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Code;π  作者: 藤文章
虚構の楼閣
11/18

11 Plugin app 01

『“XXXXXXX”封印が解除されました』


「…様……主様」


 すぐ近くから、誰かの声が聞こえてくる。


「……主様」


 ずっと微睡みたくなるような、暖かくてふわふわした感じ。

 なんだか陽だまりのような、いい香りがする。


(…………)


 意識が少しずつ戻ってくる。


(……えっと)


 俺は何してたんだっけ。落ち着いて考えてみよう。

 爺ちゃんのファイルをインストールしたら、いきなり光に飲まれて、それからえっと。

 そうだ、思い出したんだ。あの日のこと全部。両親のことも、あの子のことも。


 前は考えようとしただけで、仮想世界でも身体の調子が悪くなったのに、今は何ともない。

 何か押さえ付けていたものが、一気に剥がされたような感覚。


 もちろん辛くて悲しいことに変わりはない。

 思い出すだけで涙が出そうになる。

 けれど、今はしっかりと受け入れた自分を認識できる。



 そういえば、ずいぶんと心地の良い枕だ。

 プニプニしてるというか。何というか。


「気持ちいいなぁ……」


 思わず独り言。

 すると、そっと額に手を当ててくる。

 暖かくて、なんだかこそばゆい。


(……あれ? 手?)


 ゆっくり目を開くと、すぐ目の前に。


(天使様?)


 一言でいうなら、すっげぇ美人の顔がそこにあった。


 しばし観察。

 長いまつ毛だな。

 瞳も凄く綺麗だ。

 顔が小さいからなのか、相対的に目が大きく見える。

 

 歳は俺とそう変わらないみたいだ。

 でも、この面影どこかで見たような。


(ええと……)


