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Code;π  作者: 藤文章
虚構の楼閣
15/18

15 Special training

 今日は仮想世界で特訓だ。

 娘達よりも早くからモーニングラッパーに起こされた俺は、昨日の草原へと来ている。

 アスタによると、ここは体感時間が多少引き延ばされているとのことだ。


 これぞまさしく精神と時の……。


 さあ、がんばろう。




 遠くの方からは大勢の掛け声が聞こえてくる。

 他にも同じく教練に励んでいる者達がいるようだ。


「ハミコンウォーズが出ーるぞ」 「ハミコンウォーズが出ーるぞ」

「こいつはドえらいシミュレーション」 「こいつはドえらいシミュレーション」

「のめり」「こめる」 「のめり」「こめる」

「かーちゃんたちには内緒だぞ」 「かーちゃんたちには内緒だぞ」


 あいつら頭大丈夫か。


「あんなネタ知ってる人いるのかなー?」


「普段のトーリ様より酷いかも知れないわ」


 アスタさん、それは余計なお世話です。




「いいか? 良く聞け!! 貴様は今から犬だ。地面に這いつくばって“はい”と答えるだけの犬になれ。いいな!!」


「はい!!」


 と、こんな感じの西川は、いつもより+30%(当社比)はご機嫌だった。

 実のところは、トーコに会いたいだけではないかと勘繰ってみたり。

 まあ、俺自身も割と楽しんでいたりする。



「まずは相棒についての知識だ。大まかな点は先日話したと思うが、様々な種類が存在する現在では、ナビゲーターや、エクスプローラーといった名称には明確な差はない。例えば、戦闘に特化したナビゲーターであれば、エクスプローラー以上の力を発揮する。よって、ある程度の指標はあっても、どちらも正しい答えとなる。もっぱら軍や俺のような賞金稼ぎが使ってるから、エクスプローラー。そんな認識だ」


 西川の隣で正座したサガリスが「うんうん」と頷いている。ずいぶんと従順なんだな。

 うちの相棒達ときたら、俺の後ろで「キャッキャ」騒ぎながら走り回っている。

 これは大きな違いだ。後でよく言って聞かせねば。


「だが、勘違いするなよ? 東子が見せた、あのデタラメな能力は異常だ。元々プログラム構築には天賦の才を持っていたが、それを差し引いても、人間やナビの範疇を大きく超えている」


 俺は騒いでる二人を手招きして隣に座らせた。

 トーコが口を尖らせているが無視する。


「さて、トーリ。お前に確認することがある。確か、お前は東子を戦闘には使わないと言ったな?」


「はい!!」


「その考えは、東子の力を見て変わったか?」


「はい!!」


「では、今後も東子を戦わせるということだな?」


「はい!!」


「貴様、殺してやる!!」


 突然ナイフで襲いかかって来る西川。


「はいーーー!?」


 全て“はい”と答えろって言ったのはお前だろうが。


 結局トーコと、呆れ顔のサガリスに助けてもらった。

 このシスコン兄貴はどうにかならんのか。




「どんなに自分の相棒が強くとも、その使用者が倒されてしまえばお終いだ。それは分かるな? そこで、お前には基本的な立ち回り方を教えようと思う」


「はい!!」


 俺は夜遅くまで、戦闘におけるナビゲーターとの位置関係や、連携方法を西川から教わった。まあ、しっかり頭に入ってるかどうかは別の話だが、基本的なことは理解したつもりでいる。


 そして、やけに静かだった二人はどうしていたかと言うと、今は俺に寄り掛かって静かに寝息を立てている。そんなトーコの姿を西川が優しい目をして見ているが、さすがの俺も無粋なことは何も言うまい。


 ちなみに、なぜアプリケーションが眠るのかについて、アスタに聞いたところ、「トーリ様、それはサスペンドモードです」との答えが返ってきた。ほんとかよ。




 特訓は終了してアバンテに戻ってきた。

 今夜は源さんが夕飯をご馳走してくれるそうだ。

 腹を空かせた俺たちは、食事が運ばれてくるのをじっと待つ。


 じっとだ。


 そして、テーブルへと運ばれてきたものは。


 まずはルッコラのサラダ。

 上にはオリーブオイルで炒めたベーコンと半熟タマゴが乗っている。

 フォークでタマゴを潰して全体に絡めると、熱々のベーコンとバルサミコ酢の風味が鼻をくすぐる。


 お次はピザ、クアトロフォルマッジ。

 その名の通り、生地の上には四種類のトロトロチーズがたっぷり。

 そして、重厚感のあるチーズの部分だけは、生地がもっちりとしている。

 いわば周りはサクサク、中はしっとり。チーズ好きにはたまらない逸品だ。


 とどめは海鮮どっさりペスカトーレ。

 アルデンテに茹で上げられたパスタに組み合わされるのは、酸味の効いたトマトソース。

 それはアサリやエビ、カニのうま味がこれでもかと効いていて、ニンニクとオリーブオイルの香りと共に、俺の胃を強烈に刺激している。


 まさに味のヴァーチャル革命やー。


(トーリくん、それ意味不明だからね?)


