11.見学に行かざるを得ない(工造学科編)
「ダメだ、魔導学科はアテにならねえ」
ラリッた裸エプロン男の研究室からトンズラこいた後、ラルフとホッブは研究室棟の裏口から外に出た。エントランスの三段ばかりの階段に座りこみ、とりあえずはずっと失神したままの女子二人を叩き起こす。
よそのチームの研究成果を参考にしようと思ったのに、我がエンシェント万能学院の精鋭たちは予想以上に酷かった。これから後の事を考えると、お先真っ暗で途方に暮れてしまう。
無駄足に憤慨して、ラルフとホッブはぷりぷり怒り始めた。
「本当に役に立たねえ奴らばかりだな! 普段遊んでて真面目に研究してねえから、こういう時にお手上げになるんだ!」
「まったくだねホッブ。こんなのばっかじゃ、奨学金を切られるのも当たり前だよ!」
そんな二人に、女性陣からのツッコミ。
「あのー……言いたくないけど、全部私たちにも跳ね返ってくるんですけど……」
気絶してからの話を聞かされたクラエスフィーナが疲れた顔で言えば、ダニエラも呆れた顔で二人に物申す。
「ていうかよぉ、ラルフ、ホッブ。遊んでるだけって、まさにおまえらがそうだろ? どのツラ下げて他人にケチつけてんだよ……」
「バカかダニエラ。ケチってのは自分は棚に上げといて言うもんだ」
「そうだよダニエラ。他人のせいにするのはダメ人間の特権なんだからな?」
自分で言っている辺りが潔い。
ダニエラがクラエスフィーナへ振り向いた。
「クラエス。おまえ、なんでこんなのばっかり拾ってきたんだよ」
そんなダニエラの背中に、ホッブとラルフが感嘆の吐息を漏らした。
「流れるようにクラエスに責任を押し付けるあたり、なかなかのクズっぷりだぞダニエラ」
「うるせえっ!」
「僕らじゃ真似できない滑らかさだったよ、ダニエラ! クズの中のクズだね!」
「ひでえっ!?」
軽くダニエラをいじったホッブが立ち上がって尻の埃をはたいた。
「仕方ねえ、やりたくなかったが次の手段だ」
残り三人が首を傾げる。ホッブは何をするつもりなんだろう?
「何をやるの?」
「まだ他を見学するんじゃないの? 今のところ全然参考になってないよ?」
「やりたくねえって、そんなヤバい手なのか?」
一度肩肘張ったホッブが、ちょっと間を置いて……肩を落とすとため息をついた。
「ああ、本当はクラエスに危険が及ぶからやりたくなかったんだがな……工造学科の連中の見学に行く」
「……はっ?」
言われた方はホッブがどこに悩んだのかがわからない。
「……魔導学科も見たから工造学科も見るんじゃないの?」
「別に、工造学科に行ったら何かされるわけじゃないでしょ?」
クラエスフィーナとラルフの質問に、ホッブは肩越しに最後の一人を親指で指した。
「見学に出る前に最初に言っただろうが。工造学に頼ると、図面を描けねえって」
クラエスフィーナとラルフが無言で振り返ると……赤毛のドワーフが中腰で再び固まり、石像のように静止していた。
「取りあえず工造学科の作業の早い連中は、もう隣の池(※湖です)に行って実地試験しているらしい。ざっと岸辺を歩いて見て行こうぜ」
ホッブの提案で、四人は学院の外へと歩き出した。馬車の屋根に男の下半身が突き出ている前衛派のオブジェの横を通り、正門を廻って学院の隣に広がるキャロル湖に向かう。
「あの変なオブジェの廻り、ずいぶん見物客がいたね」
「うちの学院だからな、暇人が多いんだろ」
「おまえら……」
到着した湖畔には、確かにすでに何組か実用テストを始めているグループがいた。
「うーん、どれが見込みがありそうかな? 僕らが見てもわからないや」
ラルフが腕組みして首をひねった。パッと見ても門外漢には、特に有望そうな研究チームがどれかわからない。
ホッブがダニエラに意見を聞く。
「どうだ? 工造学科から見て、良さそうなチームはあるか?」
「そんなの決まってんじゃねえか」
聞かれたダニエラは、自信満々に湖面を指した。
「遠くまで飛ばしているのが有望なヤツだよ」
「……ああ、簡単な話だったな。専門家の意見としてはがっかりだが」
「坑道技師の卵に空飛ぶ機械の良し悪しを聞くんじゃねえよ」
最初に目に付いたのは、何やら大掛かりな台座を用意しているチームだった。上に乗せた巨大な紙飛行機みたいなものが、台座の傾斜で斜め上を向いている。
ラルフが近寄って見てみると、台座には人間より大きなゴムの帯がセットされていた。察するに、ゴムの伸縮力を利用して人間が乗れる紙(?)飛行機を飛ばそうという発想らしい。
「……なんだか、最近売り出してる鳥の玩具みたいだな」
最近王都の子供たちに人気のオモチャに似ている。鳥の本体と翼をそれぞれ一枚づつの薄板で再現し、Y字の棒の間にゴムの帯をはめたパチンコと称する道具に引っ掛けて飛ばす遊びだ。
ホッブが忙しく準備をしているスタッフに聞いてみると、やっぱりそういう仕組みだった。ホッブが順調に作業が進む様子を見ながら思案する。
「これは……どうかな? 衝撃が強いんじゃないか?」
ちょっと成功を疑問に思っているようだ。ラルフも気になることがある。
「原理は確かに手堅いんだけど……僕の記憶だと、確か飛ばし方によっちゃ……」
ラルフが言いかけた所で、研究チームの動きが鎮まってリーダーらしい青年が上に乗った。
目の前で実用テストとあれば、懐疑的であろうと注目してしまう。ラルフたち野次馬を含めて、周囲は固唾を飲んで成り行きを見守った。
「よし、行くぞっ!」
「はーい!」
自信ありげなリーダーの指示に、発射台に取り付いている下級生がレバーを握る。
「ではっ……三、二、一、発射!」
シュパーンッ!
