第6話:其れは猛り狂う狂犬共
執筆者ういいち
交易都市オルセルドを蹂躙した漆黒の軍団は今、空より飛来した一機の魔導装甲によって壊滅の憂き目を見ていた。当初は50あまりも展開していた帝国魔導兵器達は、半時にも満たぬ間で半数以下へ激減している。帝国に対し反旗を翻した抵抗組織の遺失魔導兵装によって、次々と撃破されていったのだ。
それは戦いとも呼べない一方的なものだった。純然たる破壊兵器である無人魔導装甲が、赤子の手でも捻るように容易く破壊されていく。黒き軍勢の攻撃は一つとして白い機体を捉える事が出来ないのに対し、ヴィシャリスの銃撃は悉く敵機の中枢機関を貫いた。
白き魔導装甲の華麗な機動に、黒の無人機は一切追いつけないでいる。基本性能の圧倒的な差、操縦者の卓越した技量、この二点によって双方の間へ越え難い開きが生まれていた。
それも当然と言える。現在稼動している白い機体ヴィシャリスは、3000年の昔に世界を焼き尽くした終末戦争末期、全てを破壊するほどの戦力として建造された最終兵器の一つだからだ。数ある遺失魔導兵装の中でも最強の称号を頂く世界崩壊の担い手、僅か13機のみで南半球の全てを灰燼と帰した最高にして最悪の兵器。人類技術の至高傑作、魔導兵装最上位機『闘神の依代』。
一度完全に目覚めれば、終末の日を再演し得る極限兵器に、量産仕様の無人機が敵う道理はない。未だ機能の多くを眠らせ、当時ほどの性能を引き出すには遠く及ばないものの、都市制圧を目的として送り込まれた魔導兵装を一蹴するなど造作もないことだった。それを駆るのが強靭な精神力と不断の努力で、過酷な訓練を耐え抜いた精兵中の精兵ならば尚の事である。
巨大な帝国と戦い、これを打倒することを目標に掲げる反乱軍の戦士には、何よりも高い実力が要求される。絶対的な暴力と無慈悲な野心で全てを組み敷く帝国へ挑むのに、綺麗事は必要ない。魔導旗艦アストライアを拠点とする反乱軍は、ただ只管に敵を挫く為の力を求め、それを体現し得る兵器及び人材の発掘と育成に注力してきた。その結果として獲得されたのが古の遺産『闘神の依代』、そしてこれをまがりなりにも操れる優秀なパイロットなのだ。
魔導兵装最上位機を扱うことは、決して簡単なことではない。心身に尋常でない負荷を掛ける厳しい訓練は、常人ならば精神崩壊を引き起こすほど。本来であれば起動運用を行う生体部品、機体の一部として造られた専属パイロットが搭乗し、初めて稼動する代物である。現在では既に専用操縦者も、それを製造する技術も失われて久しい。これを部外者が扱おうというのだから、容易にいく筈もなかった。
最強の遺失魔導兵装『闘神の依代』を使役するには、パイロットの生命維持を度外視した戦闘特化型の重機動に耐え、的確に機体を運用するだけの卓越した操縦センスが要求される。
またコックピット内に搭載された高感度戦域情報システムは、常時活動戦地での敵勢機動及び周辺情報の認識と処理更新を行っており、高速計算された膨大な戦闘情報をパイロットへフィードバックし続けている。その情報量は通常的な脳機能の処理速度を超過し、絶えず流入する大容量のタクティカルデータが、10分と保たず搭乗者の頭脳回路を焼き切ってしまう。これを受容するだけの脳髄活動域確保と、目まぐるしい超情報量に自身を見失わない強靭な精神力がなければ、何も出来ない。
血の滲むような鍛錬、大量の投薬、ハイリスクな脳手術、身体改造、あらゆる手段で体の随所を弄り回し、機体への適合性を高めない限り操る事は不可能である。また過度な調整を繰り返せば肉体は疲弊し、限界到達点の短縮、即ち寿命を著しく削ってしまう。
それほどの代償を支払い、反乱軍の戦士、霧川禾槻は帝国との戦いに赴いている。自身の命、人生までも懸ける彼を衝き動かすのは、正義感や使命感ではない。純粋にして単純な動機だった。グロバリナ帝国への怨み。暴虐なる帝国に大切なものを奪われ、踏み躙られた、それ故の復讐心である。
彼だけではない。アストライアに乗り合う反乱軍メンバーの多くは、帝国への拭えぬ憤怒と憎悪を持って戦いの道を選んだ。大陸の平安も、平等なる秩序再生も、故国再興も、実際には然して興味ない者が大半である。彼等は一様に、憎むべき帝国の打倒を夢想し、日々を邁進していた。
立ちはだかる帝国将兵の悉くを八つ裂きにし、その権限の全てを砕き、奪われたものと同等以上を奪い取り、絶望の辛酸を舐めさせ、地獄の業火へ叩き落す。連中の築いたものは須らく破壊して、描いた覇道を徹底的に瓦解させ、皇帝を玉座から引き摺り下ろし、凄惨な私刑の末に処断する。己の心を占める叛意と憤懣、濃厚な怨嗟が晴らされる瞬間を求め、彼等一同は結託して突き進む。
反乱軍とは帝国を追い立てる狂犬であり、その喉笛を食い千切る事しか考えていない復讐鬼の軍勢なのだ。盟主がどのような御題目を立て皆を率いても、個々の人員が抱くのは暗黒の害意に他ならない。
そして反乱軍の指導者は、このような同胞達を認めている。どのような過去と考えがあっても意に介さず、帝国打倒に向けて揺るがない信念を束ねられていられればそれでいい。重要なのは強大な帝国と真正面から戦える気概だった。どのような状況に追い込まれても怖気付かず、最期まで死力を尽くして帝国に挑み続ける強健な意志。例え最後の一人になろうと、例え手足を捥がれ様と、帝国に一矢報いようという抵抗心こそが、最大の武器である。
反乱軍とは帝国が生んだ、帝国のみを付け狙う、帝国の敵。犠牲の末に戦う力を求め、不屈の闘志に猛り狂う怨念の従者達。最後の一人までが死に絶える瞬間か、仇敵たる軍事国家が権勢を失墜させて滅ぶまで、その歩みは止まらない。




