14.技術のない四人でできること
クラエスフィーナは朝日に気がついて目が覚めた。
上掛けを横にどかしてベッドの上に置きあがる。枕元の水差しからコップに注いだ水を何回かに分けて飲み、一息ついた。
「ふー……昨日の晩は楽しかったなあ」
昨日の飲み会を思い返すと、自然と笑みがこぼれてしまう。
学院では敬遠されていたエルフには、人生初めての飲み会だった。今まで一緒に飲みに行くような友達はダニエラだけで、四人も集まって初めての店に行くのはとても楽しかった。
「お肉料理も色々食べられたし、何度も乾杯して……友達で飲みに行くって、いいなあ」
エルフの里では飲み会なんて、村の寄り合いの時ぐらいしかない。里の大人が皆揃っている所で子ども扱いのクラエスフィーナが楽しく飲むなんてありえないし、そもそも一人前でないと酒宴には参加させてもらえない。
強くなり始めた日差しを見ながら、クラエスは口元がニンマリして来るのを押さえられなかった。
「四人で研究を頑張ってると、もっと色々楽しいことがありそう」
そう呟いてそのまま日向ぼっこしていたクラエスフィーナは、しばらくしてコップをベッドサイドのテーブルに戻した。
「……それはそれとして」
代わりに手に取った水差しに口をつけ、直で水をがぶ飲みする。青い顔になったクラエスフィーナは水差しを戻すと、よろよろとベッドに横になってもう一度上掛けをかぶった。
「ううっ、頭がガンガンするよぅ……胸やけして胃もムカムカする……ラルフたち、いつも飲んでて大丈夫なのかな……」
二日酔いのエルフは、自主休講を決意した。
「ヒデエ顔だなクラエス。どうした?」
ダニエラに言われて、机に突っ伏しているクラエスフィーナがノロノロと顔をドワーフに向けた。
「ダニエラは今朝大丈夫だったの……? 私、今日は講義全部休んで寝込んでたんだけど」
「あ? おまえ今日はこれだけの為に来たのか?」
「そうだよう……うう、まだ頭痛い……」
ダニエラはクラエスよりよっぽど多く飲んでいたはずなのだけど、全然こたえた様子が見えない。けろっとした顔でコーヒーを入れている。
「あたしらドワーフは酒飲むために生きてるところがあるからなあ。別に昨日のぐらいじゃ翌日まで響かねえよ」
「凄いね……私、ダニエラの半分も飲んでないのに」
クラエスフィーナの酷い様子に、ダニエラは呵々大笑した。
「おまえは飲み方をわかってねえんだよ。酒の合間にはつまみも食って、出来れば水も飲んで」
「うん」
「『あ、これ悪酔いする酒だ』と思ったら、途中で席を立ってトイレで吐く」
「飲むだけ無駄だよ!? ていうか悪い酒だってわかったら、さらに追加で飲むのを止めようよ!?」
クラエスフィーナの弱弱しいツッコミに、目がマジなダニエラが重々しく首を横に振った。
「アホかクラエス。『酒は酔えればいい』、これがドワーフの大正義だ!」
まるで懲りていない友人の物言いに、クラエスフィーナはやつれた顔で突っ伏した。
「……昨日散々言ってくれたけど、エルフが“意識高い系の引きニート”だったらドワーフは“重度のアルコール依存症”だよ……」
「あ、それ当たってるぅ!」
「明るく認める話じゃないよね……」
ラルフとホッブが入って来たのは、二人がそんなやり取りをしているところだった。
男二人が首を傾げ、ラルフがダニエラに尋ねた。
「クラエスはどうしたの?」
「ああ、コイツ昨日の打ち上げを引きずっていてグロッキーなんだよ」
「あ~やっぱり。昨日の晩は僕らもキテたから、二人が無事に帰れたか心配したんだよね」
けろっとしているラルフに、死にそうな顔のクラエスフィーナが尋ねた。
「ラルフたちは大丈夫なの?」
「僕たち?」
ラルフが右手で後頭部を掻いた。
「慣れちゃった」
「あの酒に?」
「ううん、悪酔いに」
「ここにはバカしかいないよう……」
「さて、そんなのは置いといてだ」
ホッブが昨日廻った各研究チームのコンセプトのメモを机に置いた。机につく一同を見渡す。
