17.反省会って、飲み会の言い訳だよね
いつもの「黄金のイモリ亭」で、いつものエールを片手に。
「あ~……ホッブのせいで酷い目に遭った」
ダニエラが飲んだくれていた。
「おまえのせいで他所の学科の助教にメチャクチャ説教されたじゃねえか!」
対面で飲んでいるホッブはダニエラの苦情を平然と切り捨てる。
「俺のせいじゃねえだろ。勉強してねえお前が悪い」
「あの場で言わなくてもいいじゃねえか! ごまかしてくれてもいいだろ!?」
「だったらはっきり『ごまかして』と言えよ」
「助教の前で言えるか! そんなの言ったら結果が同じじゃねえかよ!」
ギャアギャア騒ぐ二人の横で、両手でジョッキを持ったクラエスフィーナがうんざりした顔で天井を見上げた。
「こんな状態で飛べるようになるのかな……飛行理論もまだ何にも考えつかないし」
今日も一日無駄にした。
明るい展望はいまだ見えない。クラエスフィーナが深々とため息をつく。
「そうだよねえ。“翼”もまだ実験さえできない段階だしね」
クラエスフィーナに言われて、ラルフも頬杖をついて考え込む。
「とりあえず宙に浮く“翼”を作らないと話にならないよね」
「……こんなの基礎以前の話だよね。私たちだけ、なんでこんなに遅れているんだろう……ラルフ、どう思う?」
クラエスに聞かれて、ラルフは顎を撫でながら原因を考えてみる。
なぜこのチームは遅れているのか? 静学系の門外漢なりにラルフも考えてみて……多分、アレだと思うヤツを思い出した。
「とりあえず、古文書探しに十日も時間をかけたのがまずかったんじゃないかな?」
「うわーっ!」
「あっ……」
ラルフがしまったと思う暇も無く、古傷を抉られたエルフは泣きだしたのだった。
三十分後。
「らって。私らって、役に立つと思って……ううう」
クラエスフィーナが飲んだくれていた。
それはもう、飲んだくれていた。
机にジョッキがいくつも転がっている。酒が回っているので、一向に傷口が癒えないらしい。
「ラルフ、何したんだ?」
ホッブに胡乱気に睨まれて、ラルフは頭を掻いた。
「いやぁ……クラエスのトラウマ踏んじゃって」
「気をつけろよラルフ。ちゃんと空気読めよ」
「おまえにだけは言われたくないぞ、ホッブ!」
男たちが小さい声で言い争いをしている間も、新しいジョッキを持って来させたクラエスフィーナはスペアリブ(たぶん豚)をモソモソかじりながら鼻をすすり上げる。
「うぅ……私にも学科の友達がいたら、もっと早く情報も入って助手集めも出来たのに……」
「ああ、そうだねえ」
「課題を始めても、わからない事ばかりであれもこれも裏目に出てるし……」
「うん、まあ、そうだねえ」
今さら言っても仕方ないことをウジウジ言い募るクラエスフィーナ。相槌を打つのもなかなか大変だ。なので。
エルフの久しぶりにめんどくさい状態に、相槌の加減を誤ったラルフはうっかり急所に突撃をかましてしまった。
「あれ? そう言うってことは、クラエスは学科に友達いないの? じゃあもしかして……付き合いのある人間って、今ここにいる三人だけ?」
ラルフの心無いウッカリに、クラエスフィーナが石像になったみたいに固まった。
「あっ……」
「……ラルフ、ダウト」
今頃傷口に手を突っ込んだことに気がついたラルフの脇腹に、ダニエラが軽く一発拳を入れた。ホッブも黙って顔の半分を手で覆う。
「本当にお前は、アホか」
「ごめん……」
何とかしろという無言の圧力を二人から受けて、ラルフが恐る恐る声をかけるも……。
「あー……えーと……」
黙り込んでふるふる震えているエルフに、なんて言ってフォローしたらいいものか。色々話しかけても全く応じる様子のないクラエスフィーナに、ワタワタしながらラルフは親友を見た。
(どうしようホッブ。思いっきりヤバいところへ直撃したみたいだ)
(どうしようったって、どうしようもねえぞ)
呆れ果てているラルフの親友も、とっさにいい手が思いつかない。腕組みすると眉根を寄せて考え込み……カッと目を見開いた。
(……仕方ねえ、迎え酒の要領で行け!)
