12.何かを掴めそうな気がしないでもない(工造学科編)
「なんだか、工造学科のも参考にならなさそうだよ……」
クラエスフィーナが長い耳をへんにゃりさせてため息をついた。微妙に犬みたい。
「そうは言っても、“なにか”は掴んで帰らないと僕ら、基礎理論もおぼつかないよ?」
ラルフの意見も正しい。そもそもクラエスフィーナたちは何をするのかも決まっていないのだから、参加チームで一番の後発になる。よそのチームを貶している余裕なんか、一番ないはずだ。
ホッブが眉間に皺を寄せて頭を掻いた。
「そもそもだな。今日廻った連中の手法は俺たちができないのが多くないか? 怪しい儀式は言うに及ばず、大人数や巨大設備が必要なやり方は用意できないだろう」
「確かに」
バカでっかい装置を作るような製造技術も製作時間も無いし、十数人の魔導学科生なんて完全に用意できない。もっと等身大の……この四人で何とか製作できる装備でないと無理だ。
他にも何チームか出ているので、順繰りに廻ってみる。
デカい布袋に空気に浮く気体を詰めているチームがあった。
「発想の転換なんだ。飛行する物体に作用する四つの力は……知ってる? よろしい。その中でいわゆる『飛ぶ』ことに必要な『揚力』と『推力』だけど、ほとんどのチームは『飛ぶ』と言う言葉に惑わされて一緒くたに考えていると思う」
説明してくれる四年生の先輩は、自分たちが用意している装備を振り返った。
「だが僕は、そこでちょっと立ち止まって考えてみた。『空に浮く』ことと『前に進む』ことは別ではないかと! そこで、これだ!」
先輩の身体を縛るサスペンダーはロープで後ろの宙に浮きかけている布袋につながっている。そして両手には団扇が。
「僕はあの布袋……気球と名付けたんだが、あれで揚力を作り、この団扇で風を送ることで前に進むという分離方式を考え付いたんだ! ははは、研究の成果を見せてあげよう!」
すでに準備はできていたらしく、先輩は待機している助手に合図を送った。助手たちが一斉に“気球”を地上に繋ぎ止める砂袋に結んだロープを切り始める。
「あっ……!」
ラルフが一言忠告しようとしたが……口を挟む間もなく、一瞬で先輩がいなくなった。見上げれば、はるか高空を布袋が飛んでいる。下にぶら下がっている人影が一生懸命両手を振っているけれど……高空のジェット気流に掴まったらしく、学院のさらに向こうへドンドンと押し流されていった。
行きたい方向と正反対の空の彼方に飛び去った実験機を皆がぽかんと眺めている中、ダニエラが呟いた。
「あの団扇じゃ推力が足りねえんじゃねえかと思ったんだが……」
「今さら言うなよ……」
「ラルフは何を言いかけたんだ?」
「いや、僕は砂袋を一気に全部落とさないで高さ調整に使った方がいいんじゃないかと言おうかと思ったんだけど……」
「それも今さらだな」
風船お兄さんを見送った後、ダニエラがまた同期生を見つけた。こちらのグループも結構な人数が集まって実験をしている。まだ人間が乗れるような物はないらしく、小さな機械で理論の実証実験をしているようだ。
同期生に紹介されたチームリーダーのアントニオ先輩は快く見学を受けてくれた。
「僕らの研究はね、人間が乗る土台に多数のファンをつけて推力と揚力……というより浮力だな、を同時に得て低空を滑るように飛行することを目的にしているんだ」
実験機の実物を見せてくれる。
「この四隅に埋めてある丸い三枚羽根がファンだ。これを魔力で高速回転させて、下に向かって空気を叩きつける。詳細は秘密だけど、コイツにそれぞれ角度を付けることで風に方向をつけて前に進む推力にも使う計画なんだ。柄にもないけど、僕らはこのプランを『魔法の絨毯』計画と呼んでいるんだよ」
「なるほど」
今まで見てきた中で、このグループが一番理路整然としている。チームリーダーの先輩は厳つい顔に似合わず細かいところにも気がつく性格のようで、スタッフたちもキビキビ動いていた。
感心したクラエスフィーナが尋ねてみた。
「今実験しているこの小さいので、どれぐらいの能力があるんですか?」
「そうだな……この二号機で、だいたい二百グラムぐらいの積載量に耐えられる。実際に学力審査に使う機体は僕が乗るからだいぶ大きくなるよ。ファンの数も大幅に増えて、制御も複雑になると思う」
「に、二百グラム……ですか」
思わずクラエスフィーナはアントニオ先輩をまじまじと見上げてしまった。
「いや、まだまだ先が長いのは自覚しているよ。だけど、やらなければならないからね」
無遠慮なクラエスフィーナの態度に怒ることもなく、オーガ族のアントニオ先輩は爽やかに苦笑を浮かべながらも決意を表明する。
「あの……ちなみに先輩、体重は?」
腰までしかないダニエラの問いにも、先輩はちょっと考えて丁寧に返す。
「確か……二百二十キロだったと思う」
「そうっすね……うん、それぐらいはありますよね」
思わず普段使わない敬語が混じったホッブも、気の毒で先輩を直視できない。オーガ族のアントニオ先輩は推定身長が二百三十センチぐらいか。四人の中で一番背が高いホッブでさえ先輩の胸までしかない。種族の身体的特徴で、背が高いだけでなく筋骨隆々でもあるから二百二十キロぐらいは当然だろう。学院生の中でもぶっちぎりにデカいのは間違いない。
こんな巨体に、空を飛べなんて……。
ダニエラが同期生の袖を引っ張った。
(おい、いくらなんでも無茶すぎるだろう!? この方式じゃ無理だって言ってやれよ!?)
