表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Code;π  作者: 藤文章
虚構の楼閣
14/18

14 Cross point 02

 俺は今、西川から送られてきた場所に向かっている。

 『ウェイティングバー・アバンテ』

 網膜に表示された地図、そのポイント情報にはそう書かれていた。


(どうやらバベルが管理している店舗のようです)


 なぜそんなところに西川が……あいつは一体。

 自然に足が早くなる。


 さっき、バイトから自宅に戻った俺はすぐさま通信を入れた。

 数十回のコールの後、ようやく繋がった西川。

 コンソール越しに見たあいつの顔は、目を赤くして憔悴し切っていた。

 あいつがどんな気持ちでいるのか、今なら分かる。




(トーリ様、店はこの辺りになります)


 俺は歓楽街から少し離れた路地の奥で、蔦に覆われた建物を見つけた。

 あそこで間違いない。扉の前には、見知った顔の男が佇んでいる。


「よう、西川。出迎えご苦労」


「早かったな」


 お互いに苦笑しながら挨拶を交わす。

 西川の顔は、通信を入れた時の表情よりも、多少落ち着いているように見えた。




「トーリ、こっちだ」


 扉を開けた西川が俺を奥へと案内する。

 薄暗い店内では、客達が静かに語らっているのが見えた。

 落ち着いた雰囲気のせいか、客の年齢層も高いように思える。

 学生の俺にとって、ここはまったく縁のないような場所だった。



「いらっしゃい。お前さんが時遠博士の孫か?」


 奥の部屋に通された俺を、厳つい体躯のバーテンダーが出迎えた。

 そこは丸テーブルが数脚と長いカウンター。

 男の後ろにはカクテルの材料だろうか、様々な洋酒が棚に並んでいる。

 他に客は居ないようだった。


「はい。うちの爺ちゃんをご存じなんですか?」


 西川がカウンター席に着いたのを見て、俺も話しながら隣へと座る。


「知ってるさ。生前は何度も世話になった。急な仕事で葬儀には出られなかったんだ。すまんな」


 そう言って厳ついバーテンダーは少しだけ頭を下げる。


「この人は(みなもと)さんだ。俺たちはゲンさんと呼んでいる」


 そう西川が紹介してくれた。


「“俺たち”? どういうこと?」


「それのことだが……」


 そう言って、西川は源さんの方へ顔を向ける。


「博士の孫なら、知る権利がある。話してやりな」


 それを聞いて頷いた西川は、目の前に出された水に軽く口をつけ、そして――――




「お前には全て話すよ」


 と、ひと息吐いてから語り始めた。




「……そうか、俺は昔のお前に会ってたんだな」


「そうだ。あの時のお前は痙攣していたんだよ。研究所に運ばれるのがもう少し遅かったら、間違いなく死んでいたはずだ」


「で、今は仕事の関係上、母方の名を名乗っているというわけか。確かに北條の名で賞金稼ぎはできないよな」


「そう。表立って祖父の名を使うわけにはいかないからな。でもまあ、知っている人間は知っている。所詮は気休めだろうな」


 本名は“北條”、サムエルの会長の孫。爺ちゃんの葬儀に西川と一緒に居た老人こそがサムエルの会長だった。 

 そして何よりも驚いたのは、爺ちゃんがインプラントチップ開発者の一人だったこと。俺には一切仕事の話をしなかった爺ちゃんは、別の顔を持っていたのだった。


 あの日、父親と妹を失って復讐を決意した西川は、今の学園に入学するまで、源さんに預けられていたそうだ。賞金稼ぎになるために戦闘技術を習得しつつ、義務教育も受ける。今までどんな過酷な生活をしてきたのか、俺には想像も付かなかった。




「お前に一体何ができる!? プログラムすら、まともに組めない奴が知った口を聞くな!!」


 それは事件の詳細とトーコの話になった時だった。

 興奮した西川がカウンターを叩いて立ち上がる。


(なんと無礼な!! トーリ様、今すぐ始末すべきです。ご命令あらば、私がチップをハッキングして、速やかに脳死させて見せましょう)


