13.実は四人とも人生初の合コン
ちょっと薄暗い室内に楽し気な喧騒が渦巻き、熱気とアルコールの香りが広い店内いっぱいに籠もっている。居酒屋特有の浮き立つような乱痴気騒ぎの中にいると、大抵のことはどうでも良い気分になってくるものだ。学院の帰途に四人がやってきた、安さと肉料理が男子学院生に人気の居酒屋『黄金のイモリ亭』は今日も賑わっていた。
運ばれてきたジョッキを掲げてホッブが声を張り上げた。
「それじゃ、今日は一日お疲れっ!」
ラルフとダニエラ、ちょっと遅れてクラエスフィーナがそれぞれのジョッキをホッブの持つソレにぶつける。
「お疲れーっ!」
「お疲れさん!」
「お疲れ様ー!」
酒呑みなホッブとダニエラが一気に半分くらい飲み干し、ラルフとクラエスフィーナもそれぞれ何度か喉を鳴らして酒杯を大きく傾けた。ちょっと薄口だけど爽やかなこの店独特のエールは、疲労感を抱えてやって来た身体の隅々まで染み渡る気がする。
「いやー、やっぱり一日よく働いた後の酒は美味いな!」
ダニエラが上機嫌でもう一度ジョッキに口をつける。ラルフもウンウンと頷いた。
「その通り! 今日は頑張ったもんね!」
まだほとんど素面のクラエスフィーナが怪訝な顔になる。
「今日、そんなに働いた? 他人の研究を見て回っていただけじゃ……」
「バカだなクラエス。ラルフとダニエラだぞ?」
早くも一杯空けたホッブが頭の上でジョッキを振って、遠くの給仕にお替りを催促する。
「勉強に関係した事にコイツらが半日も頭を使うなんて、そりゃあ人生初の事だからな。疲れるに決まってるだろ」
「あははは、さすがホッブ! わかってるぅ!」
ラルフは否定すべき場面ではなかろうか? クラエスフィーナはちょっとそう思った。
給仕のハンスから二杯目を受け取ったホッブが一口飲んで卓にジョッキを置いた。
「まあしかし、ラルフじゃないけど今日は酒が美味いっくらい疲れていてもおかしくないだろう? だってよ……」
宇宙人だの魔法少女だのに神(?)頼みしている連中でウンザリして。
おならで空を飛べると信じるラリッた先輩の生尻を間近で観察しながら命を救って。
ビックリガッカリな珍発明の数々に連続でツッコミ入れまくって。
「俺は今、自分が正気を保っているのが信じられねえぜ……」
ジョッキの横にぐったりと突っ伏すホッブに続き、ラルフも乾いた笑いを漏らす。
「そもそもうちの学院、ホントに学院なのかな? バカしかいない……」
普段ならラルフのセリフに「おまえもだろ!?」とツッコミを入れる筈のダニエラはダニエラで、ジョッキを両手で抱えてガタガタ震えている。
「設計……設計どうしたらいいんだよ……クラエス、死んだらごめんな……」
仲間の様子を見て、エルフも耳をへにゃりと曲げた。
「一番泣きたいのは実際に飛ぶ私だよ……根拠なくっても大丈夫って言ってよ……」
審査の合格・不合格どころか人生投げそうなクラエスフィーナの気分を再び上向きにしたのは、やっぱり美味しい物だった。場の空気が落ち込んだところへ、居酒屋の主人が自ら大皿の料理を運んで来たのだ。
出来立ての肉料理が何種類も、卓の上にドカドカと並べられる。湯気と一緒に立ち昇る美味しそうな芳香に、それまで泣きそうだったエルフは一転して夢見心地な表情で顔をほころばせた。いつだって食べ物に釣られるちょろいエルフ、クラエスフィーナ。
「はいよっ、料理おまちぃ! 鳥モモ炙り焼きにモツと野菜の煮込み、茹で肉、挽肉の皮包み焼き、串焼き盛りに香草焼き! おやおやボウズども、今日はヤケに気前良く注文すると思ったら女連れかよ!? 全く羨ましいねえ!」
