16 Navigators 01
ついにナビゲーター講習が始まった。一学年合同での授業になる。
今日は現地集合のため、俺と西川は安全性を考えて、アバンテからログインしていた。
寝坊した西川を起こし、俺達はやや遅れて学内領域に到着する。
まさか今朝は俺がモーニングコールを入れる羽目になるとは思わなかった。
だいたい、サガリスまで寝坊とか、それサスペンドし過ぎだろ……変な言葉だな。
さて、ここは今回特別に作られた領域だ。
前方に巨大なスクリーンのある、広大な視聴覚室といったところだろうか。
机と椅子もクラス別に並べられていた。
集合場所には、すでに大勢の生徒と、実体化されたナビが集まっている。
さすが学年全員分ともなると、それはかなりの数だ。
まるで、ちょっとした展示会の様相で、あちらこちらから自慢話が聞こえてくる。
「俺のはポジョーの最新モデルなんだぜ」 「マジかよ!?すっげー!!」
「これに付けてるアクセはね、アマヨコで買ったテファニーなの」 「それ絶対パチモノだって」
「なあ、西川? 俺らの相棒って、思いっきり浮いてないか?」
「そうだな。天空の城まで行けそうだ」
「俺さ、実物のナビって初めて見たんだが、皆ああなのか?」
俺は辺りを見渡しながら西川に尋ねる。
「そうだ。あれが普通なんだよ。俺たちのは特別だ」
「へぇ……。あんなにメカメカしかったり、ロボロボしかったりするんだな」
「お前が言わんとする表現は分かる。二度目だが、あれが普通なんだ。一晩掛かって、サガリスにナビの振りを教えたが、まったくの無駄骨だ」
「お前、昨晩そんなことしてたのか」
どうりで起きないはずだ
アホだろこいつ。
「さすがの俺も、まさかここまで浮くとは思ってなかった」
頭を押さえる西川。
呆れた俺は、桐野の方に目を向けた。
「……ところでさ、桐野のあれって、どうみても遺跡の壁画にあるやつだよな?」
半獣と言えばいいのだろうか、人にシェパードの頭が付いたような不思議な存在。
長い耳をピンと立てて、片膝を付いて座っている。
主人に頭を撫でられているその姿は、無表情のくせに嬉しそうにも見える。
だってさ、尻尾振ってるんだよ尻尾。やっぱり犬なのか。
「あれか。その名もズバリ“アヌビス”。サムエルが現在ベータテストを行なっている最新型の一つだ。三咲の親父さんが開発の指揮を執っているそうだな。まあ、犬好きの本人は気に入っているみたいだから、余計なこと言って怒らせるなよ?」
「う、分かってる。何も言わない……」
でも、言いたい、すごく言いたい、茶化したい。
「やあ、トトくんにヒデちゃん。おっはよ」
相変わらず、ひょこひょことした足取りの千佳ちゃんが、こちらにやってくる。
苦笑してる西川は、どうやらこの呼び方がお気に召さないらしい。
そして、千佳ちゃんの隣にいるのは、同じような足取りの……なんだこれ。
「ヒデちゃん、これ知ってるか?」
俺は奇怪な小人を指差して問う。
「トリックスターだったかな。サムエル製以外はよく知らんが、割と出回っているタイプだと思う。……それと、その呼び方はやめろ」
怖い顔だな。でも、面白い。
せっかくだから、また使わせてもらおう。
「千佳ちゃんのそれ何?」
本人に聞いてみる。
「ヒデちゃんの言う通り、トリックスターだよ。“スタンチク”っていうんだ。かーいーでしょ?」
覆面を付けた小人の道化師って感じ。赤い服を着てひょこひょこ歩く姿は確かに愛嬌がある。
なんとなくご主人様と似た雰囲気だ。
「まあ、千佳ちゃんには似合ってると思うよ? か、かーいーんじゃないかな!?」
お世辞が下手だな俺。
でも、似合ってるのは間違いない。
「でしょ? でしょ? 彼となら、あたしきっと、どこにでも行ける気がするんだ! I can flyyyy」
そう言いながら、どこかへ走っていく千佳ちゃん。
気分屋なところは、いつもと変わらない。
(ねぇ、トーリくん。あの子やっぱりどこか変だよ……)
彼女だって、何かと非常識な君にだけは、言われたくないと思うんだ。
「さてと、俺たちの娘はどこ行った?」
アスタとサガリスはここにシフトした直後に誘拐されてしまった。
ここはヨハネスブルグかよ。
「娘って、父親みたいだな。まだ帰って来ない。……おっと、いた。あそこだ」
人だかりに目を向けた西川が指差す。
そこでは、クラスの女達にもみくちゃにされているアスタとサガリスが、俺たちを心底恨めしそうに見ていた。
「皆さん、そろそろ返してもらえるかな?」
西川が爽やかに声を掛けると、「西川くん、ごめんねー」と笑顔で返されながら解放される二人。
これがもし俺だったら、「ああん?」と睨まれるだけだと思う。
何ですか、このイケメン優遇措置。
(大丈夫、私がいるよ。トーリくん)
なんだか無性に泣けてきた。
「戻りましたマスター」
サガリスはポンポンと服をはたきながら、西川の元に帰ってくる。
「トーリ様ぁー」
