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Code;π  作者: 藤文章
虚構の楼閣
16/18

16 Navigators 01

 ついにナビゲーター講習が始まった。一学年合同での授業になる。

 今日は現地集合のため、俺と西川は安全性を考えて、アバンテからログインしていた。


 寝坊した西川を起こし、俺達はやや遅れて学内領域に到着する。

 まさか今朝は俺がモーニングコールを入れる羽目になるとは思わなかった。

 だいたい、サガリスまで寝坊とか、それサスペンドし過ぎだろ……変な言葉だな。


 さて、ここは今回特別に作られた領域だ。

 前方に巨大なスクリーンのある、広大な視聴覚室といったところだろうか。

 机と椅子もクラス別に並べられていた。


 集合場所には、すでに大勢の生徒と、実体化されたナビが集まっている。

 さすが学年全員分ともなると、それはかなりの数だ。

 まるで、ちょっとした展示会の様相で、あちらこちらから自慢話が聞こえてくる。


「俺のはポジョーの最新モデルなんだぜ」 「マジかよ!?すっげー!!」

「これに付けてるアクセはね、アマヨコで買ったテファニーなの」 「それ絶対パチモノだって」




「なあ、西川? 俺らの相棒って、思いっきり浮いてないか?」


「そうだな。天空の城まで行けそうだ」


「俺さ、実物のナビって初めて見たんだが、皆ああなのか?」


 俺は辺りを見渡しながら西川に尋ねる。


「そうだ。あれが普通なんだよ。俺たちのは特別だ」


「へぇ……。あんなにメカメカしかったり、ロボロボしかったりするんだな」


「お前が言わんとする表現は分かる。二度目だが、あれが普通なんだ。一晩掛かって、サガリスにナビの振りを教えたが、まったくの無駄骨だ」


「お前、昨晩そんなことしてたのか」


 どうりで起きないはずだ

 アホだろこいつ。


「さすがの俺も、まさかここまで浮くとは思ってなかった」


 頭を押さえる西川。

 呆れた俺は、桐野の方に目を向けた。


「……ところでさ、桐野のあれって、どうみても遺跡の壁画にあるやつだよな?」


 半獣と言えばいいのだろうか、人にシェパードの頭が付いたような不思議な存在。

 長い耳をピンと立てて、片膝を付いて座っている。

 主人に頭を撫でられているその姿は、無表情のくせに嬉しそうにも見える。

 だってさ、尻尾振ってるんだよ尻尾。やっぱり犬なのか。


「あれか。その名もズバリ“アヌビス”。サムエルが現在ベータテストを行なっている最新型の一つだ。三咲の親父さんが開発の指揮を執っているそうだな。まあ、犬好きの本人は気に入っているみたいだから、余計なこと言って怒らせるなよ?」


「う、分かってる。何も言わない……」


 でも、言いたい、すごく言いたい、茶化したい。


「やあ、トトくんにヒデちゃん。おっはよ」


 相変わらず、ひょこひょことした足取りの千佳ちゃんが、こちらにやってくる。

 苦笑してる西川は、どうやらこの呼び方がお気に召さないらしい。


 そして、千佳ちゃんの隣にいるのは、同じような足取りの……なんだこれ。


「ヒデちゃん、これ知ってるか?」


 俺は奇怪な小人を指差して問う。


「トリックスターだったかな。サムエル製以外はよく知らんが、割と出回っているタイプだと思う。……それと、その呼び方はやめろ」


 怖い顔だな。でも、面白い。

 せっかくだから、また使わせてもらおう。


「千佳ちゃんのそれ何?」


 本人に聞いてみる。


「ヒデちゃんの言う通り、トリックスターだよ。“スタンチク”っていうんだ。かーいーでしょ?」


 覆面を付けた小人の道化師って感じ。赤い服を着てひょこひょこ歩く姿は確かに愛嬌がある。

 なんとなくご主人様(千佳ちゃん)と似た雰囲気だ。


「まあ、千佳ちゃんには似合ってると思うよ? か、かーいーんじゃないかな!?」


 お世辞が下手だな俺。

 でも、似合ってるのは間違いない。


「でしょ? でしょ? 彼となら、あたしきっと、どこにでも行ける気がするんだ! I can flyyyy」


 そう言いながら、どこかへ走っていく千佳ちゃん。

 気分屋なところは、いつもと変わらない。


(ねぇ、トーリくん。あの子やっぱりどこか変だよ……)