ホッブの気迫に、ラルフの期待も高まる。
(というと、何をしたらいい?)
(もっと派手に黒歴史をほじくり返せ! そうすれば友達がいないくらい、大した話じゃなくなる!)
(おまえは悪魔か!?)
黒歴史をほじくるまでもなく、さらに浴びるように酒を飲み始めたクラエスフィーナ。へべれけに酔っぱらったエルフが卓に伏せたままクダをまく。
「あらしらってれ……あらしらって、おろもらちつくろうひょがんびゃりまひらよ?」
「おいダニエラ、このポンコツ何を言いだしたんだ? エルフ語か?」
「おまえの慣れ親しんだ王国語に決まってんだろ、すっとこどっこい。『私だって、友達作ろうと頑張りました』つってんだよ」
扱いに困ったホッブとダニエラがボソボソ話していると、単語を拾ったクラエスフィーナがいきなりガバッと起き上がる。
「そう、それらの! 王国語!」
「……王国語がどうかしたのか?」
エルフがストンとまた座り、卓に突っ伏してさめざめと泣く。
「入学したばっかりの時、私も周りに声をかけたのよ? でも、エルフが珍しいのか蜘蛛の子を散らすみたいに逃げるの!」
「あー……」
これは、三人とも原因に心当たりがある。
クラエスフィーナが美人過ぎる。
エルフ族という希少性、そのエルフ族が気難しいという風評に加えて実物が王都でも滅多に見ない美しさだ。
そしてクラエスフィーナが入った魔導学科は……基本的に引きこもり予備軍でコミュニケーション障害寸前の「ぼっち気質」が多い。同じ研究室とか、強制的に交流が発生する場合とかならともかく……人間相手の近所づきあいさえ難しいのに、エルフに「ちょっと良いですかぁ?」と声を掛けられたら……。
「そら、逃げるわ」
「逃げるだろうなあ」
「魔導学科の根暗どもには無理だよね」
「マイキー先輩みたいなフレンドリーなのだっているじゃない!」
「あれを基準にすんじゃねえ。裸エプロンでおならで空を飛ぶような先輩ばっかりでいいのか?」
「それはやだ!」
水を飲ませたり、ダニエラがトイレに連れて行って吐かせたりすると、泥酔エルフはやっと少しまともになった。
それでも、くだをまくのは止まらないけど。
クラエスフィーナは今度は水の入ったジョッキで卓をダンダン叩く。飛び散った水を頭からかぶっているけど、酔っ払いは気にしない。
「酷い人になると、声をかけると涙目で震えながら『アイ キャン ノット エルフィッシュ』とか叫ぶのよ!? 喋ってるじゃない貴方! 今! ていうか私は王国語で話しかけてるでしょ!? なんで 履修届の提出先を聞こうとしただけで私が虐めたみたいになってるの!?」
「クラエス、だいぶ溜まっているねえ」
ラルフが思わず漏らすと、ダニエラが訳知り顔に頷いた。
「そら、そうよ。故郷から一人で出て来て、知り合いもいない町で暮らしているんだぜ? それで学院でも誰も相手にしてくれないんじゃ、たまには愚痴りたくなるってもんよ」
「その割にはグルメだのショッピングだの満喫して、『もう田舎暮らしは無理』とかほざいてるが?」
ホッブに冷ややかにツッコまれるも、ダニエラは見下した微笑みでヤレヤレと首を振る。
「ははん、わかってねえなあ。クラエスはな、普段は寂しさを隠して陽気に振舞ってるんだよ。繊細なあたしにはわかる! 間違いねえ! ホッブもその辺りに気が回らねえとな~、彼女なんかできねえぜ?」