伸ばしに伸ばしたゴムの力で一気に加速した実験機は、助手の掛け声とともに一瞬で目の前から消えた。目で追うのが厳しいほどの速度で遥か向こうへと飛び去って行く。
そして。
「おぉ……」
観衆が一斉に歓声を上げかけたところで、発射の衝撃で実験機から弾き飛ばされ宙を舞っていた青年が近くの水面へ落ちてきた。
ドボゥン!
「うわぁっ!?」
立ち昇る水柱と降り注ぐ湖水で周囲が右往左往する中、この事態を予想していたホッブがやれやれと首を振った。
「やっぱりな」
慌てて助手たちに救助されたチームリーダーは、意外にもいまだ意気軒高だった。
「なーに、これぐらい予想のうちさ! 思ったよりも打ち出される時のショックが強くて、一瞬手を離してしまった」
予想していたのなら、なぜ対策をしていないのか。
まだ予備機があるらしく、実験を続けるみたいなのでラルフたちも横で見ていることにした。今度は実験機に搭乗者を縄でくくるらしい……部外者から見ると、どう見ても搭乗者というより積載物だが。
作業が進むのを見ていたホッブが、ふと思い出してラルフに尋ねた。
「そう言えばラルフ、おまえさっき何か言いかけたよな?」
「ああ、うん」
もう一回準備が整い、カウントダウンが始まった実験を見ながらラルフが頬を掻いた。
「近所の子供たちが遊んでいるのを見ていたんだけどさ。あのゴムのオモチャ、パチンコへのひっかけ方が悪いと急上昇してその場で宙返りしたり、斜めに飛んでバランス崩していきなり横転墜落したりするんだよね」
再び発射される実験機。
勢いよく飛んでいくかに見えたが、やっぱり搭乗者が乗っている分見た目にも加速が遅い。そしてやはり余計なお荷物が邪魔なのか……空中で不意に軌道を乱すと、乗っている人間を中心軸にその場でぐるりと宙返り。そして真下の湖面へ向けて一直線……。
ズッパァァァァンッ!