 彼女だって、何かと非常識な君にだけは、言われたくないと思うんだ。




「さてと、俺たちの娘はどこ行った?」


 アスタとサガリスはここにシフトした直後に誘拐されてしまった。

 ここはヨハネスブルグかよ。


「娘って、父親みたいだな。まだ帰って来ない。……おっと、いた。あそこだ」


 人だかりに目を向けた西川が指差す。

 そこでは、クラスの女達にもみくちゃにされているアスタとサガリスが、俺たちを心底恨めしそうに見ていた。


「皆さん、そろそろ返してもらえるかな?」


 西川が爽やかに声を掛けると、「西川くん、ごめんねー」と笑顔で返されながら解放される二人。

 これがもし俺だったら、「ああん?」と睨まれるだけだと思う。

 何ですか、このイケメン優遇措置。


(大丈夫、私がいるよ。トーリくん)


 なんだか無性に泣けてきた。



「戻りましたマスター」


 サガリスはポンポンと服をはたきながら、西川の元に帰ってくる。


「トーリ様ぁー」


 一方のアスタは半泣き状態で俺の胸に飛び込んできた。

 連れ去られる前、何をされても、一切手出しするなと厳命していた。

 変にプライドの高いアスタには辛かったかも知れない。



「ローリ、お前のそれすご……ぶは」


「すまん、今井。手が滑った」



「それでは講習を始める。今回講師を務めるのは、現在サムエルでナビゲーターの研究をしてらっしゃる、倉田恭介博士だ」


 教頭に紹介された講師が壇上に上がった瞬間、辺りに黄色い声援が巻き起こる。

 見えるのは、白衣に身を包み、長髪を後ろに縛った精悍な男。

 さっきから何ですか、このイケメン優遇措置。


「私がおります。トーリ様」


 そう言って、アスタが身を寄せてくる。

 もう、俺ガン泣きしちゃうぞ。

 周りから突き刺さるような視線を感じるが、そんな些末なことに動揺する俺ではなかった。


「倉田恭介と申します。先ほど紹介して頂いた通り、私はサムエル・セミコンダクターで、ナビゲーターの研究と開発を行っています。主な内容は、次世代ナビゲーターとインプラントチップの連携について。簡単に言えば、皆さんの生活がもっと楽しくなるような研究です。それでは短い間ですが、宜しくお願い致します」


 自己紹介を終え、礼をした講師が拍手に包まれる。

 話し方も研究者にありがちな、堅い感じはしなかった。

 案外、社交的な人なのかもしれない。

 そう言えば、うちの爺ちゃんもそうだったな。


「西川、あの講師知ってるか?」


「当然知ってる。トーリは知らないと思うが、時遠博士の助手をしていた人だ。葬儀の日にも居たと思うが、覚えてないか?」


「あれだけの参列者がいたんだ、覚えてない。それに、あの時はそんな余計なことを考えてる余裕はなかったしな」


「ああ、そうだった、すまん。まあ、とにかく時遠博士の助手をしていた人だ。サムエルに入社したのは五年ほど前だったか。院卒のエリートだよ。発表した論文には世界中の研究者が注目している。ちなみに俺のナビに関する知識は、ほとんどがあの人からの受け売りだ」


「すごい人だな……」


 素直にそう思う。

 年齢だってまだ三十前後のはずだ。

 世の中には、どうやっても越えられそうにない壁ってのがあるんだな。




「やあ、ヒデちゃん。最近は研究所に顔を出さないね。忙しいのかい?」


 ちょうどそこに噂の講師がやってくる。

 この呼び方……なるほどね。


「恭介さん、ご無沙汰しています。今はちょっと忙しいですね。まさか講師としてここに来るとは思ってもいませんでしたよ?」


 西川が軽く会釈して返答した。

 下の名前で呼んでいるということは、親しい仲なのだろう。


「会社によると、“次世代を担う人材の育成に力を入れて来い”だそうだ。まあ、僕もいい気晴らしになりそうだったからね、依頼にはすぐOKしたよ。それと……ヒデちゃんの隣にいるのは、時遠博士のお孫さんかな?」