店主は常連の学院生たちが珍しく女連れなので、これは珍しいと軽口を叩いて新顔のクラエスフィーナとダニエラに話しかけ始めた。
が、普段より愛想五割増しで女性陣に料理の解説をしている店主を、常連のラルフとホッブは白けた顔で眺めた。
禿頭に顎髭の中年オヤジはいつも二人で来るラルフとホッブが女子同伴なのを“今知って驚いた”風を装って爽やかにおどけているけど……週一は来る二人はこのオヤジをよく知っている。
(コイツ、絶対美人が来ていると知ってて厨房からわざわざ見に来たな……)
五十を過ぎても花街に出没しては、売り上げを使い込んでカミさんに蛇の締め落としをかけられている懲りないオヤジだ。例え見るだけでも、この手の機会は逃さないのはさすがの一言だろう。
肉料理が自慢な店と言ったって、店主が肉食系である必要はないじゃないか? ラルフとホッブは鼻の下を伸ばして愛想を振りまく店主に対して、どうにもジト目が隠せなかった。
まあでも、ちょっとダウナーな空気になったところを切り替え出来たのはありがたい。食べたことがないのかクラエスフィーナは目を輝かせてオヤジの味自慢に相槌を打っているし、変なゾーンに入ったダニエラもつまみが来たので目が覚めたように食べ始めている。ラルフとホッブにしても、オヤジのスケベ心は悪くない。クラエスフィーナ(とオマケのダニエラ)に良いところ見せようとしたのか、料理の盛りがいつもの三割増しになっているのだから。
……それにしても。
「なあ、オヤジ。いつも思うんだが、これ何の肉よ?」
ホッブが一口齧った茹で肉を振った。独特の風味があるのだけど、茹でた後に調味料をくぐらせているのではっきり何かわからない。というか、ホントに家畜の肉なのかがわからない。
小太りなオヤジはいつにも増してテラテラと光る肌を光らせて曖昧に微笑む。
「そりゃおめえ、“肉”だよ」
揚げ物でもやって調理の脂がしみ込んでいるのか、美女成分をいま吸収したからか。いつもより後光が差して見えるほど光ってるオヤジの営業スマイル。
に、ごまかされるほどラルフとホッブは馬鹿じゃない。なによりお手本みたいな満面の笑顔が、余計に怖い。
「……まさかとは思うけど、人に言えない類の肉じゃないよね……」
ちょっと手が出しにくくなったラルフに、オヤジが仕方ないと声を潜めた。
「仕方ねえなあ……コイツは店の営業秘密だから大きな声じゃ言いたくねえんだがよ」
二ッと笑って親指を立ててみせる。
「人間は使ってねえぜ」
「待って!? 残りの対象範囲が広すぎる!?」
ラルフとホッブが今からでも店を変えるべきかと思った所へ……意外なところから答えが出てきた。
自分も茹で肉を取ったクラエスフィーナが、一口食べてよく咀嚼しながらウンウン頷いている。
「これは……成獣の羊肉だね。旨味の出方から見て結構歳がいってる……羊毛を取るのに飼っていた羊が歳を取ったから潰したのね。スパイスで上手く臭みを隠してるなあ」
クラエスフィーナの堂に入った分析に、ラルフたちだけでなくオヤジまでポカンとしてしまう。
「クラエス……肉に詳しいの?」
だって、彼女はエルフなのだ。エルフと言えば亜人種の中でも草食系で有名で……ぶっちゃけ、木の実や果実だけを食べて生きてるイメージである。そのエルフ(現物)が、利き肉? をするとは……。
炙り焼きを齧ったダニエラがおかしそうに笑って一杯目を空けた。
「ビックリするだろ? クラエスは肉が大好きなんだぜ」
「ふふん、肉ソムリエと呼んで?」