 ミートソースとナポリタン以外のイタリア料理って初めて食べた……。


(トーリ様、ナポリタンはイタリア料理ではございません)


 えっ、そうなの。




 食事を終えた俺は、あの日の“事件”について聞くことにした。被害者としての記憶はあっても、どんな“事件”だったのかは、まだ聞いていない。昨日は途中で西川が感情的になってしまって、話が逸れてしまった。もう一度、尋ねる必要がある。


「お前が追ってるのは、いったいどんな連中なんだ?」


「ああ、すまん。まだ話してなかったな……」



 西川が語ってくれた内容はこうだ。


 事件翌日に“反電脳武装戦線”を名乗る、首謀者不明、所在すら不明のテログループから犯行声明が出された。目的はインプラントチップ開発者及び、それに関わる危険分子の抹殺。

 そして、事件の数日前からバベルの上級職員が、自分の管轄するサーバーにロジックボム……簡単に言うと、時限爆弾のようなウィルスか。それを仕掛けて失踪している。名前は宮下薫、容疑者として指名手配中だったが、先日遺体で発見された。


「爺ちゃん達が狙われてたのは分かった。でも、危険分子ってなんだ?」


「これは推測だが――――お前と東子のことだと思う」


「……ちょ、お、俺かよ!? 何が危険分子だよ? 狙われるようなことはしてないぞ?」


 血の気が引き、背筋がゾクっとする。冗談じゃない。


「俺だって昨日、お前の話を聞くまでは分からなかった。今から思えば、東子はお前と出会う前からいつも研究所に連れて行かれていた。それには何かしらの意図があったはずだ。そして、お前が狙われる理由にはおそらく時遠博士が関係している」


「爺ちゃんが?」


「そうだ。プログラム構築ができない、実行すらできない、医者に診せても原因不明。あの博士が自分の孫に、そんなチップを埋め込むはずがない」


「でも、低性能なのはウソじゃないぞ?」


「それは分かっている。ごくごく普通の人間なら、不適合者の例がある。しかし、大抵は認証に引っ掛かって仮想世界には入れない。入れたとしても、チップの異常動作で強制ログアウトだ。ところが、お前は向こう(仮想世界)で普通に行動できるし、今では非常識な相棒を二人も従えている。東子はともかく、アスタロトは間違いなくアプリケーションだ。どうして、それが実行できる?」


「うーん、俺に言われてもなぁ。バイトで使ってるバラ君も使えるんだよな。考えたことはあるが、さっぱりだ」


「そうだな。これは時遠博士に直接聞くしかない。……そういえばトーリ、博士からのメールには生きてることを仄めかすようなことは何か書かれていなかったのか?」


「“いずれ地深き場所で会うことになろう”って書いてあった。でもな、冷静になると、生きてるはずがないんだよ。西川だって、葬儀の日に死んだ爺ちゃん見ただろ?」


「あぁ、見た、うちの祖父と一緒にな。しかし、その文面からして、どうも死んでいるようには思えない……。まあ、現時点ではメールだけの判断でしかない。博士の生死については追々考えるとしよう」


「そうだな。生きてりゃ、俺だっていろいろと聞きたいことがある」


「いずれにしろ、今の俺が言えることはただ一つ。博士はトーリが狙われるのを見越した上で、わざと低性能に偽装しているのではないかってことだ」


「偽装ね……。アスタが教えてくれたんだが、俺のチップにその機能があるそうだ」


「なるほど、やはりそうか。トーリのチップは常に偽装することで、世間の目から本来の性能を隠しているわけだ。それなら、お前は不適応者になるから、狙われる理由はなくなる。これで確信した。奴等の標的にはお前たち二人が入ってたんだ。東子が襲われたのは偶然ではない。あの合成プログラムは間違いなく奴等のものだ」


 そう言って西川がカウンターに目を向けると、源さんは静かに頷いていた。


「じゃあ、今のところは俺のチップが偽装されてる限り、危険はないってことでいいんだな?」


「誰かに悟られない限り危険はないが、何者かに監視されていると思っていい。それにいつまでも偽装しているわけにもいかないだろう? 現に学園では苦労している。この先、ずっと隠し通せるとは思わないことだ」