「ダニエラごときに人情の機微がわかるんなら、ラルフは今頃文章学の権威になってるぞ」
「なあ、あたしなんでそこまで言われにゃなんねえの?」
潰れて寝ているクラエスフィーナをそのままに、ラルフとホッブ、ダニエラは中途半端になっていた反省会を再開していた。
「とにかくもっと軽く“翼”を作らねえと」
「あの重さじゃ無理だよね。傘持って立ってた方がよっぽど飛べるんじゃない?」
「おう、あたしに喧嘩売ってんのか」
「売られないように気をつけろ、強度計算のできないアホ工造学科」
ラルフが左右の指先で四角を作った。ダニエラの作った“翼”の骨の太さだ。
「少なくても、僕が腰かけてたわみもしないほどの強度はいらないんじゃない?」
ホッブもそれを見て、自分の指で円を作ってみる。
「そうだな……人間凧揚げのチームのを見ても、三分の一もあればいいんじゃないか?」
「うーん……」
ダニエラが机に水滴で四角を幾つか書いて見る。
「木が細くなると釘を打った時に割れやすくなるんだよな」
「それはそうだけどさ」
それが原因でそもそも浮かないのでは、本末転倒も甚だしい。
家の仕事で釘打ちを手伝ったことがあるラルフが、ダニエラの組み立て過程を思い出していて……一つ気がついた。
「そう言えばダニエラ。昼間作っていたのを見ていてさ、下穴を開けて無かったみたいなんだけど」
ダニエラより先に、新しいジョッキを受け取っていたホッブが振り向いた。
「下穴? 下穴ってなんだ?」
「ホッブは大工仕事した事ない? 木に釘を打つ時にさ、打つ場所に先に錐で穴を開けておくんだよ。そうすると金槌で叩いている間に位置がズレる心配が無くなるし、細い木なんか割れにくくなるんだ」
説明しているうちに思い出したが、やっぱりダニエラがそんな工程を挟んでいた様子はなかった。男子二人が肉を咥えているドワーフを見る。
「いや、下穴ぐらい知ってるぞ!?」
ダニエラがわちゃわちゃ手を振りながら、慌てて骨付き肉(たぶん鶏)を口から離した。
「だけど、釘を打つ箇所はいくらでもあるのに一々穴を開けるのがめんどくさくてさあ」
「木が太いのはテメエの都合じゃねえか!」
「とにかく、早急に二号機を作るぞ」
議論は何も進んでいないけど、ホッブがそう言って話をまとめた。よそのチームに倣って人間凧揚げから始めるにしても、まず実験機を空に浮くようにしないと実験さえできない。推力をどう得るかはその後だ。
「もっと細い木か……問屋にあったっけかな」
「他所のチームは使っているんだぞ? 無いわけないだろ」
ダニエラとホッブが木材の調達について話している横で、ラルフはお替りを運んで来たオヤジになんとなく質問を振ってみた。
「オヤジさん。鳥みたいに空を飛ぶって、どうしたらいいのかなあ」
「そりゃあんた、アレだよ。鳥になり切ってみることだな」
「どういう風に?」
オヤジは待ってましたという顔で、壁に張り出したメニューを指した。
「今日はチキン? フェア開催中さ! 丸焼きに半身の唐揚げ、野菜と煮込み、にんにくをガツンと聞かせた『夜の香草焼き』もあるぞ? 変わり種ならスズメやカラスの丸焼きも出してるぜ。たらふく食えば、鳥の気持ちもわかるってもんよ」
「ねえオヤジさん、なんで素材に毎回疑問符がつくの? あと、スズメやカラスはそこら辺の路上で調達したんじゃないよね?」
「朝採れの新鮮なヤツだぜ!」
「それ野菜につける言葉だよ」