「我らクラエスチームの方針を決めたいわけなんだが……クラエス、聞いてるか?」
肝心のチームリーダーが、机に上半身を伏せて寝ている。
「ちょっと……まだダメ……」
「OKわかった。無視して話を進めよう」
「そもそもこの課題、クラエスの個人研究を手伝ってるはずなんだよな」
「別にいいんじゃない? クラエスも結局素人なんだし」
「みんな……せめて心配して……?」
昨日見て来た、よそのチームの研究は六つ(お祈りは数に入れない)。その中で使えそうなのを検討していく。
「やっぱり昨日見た中では“羽根”で飛ぶのが一番応用しやすそうだよね」
ラルフの意見に、ホッブとダニエラも頷いた。
「応用しやすそうって言うか、俺たちで使えそうなのはアレだけだよな」
「“気球”も細かいことを気にしないで良さそうだけどさ、あたしたちには空気に浮く気体を作れない。それと推力をどうするかが解決してないもんな」
ホッブが昨日のメモを見た。
「細かい技では、あの“パチンコ”も使えそうだけどな。装置がデカいわりに機構は単純だ」
「だけど“羽根”で使うなら、クラエスを直接発射台のレールに乗せるわけにはいかないでしょ? なにかを間にかまさないと無理だよ?」
ラルフの言う通り、実験機の下にぶら下がる方式だとあの発射台は使えない。
「そうだな……使えるかどうかは保留にするか。他には?」
ダニエラが手を挙げる。
「装置自体はそのまま使えないけどさ、あのムカデ砲の推力を継ぎ足していくやり方も良くねえか?」
「それを言ったら、“羽根”チームの魔力を連射しながら飛距離を継ぎ足していくやり方の方が……。ムカデ砲は、結局は発射機を出るまでしか加速できないのは“パチンコ”と一緒でしょ?」
ラルフの反論に、うーんと唸るダニエラとホッブ。
「ちなみに“おならポーション”は?」
「ヤツらも実現できてねえじゃねえか。検討するだけ無駄だ」
「“ファン”で浮力と同時に方向を定めるってのも魅かれるが……あんなの装置が作れないよな。ダニエラ、どうだ?」
「ははははは、あたしを舐めんなよ?」
「つまりできないってことだな。でも、進む方向を安定させるのは大事だよなあ」
ホッブが今までの意見をまとめてみた。
「メインの仕組みは“羽根”で滑空し、そこにクラエスの風魔法を組み合わせて推力を得る。具体的に何ができるかはこれから検討。まず空へ飛び立つところをどうするかも、これから検討する。どれぐらいの早さで飛べるかはクラエスの魔法次第。進路の安定のしかたもクラエス次第。……こんなところか」
ほぼ、何も決まっていない。
「……これ、方針がまとまったって言っていいのかな?」
ラルフに言われて、ホッブが肩を竦めた。
「メインの仕組みが決まっただけでも大進歩じゃねえか。そこに何を組み合わせできるか、クラエスが回復しねえと検討も出来ねえぞ」
自然と視線がクラエスに集まる。クラエスはまだウンウン唸っていた。
「まあそれに、この段階でもやることは多いぞ。とにかく“羽根”の製作だけでも進めないと実験もできないからな」
「ああ、そうかぁ……」
本当は構想が固まってからじゃないとおかしいんだけど、この人数だとできる事から進めないと間に合わない。そもそもの話、木工細工だって得意な人間がいない。
「それじゃ、取り急ぎやることができたわけで……次の問題だ」
「次の問題?」
まとめに続くホッブの一言に、ラルフとホッブが注目する。ホッブが頷いて、重々しく口にした。
「“羽根”の設計をダニエラができるかどうかだ」
「せっかく忘れてたのにぃぃぃぃーっ!?」
研究室にダニエラの悲鳴が響いた。
「そう言えばさ」
帰り支度をしているラルフが、思い出したようにポツリと言った。
「『黄金のイモリ亭』の肉料理の肉が何だったのか、クラエスが解き明かしたけど……あの悪酔いしやすいオリジナルのエールっぽい何か、あれは何なんだろうね」
「ああ、あれな。オヤジに聞いても『酒だぜ』としか言わねえよな」