(酷いよね。この言い方は私も許せないよ)


(いや、いいんだ。本当のことだからな。大丈夫、二人はしばらく静観しててくれ)


 アスタは相変わらず怖いことを言う。

 チップをハッキングだなんて、そんなことできるのか。


「まあまあ、坊ちゃん。落ち着けや。ええと、透君だっけ? お前さんの意見を聞こうか」


 源さんが西川をなだめると、悪態をつきながら席に着いた。


「俺には西川ほどの力はありません。それは自分でもよく分かっています。でも、こいつ一人に全てを押し付けるわけにはいかない。俺には今のトーコを生身の身体に戻してやる責任があるんです!!」


「……身体に戻すだと? ふざけたことを」


 嘲笑した西川は、今にも殴り掛かってきそうな目でこちらを見る。

 そうだ、こいつは知らないんだ。


 俺はバイト中に説明したことに加え、昨日仮想世界で起きたこと、そしてアスタから聞いた話の全てを伝えた。




「…………そうか、他人に見えているのか。それでも……、それでも俺は今もお前の中に東子が生きていて、いつか元の身体に戻せると分かっただけで満足だ」


 腕を組み、目にうっすらと涙を浮かべた西川が言う。


(にわ)かには信じ難い話だが……あのデータ爆発はお前さん達の仕業だったのか。さすがは時遠博士、恐れ入る。あのクソ野郎さえ倒せば、坊ちゃんの妹を元に戻せるってことか」


「……あの日、トーコが襲われた時、ゲンさんも俺と一緒に居たんだ。その、人間と合成されたプログラムだったか? 当時はこのゲンさんと賞金稼ぎ達でさえ、手も足も出なかった」


「この十年間、手掛かりすらねぇんだよ。今でも思うぜ、夢でも見てたんじゃねぇかってな」


 源さんは悔しそうな顔をしながら、ウィスキーらしきものを煽っている。


「……トーリ、お前が手に入れた力はよく分かった。ただ、東子をまた危険に晒すつもりなのか?」


「いや、戦うのはもう一人。今説明したアスタになる。俺だってもうトーコを失いたくない」


「そうか。では、まずはお前の相棒がどれだけの力を持っているか、試す必要があるな。ゲンさん?」


「ああ、行ってくるといい」


 そう言って源さんがカウンター奥の無骨な扉へ目を向ける。

 それはシェルターの気密扉のようにも見えた。


「奥には賞金稼ぎが使うためのアクセスルームがある。機材は学園にあるものとほぼ同じ。説明しなくとも、お前になら使えるはずだ。座標は今送ったから、そこへ来い」


 そして俺たちは、仮想世界へとログインした。




 俺がホームからシフトした先に見たもの。

 その領域は、見渡す限りの青い空、そして地平線まで果てしなく続く草原だった。


「この領域は対人戦の練習用に作られた闘技場のようなものだ。リミッター(バベルの保護)は効いているから、バックラッシュは心配しなくてもいい。それと、離れても会話ができるように、通信回線は開いておけ」


「おう。分かった」


「それと、トーリに紹介する。俺の相棒、サガリスだ」


 西川がそう言うと、傍に控えた銀髪の少女が軽くお辞儀をする。

 大きいアスタとはベクトルの異なる美人、可憐といった印象だった。

 あいつのナビゲーターだろうか。

 こちらの様子をじっと伺っているように見える。


 そして、俺もアスタだけを呼び出した。


「では、俺も紹介する。うちのアスタだ」


「ふんっ! 小娘が。妾に勝てると思うてか」


 敵意をむき出しにしたアスタが、片手を腰に当て、鼻を鳴らしながら髪を掻き上げている。

 本人はきっと挑発しているつもりだろうが、微笑ましいだけだ。

 だいたい小娘って……どう見ても幼いのはお前の方だよ。


 アスタの挑発を聞いたサガリスが、目元をピクッと動かしたようだが、見なかったことにする。


(えー? 私も出たいなー 出たい出たいーっ!!)