夜の街路に影が延びる。
へべれけになった三人がフラフラしながら完全に潰れたエルフを担いで歩く。
「今日は反省会だったせいかな、酔った気がしねえ」
「気がしねえだけだダニエラ。おまえもまっすぐ歩けてねえよ」
「そういうホッブこそ、なんで一々看板にぶつかるんだよ」
「うるせえ! そういう気分だったんだよ、たぶん」
「ほんと、あそこの酒は凄いよね。飲んだ気がしないのに足にだけはクルよ」
言いながら、ラルフは背中で寝息を立てているエルフを担ぎ直した。意識が無いので非常に担ぎにくい。
「ところで、クラエスが地味に重いんだけど二人とも手伝ってよ」
ラルフに言われて、ダニエラとホッブが顔を見合わせた。
「そうは言ってもラルフ。あたしん家逆方向だし」
「そうだぞラルフ。俺ん家も逆方向だし」
「ホッブの家は町内に入ってから逆方向だろ!」
いきり立つラルフの肩をニヤニヤ笑いながらダニエラが叩く。
「まあまあラルフ君。おまえ女の子をお持ち帰りした事なんか無いだろ、ううん? 滅多に無いチャンスを与えてあげているんだ、ありがたく思えよ。いやもちろん、クラエスを連れて帰るのがめんどくせえとか思ってるわけじゃなくてな?」
ホッブもしたり顔で反対の肩を叩く。
「小高き丘の賢者よ、考えたまえ。君が手間取れば手間取るほど、その背中に豊かなふくらみを感じる時間が長くなるのではないかな? もちろん、俺が早く帰って寝てえとか思っているわけじゃないからな?」
二人は揃ってシュバっと手を挙げた。
「というわけで、それじゃまた明日!」
「待て待て、マジに待ってよ!? ちょっと!?」
ラルフが止めるも、ダニエラとホッブは本当に帰りやがった。
「なんて友達がいの無い連中だよ、まったく……」
まさか超上玉のクラエスフィーナをそこら辺の路上に転がして帰るわけにはいかない。家はわからないし、そもそも鍵を出すのにクラエスフィーナがどこに持っているのか……「身体検査」は興味があるけど、さすがに寝ている友人にそれはちょっと。
「仕方ない……うちに連れ帰るか」
ラルフはため息をついて、ずれ落ちかけたクラエスフィーナを担ぎ直した。
「……にしても、ホントクラエスは“ある”よな……」
さすがにこの時間は店は閉まっているので裏口から台所に入ると、まだ起きていた妹がちょうど水を飲んでいたところだった。
「あ、ただいまジュレミー。客間のベッドって……」
ラルフが話しかけようとしたら、妹が挨拶も抜きに金切り声を上げた。
「お母さん! お父さん! バカ兄が、マジバカ兄で女の子を誘拐してきちゃった!」
「酷い誤解だ!? ジュレミーおまえ、兄をなんだと……!」
兄の姿を一目見るなりとんでもない誤解を叫びだす妹に、ラルフは頭痛が止まらない。もしかしたらアルコール性かも知れないが。
とにかく説明しようとするも、その前に父母が飛び出してくる。
「ラルフ、いくら俺みたいにモテねえからって犯罪すれすれに手を出すとは何事だ!」
「誘拐なんかしてないよ! ていうか誘拐はすれすれじゃなくて犯罪そのものだから! そもそもどこの誰がモテだって!?」
「ジュレミーも夜中に騒ぎ過ぎだよ、静かにしな! 家の中でこっそり隠滅できなくなるじゃないか!」
「母さんも結構うるさい……のまえに、発想が怖いよ!?」
ラルフが状況を説明できるまでに、この後まだ三十分の時間が必要だった。




