16.発想を転換すれば何も問題はない
夜仕事・夜仕事・お偉いさんの送別会とここのところ連日夜が忙しくって書いていられませんでした。
その日程の中で。
現地の監理をしていたベテラン社員が忙しすぎて、二日で食事:一食、睡眠:三時間しか取れなくて数字に出るほど一気に痩せたらしいのですが……その体調で送別会にも来て、ビールと焼酎と清酒をチャンポンするのは止めた方がいいと思いました。
というか、家に帰って寝ろ。
審査課題の研究を行うチームには、実験機を格納する為に空き倉庫などの収納スペースが貸し出されている。思いっきり出遅れたクラエスフィーナのチームも実験機が小型(予定)だったことが幸いし、思いがけず湖に近い小屋が提供された。
自分の授業が終わったラルフがそっちに顔を出してみると、ダニエラが中で“翼”の組み立てをしていた。昨日まで影も形も無かった実物が、すでに全体像が見えるくらいまで組み立てが進んでいる。
「おはようダニエラ。これ……実験機かい?」
「おいラルフ、なんでこの時間に『おはよう』なんだよ? 授業中ずっと寝てたのか?」
顔をしかめて意外な反応をするダニエラに、むしろラルフが驚いた。
「あれ? 工造学科って一日中どの時間でも挨拶は『おはよう』なんでしょ? 実験に入ると家にも帰れなくて時間の感覚がなくなるから、挨拶は『おはよう』か『お疲れさま』の二種類しかないって聞いたんだけど」
「そんなの都市伝説だ! おまえもどこから聞いてくるんだかなぁ……」
「もしかして……ダニエラはまじめに実験参加したことないから、そんな経験無いとか?」
「あたしの所は坑道設計だから、ぶっ続けの実験なんか無いんだよ!?」
「現場じゃ鉱山労働者を昼夜なくこき使っているのにね」
「それは経営の問題じゃねえか!? 技師に責任はねえよ!」
ダニエラは手元の角材同士を線を引いた位置に貼り合わせ、釘を打つ。
「で、それは何をしているの?」
「ホッブが言ってたように、とりあえずクラエスが宙に浮くのかどうか、まず一台作ってみてる。これで風に乗れるのがわかったら、形は検討して二号機の製作だな」
「ふーん」
全く知識のないラルフには、どこをどう手伝っていいのかわからない。だから黙ってダニエラの頭越しにのぞき込み、彼女の作っている機体を眺める。
見事なまでに真四角な木のフレームは、クラエスフィーナが縦並びで三人寝れるほどの大きさだった。さすがに一本の木材でその長さは用意できないので、継ぎ足しをしたところは補強を入れている。四角い外枠だけでなく、途中にも何ヶ所か前後を繋ぐ桁が入っていた。見た目は表面の薄板を張っていない巨大な木の扉枠としか言いようがない。
全く知識はないけれど、一般常識としてさすがにラルフでも今できつつある“翼”に違和感を感じた。この戸板みたいな実験機、どうにも計算された結果の気がしない。
ラルフは釘を打っているダニエラにもう一度訊ねた。
「ねえダニエラ……これ結局、設計は何とかなったの?」
そう、元々の問題はダニエラが図面を描けないという点だったはずだ。昨日の今日で、もう実験機を作っているけど……そう言えばダニエラが製図しているのを見ていない。
手を休めたダニエラがニッと笑って親指を立てた。自信ありげだ。問題は解決したらしい……が、手元に図面はない。
「おうよ。あたしもさんざん悩んだんだがよ……発想を転換すれば簡単な話だったんだ」
「どういう風に?」
「図面上で色んな法則を当てはめて、完璧な設計をしようと思うから難しくなるんだ。でも、審査ではとにかく飛べばいいんだろ?」
「まあ……そう、かな?」
ダニエラの理屈は短絡的だけど、合っているような気がしないでもない。ラルフは続きを促す。
「そこで考えたんよ。先に実験機を適当に作っちゃって、試行錯誤しながら正解に近づけて行けばいい」
「う……うう~ん?」
何か、話がおかしくなってきた。
「そんでよ。うまくいく機体ができたら、その現物を元に図面を描けばいきなり完璧な完成図面が描けるって寸法よ! ハハハ、意外と簡単な話だったな」
愉快そうに笑うドワーフに、ラルフはドン引きしか感じない。これは発想の転換というより、本末転倒というのが正しい。
「……それって、とりあえずマトモな機体ができるかどうかは勘頼りってことだよね?」
