15.まず明らかにすべきは乙女の秘密
離れたところでクラエスフィーナが手を振った。
「それじゃ、行くよぉ!」
草原が風で煽られて生い茂る緑に風紋が浮き始め、直後にラルフとホッブは強風に包まれる。目を開けているのがつらくなるぐらいの風が継続して吹いている。クラエスフィーナの風魔法の力だ。
徐々に風が収まり、クラエスフィーナが近づいてきた。
「アレで最大魔力だよ。最大と言っても、五分ぐらい継続できる持続可能なパワーで、だけど」
風の動きが見えやすい草原で、クラエスフィーナの風魔法が実際どれぐらいの強さなのかを見せてもらっていた。
「割と強い……けど、確かに人間が吹き飛ばされるような力はないね」
嵐の前に風が強くなった時に似ている。道端に置いてあるものが吹き飛ばされたり、手に持った傘を吹き飛ばされたり……という程度で、馬車が横倒しになったり人間が宙を舞ったりというような威力はない。ハリケーンとか言う外国の嵐は家を空中に吹き飛ばすこともあるというけど、そんな大自然の猛威の方がよっぽど強そうだ。
「そうでしょ? これでも人間の一般的な魔術師が使える力より、だいぶ強いはずなんだけどね」
クラエスフィーナによれば、風魔法というのは本当に単純な動きしかできないらしい。具体的には「任意の方向に今のような風を吹かせることができる」程度の物だそうだ。
「いろんなことができるわけじゃない……というより、どう使うかの発想次第って事か」
「その通りだよ」
強弱や方向は調整できても、要するに風を起こすだけなので術者のイメージが貧困だとただ風が吹いているだけになる。
「具体的に、エルフはどういう時に使うんだ?」
ホッブの問いに、クラエスフィーナが考え込んだ。
「うーん……暑い時に扇いでほしいとか、洗濯物が早く乾いて欲しい時とか……」
「……意外と大したことに使っていねえんだな」
「クラエスのイメージが貧困なだけじゃないの?」
「し、失礼だよ!?」
男二人の感想にクラエスが耳をピンと立てて抗議するが、実際問題他には思いつかないらしい。
「あとはあ……竈の火おこしに使うとか、ジャンプする時飛距離を伸ばすのに後ろから追い風を当てるとか……でも、火おこしは細心の注意を払って微調整しないと煤が舞い上がるし、ジャンプの補助推力にすると勢い付きすぎて着地でつんのめったりすることもあるし……」
使えばいいというものでもないらしい。
「なるほどねえ。使いどころがなかなかないのか……」
「コレって言う凄い用途って、すぐには思いつかないなあ」
ラルフとクラエスフィーナが唸っていると、ホッブが禁断の質問を発した。
「クラエスが絶望的に不器用なだけじゃねえのか?」
「ち、違うもん!」
三人が研究室に帰ってくると、居残って“羽根”の設計をやっていたダニエラがペンの尻を齧りながらウンウン唸っていた。
「どうだダニエラ。蟻が寝返りを打ったぐらいには、ほんの少しでも進んだか?」
「まったく期待してねえってハッキリ言えよ!?」
ダニエラが机の上にペンを投げだした。
「正直、全くどうしたらいいのかわかんねえよ。とりあえずは虫や鳥なんかの“羽根”っつーか、“翼”の構造も用途に依って形に違いがあるのはわかった」
ダニエラは一度放り出したペンをまた取って、インク壺にちょっと浸すと裏紙に線を書き始める。
ホッブが覗き込んだ。
「これは……先日の研究チームが使っていたヤツか」
「そう。見た目で言えば蝙蝠の羽根が一番近いんじゃねえかな……んだけどよ、この形が空を滑空するのに向いているかって言うと……正直そこまで考えて設計したものとは思えねえ」
ラルフとホッブも考えてみた。言われてみれば、蝙蝠は風に乗って進んでいるような飛び方はしていない気がする。
クラエスフィーナが首を傾げた。
「じゃあ、どんな形が向いているのかな?」
ダニエラが参考にしていた鳥や昆虫の図鑑をぱらぱらとめくった。
「虫よりは鳥かあ? ……それも猛禽類とか海鳥とか、巡行状態では羽ばたかずに風に乗って漂っているヤツ。クラエスが羽ばたいて推力を得るのはまず無理だから、“翼”の用途は滞空だけになるな」
「推力はクラエスの風魔法に頼るってこと?」
ラルフに聞かれて、ダニエラが頷いた。
「だから鳥や虫とは根本的に飛び方が違うから、最悪“翼”は真四角でもいいと思うんだよな」