(わかってるよ、そんなことは!? だけど、だけどさ……アントニオ先輩は本当にいい人で、俺たち後輩の面倒見も良くて……そんな人に俺たちの口から、審査に間に合いませんなんて言えるか!)
ダニエラの同期生だけでなく、他の助手たちも目頭を押さえて泣くのを我慢している。みんな、わかってはいるんだなとダニエラたちも悟った。
同志たちの心中を知ってか知らずか、アントニオ先輩は綺麗な瞳で力強く断言した。
「かなり難しい挑戦なのはわかっている。だけど、やるべきことをやらずに後悔することだけはしたくないんだ。厳しい道だろうけど、僕は最後の最後まで足掻いて見せるよ!」
「先輩ーっ!!」
悲壮な覚悟を固めているアントニオ先輩に、研究チームの後輩たちが大泣きしながらワッとすがりつく。ひねてるラルフやホッブでも感動モノの光景だった。
「すごいねー……」
呆けたようにポロっと漏らしたクラエスフィーナを、もらい泣きしているラルフたちがどやしつけた。
「しっかりしろクラエス! ぼんやりしている場合じゃないぞ!」
「そうだぞ、先輩の生き様を見ろ! おまえなんかまだいい方じゃないか!」
「ポンコツでもポンコツなりにできることがあるだろ!? 真面目に生きろクラエス!」
「みんな、感化され過ぎだよ!?」
「うーん、とにかく複雑な機構が必要な装置はまず無理だな」
歩きながらホッブが唸った。
「俺たちが使えるかどうかもわからない機械の構造から勉強している余裕はない。それを実際に作ってみて、微調整するノウハウと時間はもっとない」
「だとすると、もう何らかのギミックがある物はダメだよね。あのパチンコ作戦くらいはやれるかな?」
ラルフの意見に、ダニエラがどうかなと首を傾げた。
「飛び立つところに使うのはアリだけど、あの実験機はいただけないな。クラエス、おまえエルフの端くれなんだから、何か使える魔法はあるのか?」
ダニエラの質問にクラエスフィーナがむくれる。
「端くれは余計だよ!? 課題に使えそうなって言うと、風魔法はあるけれど……人間が浮き上がるような凄い力なんか無いからね?」
クラエスフィーナの話だと、たとえエルフ族でも魔法の威力はイメージされるほど大きなものではないらしい。
「なんか素人の人だと天変地異レベルの凄い破壊力を期待するんだけど、そんな力は伝説の魔導士でも無理だと思うよ? 私たちエルフ族レベルの魔力でも風魔法ならいいところで突風、火魔法でも目の前に火炎放射ぐらい? もちろん十メートルも離れたら有効範囲外だよ」
「以外に弱いんだな、魔法って」
「威力と消費魔力がイコールだから。物語にあるような竜を焼き尽くす巨大な火球とか……エルフを一万人くらい集めれば、できるかなあ?」
「……エルフを一万人集めてる間に、騎士団一万人で突撃した方が早いな」
クラエスフィーナとダニエラの話を横で聞いていて、ラルフが考え込んだ。
「威力が思ったほどは無いのはわかったけど、複雑な装置が作れない以上は魔力を補助で使いたいよね。今まで見てきて、飛び立つ時に加速するだけじゃ無理そうなのはわかったじゃない? メインは工造学の技術で、補助の推力に風魔法辺りを使えないかな?」
「そうだねえ……うん、方向の微調整で風を送るぐらいはできるかな? 揚力のメインが何かあって、空中に浮いているのを機械的な何かに頼れるならアリだと思う」
クラエスフィーナの意見を受けて、辺りを見回したダニエラが何かを見つけた。
「だとすると……あれなんかどうだ?」
ダニエラが指さす方向を三人が見ると、十人ぐらいの集団が何か小さな装備のテストをしているところだった。
どうも工造学科は女子に免疫がないらしい。クラエスフィーナが話しかけると、チームリーダーがデレデレしながら聞きもしないことまでペラペラ話してくれた。
