20.この期に及んでお金がない
とりあえずお茶を煎れて会議卓を囲んだ四人は、ダニエラに話の続きを促した。
「実はな……今回の課題にあたって、特別な予算は組まれていないんだわ」
「はっ!?」
大規模な実験が伴う研究では、当然だけど原材料費も人件費も大きなものになる。
大量に資材を買えば金がかかる。実験スタッフも大勢になる。場合によっては設備を作るのに大工や職人を入れたり、データの集計専門で人間を置かないと間に合わない場合もある。つまり規模に比例して人件費も雪だるま式に増えていく。
この課題は学内での試験という位置づけでしかないので、臨時予算が降りないのもおかしくはないけど……それにしても「空を飛ぶ」なんて激ムズな課題を出しておいて、通常の奨学金の中で費用をやりくりしろとは。
「導師たちは何を考えているんだろうね? そりゃ、理論によってかかる経費はピンキリだろうけど」
魔導学科が呪文だけで済ませるなら資材費はかからないし、工造学科が大きな設備と大量の運営スタッフを入れれば導師の研究なみに費用が発生する。
そういう研究事情で公平に費用を出すのは確かに難しいだろうけど……。
そんなラルフの疑問をホッブが鼻で笑った。
「そりゃおまえ、導師どもだぞ? ソロバン勘定が全くできないか、ソロバン勘定しかできないかのどっちかしかいねえだろ」
「あ~……」
導師なんて象牙の塔にこもって浮世離れした人種は、世間の常識に疎い代表選手だ。買い物にお金が必要なんて当たり前のことを考え付かなくてもおかしくない。その一方で、研究実績より政治手腕でのし上がる連中もいたりして……まあ両極端な人材しかいないのを含めて、導師ってのはロクなヤツがいないってことだ。
いまいち納得し切れていない様子のラルフが首を傾げた。
「そうだとしても、もっと派手な研究やっているチームはけっこういるよね?」
とくに工造学科は大掛かりな装置を作っていた。奨学金の支給額が一律ではないとしても、クラエスフィーナの実験機二台よりよっぽど金がかかってそうなチームはいくらでもいる。奨学金の額に差があるにしても、たかだか学院生のもらえる金額がそんなに違うものだろうか?
「そうなんだけどね。ああいうチームは元々大掛かりな研究予算取っていたり、カンパ集めたり、奨学金以外にスポンサー見つけていたりするのかも」
「ああ、本来の研究の理論を転用しているっていうのもいたな」
クラエスフィーナに言われてみれば、確かにそんなことを言っている先輩が何人かいた。ライフワークを流用できれば、それは時間も費用も短縮できるだろう。
「樹木生命学って要するに、木や草を植えて、観察して、成長を記録して、特徴のある個体を掛け合わせての繰り返しだから……時間はメチャクチャかかるけど、そんなに設備費がかからないんだよね」
植木鉢や種苗代や肥料代……外国からよっぽど珍しい物を取り寄せるとかでもなければ、工造学科みたいに湯水のごとく金が飛んでいくなんてことはない。
ラルフは納得した。
「そうか、だからもらってる奨学金が少ないんだね」
「んー、それもあるけどぉ……」
一方で、確認を求められたクラエスフィーナの態度が微妙に歯切れが悪い。
「どうしたの?」
もじもじしている。エルフがなぜかもじもじしている。ついでにドワーフも落ち着きがない。
二人の様子を観察したホッブが、ゆっくりと、但し有無を言わせない口調で尋ねた。
「そこのポンコツ二人。怒らないから隠していることをちゃんと言え」
「ほ、ホントに……?」
「は・や・く!」
一瞬助けを求めるようにクラエスフィーナがダニエラを見るも、ダニエラは無情にもあさっての方向を向いて視線を合わせない。首を竦めたクラエスフィーナが、ホッブの顔を上目遣いに見ながら恐る恐る白状した。
「あ、あのね……もらった奨学金って、学資と生活費の支援を兼ねているんだけど……」
「確か授業料の免除も含めて、学生生活に必要なお金が全部出るんだよね。けっこう太っ腹な制度だよねえ」
ラルフに話を振られて、ホッブも半分呆れた顔で頷く。
「公立学院特有の『予算を余らせて次年度減らされるくらいなら、無駄遣いして使い切っちまえ』って発想のバラマキだからな。それでたまに成果をあげる学院生がいるから、未だに改善されねえんだよな」
それがモラトリアム学院生をかき集めるような赤字体質になった今でも、改善されない辺りがさすが公立というしかないのだけれど……。
「それでね……私は研究に使う種子とかは地元から持って来たし、元々そんなに機材を買うような研究でもないから……研究予算はほとんど余ったの」
何か、嫌な予感がする。ラルフとホッブは顔を見合わせると、もう一度クラエスフィーナを見据えて話の続きを促した。
「だから、ほとんど生活費に使えたものだから……」