「それはダニエラが設計できないからじゃ……」
「うるせえっ!」
違うとは言わないダニエラ。
「んで。最初に問題になるのは、だ」
ダニエラがクラエスフィーナを見た。
「クラエスを支えられる“翼”の大きさがわかんねえ」
ラルフとホッブの視線もエルフに集まる。全員に見つめられて、クラエスフィーナが居心地悪そうに自分で自分の身体を抱きしめた。
「当然重力に引かれて、クラエスには真下に落ちようとする力が加わる。重力に下から引っ張られてもその場に居残ろうとする力を、“翼”が与えてくれるって訳なんだけどよ……どれぐらいの大きさがあれば、クラエスを支えられるもんなのか? それを割り出さないと製作にはかかれねえ」
無言の数秒間が過ぎ、ホッブが一言口に出した。
「つまりは、クラエスの重さか」
「その通り!」
じりじりと迫る三人に、クラエスフィーナは悲鳴を上げた。
「待って! ちょっと待って!? 女の子の体重をバラすなんて、そんな非人道的な事を……!?」
「体重だけじゃねえ、身長と横幅とスリーサイズと……つまり何もかもだ!」
メジャーを持ったダニエラが薄笑いを浮かべてクラエスフィーナに迫る。気がつけば、研究室の片隅にすでに体重計が用意されていた。
「スリーサイズは関係ないでしょ!?」
「関係あるぞ? 小高き丘の賢者のラルフのやる気が上がるじゃねえか!」
「ねえ、それ有名なの? 僕ってそんなに有名なの?」
「じゃあ、調べなくていいのか?」
「僕の海より深い探究心的に、もちろん知るに越したことはないかな!」
悲鳴を上げながら逃げ回るクラエスフィーナに、ホッブが業を煮やして叫んだ。
「このままでは埒があかねえ! おいダニエラ、とにかくクラエスを捕まえろ!」
「おうっ!」
ドワーフがエルフに抱きついて足を封じる。ダニエラの方が体格が全然小さいとはいえ、エルフじゃドワーフの馬鹿力にはかなわない。
「捕まえたぞ!」
「キャーッ!? 嫌だああ!」
暴れるクラエスを完全に封じ込めたダニエラに、ホッブが次の指示を飛ばす。
「よし! そうしたらな、ダニエラ。そのままクラエスを抱えて体重計に乗れ!」
「よっしゃあ!」
クラエスフィーナを引きずり始めたダニエラを見ながら、ラルフはホッブに尋ねた。
「これで測っても、クラエスの体重は出ないよ?」
「ははっ、頭を使えラルフ。二人まとめて計って、その後ダニエラだけで計ればクラエスの体重が出るじゃねえか」
「あ、なるほど」
二人で笑いあい、体重計に視線を戻すと。
「ダニエラも逃げた!?」
「くそっ、手間を増やすんじゃねえ!」
結局鬼ごっこで一時間を費やし、ラルフとホッブはなんとかクラエスを捕獲した。
「手間かけさせるんじゃねえ!」
「だって、だってぇぇぇぇ!」
「君の研究だろ? これは」
「そうなんだけど……」
ぐるぐる巻きに縛られた上に首輪で紐につながれたクラエスフィーナを、ラルフとホッブは工造学科の実験場に連行していた。先に行っているダニエラに、研究設備の一つを借りるように言ってある。
「だけどホッブ、こうしてクラエスに縄をかけて引きずってるとさ」
「おう、手が疲れるか? 重いもんな」
「そんなに酷くないよ!? 私だって歩いてるじゃない!」
紐を握ったラルフが、照れたように笑って鼻の下をこすった。
「いや、奴隷商人が禁止されるのもわかるね。なんかいけない悦びに目覚めそうだよ」
「それ何か、きっと違うヤツだよ!?」
「……奴らは商売でやってんだからな? 売り物で遊ぶためじゃねえからな?」
工造学科の実験場に立つ建物の前で、ダニエラが助教と一緒に待っていた。
「おう、設備を借りる許可は取れたぜ」
「こっちもクラエスを連れてきた。無駄な時間がかかっちまった。早速やろう」
ダニエラとホッブが打ち合わせている後ろで、クラエスフィーナがキョロキョロ辺りを見回した。
「ここで何をやるの?」
見たところ、この付近で課題の研究をしている人間はいないように見える。どちらかというと室内で行う小さな実験をする所みたいだけど……。
ダニエラが後ろに立つ小さな小屋を指した。
「クラエスがどうしても体重計るのが嫌みたいだから、工造学科の最新鋭の計測装置を借りることにした。コイツに入ると、おまえが体重計に乗らなくてもよくなるんだ」