「つまり僕の研究では、このように身につけた羽根で滞空時間を延ばしながら、水面に魔力を撃ち込んで反発力で上向きの力を手に入れるんです。この繰り返しで、着水を防いで低空を滑空して合格ラインを目指します!」
「わぁ、凄いですね!」
「いやあっはっは、それほどでも!」
クラエスフィーナは馬鹿の一つ覚えで褒めているだけだけど、理論は後ろで黙っているホッブとダニエラが聞いているので問題ない。そして相手チームの注意がクラエスフィーナに向いている間に、顔だけニコニコ笑っているラルフが実験中の設備や装備をじっくり観察している。密偵は無理でも、スリや置引きぐらいは 今すぐやれそうなチームワークである。
うまい事話をまとめて……というよりあちらが勝手に自ら見学をOKして、彼らの実験を横で見させてもらうことになった。
軽い木材と布で作った蝙蝠の羽根みたいなのを背負った特待生、四年生のヘッジス先輩が湖から少し離れて助走を開始する。それに合わせ、助手たちが彼につないだロープを引っ張って先導して走り始めた。
「俺、なんかこれ知ってるぞ。人間凧揚げだ」
ホッブがぼやいたとおり、この段階ではまるっきり凧揚げである。
今日は風が強いこともあり、向かい風に吹かれて先輩は上手いこと飛び立った。飛行姿勢が安定すると、先輩は補助のロープを手放していよいよ本飛行に入った。
……のはいいのだが。
「やっこさんの理論、多分水面上を舐めるように飛んでないと使い物にならないな」
ダニエラが呟いたとおり、上空では単純に滑空しているように見える。苦労して姿勢を正そうとしているのはわかるけど、魔術を使っている様子はない。クラエスフィーナが猫撫で声で助手に聞いてみると、やっぱり水面との反発で推力を得られるにはせいぜい高さ一メートルが限界のようだった。
「今の人間凧揚げは泳ぎで言ったら飛び込み台みたいなもんか。とにかく上空に上がらないと、やっぱり飛び出しがうまくいかないんだ」
人間もしくは亜人種が軽い助走で風に乗るのはほぼ不可能。だからスタートダッシュである程度勢いよく空に上がり、後は滑空を併用しながら何かの力を使って水面まで落ちるのを寸前で食い止める方法が一番早いようだ。
ある程度の距離を飛んだヘッジス先輩は、いよいよ湖が近くなったところで水面に向かって魔力を風にしてぶつけ始めた。
……が、いかにも効率が悪い。
派手な水しぶきが立っているけど、固い地面と違って水面だと無形の水が動いて威力が半減してしまう。だから一回当たりに得られる反発力は弱いし、距離が延びないから回数が増えるし、回数が増えれば術者の疲労が加速度的に増していく。
見る間にどんどん高度が下がって行って……大して距離が行かないうちに、着水してしまった。これはダメだと四人が思っていると、ヘッジスチームの助手たちは大興奮している。
「前回の挑戦より推定二メートルも距離が延びたぞ!」
「おおっ! これは期待が持てるな! やはり魔力の持久力を鍛えれば……」
はしゃいでいる研究チームから距離を置いて、ホッブが周りに囁いた。
(やり方は悪いが、あの羽根は使えるんじゃないか?)
(確かに滞空時間を稼ぐメインには良さそうだな)
ダニエラも頷く。クラエスフィーナも顔を寄せた。
(風魔法の使い方次第では、もっといい方法があるんじゃないかな? 羽根も他の装置に比べれば作りやすそうだし)
三人は無言で頷きあう。認識を共有できたところで、ホッブがダニエラの肩を叩いた。
「というわけだ、工造学科。設計図頑張れよ」
「フォアーッ!?」
帰ろうと思ったところで、クラエスフィーナはラルフがずっと湖を見ているのに気がついた。
「どうしたの、ラルフ? なにか気になる物があるの?」
「いや、ね?」
ラルフが今後の課題を話し合うスタッフたちをちらりと見た後、少し離れた水面でバチャバチャ溺れているヘッジス先輩を指差した。
「彼ら、みんなデータの分析に忙しいみたいだけど……肝心のチームリーダーを助けなくていいのかな?」