「センパァィィィィィッ!?」
「しまった、回収に行くのにボートが無いぞ!?」
中途半端に遠いところに墜落してしまい、回収手段がないらしい。
呆れたダニエラが呟いた。
「大掛かりな実験をしているわりに、準備が悪りぃなぁ……」
血相変えて騒いでいた助手の一人がダニエラの知人らしく、聞こえた呟きに食って掛かってきた。
「違う、準備は万端だったんだ! ただ想定外の事が起きただけで!」
「なんで回収に行くのが想定外なんだよ。いいからほら、さっさと助けに行けよ」
実験場の周囲は広がった波紋が岸辺に大波になって押し寄せ、逃げ惑う野次馬と走り回る研究チームで大混乱に陥った。
「発想は良かったと思うんだけどなあ」
クラエスフィーナの感想に、ダニエラが首を横に振った。
「いやあ、どうかなぁ……あれ空は飛んだけどさ、合格ラインの五百メートルまで飛ぶと思うか?」
ダニエラがパチンコを構える真似をする。
「最初に勢いよく飛んでいくけどな、加速するのは発射時だけだぜ? どんどん推進力は落ちていくし、それに合わせて上のお荷物の負荷が重くなってくるぞ」
横を歩くホッブもダニエラの意見に賛成のようだ。
「そもそもだがな。アレ、ラルフが言ってた通り王都じゃよく見るオモチャのデカい版だろう? たとえ合格ラインまで飛べたとしても、審査の導師たちが『未知の技術』と認めてくれるかな?」
「あ、そうか……」
一般に知られている技術や一族の秘伝みたいな過去にできた技術はダメだと……要するに本人のオリジナルの理論でないとダメだと要綱に書いてある。
「んもー! 世界に無くってオリジナル発想で確実に空を飛べる技術なんて、そんなの三ヶ月で完成出来たら今すぐ導師になれるよ! うちの導師会、学院のレベルわかってないんじゃないの!?」
「……クラエスの言う事も一理あるな」
次に目に入って来たのは、これもなにやら大掛かりな設備を設置しているチームだった。
二十人近いスタッフが忙しく装置の繋ぎ合わせや調整をしている。彼らの準備している装置を一言で言えば……巨大な鉄のムカデだった。
人が入れるような太いパイプが一直線に伸びていて、その両側に細く短いパイプが枝のように斜めに突き出ている。短いパイプの先端は栓がされていて、その表面に何か魔力を込めるための魔法陣が描かれていた。これは見ても何が何だかわからない。
「いや、これ……そもそも何をしているの?」
クラエスフィーナの呟きを聞きつけて、監督をしていた学院生が満足そうに何度も頷いた。
「うむ、そうだろうそうだろう! この僕、工造学科随一の頭脳であるワトキンス様が開発している『超すげえ新世代輸送システム』は発想が凄すぎて凡俗はおろか学院の生徒でも理解が及ぶまいな! ま、極秘の理論だからそもそも教えるわけにもいかないんだが!」
偉そうなワトキンス様が鼻高々に胸を張るけれど……こういうヤツが御大層な物を作るほど、大した能力がない虚仮脅しだったりするのは定説である。というか、ネーミングセンスが悪すぎて逆に凄い発明に思えない。
何をしているのかもわからないし、どう判断していいものか……困っているクラエスフィーナの後ろから、そっとラルフが囁いた。
(クラエス、クラエス)
(な、なに? ラルフ)
(この手のヤツはしゃべりたがりだぞ。ミス学院のクラエスがヨイショしまくれば簡単に理論をしゃべってくれるよ)
(ふぇっ!? わ、私そう言うの苦手で……)
(大丈夫、大丈夫! この手のヤツはウザくてモテないからね、美人に褒められればイチコロさ!)
(勉強はできないのに、なんでそういう事は知ってるの……?)
クラエスにチョロっと褒められると、“工造学科随一の頭脳”様は簡単にぺらぺらしゃべりだした。
「元々は名前の通り、この僕が荷馬車に頼らない新世代の輸送手段として考えていた理論を空を飛ぶことに応用したのさ! ほら、完璧な物は転用しても十分に(不毛な自画自賛が続くので以下略)。というわけで、いよいよ実験なんだ!」
「は、はあ……」
クラエスフィーナの様子を見るに、長時間べらべら喋りまくられて内容を覚えていないようだ。
ラルフがホッブとダニエラを見ると、二人がウインクしてサムズアップした。
(大丈夫、ポンコツのクラエスが記憶し切れないのは織り込み済みだ)
(今ので理屈はわかった。安心しろ)
(良かった。僕も話を聞くのが追いつかなかったから、クラエスのポンコツぶりじゃ覚えられないんじゃないかと心配してたんだ)
(おまえはクラエスを笑えねえだろ)
彼らの用意していた装置は言ってみれば、ある種の吹き矢のようなものだった。
まず親パイプに詰めた“物体”を、一番後部から圧縮した魔力で押し出す。この段階では大した力はない。だが“物体”が中を移動していく間に両側の子パイプから次々に圧縮魔力を“物体”の後ろに当ててどんどん加速させ、パイプから空中へ飛び出す時には相当な力で一気に押した形で空へ飛び上がる。
「理論ではできているんだが、今からまさに実際に試してみる所なんだ。ま、天才の僕の計画では今日の一回目試験でいきなり合格ラインを飛び越えると踏んでいるんだがね!」
