスフィーナが何度も確認しようとするけど、ダニエラがそれを押しのけてホッブに詰め寄る。
「おいホッブ、なんだよこの服!? あたしは幼女じゃないぞ!?」
まさか自分も恥ずかしい役回りが回ってくると思っていなかったダニエラは真っ赤になって抗議するが、すでにクラエスフィーナを売り飛ばしたホッブには当然良心の呵責などはない。
「バカだなダニエラ。こういう店は事実かどうかは求めていないんだ! むしろモノホンの幼女が夜にこんな店で働いてたらヤバいだろ? だから“なんちゃって幼女”に需要があるんだ」
「この店の客は変態しかいねえのかよ!?」
「むしろ変態で埋めて見せろ、おまえの魅力でな!」
「そんなセリフは役者に言え! あたしに言われたって、ちっとも勤労意欲が湧かねえよ!?」
ホッブがそっとダニエラの両肩に手を置き、頼りになる(ように見えるだけの)顔で言い聞かせる。
「役者に成り切れ、ダニエラ! おまえが幼女に成り切れば、それは客にとって真実“幼女”なんだよ! ほら言ってみろ、『おじちゃん、大好き!』」
「お、おじちゃ……くっ、殺せ!?」
「恥で死ぬのはクラエスの課題審査が終わってからにしてくれ」
「おいラルフ、このド外道なおまえの相棒に何とか言ってやれよ!」
「ダニエラ、諦めなよ。ほら、ハイになるんだ。シラフだとつらいよ? お祭りだと思ってバカになるんだ!」
「チクショーッ!」
女性陣に因果を含めるのが終わったところで、今度は男性陣に仕事が言い渡される。雇う約束は四人ともだ。
「それじゃ、男連中は裏で料理の下準備をしてもらおうかな。お姉ちゃんたち目当てに客がわんさか押し寄せるだろうから、こっちの方も忙しくなるぞ」
「あたしもそっちがいい! ホッブ、替われよ!?」
「そっちはおまえたちじゃないとできないんだから諦めろ」
悔しそうなダニエラと放心しているクラエスフィーナを店に残して、ラルフとホッブは店主に連れられ店の裏に入った。厨房をなぜか通り抜け、裏庭にある小屋へ入る。中には牛や豚、ヤギに羊、鶏に鳩に鶉に……。
ギャアギャア騒ぐ動物たちを前に、さすがに面食らったラルフは店主に尋ねた。
「ここは……家畜小屋ですか?」
「いやいや、そんなんじゃねえよ」
オヤジは壁に掛けてあったでっかい牛刀を二本手に取ると、ラルフとホッブにそれぞれ渡した。
「食肉の保管庫さ」
満面の笑みのオヤジから手元の錆が浮いた鉈みたいな刃物に視線を移し、二人はもう一度オヤジを見た。
「あの……もしかして僕たちの仕事の下準備って」
「おうよ」
オヤジは良い笑顔で親指をピッと立てた。
「肉を解体するだけの簡単なお仕事だ」
「いや、あの、牛とかも!?」
「おう、向こうも死に物狂いだからな? 特に蹴りには気をつけろ」
「これ料理の下準備っていうのか!?」
「肉を用意しないと始まらねえだろ。立派な下準備さ。どれ、見本を見せてやろうか」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
楽な仕事など、あるわけが無いのであった。