「へえ……どういう構造なんだろ?」
クラエスフィーナはダニエラが指し示した小屋に入ってみた。
中は特に何もない。ちょっと動物の匂いがするので家畜小屋みたいだけど、別にここで飼っているわけでもなさそうだ。天井にも窓にも、特に変わった装置が付いている感じはない。
「なんだろ……別に魔力の発動も感じないけどなあ。何をどうやって測っているんだろう?」
クラエスフィーナが首をひねっていると、外で助教がダニエラに説明する声がする。
「……よし、データ取れたよ。クラエスフィーナ君の体重は〇〇キログラムだ」
「なんで!?」
慌てて小屋から転げ出たクラエスフィーナがダニエラに食ってかかった。
「なんで!? どゆこと!? どうして私の体重が出るの!?」
今なにも起きていなかったはずなのに、どうしてクラエスフィーナの体重が出るのか? 動揺しているクラエスフィーナに対して、ダニエラは平常心で呑気にメモをしている。
「おおクラエス、おまえの体重〇〇キロで合ってる?」
「知らない! 最近は怖くて体重計なんか載った事ないよ! それよりなんで私の体重が出たの!?」
パニクっているクラエスフィーナに、ホッブがニヤリと笑いかけた。
「この小屋はな、工造学科が開発した牛馬用の秤なんだ。床全体が秤になっているから、中に対象物が入れば計れるんだよ」
「引っかかったぁ!? 私のまわり、畜生しかいないよ!?」
体重がバレてショックが隠せないクラエスフィーナを置いておいて、ダニエラも中を見学してみた。
「はー、ホントに見た目普通の小屋と変わんねえな」
ダニエラが中を見回していると、外で助教がラルフに説明する声がする。
「……よし、データ取れたよ。ダニエラ君の体重は〇〇キログラムだ」
「あたしのまで計るんじゃねえよ!?」
「小さいわりに、意外とあるね」
「うるせえラルフ!」
「あー、確かにクラエスの半分どころじゃねえな。ごめんなダニエラ。確かにおまえを搭乗者にしても仕方なかったわ」
「ホッブも謝る振りしてエグッてくるんじゃねえ!?」
研究室に戻ったホッブは、消沈している女子二人を眺めた。
「研究にどうしても必要なことだったろうが。いつまでも気にしてるんじゃねえよ」
「ううう……乙女の体重は国家機密より重いんだよ……」
「うるせえクラエス。重いのはおまえの体重だ」
「はうっ!?」
床に転がってピクピクしているクラエスフィーナは、今日はもうダメかもしれない。
「……あたしのは筋肉なんだよ。クラエスみたいに贅肉百パーセントじゃねえんだよ」
「ダニエラも自分をごまかすのに時間を使ってんじゃねえよ」
「うるせえっ!」
コーヒーを入れていたラルフが、お盆で運んできて各自の前にカップを配った。
「なんでも助教の話だと、将来は身体の中の脂肪の割合まで計れるようにしたいってさ」
「そんなディストピア嫌だぁ!?」
「あのバカ、余計な機能までつけるんじゃねえよ!?」
女子に散々な評価だった家畜計測器だったが、この装置のおかげで知りたい情報もわかった。色々諦めたクラエスフィーナが身長その他も測らせてくれたのだ。
ホッブがコーヒーを口に運びながら紙を広げる。ダニエラがメモした“翼”の絵だ。
「これで実際に“翼”の製作に描かれるわけだが……まずはクラエスを乗っけて風に乗れるところからだな。推力をどうするか決めてから、最適な形の“翼”をもう一度作り直す必要があるかもしれねえ」
今のところ、まだどうやって前に進むか決まっていない。ただ風に舞う場合と前に力強く進む場合では、“翼”の形もまた違ってくると思われる。
「ダニエラ、とりあえず人間凧揚げでもいいからクラエスを実際に空に上げられる機体を設計してくれ。何をどうしたらいいのか、まずは現物が無いことには話ができねえ」
専門の連中ならともかく、ホッブたちでは実際に物を見ないと実感が掴めない。他チームの成果も見てはいるけど、方式が違えば話が違う。
この後の手順をどうしたらいいのか考えているホッブの肩を、ラルフがトントンと叩いた。
「ねえホッブ」
「なんだ?」
床に寝転がって泣いているクラエスと、頭を抱えてぶつぶつ呟いているダニエラをラルフが指さす。
「今日はもう無理そうだよ」
「……あいつら、こんなにメンタル弱くてこの後の失敗の繰り返しに耐えられるのかよ?」