話がなんとなく見えてきた。
「あれか? 都会暮らしにはしゃいで贅沢な生活をするのにつぎ込んだと」
「……うん」
「遊びまくったり、ブランド品を買い漁ったり」
「そ、そんなことはしてないよ! と、友達いなくて遊びに行く場所も知らなかったし、ブランド品も興味が無いし……」
クラエスフィーナがボソボソ話す言い訳に、ラルフが首を捻った。
「遊びもショッピングもしてないのに、なんでお金が無くなるの?」
一瞬チラッとラルフを見たクラエスフィーナが顔を伏せる。ダニエラの他所を向く首の角度もきつくなる。
「今さら何を隠す必要があるんだよ。サッサと白状しろ!」
ホッブに言われ、ビクッと首を竦めたエルフは……やっと奨学金の用途を自白した。
「……食べちゃった」
「硬貨を!?」
「お金なんか食べないよ!? お金を使って食べちゃったんだよ!」
何もない田舎暮らしに飽きていたエルフは、王都に出て来て何より溢れかえる品々に圧倒されたのだという。エルフの里では滅多に口に入らない肉や他地方の果実など贅沢品も、王都では日常的に売られている。常にあるので、値段も安い。
「それで、もらったお金もあるし遊ぶ相手もいないし……」
買い食いが外食へ進化するのに時間はかからなかった。そして慣れれば高級店へ入る度胸もついて……。
「それで、棒玉転がしをする機会も無かったくせに一人レストランは平気になったと……」
「一人と言っても、途中からはダニエラと友達になったから二人で食べ歩いたのよ!」
なんの弁解にもなっていない。
「このドワーフが一緒だと、そりゃあ酒代で金もかかるわな。ダニエラ、おまえも他人の奨学金にたかって申し訳ないと思わねえのか?」
「あ、あたしの酒代だけが金かかったんじゃないぞ!? クラエスだって、食肉専用の肥育牛とか食いまくったんだから!」
こっちも、他人の財布にたかる言い訳にもなっていない。
再び視線が戻って来たのを感じたクラエスフィーナも、いつものダニエラみたいにあたふたパントマイムをしながら弁解を再開する。
「だって、肥育牛のサーロインとか高いんだよ!? 百グラムで七千とかするんだよ!? それを二百とかだと、倍の一万四千もするんだから!」
だからなんだという言い訳に、聞いている方も頭が痛い。
「それで、二百グラム食べちゃったんだ……」
ため息をつきながらラルフが言うと、エルフがより一層小さくなる。
「……ううん、五百グラム」
「ごっ!?」
ホッブが飲んだお茶を噴き出した。ダニエラが机に指文字を書きながら付け加える。
「を、四日連続で」
「四日!? 五百グラムを!?」
ラルフが掴みかけたカップを取り落とす。そんな生活をしていれば、それは確かに学院生の奨学金程度は溶けて無くなるはずだ。
「……クラエス、なにか最後に言いたいことは?」
男子二人に睨まれて、食い過ぎエルフはやけくそに叫んだ。
「とっても美味しゅうございました!」
「しかし……使い切っちゃったものは今さらどうしようもないけど、これじゃ今日を持って研究チーム解散しかないよ」
「そんなこと言わないでぇぇぇ!?」
ラルフのボヤキにクラエスフィーナが泣いてすがりつくけど、実際問題予算が無いのでは研究の継続をしようがない。
ホッブがじろりとクラエスフィーナを見る。
「いっそ初めの話通り、金持ちジジイにクラエスフィーナを出荷するか? 十分肥育できたみたいだしな」
「それも勘弁して下さい!?」
「ロリっ子も添えれば、ゲテモノ好きも飛びつくんじゃない?」
「あたしも!?」
「おまえもお相伴に預かったんだろ? 一蓮托生だ」
「クラエス、おまえその身体で高利貸しから安く借りて来い!」
「無茶言わないで!? 借りて来たって、課題が達成できても返す当てがないじゃない!」
「二人揃って変態のベッド行きは変わらねえな」
「嫌だーっ!?」
茶のお替りの代わりに新しくコーヒー豆を挽きながら、ラルフがため息をついた。
「一番考えられるのはなにか働いて資金を稼ぐことだけど……前借りしたとしても、一か月か二か月で必要な経費を稼げるものかな?」
「そいつは難しいだろうな……できるだけ金がかからない研究にしたって、学生四人が働いて稼げる金額なんてたかが知れてる。何か付加価値を付けて売るか、高額を払ってもらえるような商売を考えるか」
ホッブが頭を抱えているエルフをチラッと見る。
「……ちょうどここに、売春宿に叩き込めば隣の国からだって客が来そうな希少生物がいるわけだが」
「そこから離れて!? お願い! もっと穏当な手段で頑張ろう!?」
机に伸びているダニエラがぼやく。
「何か、珍品を売るのがいいんだろうけどなあ……すぐに用意できて、それでいて目が肥えている王都の住人が飛びつく物が考え付かねえ」