一方のアスタは半泣き状態で俺の胸に飛び込んできた。
連れ去られる前、何をされても、一切手出しするなと厳命していた。
変にプライドの高いアスタには辛かったかも知れない。
「ローリ、お前のそれすご……ぶは」
「すまん、今井。手が滑った」
「それでは講習を始める。今回講師を務めるのは、現在サムエルでナビゲーターの研究をしてらっしゃる、倉田恭介博士だ」
教頭に紹介された講師が壇上に上がった瞬間、辺りに黄色い声援が巻き起こる。
見えるのは、白衣に身を包み、長髪を後ろに縛った精悍な男。
さっきから何ですか、このイケメン優遇措置。
「私がおります。トーリ様」
そう言って、アスタが身を寄せてくる。
もう、俺ガン泣きしちゃうぞ。
周りから突き刺さるような視線を感じるが、そんな些末なことに動揺する俺ではなかった。
「倉田恭介と申します。先ほど紹介して頂いた通り、私はサムエル・セミコンダクターで、ナビゲーターの研究と開発を行っています。主な内容は、次世代ナビゲーターとインプラントチップの連携について。簡単に言えば、皆さんの生活がもっと楽しくなるような研究です。それでは短い間ですが、宜しくお願い致します」
自己紹介を終え、礼をした講師が拍手に包まれる。
話し方も研究者にありがちな、堅い感じはしなかった。
案外、社交的な人なのかもしれない。
そう言えば、うちの爺ちゃんもそうだったな。
「西川、あの講師知ってるか?」
「当然知ってる。トーリは知らないと思うが、時遠博士の助手をしていた人だ。葬儀の日にも居たと思うが、覚えてないか?」
「あれだけの参列者がいたんだ、覚えてない。それに、あの時はそんな余計なことを考えてる余裕はなかったしな」
「ああ、そうだった、すまん。まあ、とにかく時遠博士の助手をしていた人だ。サムエルに入社したのは五年ほど前だったか。院卒のエリートだよ。発表した論文には世界中の研究者が注目している。ちなみに俺のナビに関する知識は、ほとんどがあの人からの受け売りだ」
「すごい人だな……」
素直にそう思う。
年齢だってまだ三十前後のはずだ。
世の中には、どうやっても越えられそうにない壁ってのがあるんだな。
「やあ、ヒデちゃん。最近は研究所に顔を出さないね。忙しいのかい?」
ちょうどそこに噂の講師がやってくる。
この呼び方……なるほどね。
「恭介さん、ご無沙汰しています。今はちょっと忙しいですね。まさか講師としてここに来るとは思ってもいませんでしたよ?」
西川が軽く会釈して返答した。
下の名前で呼んでいるということは、親しい仲なのだろう。
「会社によると、“次世代を担う人材の育成に力を入れて来い”だそうだ。まあ、僕もいい気晴らしになりそうだったからね、依頼にはすぐOKしたよ。それと……ヒデちゃんの隣にいるのは、時遠博士のお孫さんかな?」
「はい、時遠透です。生前の爺ちゃんがお世話になったと、西川から聞いていたところです」
「いやいや、世話になったのは僕の方だよ。できれば、ゆっくりと話をしたいところだが……残念。そろそろ授業の時間だ。僕はこの辺で失礼するよ」
そう言って、小走りで壇上に戻る倉田さん。
そして授業が始まった。
ほとんどの内容は特訓時に教わったものと重複しており、すらすらと頭に入ってきた。
あまり褒めたくはないが、西川の教え方が良かったのかも知れない。
あいつ、教師に向いてるのかもな。
午前の授業を終えた俺と西川は、昼休憩で一度ログアウトした。
アバンテで源さんが用意してくれた昼食はサンドイッチ。
こんがりとキツネ色に焼いた食パンに、ベーコンエッグを挟んだもの。
卵の黄身はちょうど良く半熟になっていて、シャキシャキレタスの歯触りがとても良い。
そして、味付けのマヨネーズには、粒胡椒のアクセントが効いていた。
これは美味しい。源さんには、頭の中で鉄人の称号を授与させて頂きます。
食事を終えた俺たちは、軽く打ち合わせを行なっている。
午前中は、特に何も起こらずに過ぎ去った。
身構えていたせいか、やや拍子抜けの印象がしないでもない。
そこで、午後からは西川が俺と離れて、相手の出方を伺うことになった。
「トーリは普通に授業を受けるだけでいい。監視は続けるから、後のことは任せておけ」
「分かった」
「授業が終わったら、朝の集合場所で落ち合おう。何があっても余計なことはするなよ?」
「ああ、了解だ」
「トーリ、俺と組んでくれない?」
午後の授業が始まり、小谷が話し掛けて来た。今度は実習だ。
二人一組で、お互いのナビをしっかり動かせているか評価を行なう。
打ち合わせ通り、西川は俺から離れて今は桐野とペアを組んでいる。
「ちょうど良かった。俺からも頼むよ」
断る理由はないので、二つ返事で了承する。
小谷が連れているナビは、シルバーメタルの鎧に身を包んだ、戦士のような外見だ。
まるで宇宙刑事だなこれは。ほんと趣味だけは良い。
(なあ、トーコ。愛ってなんだ?)