 今、至近距離で見つめ合ってる。

 大きな瞳に俺の顔が写ってる。

 サッラサラの髪の毛が頬っぺたに当たって、少しくすぐったい。

 頭を起こすだけでキスできちゃいそう。


 自分でも顔がみるみる赤くなっていくのが分かる。


「……すいません、あなたはどなたでしょうか?」


 思わず敬語で話し掛ける俺。

 普段、こんな綺麗な人と話す機会なんてない。

 知ってる中でも、桐野はまあ美人だが、俺にデれない時点で問題外。


「私は主様の(しもべ)にございます」


 笑みを浮かべながら答える女の子だった。

 主様やら僕ってのはなんだろう。


「あの……身体起こしていいかな?」


 まずは現状を把握しないとな。

 いまさらだが、膝枕をされていたらしい。


「あっ、はい。失礼しました。どうぞ」


 彼女が背中に手を添えてそっと起こしてくれる。


「よっこらしょっと」


 いつもの口癖。

 これは爺ちゃん子だったから仕方ないんだ。

 もちろん俺だって年寄り臭いと思ってる。


 キョロキョロ周りを見渡すと、あの時に現れた巨大な扉は綺麗さっぱりなくなっている。

 辺りは強制転送された時のまま。碁盤の目から変化はない。

 コンソールが呼び出せないのも変わっておらず、外部との通信は絶たれたままだ。


「大丈夫ですか?」


 横に少しだけ首を傾げながら、笑顔で声を掛けてくる。

 改めてご対面。

 うん、やっぱり美人さん。

 ツヤツヤ、サラサラの黒髪がとっても綺麗。


「うん、大丈夫。もう一度聞きたいんだけど、君は誰かな?」


 なぜかお互いに正座しながら、俺は再度の問いかけ。


「私は主様の(しもべ)にございます」


 またもやニッコリしながら答える彼女。

 この笑顔は危険だ。危険過ぎる。


 無限ループしそうなので、質問を変える。


「ここはどこかな?」


 まずは場所からだ。

 ここがどこだか、ぜんぜん分かってないからな。


「アンダーグラウンドに生成された閉鎖領域になります」


 アンダーグラウンド。そんなところに居るのか。

 ちょっとマズいような気がする。


「ここは誰が作ったのか分かるかい?」


「おそらくは、主様のお爺様がお作りになられたものかと」


 少しだけ目を瞑って答える彼女。

 これは想像していた通りか。


「俺の爺ちゃんは生きてるの?」


 これは聞いておかないと。


「申し訳ございませんが、私には分かりかねます」


 爺ちゃんには直接関係ないのだろうか。


「では、君はどこから来たのかな?」


 きっと、あの光と関係があると思うんだ。


「主様の中からです」


 えっ。

 俺ってこんな大きい子供を生めたのか。

 いったい誰の子だよ。……これ以上はやめよう。


 俺の中ってことは、つまりチップの中からってことだろうな。

 そうすると、俺がインストールしたファイルに関係があるってことか。


「すると、君はアプリケーションなのかな?」


「はい。ある意味、そう言えると思います」


 ある意味って微妙な表現だな。

 アプリケーションってこと自体は否定しないのか。


「ひょっとすると、俺のナビゲーター?」


 西川からレクチャーを受けたばかりだからな。

 ちょっと聞いてみる。


「はい。ある意味、そう考えて頂いてかまいません」


 また微妙な表現だな。

 彼女は俺のアプリケーションってことだろうか。

 爺ちゃんのファイルが彼女なのか。

 ちょっと分からないことが多いな。

 もしそうなら、嬉しすぎる。


 俺は考えながら立ち上がると、彼女も同時に立ち上がった。

 背は俺よりも低いんだな。

 なんとなくファッション誌の読者モデルのように見える。

 本業じゃないところがミソだ。


「あの、ところで主様。お話し中に大変申し上げにくいのですが……」


 胸の前でそっと手を組み、上目づかいで俺を見る。

 ドキっとする仕草だ。


「ひゃい?」


 裏声みたいになってしまった。


「こちらに敵が向かっているようです」


「はい? 敵!?」


「はい、それが……。私が出現した時のデータ放出が予想外に大きく、閉鎖領域外にまで漏れてしまいまして……その、嗅ぎ付けたウィルス共がデータを吸い取ろうと、現在こちらに多数侵入しております」


 頬を赤らめながら、ちょっとモジモジしてる。

 この仕草もイイ。って、それどころじゃないだろ。


「……マジですか?」


「はい。マジです」


 笑顔で答える彼女。

 だから、その笑顔は危険ですって。


 丸腰でアンダーグラウンドって、これはマズい。かなりマズい。相当マズい。


 バベルの加護がないアンダーグラウンドでは、人間が何かしらの攻撃を受けた場合、まず五体満足では助からない。バックラッシュ(反動)は、脳に直接ダメージを与えるからだ。

 万が一助かっても、良くて神経麻痺、最悪なら脳死だ。って、前に西川大先生が言ってたのを思い出す。


 トーリ、お前無茶しやがって。そんな遠い目をしたあいつの顔が頭に浮かんできた。


「逃げられないかな?」


「逃げるなど、もってのほかです。ここで殲滅しておきましょう」


「せっ、殲滅ぅ? なんでまた!?」


「主様、目の前に散らかったゴミを掃除することに理由を付ける必要はございません」


「はあ、確かに」


 どうも笑顔と屁理屈で納得させられた気がする。


 そうこうしている内に、周りからザワザワと虫の羽音のようなものが近付いてくる。

 ちょっと、なんか来たよ。これ来たよ。マズいよこれ。


「閉鎖領域が食い破られているようですね。お任せ下さい、主様」


 そう言って、ニコニコしている彼女が軽く手を振ると、周りにコンソールが多数……どころではなく、とんでもない数が起ち上がり、俺たちを巨大なドームに包み込んだ。


 そして恐ろしい早さで組み上がったプログラムは、無数に現れた光の剣。

 その一本一本は金色(こんじき)の輝きを増しながら、俺たちの全方位に展開されている。


「主に弓引く愚か者ども。神の怒りを思い知れ!!」


 それ、なんかカッコイイ。

 横顔もすっげーカワイイ。


 彼女が叫んだのと同時に、光剣は衝撃波を伴って一気に発射される。それは空間を切り裂き、吹き飛ばし、あらゆるものを突き抜け、遥か彼方まで飛んで行く。それはまさしく殲滅だった。



「……(ポカーン)」


 目が点になるとは、こういうことだろうか。

 唖然として言葉が出ない。


「せっかくですので、この近辺にあった危険な領域も全て排除しておきました。これでゆっくりお話できますね」


 コンソールを全て閉じた彼女が、変わらぬ笑顔で言う。


「あ、は、はい。ソウデスネ……」


 あ、ありのまま、今起こった事を話すぜ。

『俺は彼女の傍でニヤニヤしながら横顔を見ていると思ったら、いつの間にか周りの全てが消えていた』

 何を言ってるのか分からねーと思うが(以下略)