「はい、時遠透です。生前の爺ちゃんがお世話になったと、西川から聞いていたところです」


「いやいや、世話になったのは僕の方だよ。できれば、ゆっくりと話をしたいところだが……残念。そろそろ授業の時間だ。僕はこの辺で失礼するよ」


 そう言って、小走りで壇上に戻る倉田さん。

 そして授業が始まった。

 ほとんどの内容は特訓時に教わったものと重複しており、すらすらと頭に入ってきた。

 あまり褒めたくはないが、西川の教え方が良かったのかも知れない。

 あいつ、教師に向いてるのかもな。




 午前の授業を終えた俺と西川は、昼休憩で一度ログアウトした。


 アバンテで源さんが用意してくれた昼食はサンドイッチ。

 こんがりとキツネ色に焼いた食パンに、ベーコンエッグを挟んだもの。

 卵の黄身はちょうど良く半熟になっていて、シャキシャキレタスの歯触りがとても良い。

 そして、味付けのマヨネーズには、粒胡椒のアクセントが効いていた。

 これは美味しい。源さんには、頭の中で鉄人の称号を授与させて頂きます。



 食事を終えた俺たちは、軽く打ち合わせを行なっている。

 午前中は、特に何も起こらずに過ぎ去った。

 身構えていたせいか、やや拍子抜けの印象がしないでもない。


 そこで、午後からは西川が俺と離れて、相手の出方を伺うことになった。


「トーリは普通に授業を受けるだけでいい。監視は続けるから、後のことは任せておけ」


「分かった」


「授業が終わったら、朝の集合場所で落ち合おう。何があっても余計なことはするなよ?」


「ああ、了解だ」




「トーリ、俺と組んでくれない?」


 午後の授業が始まり、小谷が話し掛けて来た。今度は実習だ。

 二人一組で、お互いのナビをしっかり動かせているか評価を行なう。

 打ち合わせ通り、西川は俺から離れて今は桐野とペアを組んでいる。


「ちょうど良かった。俺からも頼むよ」


 断る理由はないので、二つ返事で了承する。


 小谷が連れているナビは、シルバーメタルの鎧に身を包んだ、戦士のような外見だ。

 まるで宇宙刑事だなこれは。ほんと趣味だけは良い。


(なあ、トーコ。愛ってなんだ?)


(ためらわないことさー)


「小谷のそれカッコイイな。俺も欲しくなってくるよ」


 俺がそう言うと、ビクっとしたアスタがぎゅっと袖を握ってくる。

 う、しまった……。

 滅多なことは言えない。

 以後気を付けよう。


「ありがとう。これは“ヴィクセン”。カスタマイズしてるんだ」


「へぇー。名前からして、戦闘に出したら強そうだな」


「まさかー。エクスプローラーじゃあるまいし、普通のナビに戦闘なんてできないよ。せいぜい馬鹿がハッキングのサポートをさせるとか、バイトで小さなウィルスを削除させるとか……うーん、その程度だね。あとは俺がやってるような、ゲームの中だけの話だよ」


「えっ!? そうなの?」


「うん。バベル領域で戦闘が起こるなんて、まずないからね。俺が小学生の頃は一度あったそうだけど、すぐに鎮圧されたって話だよ。戦闘スキル付きは俺も憧れるけど、ショップには置いてない。この国で銃火器が普通に買えないのと似たようなものだね」


「そ、そうなんだ……」


 自分の情弱っぷりが情けない。


「だから、俺はゲーム内でカスタマイズしたナビを戦わせたり、一緒に連れて冒険したりしてる。面白いからさ、今度トーリもやろうよ」


「まあ、機会があればやってもいいかな……」


 小谷は楽しそうに話している。

 そんなものに二人を出したら、ゲームごと破壊されちまう。

 ちょっと、ナビに対する考え方は改めた方がよさそうだ。


「あのさ、トーリのナビも凄いよね。さっき、西川が連れてるのも見たけど、どう見たって本物の人間だよ。どんなAI積んでるんだろう……どこのメーカー?」


「さあ? 死んだ爺ちゃんの形見みたいなもんだからなぁ」


「そうだったんだ。なんか悪いこと聞いちゃったかな、ゴメン」


「いや、気にしなくていいよ。とりあえず、お互いに動かし方はバッチリみたいだな」


 まあ、アスタは命令しなくても、勝手にテキスト読んで動いてるけど。


「うん、そうだね。じゃあ、チェックシートには全部マルを付けておこう」


 小谷はコンソールを呼び出すと、俺の分まで入力してくれた。

 何気にいい奴だな。俺の中で格付けを「普通+」から、「普通++」へと変更する。

 良かったな小谷。さらに格上げだぞ。




 午後の授業も終わり、俺は西川と合流すべく、朝の集合場所へと向かう。

 が、その途中で嫌な奴と()ってしまった。


「ずいぶんと可愛らしいものを持ってるじゃないか。面白い趣味してるね」


 もちろん、いつもの取り巻き付きだ。


「余計なお世話だっての」


 こりゃまいった。穏便に済まされそうにない。


「確か、キミはプログラムを動かせないと聞いていたけど、立派に動かせてるじゃないか。まあ、それが子供を模したナビとは情けない限りだね」


「だっさ!! ペド野郎かよこいつ!? うひゃひゃっ」


 やれやれ、この取り巻き連中はなんとかならんのか。


「……」


 アスタの様子が何かおかしい。

 震えているようだ。


「どうした、ペド野郎!? そのおチビちゃん震えてるぞ? ぎゃははー」


「(ぷち)」


 何の音だろう。


「黙れ下郎!!」


 突然アスタが怒鳴る。

 いつもの愛らしさなど、微塵も感じられない、冷酷な表情。

 そして、子供の身体とは思えない威圧感。

 周りの目が一斉にこちらへ向く。


 あっちゃー、最後の最後でこれかよ。

 これでは昼の打ち合わせが台無しに……すまん西川。

 俺は額に手を当てて項垂れるのだった。

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