ラルフに言われ、ホッブも今さらながら気になったようだった。
今までも気にならなかったわけじゃないけど、知るのが怖くて敢えて聞いたりしなかった。なんでそんな得体のしれない物を口にできたかというと、それはラルフとホッブだからとしか言えない。
ホッブも首をひねる。
「時々味が変わるしな。オヤジが自分で何か混ぜ合わせているんだろうと思うが」
「そもそも妙に飲み口が軽いし、あれってエールなのかな?」
二人で考えてもさっぱりわからない。
「ダニエラはどう思う?」
まだ製図で悩んでいるドワーフにラルフが訊くと、頭を抱えていたダニエラが何でもないことのように答えた。
「あの店のエールか? あれはまあ、合成酒っつーか……安くあげる為にチャンポンした酒だよ。粗雑な作り方したエールに蒸留酒を混ぜて、アルコールが高くなった分加水調整して薄めてんだよ。んで、味が薄くなったのを柑橘類とかを絞って混ぜてごまかしてんだな。エールだけど泡立たねえだろ?」
「えっ? でも、蒸留酒なんか混ぜたら高くつかない?」
蒸留酒は製造に手間がかかるので、薄めるにしても一杯当たりの製造コストが上がりそうなものだけど……ラルフがそう思っていると、ダニエラがその考えを読んで首を振った。
「蒸留酒っつっても何年も寝かして単品で飲めるようないいもんじゃねえ。色も香りもついてねえ、仕込んだばかりの新酒を樽買いしてきてアルコール添加の為だけに使ってんだな。あれは熟成してねえからアルコールは刺々しいし、麦芽が糖化した変な甘さだけあるからストレートじゃ飲めたもんじゃねえよ」
昨日のクラエスフィーナに続き、ダニエラが秘密の解析に成功していた。何故か自分の専門分野じゃない場面でばかり、専門家ぶりを発揮する動学系女子たち。
「じゃあ、爽やかで飲みやすいのって……」
「蒸留酒を混ぜた上で、それでも水を足しまくってアルコールの度数が普通のエールより低いからじゃねえか? 爽やかなのは多分味をごまかす香りづけのレモンやオレンジのせい」
「悪酔いするのも……」
「薄くたって、性質の違う醸造酒と蒸留酒を混ぜて飲んでるからなあ。しかもアルコールのまわりが遅いから、物足りなくってがぶ飲みしてるだろ? 酔いを自覚した頃には、もう飲み過ぎて足腰立たなくなってるってわけよ」
事も無げに種明かしをして見せるダニエラに、感心したホッブが思わず漏らした。
「スゲえなダニエラ。図面は描けないくせにな」
「何度も何度もうるせえよっ!?」
涙目で叫ぶドワーフに、ラルフも気になったことを聞いてみた。
「ねえダニエラ。それだけ詳しいんだったら、なんで坑道設計学なんかに入ったの? 酒造学に入った方が良かったんじゃ……」
「……過去の先輩たちがさんざんやらかしてな……どこの学院でもドワーフは酒造学専攻に入れねえんだよ。試験醸造中の樽を待ちきれなくて飲み干しちゃったり、資料のコレクションを空にしちゃったり、な」
「君たちドワーフは、ホントにアルコール依存症なんじゃないの?」
「で? そんな話をしていたのに、なんでまたココに来るかな!?」
検討会議の間中寝ていたおかげで、少し調子の戻ったクラエスがジト目で仲間を睨む。
「そういうクラエスだって来てるじゃねえか」
ジョッキを空けながらダニエラが返す。
「いいじゃん。クラエスも肉食べたかったでしょ?」
ラルフが言えば、ホッブもウンウン頷く。
「なんでも二日酔いには迎え酒がいいらしいぞ、クラエス」
「みんな反省が無いよ……」
学生客に支えられる「黄金のイモリ亭」は今日も盛況だった。
「あいよっ、ビーフシチューお待ちっ!」
「なあオヤジ。これホントにビーフ使ってんのか?」
「おいおい、ご挨拶だな。うちのはマトンをじっくり半日煮込んだ本格派だぜ?」
「だからそれビーフシチューじゃねえよっ!?」
「このオヤジ、食品偽装が趣味なのか……?」
学生客の薄い財布に支えられる「黄金のイモリ亭」は今日も盛況だった。