「ドワーフなりの何かを用意できないか? 鉱山で掘ったら出てくる要らない物だけど、都市住民から見たら珍しい物とか」
「ドワーフが職人気質でソロバン勘定が下手だって言ったって、そんな物があったらとうの昔に捨て値でも売っているよ」
四人ともいい知恵が出てこない。学院生だから金儲けに頭を使って生きて来ていない。こういう時に有無を言うのは社会経験だけど、それが無い。
手詰まり感の漂う中、ラルフが入れたコーヒーを見つめてクラエスフィーナが呟いた。
「コーヒーショップでも四人で開いて、収益を全部つぎ込むのはどうだろう?」
「クラエス、自分で店を開くとなると最初の投資が凄いよ? まず豆や器の代金をどこから払うのさ?」
「そっかあ」
商人の息子に言われて、クラエスフィーナは肩を竦める。その後ろではホッブが空にしたカップの中を眺めていた。
「ラルフはコーヒーを入れるのが下手だな……かなり豆の粉が残っちまってるじゃないか」
ダニエラも飲み干したばかりの自分のカップを覗き込む。
「コーヒーは好きなんだけど、粉が残るんだよなあ……他の研究室でゴチになった時、豆を濾すのに実験に使う濾紙を使っていたっけ」
「あ、それ頭いいな。濾し布の目が粗いとどうしてもカスがすり抜けるからな」
「んー、でもなあ。濾紙だと豆カスと一緒に旨味も濾し取られる気がするんだよなあ。やっぱり目の細かい布で濾すぐらいがいい気がするわ」
「そういうものか。ままならねえもんだな」
ホッブとダニエラの会話を聞いていて、ラルフの頭に閃くものがあった。
「……濾し布……目の細かい布……」
「どうしたの、ラルフ?」
「いや、ちょっと……儲ける方法が見つかりそうで……」
「えっ!?」
三人が見守る中で考え込んでいたラルフは、ハッとすると指を鳴らして顔を上げた。
「良い事を思いついたぞ! 研究資金の問題が一気に解決だ!」
「何!?」
ラルフがクラエスフィーナをビシッと指さす。
「やっぱり僕らでコーヒーショップを出すんだ! 売りは何と言っても“滑らかな舌ざわり”!」
いきなり変な事を言い出したラルフに、他の三人は顔を見合わせた。
「だから、その資金がねえんだろ?」
「ラルフ、おまえの腕で本当にそんなコーヒーが出せるのか?」
疑っている仲間たちにラルフはチッチッと舌打ちしながら指を振る。
「開業資金は簡単に返せる。腕前も関係ない。何しろ店の売りは画期的なコーヒーの入れ方だ」
「どうするんだ?」
キラッと目を光らせ、ラルフが不敵に笑った。
「淹れたコーヒーを、クラエスのパンツで濾す!」
一瞬、研究室の時間が止まった。
「これ以上貴重で目の細かい布はそうはないよ! 話題性も十分だ!」
「何言っちゃってるの!?」
ラルフのとち狂ったアイデアに悲鳴を上げるクラエス。
を押しのけて、ダニエラが驚愕の叫びを上げた。
「おまえ天才か!? そんな店を出して見ろ、明日から王都中の“紳士”が行列するぞ!」
「いや、待てよ……」
ラルフがさらに閃く。
「そもそも、コーヒーを淹れる必要があるのか? こんなのはどうだろう!? 特別料金を支払ったら別室で、クラエスがコーヒーをその客の為に淹れる特別メニューを出すんだ。んで。実際に淹れる前にクラエスが恥じらいながらそいつの目の前でパンツを脱ぎ、こう言うんだよ。『コレでコーヒーを今お淹れしますか? それとも……追加料金で器具を買い取って自宅で淹れてみますか?』と……。どっちを選ぶかなんて自明の理だろ!? この方式ならそもそもコーヒーを淹れる手間も省けるぞ!」
ホッブが震えながら叫んだ。
「凄え! 凄すぎるぜラルフ! おまえの錬金術は世界を征服できる!」
「ダニエラもホッブも何言っちゃってるの!?」
ホッブの感嘆とクラエスフィーナの悲鳴を聞きながら、ラルフはさらにさらに閃いた。
「これ、もしかしたらもっと大きな商売になるかもしれないぞ!? この商売のやり方を他の奴に伝授して、そいつらの資金で幾つも店を出すんだ! 運営はそれぞれの店主に任せて、僕たちにはノウハウの伝授料を売り上げに応じて払ってもらう。そして運営の仕方を覚えた店主が勝手に商売を広げないように、エルフは僕たちの直轄で雇って各店に貸し出す形にするんだ。そうすれば同業他社ができるのも防げるし僕たちは自分で店を運営する必要もない。イケる、イケるぞ!」
「おおっ!」
この世界初の、フランチャイズチェーン構想の誕生である。
「あんまり店数を広げ過ぎても希少価値が無くなるな。大陸十七か国の首都へ一、二店舗くらいがちょうどいいか。ホッブ、すぐにオーナー希望者を募集しよう! ダニエラ、内装の仕様を考えてくれ! クラエス、エルフの里から三、四十人ばかり都会に憧れる若い女の子を雇ってきてくれ!」
「がってんだ!」
「任せとけ!」
「止めてぇぇぇ!?」
書きたかったシーンの一つがやっと書けました。