肉食を自慢するエルフ……。
クラエスは他の料理も次々に口にする。
「串焼きは牛……やっぱり農耕用だったのを潰した肉だね。硬いはずなのにうまく柔らかくしてる……香りづけの為に見せかけてるけど、多分柔らかくする為の漬け汁に入れて寝かせたのかな? 挽肉包みもマトンだね。一緒に刻んだネギやニンニクが入っているのはアクセントと一緒に臭い消しか」
「すげえ、嬢ちゃんいい舌してるな!」
オヤジが目を丸くして思わず漏らした。合っていたようだ。
常連客も多いここの客の中で、肉の正体を唯一看破したのが一見さんのエルフ……。
一通り味見をしたクラエスフィーナが満足そうにジョッキを傾ける。
「あ~、お肉を好きに食べられるだけでも王都に来てよかったあ……こんな色んな種類は、エルフの里だと手に入らないものねえ」
「そりゃそうだよなあ。やっぱ王都は色々あっていいよな!」
笑いあうクラエスフィーナとダニエラを呆然と見ていたラルフは、ふとクラエスフィーナの言い方が気になった。
「ん? 今の言い方だと、エルフの里でも肉は食べるの?」
「そうだけど? 何かおかしい?」
クラエスフィーナはキョトンとしているけど、ラルフとホッブは顔を見合わせた。
エルフって、肉はおろか乳製品でさえ食べられなかったんじゃ……。
「待って待って? 僕ら一般に、エルフはナマグサ物は一切無理って聞いていたんだけど?」
「あっはっは、そんな事ないよお。お肉だってあれば食べるよ? ただ、基本的にエルフは猟はしないし獲物の解体もできないから……外の人と物々交換した時くらいかなあ」
ケタケタ笑って世間の常識を否定してくれるポンコツエルフ。クラエスフィーナと初めて話したあの日もそうだったけど、どうもエルフ族の実際と世間の見方に酷く乖離があるようだ。
ラルフに替わってホッブが気になることを質問した。
「じゃあようクラエス。猟をしないとか獲物の解体をできないとか、なにか宗教的なしきたりとかで普段は肉が無いのか?」
「え? 違うよ? ただ単に」
クラエスフィーナは炙り焼きにかぶりつきながら首を傾げた。
「猟なんかしたら危険で汚れるじゃない。解体だってグロいし、血の処理面倒だし」
ちょっと頭がくらくらしてきたホッブが、こめかみを押さえながらもう一つ尋ねる。
「いや、ちょっと待て……狩猟ってそういうもんだろ? じゃあ何か? エルフって肉食は別にいいんだけど、狩猟や食肉処理が“キツい・汚い・危険”だから普段は肉抜きってわけか?」
「そうだよ。だから他の村の人が処理まで済ませて精肉に加工してくれたら喜んで食べるよ」
クラエスフィーナは常識みたいに言うけど、それって、なにか……。
「なんか、いやな仕事から逃げてるだけのような……」
思わずこぼしたラルフの感想に、クラエスフィーナは大まじめに頷いた。
「エルフは基本的に思索とか芸術とか研究とか、高尚な趣味以外はする気が無いから」
「いや、趣味の為に生きてるって……わかんなくもねえけど、どうしたって生活はあるだろ? どうやって食ってるんだよ?」
ホッブのツッコミに、クラエスフィーナはわかんないヤツだなと唇を尖らせた。
「だから、豊かな森の恵みを分けてもらうの。木の実や果物を収穫してね」
そこは伝承通りらしい。
だけどラルフは今の話を聞いていて、当たり前だと思っていたことに逆に疑問が生じた。
「でもそんなんじゃ、不作の時はどうするんだい? 冬の季節もあんまり取れないだろ?」
採集生活だけで安定した生活が送れる筈がない。そう、例えば……。