(トーコを危険な目に合わせるわけにはいかないんだよ。悪いが見学だ)


(むーっ!!)



「それでは行くぞ!!」


 西川が高らかに戦闘の開始を宣言する。



 勢い良く飛び出すアスタ。




 そして僅か三十秒後。




「ふにゃーーーーーっ!!」


 吹き飛ばされたアスタがクルクルと回転しながら宙を舞っている。


 大慌てで追い掛ける俺。

 駆け付けたそこには、目を回してひっくり返っているアスタがいた。


「おい! アスタしっかりしろ」


 俺はアスタを抱え上げて呼びかける。


「も、申し訳ございません……トーリ様ぁ。屈辱ですぅ……ぐすっ」


 アスタが半ベソを掻き始めてしまった。

 まいったな。手加減なしかよ。


「さっきの話と違うが、どういうことだトーリ? これでは話にならんぞ!!」


 厳しい顔をした西川がこちらに向かって怒鳴っている。

 うるさい奴だ。回線開いてるんだから、怒鳴ることないだろうよ。


「しかし、どうすりゃいいんだ」


「真・打・登・場!! やっと私の出番かなー!?」


「こら、トーコ! 勝手に出て来るな!!」


「だって、アスタちゃん負けちゃったもん。今度は私の番でしょ?」


 リミッターが効いてるなら大丈夫か。

 俺はアスタに戻るように命じると、“屈辱です”を繰り返しながら消えていった。



「西川、悪いが選手交代だ」


「なんだ? まさか東子を出す気か?」


「その通り。リミッターは効いてるんだろ?」


「ちっ、ならかかってこい! 返り討ちにしてやる!!」


 舌打ちした西川が悪役のようなセリフを吐いた。


「それじゃ、行くよーっ? それっ!!」


 トーコの周りにコンソールが浮かび上がる。

 大きなアスタほどではないが、かなりの数だ。

 プログラムが組み上がる速度も変わらない。


「障壁展開! あーんど、おいでバリスタ!!」


 トーコが叫ぶと、波打つシャボン玉のような壁が俺を包み込む。

 そして、同時に現れたのは――――妙にデフォルメされた巨大なボウガン。

 いや、弩砲(どほう)ってやつだろうか。脚が付いていてどっしりと地面に置かれている。

 そこには黄金に輝く矢がつがえられていた。




「てーい!!」


 トーコが西川を、ビっと指差して叫ぶ。

 なぜかゆっくりと打ち出された黄金の矢は、途中何度も分裂すると、一気に加速して飛んで行く。


「ちょっ! トーリお前汚いぞ! おっと危ね!!」


 蜂に追い掛けられるようにして二人は逃げている。


「むだむだむだぁーっ、ちなみにそれ、どこまでも追い掛けるからねー」


「うひゃひゃ、見事だトーコ! 頭を撫でてやる」


 慌てふためく西川に笑いが止まらない。


「えへへ」


 頭を撫でてあげると、うっとりするトーコ。


(むきーっ! 屈辱です!!)