そういう手は、長年経験を積み上げた職人ならなんとかなるって言うものじゃなかろうか? 空を飛ぶことに関して初心者でさえないダニエラが、初めての分野でどうやってノウハウを発揮するというのか。
鼻歌交じりに金づちを振るうダニエラの背中を、ラルフは呆然と見つめた。
その為にラルフは、一番最初に感じた違和感をツッコミ忘れた。
「なあダニエラ。これ……浮くのか?」
ホッブの第一声を聞いて、ラルフもさっきツッコミ忘れたポイントを思い出した。
「あ、それ僕もさっき思ったんだ」
「思ったなら言ってやれよ……」
今、四人の目の前に置かれている一号機。完成した実験機を一言で言い現わすと、
《絵を描くキャンバスの馬鹿でっかいの》
になる。
細長く長方形に成形した木枠に、帆布を張り付けて薄板で押さえ釘を打ってある。中央付近の下部には背負い紐と胴に巻くベルトが備え付けられていた。
ラルフとホッブが違和感を抱いた原因は、主にその枠組み。
空力特性とかは、工造学科でもない二人にはわからない。だから形はおかしいと思ってもツッコめないんだけど、それを置いといても使っている角材が……太すぎる。先日湖畔で見た研究チームの“羽根”は、骨がもっと細かったような気がするのだが。
椅子でも作るような太さの角材に、試しにラルフが座ってみた。折れるどころか、きしむ音さえ聞こえない。ホッブが“翼”の片側を掴んで持ち上げてみると、予想していたのに予想以上の重さに取り落としそうになる。湖まで持って行くのに、ホッブとラルフだけでは難しそうだ。
「おい、ダニエラ。この“翼”、重過ぎねえか?」
ホッブに聞かれたダニエラが肩を竦めた。
「仕方ねえだろ。クラエスの重さに充分耐えられるものにしようと思ったら、使う木がこんな太さになっちまったんだ」
「あぁ……」
「なにその『全部分かった』って顔!? 酷いよ!?」
なんとも言えない顔でチラリとみてくる男子二人に、クラエスフィーナが涙目で抗議の声を上げた。
「風洞実験場?」
“翼”のちょうど真ん中あたりを持ったラルフが訊き返した。
「おうよ。でかい部屋の真ん中に実験物を置いてな、それに人工的に作った風を当ててどういう風に風に煽られるか確認する施設なんだ。王都にある学院の中でも、うちと工造専門学院の二か所にしかない珍しい設備なんだぜ」
先頭を歩くダニエラが説明する。重い実験機を運んでいるので息が苦しそうだ。
「ほえー……そんな設備があるんだねえ」
ラルフの反対側を持っているクラエスフィーナが感心した声を上げた。が、すぐに首を傾げた。
「それって、何を調べるのに使ってるの?」
理屈を知らないと、風を当てるという行為に何の意味があるのかわからない。専攻でない人間にとっては、特殊実験の施設なんてそういうものだ。
クラエスフィーナの素人らしい疑問に、工造学科のダニエラは自慢げに肩をそびやかした。ダニエラ自身は専門外だけど。
「嵐で強風が起きている時に、風に吹かれた建物や構造物にどんな影響が出るかを調べる為の物なんだ。んで、今度の課題では実際に空へ飛ばす前に動きが確認できると誰かが思いついて皆が試しているんだってよ」
得意そうなダニエラの話を聞き、一番後ろで機体を支えていたホッブが口を挟んだ。
「つまり、誰かの受け売りなんだな?」
「うるせえ! あたしらの役に立てば、誰が言い出したかなんて関係ねえだろッ!?」
「やっぱりね。ダニエラが急に分かったようなことを言い出したから、熱でもあるのかと思ったよ!」
「ラルフもうるせえよ!? つべこべ言うならおまえも役に立つこと聞きこんで来いよ!」
「良かった~。ダニエラの発案なのかと思って、安全なのか心配してたんだよ」
「あたしのアイデアだと信用できないの!? クラエスが一番ひでえ!」
風洞実験場は先日の秤小屋の近くだった。まだ先客がいるので、運んで来た“荷物”を持ったままの格好で待機する。
もうこの時間だと日差しのピークがとうに過ぎたとはいえ、屋外に立ちっ放しだと夕方でもまだまだ暑い。その中で荷物を持ち続けているのはなかなかの苦行だ。
そもそもこの“翼”、なかなかの重量があるので担いだまま待機だと結構厳しい。
「置いとく“馬”を持ってくればよかったな……」