(ためらわないことさー)
「小谷のそれカッコイイな。俺も欲しくなってくるよ」
俺がそう言うと、ビクっとしたアスタがぎゅっと袖を握ってくる。
う、しまった……。
滅多なことは言えない。
以後気を付けよう。
「ありがとう。これは“ヴィクセン”。カスタマイズしてるんだ」
「へぇー。名前からして、戦闘に出したら強そうだな」
「まさかー。エクスプローラーじゃあるまいし、普通のナビに戦闘なんてできないよ。せいぜい馬鹿がハッキングのサポートをさせるとか、バイトで小さなウィルスを削除させるとか……うーん、その程度だね。あとは俺がやってるような、ゲームの中だけの話だよ」
「えっ!? そうなの?」
「うん。バベル領域で戦闘が起こるなんて、まずないからね。俺が小学生の頃は一度あったそうだけど、すぐに鎮圧されたって話だよ。戦闘スキル付きは俺も憧れるけど、ショップには置いてない。この国で銃火器が普通に買えないのと似たようなものだね」
「そ、そうなんだ……」
自分の情弱っぷりが情けない。
「だから、俺はゲーム内でカスタマイズしたナビを戦わせたり、一緒に連れて冒険したりしてる。面白いからさ、今度トーリもやろうよ」
「まあ、機会があればやってもいいかな……」
小谷は楽しそうに話している。
そんなものに二人を出したら、ゲームごと破壊されちまう。
ちょっと、ナビに対する考え方は改めた方がよさそうだ。
「あのさ、トーリのナビも凄いよね。さっき、西川が連れてるのも見たけど、どう見たって本物の人間だよ。どんなAI積んでるんだろう……どこのメーカー?」
「さあ? 死んだ爺ちゃんの形見みたいなもんだからなぁ」
「そうだったんだ。なんか悪いこと聞いちゃったかな、ゴメン」
「いや、気にしなくていいよ。とりあえず、お互いに動かし方はバッチリみたいだな」
まあ、アスタは命令しなくても、勝手にテキスト読んで動いてるけど。
「うん、そうだね。じゃあ、チェックシートには全部マルを付けておこう」
小谷はコンソールを呼び出すと、俺の分まで入力してくれた。
何気にいい奴だな。俺の中で格付けを「普通+」から、「普通++」へと変更する。
良かったな小谷。さらに格上げだぞ。
午後の授業も終わり、俺は西川と合流すべく、朝の集合場所へと向かう。
が、その途中で嫌な奴と遭ってしまった。
「ずいぶんと可愛らしいものを持ってるじゃないか。面白い趣味してるね」
もちろん、いつもの取り巻き付きだ。
「余計なお世話だっての」
こりゃまいった。穏便に済まされそうにない。
「確か、キミはプログラムを動かせないと聞いていたけど、立派に動かせてるじゃないか。まあ、それが子供を模したナビとは情けない限りだね」
「だっさ!! ペド野郎かよこいつ!? うひゃひゃっ」
やれやれ、この取り巻き連中はなんとかならんのか。
「……」
アスタの様子が何かおかしい。
震えているようだ。
「どうした、ペド野郎!? そのおチビちゃん震えてるぞ? ぎゃははー」
「(ぷち)」
何の音だろう。
「黙れ下郎!!」
突然アスタが怒鳴る。
いつもの愛らしさなど、微塵も感じられない、冷酷な表情。
そして、子供の身体とは思えない威圧感。
周りの目が一斉にこちらへ向く。
あっちゃー、最後の最後でこれかよ。
これでは昼の打ち合わせが台無しに……すまん西川。
俺は額に手を当てて項垂れるのだった。




