10 The die is cast.
ここはバベルの管理から外れた領域。
広大なアンダーグラウンドの一角に構築された閉鎖領域。
大きく写し出された映像を前にして、何者かが会話している。
「これでよろしいの?」
「今更後悔しても遅い。あやつは自分の過去に正面から向かい合わねばならん」
「まあ、今のところ“魔導書”の実行は順調のようですわね」
「当たり前だ。どれだけの手間と時間が掛かっていると思う? わざわざ大袈裟な仕掛けまで施したのだからな。きっと今頃は感動で涙を流していることだろう」
「……」
「オホンっ! ……あの時に暴走したあれは、近い性質を持った者以外に止められなかった。あのまま放っておいたら、仮想世界が崩壊していたよ。結果的に北條君の判断は正しかったということだが、残された者にとってはあまりに犠牲が多すぎた」
「ここ10年でクラスターが大量に発生するようになった原因ですわね。まあ、何も知らない人にとっては、仕事ができてありがたいでのしょうけれど」
「私もまさかこんな事になるとは思わなんだ。そもそも、あやつに“あれ”を埋め込んだのは、ただの好奇心だったからな」
「“あれ”ですか。この仮想世界の基幹システムにアクセスできるもの……でしたわね?」
「然り。私は“指輪”と呼んでいる。過去の遺物だよ」
「そして彼女の方は、基幹システムの一つ。でしたかしら?」
「それもまた然り。チップに寄生していたそれは、あの子の欠けた意識と融合され、今はあやつの中にいる。私はそれを再構築して現界させるためのコードを与えただけだ」
「なにやら、とんでもないことになりそうですわね」
「あの子を助けるための苦肉の策だよ。北條の奴も納得している」
「彼女……まるで当時のわたくしを見ているようですわ」
「君と違って、移植を何年も待つような病に侵されたわけではないがね。ここまで時間が掛かってしまったのは、あやつが全てを受け止められるようになるまで、心身の成長を待たねばならなかったからだ」
「わたくしの場合はナノマシンの影響で遺伝子まで書き換わってしまいました。今では親族と似ても似つかぬこの姿。彼女のことが心配です」
「それは私だって同じだよ。結果など私にも予測できんからな。当時の君もそうする他に手がなかった。しかし、ほとんど歳を取らなくなったのは僥倖だろう? 今の私など、帰る肉体はもう既に灰だ。データで出来ただけの幽霊だよ」
「それはそうでしょうけれど……。おかげさまで、わたくし今では魔女などと呼ばれておりますのよ? まあ、その魔女が作っているのはホウキではなく、掃除機ですけれど」
「魔女っ子で良いではないか。私はその姿をいたく気に入っているのだがね……良い意味で。そう言えば、あやつはどうだった? わざわざ声を変えてまで連絡を取っているのだろう?」
「まあ、歳が歳ですからね……少々驚かせて差し上げようかと。たいへんお元気そうでしたわよ。いつも巧さんのお孫さんが面倒を見てらっしゃいますね」
「秀光君か……。あやつの両親と同様に申し訳ないことをした。彼の人生を狂わせてしまった責任の一端は、私にもあるだろうからな。まだ追っているのだろう?」
「ええ、そのようですわ」
「そうか……」
「さて、終わったようですわよ? でも、あの程度の閉鎖領域であの爆発は……それに何か変ですわね。どうしますの?」
「ちょ、ちょっとマズいかも!?」
「……」
「オホンっ! ……あ、あとはあの二人に任せようではないか」
「ドワーフの長ともあろうお方が情けない」
それは額に手を当て、項垂れているようにも見えた。