「そう言えばエルフが農業やってるとか聞いたことがないけど、森をちょっと切り開いて畑とか作ったりしないの? 別に森の精霊に怒られるとか、そんなことはないだろ?」
ラルフに言われて、クラエスフィーナはジョッキに手を伸ばしながら“無い無い”と笑って手を振った。
「農耕なんてするわけないじゃない。めんどくさい」
“するわけないじゃない”とか、明るく言われても……。男二人だけでなく、ダニエラも意味が判らなくて頭から疑問符が飛んでいる。ついでに店のオヤジも。
食料の安定供給は人間も亜人種も関係なく悲願のはずだけど、緑に慣れ親しんでいるエルフが敢えて農業をしない? 理由が全く分からない。
クラエスフィーナがジョッキを置いて口元をぬぐった。
「森を切り開いて畑を耕すなんて……“泥臭い努力”って、エルフが一番嫌うヤツだもん。樹木の交配とかの研究とか、たまたまできている森の実りをありがたくいただくとか、そういう“俺、崇高な事やってる”感がある事はいいけど、“食べる為に汗かいて働いてる”ってのはエルフ的に“カッコよくない”んだよねえ」
「いや、待って? ホントにちょっと待って?」
ダニエラが嫌な汗を額に滲ませて、口を挟んできた。
「なあ、クラエスよう……一族みんなが、そんな“ダサいことはしたくねえ”的なノリで生活しててさ……ラルフが言うように、森の食えるものが足りなかったらどうするんだ?」
「それはもう」
森のエルフであるところのクラエスフィーナは当然と言った顔で。
「食料が足りない年は、飢え死にする人も出るよ。でも仕方ないじゃない。エルフはね」
もう一度炙り焼きに手を伸ばすエルフ様は、明らかに本気の目で宣わった。
「働いたら負けだと思ってるから」
どうしても“生きていく”ことを優先する人間としては、エルフ族の決意に背筋が冷えて仕方がない。
「コイツら種族丸ごと、意識高い系の引きニートじゃねえか……」
「今までどうして絶滅してないんだろうね……」
「命がけでも働かねえってのが信じられねえ……あたしらは鍛冶屋か鉱山掘りばっかだぞ? “働いた後の酒が美味いから重労働上等”ってのがポリシーのドワーフにゃ理解できないわ」
「わかりやす過ぎるおまえらもどうかと思うけどな」
周りが引いてるのも気がつかず楽しく肉にかぶりついているエルフを、ラルフたちは無言で眺め続けた。
クラエスフィーナやダニエラと別れ、家の近くまで戻って来たラルフとホッブ。二人ともへべれけで千鳥足になっている。
「くそっ、ホントに『黄金のイモリ亭』の酒は足にクルな!」
ホッブがうめけば、ラルフも失敗したという顔をする。
「クラエス達大丈夫かな……家まで送ってきゃ良かった……」
「それは逆に“送り狼”を怖がられるだろ」
なんとかいつも別れる防火の大戸のところまでやってきて、ラルフが別れを告げようと思ったらホッブが「あっ!?」と一声叫んで額に手を当てた。
「どうしたホッブ!? 脳溢血かい!? あんな怪しい安酒をがぶ飲みするから!」
「脳溢血が自己診断できてたまるか!? そうじゃねえよ、クラエスの課題の事だよ!」
ホッブが“失敗した……”という顔をしている。
「打ち上げをしつつ今後の方針をみんなで検討しようかと思っていたのに……クラエスのぶっ飛んだ故郷の話で全部頭から抜けちまってたじゃねえか……」
「あー……」
ラルフも頭痛がしてきた気がする。
「なんで先に進まないんだろうね、僕たち……」
「……まあ、今日のはクラエスの自業自得だな。課題が間に合わなくなっても、なんか仕方がない気がしてきた……」