 俺たちは今、闇に浮かんでいる。

 周りには何も見えず、何も聞こえてこない。


 俺はコンソールを呼び出す。

 閉鎖領域が消し飛んだ今となっては問題なく使えるようだ。

 位置を確認すると、場所はアンダーグラウンド。

 座標は表示されているものの、地図がないので詳細は不明。

 相対距離でも半径9.46Pm以内には、塵ひとつすら存在しない虚無の領域。

 不思議と恐怖や不安を感じないのは、彼女が傍に居てくれるせいだろうか。


 いや、カッコ付けてる場合じゃない。

 ペタメートルって何だよ。初めて見たよ。これ1光年だよ。


「あの、すいません。俺、ホームに帰れるの……かな?」


 そーっと聞いてみる。


「はい。もちろんです、主様」


 胸を張ってさらりと言ってのける。

 ええと、胸はそれほど……って、いやいや。


 帰れるのかよぅ、おい。


「それでは移動しますね」


 そう言って彼女は俺の腰にそっと手を回す。

 ふんわりといい香り。

 少しだけクンカクンカしたのは内緒だ。


「主様、到着いたしました」


 は、早っ。

 クンカクンカしてるうちに、俺は見覚えのある場所に到着する。

 ここは見慣れた自分のホームだった。


 確かバベルの全領域はサンドボックスになっているはずだ。

 アンダーグラウンドからの侵入は認証やらの手続きがいろいろと必要だったような。

 ナビゲーターってこんなに凄いものなのだろうか。


「そ、そう言えば、君の名前を聞いてなかったね。名前あるのかな?」


「はい。私の名はアスタロト。アスタとお呼び下さい。主様」


 ああ、爺ちゃんのファイル名、そういうことか。

 いくらなんでも“まじかる”過ぎだろ。


「あの……アスタさん? で、いいのかな?」


「敬称を付ける必要はございません。そのままアスタとお呼び下さいませ。主様」


「はい……アスタだね。じゃあ、アスタもその“主様”ってのはやめてもらえないかな?」


 世の中には好きな人もいるんだろうけど、どうもこの呼ばれ方はしっくりこない。


「そう申されましても、主様は主様ですし……。それではマスターとお呼びすれば良いでしょうか?」


「いや、それ意味同じだし。俺の名前、トーリでいいよ?」


「……分かりました。では、トーリ様と呼ばせて頂きますね」


 ちょっと納得のいかない顔をしているが、これは譲れない。


「うん、よろしくね。……それと、俺の頭の中に常駐することはできるの?」


 プラグインだって話だからな。

 説明は聞いたけど、具体的にどうやって使うのかは聞いてない。

 あの時に桐野が割り込んで来なければっ、もっと詳しく聞けたのにっ。


「申し訳ございません、なぜかできないようです」


 しょんぼりしながら、頭を垂れる。

 できないものは仕方ないよな。

 なんだかこっちが悪者みたいだ。


「じゃあ、何か特技があったりする?」


 まあ、さっきのあれを見せられたら、特技もへったくれもないが。

 しょんぼりされても困るので、笑顔で聞いてみる


「はい。身体を分割して行動することができます」


 手を叩き、満面の笑顔で答えるアスタ。


「それってもしかして」


「いきますね、それっ!」

(よーし、それっ!)


 とても嬉しそうな表情を見せる。

 その表情が俺の記憶と一瞬重なった。


 うっすらとアスタの姿が揺らぎ、身体が分かれていく



 目の前に居るのは――――


 二人に別れて小さくなった。

 かわいらしい双子……かな。

 

 いや、それよりも、この不思議な現象。

 目の前に居るこの姿。

 フリルの付いたドレス、そして頭には大きなリボン。

 全てあの時のまま。覚えてる。


「……うそだろ」


 俺は間違いなく覚えてる。


「……トーコ? トーコか?」


 名を呼んだ途端に涙が溢れてくる。

 それは俺からあの子に向かって初めて(・・・)呼んだ名だった。


「「……?」」


「俺、トーリだ。大きくなっちまったけどな」


「トーリ……くん?」


 二人の片割れがその名前に反応して、だんだんと目が大きく見開かれていく。


「トーリくん? トーリくん、トーリくん、うわぁーーーん!!」


 泣きながら腰にしがみ付いてくる小さな女の子。

 だめだ俺。涙腺が緩すぎる。

 もう、涙が止まらない。

 まさか再会できるとは思ってなかった。


「トーリくん、トーリくん」


 俺は持ち上げて抱きしめる。

 溢れ出すのは小さな頃の思い出。

 一緒に夏を過ごした、大好きだった女の子。


 そしてあの日、彼女にしてしまったこと。

 まずは謝らないと。


「ごめん。あの時はごめん。酷いことしてごめんな。俺、すっかり自分を見失ってた」


「もういいの。またあえたから。きにしないで?」


 トーコがその小さな手で俺の頭を撫でてくる。


「うん、本当にごめんな」




 そして、再会から少しだけ落ち着いた俺は、もう一人に目を向ける。

 離れようとしないトーコは抱っこしたままだ。


「ええと……もしかして君はアスタ?」


「はい、トーリ様」


 ちょっとだけ目が怖い。

 拗ねているようにも見える。


「トーリくん、トーリくん、はふはふ」


 トーコは俺の胸に顔を押し付けて、フニフニグリグリしている。


「なぜこのようなことに……」


 いや、君も俺にしがみ付きながら、そんな真面目な顔で言わなくていいから。

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