ラルフがぼやくけど、四人しかいないチームでは“馬”まで運ぶ余力がない。前のチームの実験が早く終わらないかと皆ため息をつく中、ダニエラがうんざりした声を出した。
「なあ……なんかあたしの負担が大きくねえ?」
ダニエラが一番前を一人で持っている。中央付近をラルフとクラエスフィーナが持ち、後端はホッブの担当だ。
「仕方ないじゃん。身長順で持ってるんだし」
言いながらラルフは後ろのホッブに目配せ。ホッブもラルフの言葉に捕捉を入れた。
「四人がかりじゃねえと持ち運べねえし、横倒しに落とす心配もあるから両側にも配置しないとな」
「そりゃ、そうなんだけどな……」
ダニエラが人一倍身長が低いので、四人がそれぞれ角を持って運ぶわけにもいかない。身長順と言われれば、両極端のダニエラとホッブ、その中間に同じくらいの身長のラルフとクラエスフィーナという菱形配置にならざるを得ないのだ。
わかってはいるけど、何とかならないものか……ぶつぶつ言っているダニエラの背中を見ながら、ラルフとホッブが口元をかすかに綻ばせながら視線を合わせた。
(うまく丸め込めたぞ、ホッブ)
(ああ……ダニエラの奴、気がついていないな)
長い荷物を運ぶ際、荷物に傾斜がつけば重量は下で受けている側に大きくかかる。むしろ上側が持ち上がれば持ち上がるほど、下側の負担は大きくなる。極端な話、下側が重さを支え、上側や側面は荷物が転がらないように横方向を支えているのが主な仕事になる。
つまり人力で運ぶことを選択した段階で、一番重い負担がダニエラにかかるのは決まっている。
「こんなのが毎回だと堪んねえぞ。台車とかも作らないとダメかもな」
「そうだねえ。その方が楽だよねえ」
後ろの二人の邪悪な思惑も気づかず、チームで唯一の工造学科生ダニエラはクラエスフィーナと愚痴をこぼし合っていた。
「あークソ、重てえなぁ!」
運び込んだ機体を見て、管理者の助教は怪訝な顔をした。
「君たちの装備……重すぎないか? 部材がやたら太いというか……」
やっぱり骨組みの太さが気になったらしい。
四人は顔を見合わせた。代表してダニエラが答える。
「クソ重てえクラエスを支えるように作ったもんで」
「なるほどな」
「待って!? 私、そんなに重く見えますか!? ねえ!? ちょっとぉ!?」
気になっただけで疑問自体はどうでも良かったらしく、生返事で準備に入っていった助教をクラエスフィーナの悲鳴が追いかけた。
実験場の備品の“馬”を借りて“翼”を安置し、浮き上がった時に吹き飛ばされないように天井から吊るしたロープをかける。
「前側を少し高くするんですね」
少し上向き角で設置した“翼”を見て、ラルフが助教に尋ねた。これは初めて見る工夫だ。
「ああ、先行チームの研究でな。翼の下に風が入らないと浮き上がらないらしい」
「そういうものですか」
何気なく話していて、不意にラルフの脳裏をチリッと小さな稲妻が走った。
「……ん?」
今の会話が、何か大事なことを含んでいるような……。
“翼”の設計をするのに、重要なヒント。
に気づかず、ラルフは後ろのクラエスフィーナを振り返った。
「ところでクラエス、これ実際に乗ってみた方がいいんじゃない?」
そのまま次の打ち合わせに入る。
ひらめきに縁が無い男、ラルフであった。
助教が号令をかけた。
「よーし、扇風機を回せ!」
「はーい!」
クラエスフィーナが構える中、壁際に設置された巨大な二基の“扇風機”が回り始めた。
先日のアントニオ先輩が開発した「ファン」に似ていて、円形に配置された六枚の羽根が空気を切り裂いて風にする構造になっている。ただし、大きさは直径が二メートルほどもあり、廻すのに必要な力も起きる風の威力も桁違いである。
……つまり、クラエスフィーナの言っていた「魔力=威力」理論に基づけば「魔力」で廻せる大きさを超えている。
そんなわけで。
「なんであたしがこんな係なんだよっ!?」
「黙って漕げ、ダニエラ!」
ダニエラとホッブが円形羽根の軸につながれた動力装置のペダルを踏み、必死に漕いでいた。一応クラエスフィーナを除いた三人の脚力を測定して、一番弱かったラルフが観測にまわっている。
必死で漕いでいる二人のおかげで、かなり暴力的な強風が実験室の中を通り抜けている。その中で目を凝らして“翼”の挙動を観察していたラルフが、風を作っている二人にメガホンで叫んで報告した。