自信満々なワトキンス先輩(三年生だった)が指示を出すと、準備をしていた助手たちがわらわらと配置についた。第一回は先輩を模した砂袋で試すらしい。製薬学の変態よりはまだ慎重なようだ。
砂袋が押し込まれ、各パイプの後端に魔導学科の学院生が魔力を込めてタイミングを待つ。準備完了のハンドサインを見たワトキンス氏がコホンと咳払いし、おもむろに腕を振り下ろした。
「いくぞぉ……発射!」
先輩の号令に一拍遅れて、パイプの中を何かが滑る音がし始め……どんどん音と振動が大きくなり、わずか数秒後にはパイプの先端から砂袋が……出なかった。
代わりに。
空気が抜けるような破裂音が天高く響いたかと思うと、砲口(まさに砲口)から積もった埃が噴き上がったような物が勢いよく吐き出され……わずかに遅れて目の前の湖面が見渡す限り、集中豪雨に遭ったかのように一面小さな水柱で覆い尽くされた。小さいと言っても高速の“物体”が勢いよく衝突したので威力は大きく、付近一帯がまとめて爆発したように湖水が間欠泉みたいに噴き上がる。
またも跳ね上がった水が降り注ぐ中、ラルフはわけもわからずダニエラを振り返った。
「ねえダニエラ、今何が起こったの?」
「あぁ、多分……入れた砂袋が力に耐え切れずに破けたんだな」
砂袋として塊で出る筈だった砂が袋が破けてバラけてしまい、何千何万という砂が単体で発射されて湖の表面を抉り取ってしまったらしい。
ホッブがしみじみ呟く。
「スゲエ威力だぞ、この装置。面で敵を制圧できるじゃねえか」
ラルフも頷く。
「うちの賞味期限切れた麦も、弾丸兼食料で軍が買ってくれないかな」
「い、いやいや待て待て! これは兵器ではない! たまたま袋が破れただけだ!」
先輩が必死に弁明しているけど、他の見物人どころかチームの助手までホッブの意見に頷いている。実際これ、人がいる所に向けられていたら広場一面を一瞬で吹き飛ばせる。
「ええい、違うと言うに! おいっ、修正の後に試すつもりだった木人形を持ってこい!」
周りの感想に焦ったワトキンス先輩は、第二回試験用に用意していた木製のダミー人形を持って来させた。
「我が『超すげえ新世代輸送システム』は、遠隔地に大質量の輸送物資を投射するのを目的にした新世代輸送手段なのだ! 今みたいな暴発は本意ではない!」
用意された木製の人形は、直立した人間が腕を胸に抱え込んだ形をしている。より人間に近い形で、確かに今度は中でバラバラにはなりそうにない。
急いで装置に再装填し、助手たちが魔力を込め始める。
「いいか、今度こそ『超(省略)』の本領を発揮して見せる! 本当だからな!」
先輩の少し慌てている宣言を聞きながら、クラエスフィーナが首を傾げた。
「別に本審査でうまくいけばいいと思うんだけどな」
その意見は正鵠を射ていると思うけど、ラルフはまた別の考えがあると思う。
「ちょっと人目を気にしそうな先輩だからなぁ……予想外の人数の見物客の前で失敗して、自分のメンツが傷ついて焦ってるんじゃないの?」
「なるほどな」
横で眺めているホッブが頷いた。
「かわいい男じゃねえか……俺らにもそんな時代があったな、懐かしい」
「ああ。恥だのメンツだのって概念を超越した大人な僕らには、もう過去の話だね」
憐憫と懐古を混ぜた上から目線で生暖かく準備を見守るラルフとホッブに、諦めた表情のダニエラが力なくツッコんだ。
「恥は持ってろよ、バカども。成人もしてねえのにクズを自慢するんじゃねえ」
再び魔力の充填が完了し、胸を張った先輩が……人目をチラチラ気にしつつも……自信一杯の声で号令を下した。
「よーい……発射ぁぁ!」
さっきよりは滑らかにパイプの中を滑る音がして、より振動も少なくどんどんプロセスが進んでいく。そして、人形が勢いよくパイプの口から飛び出して一気に空の彼方へ飛び去った。
「どうだっ!」
「お……おおおぉぉぉぉっ!」
得意満面でガッツポーズのワトキンス先輩と、結果を見てワッと沸き上がる助手と野次馬たち。確かに今の勢いなら、まっすぐ飛べば合格ラインの五百メートルどころか湖の対岸まで飛びそうだ。
「これは……行ったか?」
ダニエラでさえ思わずポツッと漏らしたほど、結果に期待が持てそうだった。素直なクラエスフィーナなんか、無邪気に成功を喜んでいる。
その中で、ラルフとホッブだけが怪訝な顔を浮かべていた。
「ねえホッブ。あれ、どうやって停まるの?」
「ああ、それもそうだけどよ……俺は、飛び過ぎてそうなのが気になるんだが……」
そんな二人の懸念を裏付けるかのように。
ズガァァァァン……。
音の発生源をたどるまでもなく。凄まじい衝突音に引き続き、メキメキと生木を折る音が響く。見る間に対岸の大木が何本か、一斉に湖に向かって倒れ始めた。
「やっぱりな……散弾に続いて徹甲弾もすげえ威力だ。こりゃ軍からスカウトが来るぜ」
静まり返った実験場の中で、ホッブの呟きだけが辺りに響いた。
二番目に出たのはいわゆるスーパーガンです。現物はバリバリ軍事用です。