「マスター、埒が明きません。迎撃します」


「分かった。お前に任せるよ、サガリス」




「なんか妙だな。トーコ、気をつけろ」


 聞こえた西川ペアの言葉が気に掛かる。


「あいあいさー。バリスタ二射目、てーい!!」


 今度の矢は俺たちの真上、空中に向かって放たれた。

 誤射だろうか。


「あいつらこっちに来た!! 逃げるぞトーコ!!」


 いくつもの光球と共に、二人がこちらに向かってくる。

 接近戦は不利だ。格闘技の素養なんて俺にはない。


「トーリくん、障壁は破れないから、じっとしててね?」


 トーコの手には、昨晩見た黄金の剣が握られている。

 いつの間に出したんだろう。


「行ってきまーす」


「ちょっと、危ねーって。戻ってこいトーコ!!」


 剣を下段に構えて引きずりながら、猛烈な勢いで二人に向かって行くトーコ。

 後ろには土埃が舞っていた。


「それっ!」


 下から薙いだ一閃は地面を走る衝撃波となる。


「おっと!」


 西川とサガリスは、それぞれ左右に飛んで回避すると、衝撃波は二人の間を抜けていく。

 今度は光球がトーコ目掛けて一斉に飛んできた。

 あれも自動追尾なのか。


 トーコは器用に光球を剣で叩き落としている。

 自分の背丈ほどもある剣を、自在に操る姿に唖然とする。


「トーコ後ろ!!」


 俺は思わず叫ぶ。


 後ろに回り込んだサガリスが、トンファーのようなものを振り被っている。

 しかし、一瞬にしてかわしたトーコは、俺の方に向かってウィンク。

 余裕あり過ぎだ。


「ごめんね? えいっ!」


 そう言って、サガリスの死角へ移動したトーコは、わき腹に剣の柄を叩き込んだ。



「実況している場合ではないぞ。トーリ」


「くっ、西川か」


 この障壁は破れない。

 トーコの言葉を信じるしかない。


「ちくしょう。何だこれは?」


 西川がイラついている。


 殴っても蹴っても、衝撃が全て吸収されている。

 これがリアルな“暖簾に手押し”って奴か。

 下らない冗談が頭に浮かんでくるほどだった。


「ベロベロベー」


 妙に余裕が出てきた俺は、西川に子供みたいな挑発をしてみる。


「トーリ? 俺を舐めるなよ!?」


 言って、西川はトーコが作り出したバリスタに目を向けた。

 その目は血走っている。


「……うげ!! 西川それだけはヤメロ」


 バリスタを持ち上げた西川が、俺に向かって構えている。


 と、ちょうどそこへト-コに吹っ飛ばされたサガリスが衝突する。

 二人はバリスタを頭で受け、さらに空からは雨のような矢が降り注いだ。


 これなんてドリフ。



「ただいまー」


 ずるずると剣を引きずったトーコがしたり顔で歩いてくる。


「おかえりトーコ。これって、全部お前が作ったのか?」


 俺は剣やら、バリスタを指差して言う。


「うん。その気になれば、青いネコ型ロボットだって作れるかも。中の人はもちろん、初代でね。でも、四次元ポケットだけは、さすがに無理かな」


 いや、トーコ。あのな、中の人など居ないんだよ。


(なあ? アスタ? この滅茶苦茶なトーコはどういうこと?)


(屈辱です……あっ、はい、トーリ様。おそらくは二人に分かれてしまった際、情報戦や電子戦は私に、物理的な戦闘やプログラムの構築はトーコに、それぞれ受け継がれているのだと思います)


 まだ落ち込んでるのか。プライドが高いんだな。


(しかしながら、今回は相手が妹ということで、あの者もかなり手加減していたようです)


(だろうな。素人がそう簡単に勝てるわけがない)



 しばらくして西川とサガリスが頭を振りながら起き上がる。


「おい、西川大丈夫か?」


「ああ、大丈夫。油断したよ」


「なあ? ちょっと聞きたいんだが、ひょっとして西川ってシスコ……ぶ」


 素早く移動した西川が、俺の口を押さえる。


「おっと、俺の悪口はそこまでだ。二度と言わないと誓うなら、一度だけ頷け」


「(コクン)」


「それと、俺に勝ったお前には、明日から特訓に付き合ってもらう。覚悟しておけ。いいな?」


「(コクン)」


 こうして俺は、土日に西川から戦闘に関する特訓を受けることになった。

 ナビゲーター講習もある以上、基本は学んでおくべきだろう。


(……屈辱ですぅ)


 この後、落ち込んだアスタを慰めるために、俺は平均睡眠時間の半分を費やした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