「ホッブ、ダニエラ! あのね~! え~とね~!」
「け・つ・ろ・ん・を・い・えっ! キッツイんだよ、これ!」
「わかった~!」
息が上がっているホッブに怒鳴られ、一旦言葉を切ったラルフがもう一回叫んだ。
「まったく浮いてない~!」
「なんだとっ!?」
「なんでだ!?」
驚いた二人がペダルを漕ぐのを忘れ、回転がどんどん落ちた扇風機が止まった。風音と歯車のきしむ音が消え、静かになった実験室にダニエラの叫びがこだました。
「もう一度言え、ラルフ!」
「だから、全然浮いてないんだよ!」
慌てて扇風機から戻って来たホッブとラルフに、ラルフが現物を指し示しながら説明する。
「今の風でも、この機体まったく浮かないんだよ」
「まったく?」
「まったく。これっぽっちも。この“馬”から一ミリも浮いてない。押されてズレてもいないよ」
首を傾げた三人はしばし沈黙して……申し合わせたように実験場を管理している助教に顔を向けた。
「なぜでしょう?」
「いや、俺も飛ぶ装置なんか専門外なんだが」
それでも今まで各チームの実験を見守って来ただけあって、寺院建築学の助教は一応の心当たりがあるようだった。
「多分だが……単純に重すぎるな。やっぱり部材が太すぎる」
風で浮かび上がる力でもカバーしきれないくらい、“翼”自体が重すぎる。
「でも、クラエスの重さをカバーするには……」
「私、重くないよ!?」
「そのクラエスフィーナ君の体重だがね、もっと細い部材でもカバーできるんじゃないか? 大柄の男子学院生がチームリーダーの所も多いが、こんなに頑丈な角材を使ったチームはないぞ? いくらクラエスフィーナ君が重いとしても、耐荷重に余裕を見過ぎじゃないか?」
「私、重くないってば!」
「うーん……クラエスが乗るのを考えれば、安全に幅を持たせたかったんっすけどねえ」
「だから、私そんなに重くない!」
クラエスフィーナの抗議も無視して、ダニエラと助教が話し込んでいる。
ラルフがゴクリと喉を鳴らした。
「動学系の集中力って凄いねホッブ。あれだけうるさいクラエスをガン無視だよ」
「ああ。ダニエラの方はワザとかもしれねえがな」
ミャーミャー喚いているクラエスフィーナを無視した議論も、十分ほど続いてついに結論が出そうな雰囲気になっていた。というか色々可能性を潰して、結局は骨組みが重すぎるという結論になりそうだった。
助教が眉間に皺を寄せてこめかみを指で掻く。
「そもそもクラエスフィーナ君の体重は設計の段階で元より計算に入れているだろう? この装備、強度計算はどうなっているんだね?」
「あ、それなんすが……えーっとっすね……」
助教に根本のところを指摘されて口ごもるダニエラ。なにしろ設計図が描けないくらいだから……そんなものは、当然やっていない。
答えに詰まったダニエラが、横で見ていたホッブにアイコンタクトで援護射撃を要請した。
(おい、ホッブ! 頼む、助教を丸め込んでくれ!)
口の巧さに関して言えば、法論学のホッブは四人の中で一番達者だ。とっさに相手を煙に巻く能力は、入学以来の付き合いのラルフも感心するほどである。
(わかった)
ホッブがかすかに頷いて、助教の肩をフレンドリーに叩いた。
「いやあ、それなんですがね……ダニエラの奴は小難しい理論が一つも覚えられないほどオツムの出来が悪いもんで、強度計算どころか製図もできないんすよ」
「おまえ確か二年生だったな!? この一年以上何を勉強してきたんだ!」
「ひぃっ!?」
えらい剣幕で詰め寄る助教に散々責め立てられた挙句、最後には首根っこを捕まえられて補習に連れ去られたダニエラ……を見送ったラルフが、ホッブに振り向いた。
「ダニエラは状況をわかりやすく説明して欲しかったわけじゃ無いんじゃないかな?」
「そうか? パニクって自分の口で説明できないのかと思った」
口の廻る男、ホッブ。ただし、空気は読めない。
「ところでクラエス、さっきから静かだけど……どうしたの?」
「べ、ベルトがお腹や肩に食い込んで……早く下ろして……」
「ああ、重いからなあ」
「違うよ!? そうじゃないよ!? この実験機が欠陥設計なんだよ!」
「いや、そもそも『設計』はされてない。完全にやっつけ仕事だよ」
「欠陥なのは設計者の方だよな」
「なんでもいいから早く下ろしてよ!」