「……うう、確かに」


「そこでだトーリ、俺は奴等を(おび)き出そうと考えている。お前を監視している何者かの目星は付いているが、まだ確証が持てない。こちらが行動を起こさない限りは尻尾を出さないだろう。そこで、はっきり言わせてもらう。お前には(おとり)になってほしい」


 しばらくの沈黙。西川の目はいつになく真剣だ。


 俺は目を閉じて考える。

 トーコを元に戻すためには、自分から危険に飛び込まねばならない。

 そんなの最初から予想してたじゃないか。

 今更戸惑う必要なんてどこにもない。


 そして、俺は決心する。


「――――分かったよ。なってやる。俺の目的に繋がるからな。その目星についても、今は問わないでおくよ。しかしな、これは同時にトーコをまた危険な目に遭わすことにもなる……」


「それは百も承知している。俺の大事な家族だ、可能な限り危険は回避する。それに特訓を受けてもらうのも、ある程度自分の身は自分で守れるようになってほしいからだ。あと、お前を危険に晒して言えた義理ではないが……東子に戦わせるのは最終手段にしてほしい」


「もちろん分かってる。それはお互いの共通認識だ。トーコを出すのは、俺の身が危険な時だけにするよ」


(トーコ、聞いてるか? お前の兄貴からのお願いだ。ついでに俺からも頼む)


(うーん、分かった。なるべくそうするね) (真面目に聞いてないようね)


 おいおい、頼むよ。

 トーコに何かあったら、俺は間違いなく西川に殺される。


「無理なお願いをしているのは自分でも理解している。それでも、どうかよろしく頼む」


 そう言って深々と頭を下げる西川。


「おい、やめてくれ。頭上げろよ。それで俺はどうすればいい?」


「まずはナビゲーター講習で、アスタロトを出してくれ。お前のチップがまともだと知れば、何かしらの反応があるはずだ。サガリスを見張りに付けるから、心配しなくていい」


「了解した」


 俺は強く頷いて答える。


(汚名返上、名誉挽回のチャンスだよ。アスタちゃん)


(そう、ついに時は満ちたわ。トーリ様、私を見ていて下さい)


 頭の中のアスタは、燃えに燃えているようだった。




 その後、俺は日曜も西川の特訓を受けた。内容は土曜と同じで復習を兼ねたものだ。

 ただ、この日に限っては、トーコもアスタも珍しく、朝から素直に西川の話を聞いていた。


(あの者が話したことは全て理解・記憶しました。必ずやトーリ様のお役に立てることでしょう)


(おー! アスタちゃん、気合い入りまくりだねー。とにかくすごい自信だよ)


 そして、数々の不安を抱えながらもナビゲーター講習の日がやってくる。

 まあ、なるようになるさ。俺には心強い味方が“憑”いている。








 West river 番外編


 アバンテからの帰り道、当直の看護師に通信を入れた俺は、東子の様子を尋ねた。

 この三日間、仮想世界で無邪気にしていた東子。

 それは現実世界での東子にも、何かしらの変化を与えているのではと考えてしまう。

 しかし、結果は変わらなかった。今もなお眠り続けている。


 看護師との通信が終わり、俺は透と東子のことを考える。

 俺は二人を再び危険な目に遭わせることに、忸怩(じくじ)たる思いを感じていた。

 他に手はないのだろうか。いくら考えても、都合の良い答えは浮かばない。


 ゲンさんの言う通り、犬養の奴を締め上げれば良いのかも知れない。

 しかし、証拠がない上に、犬養はおそらく俺の正体を知っている。

 失敗すれば祖父の立場が悪くなり、学園を去ることにもなるだろう。

 そして、俺が居なくなれば、犬養は堂々と透に向かってくる。

 偽装も見破られてしまうはずだ。


 やはり透には囮になってもらうしかない。

 もし、繋がりがあるのなら、奴等は必ず動き出す。


 俺は表の日常が静かに終わりを迎えることを予感していた。







 West river もっと番外


(サガリス、ちょっといいか?)


(はい、なんでしょうか、マスター)


(普通のナビの真似はできるかい?)


(あの、マスター? おっしゃっている意味が分かりかねますが?)


(……いや、いいんだ)


 透の見張りに付けると言ってしまった以上、サガリスにも人前に出てもらう必要がある。

 これから明日の朝までに、“ナビのふり”を教え込まねばなるまい。

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