第7話:見敵必殺
執筆者ういいち
度重なる戦闘で荒廃を極めた街並みは、かつての絢爛たる栄華を名残さえも遺しはしない。散々に破壊された街区は、大災害に見舞われた跡地を思わせる。建築物で損壊を免れたものは一つとなく、かつては人々で賑わった憩いの公園も原型を逸して荒地となった。方々に大量の瓦礫が散乱し、折れ曲がった鉄骨が其処彼処に突き出ている。路面も割れて砕けており、歩いて渡るには不向きな酷い有様だ。
街を包んだ活気と喧騒を遠い彼方に置き捨てて、今も商都は激しい戦火の只中にあった。反乱軍の行動機ヴィシャリスが縦横無尽に市街を駆け、対立する帝国の無人兵器を相次いで破壊する。鋭い爪刃が幾つも飛び交い白機を追うが、ついぞ標的へ到達せぬまま返された砲弾が黒を潰す。
その最中にあって、ヴィシャリスの攻撃が及ばないにも関わらず撃滅される機体が出ていた。それらは唐突に頭部を拉げさせ、次には胸郭へ巨大な弾痕を刻み、内奥から猛火を噴いて爆散する。一体、二体、三体と、続け様に同様の末路を辿り、次々と帝国軍魔導兵器は機能を止めた。
しかしオルセルドの何処にも、新たな抵抗者の姿はない。屠り散らされる機体はどれもヴィシャリスから離れており、白い機体の銃口に狙われているわけでもなし。撃ち込まれる弾丸は、全てが死角から届けられたもの。それも全黒機が無警戒である頭上からだ。仰ぎ見れば容易に知れという距離でもない。それが解き放たれたのは遥か上空、地上から凡そ1万1000mもの高みであった。
都市オルセルドを見下ろして闇夜に滞空する白亜の巨剣、魔導強襲艦アストライア。その格納庫ブロックは今も開かれたままであり、そこから一機の魔導兵器が雄大な地上世界を眺めている。前後に長い下半身へ六つの多脚を備え、巨躯を支えた濃紫の機体だ。上半身の装甲も厚く、前方へやや突出する形で胸部が確認出来る。全高は12mあまり、人型というよりも重戦車という印象が強い。
両の前腕装甲下に二本の銃身が並ぶ重電磁力速射砲を併設、下半身後端には多弾頭のミサイルを搭載したランチャーポッドが四基装着され、背面から迫り出すバックパック装甲に細長い長方体の高出力レーザー射出砲搭が四門接続装填される。多脚にはそれぞれ広域殲滅用誘導式爆雷発射装置を仕込み、後ろ腰には六連装の回転式銃身を持つ大型ガトリング砲を装備、両肩と腹部左右両端へバルカン砲を内蔵する。
全身を多量の重火器で武装したそれは、反乱軍が保有する遺失魔導兵装『闘神の依代』が一機、大火力砲戦仕様遠距離戦闘用機ヴァニティスウェル。右肩部分には、所属を示す蒼と白とで彩られた盾の紋章が刻印されている。
近・中距離戦闘を主体としたヴィシャリスに対し、遠く離れた場所から直接火砲支援によって敵勢を一掃する攻撃性能に秀でた機体だ。しかし何より特筆すべきは、同機が有す極端とも言える狙撃性能の高さにある。
濃紫の機体は現在、自身の体高すら超える長大な重機を両腕で構えていた。恐ろしく長い直方体の物体は、全長にして14mへ達する。白銀に光る外観を持ち、全体へ幾つもの微細な溝を走らせていた。溝の上部、或いは下部へと小さな円が等間隔に並び、穴の奥から薄い白煙が噴き出し続ける。
両腕によって構えられた白銀の先端に、黒々とした奥深い穴が覗く。それは真っ直ぐ艦外へと伸び、漆黒の大空へ突き出していた。機体頭部に設けられたスリット内で赤く輝く光点は、この重機先端を凝と見据える。正確には直線距離で遥か遠方に存在する標的を。
人間の力では絶対に持ち上げられない巨大物体の後方部からは、幾本ものパイプやチューブが伸び出している。それらは格納庫の床面を這うように垂らされ、ずっと奥まで続いていく。アストライアそのものと連結し、エネルギー供給を受けているのだ。
長い鉄塊の底面を支える形で添わせられていた機体の左腕が、握る部位を手前へと引き、次いで後ろへと押し戻す。ショットガンのフォアエンドを操作するポンプアクションと似た動きだった。これへ応じ、長大な重機が内部より駆動音を上げ始める。低く唸る獣のような始まりの音へ通じ、白銀の全容へ青白い雷線が駆けた。それは一瞬であったが周囲を光らせ、濃紫の巨体を煌々と照らす。
随所に開けられた穴から上っていた白煙が、一斉に途絶える。排出口が深部で塞がり、内圧を逃がさないよう働き始めた。次第に駆動音が高まりを増し、モーターの回転する高速音と、忙しないシリンダーの稼動音が重なる。
重機後方の下面部に付設されるトリガーへ、射撃準備の態で宛がわれた右腕。その指が動かされた。引き金が素早く絞られ、内蔵機関の発射シークエンスを実行させる。
直後、雷鳴の嘶きに相当する凄まじい爆音が轟き、航空機の地表激突とも思える衝撃が発生した。重武装による超重量を誇るヴァニティスウェルの巨体が揺動し、アストライアそのものが震える程の反動である。
天空の只中で驚異的な震盪を引き起こし、それによって重機先端から解き放たれたのは一発の弾丸だった。チタニウム合金で特殊加工された専用弾殻により、フルコーティングを施された劣化ウラン徹鋼弾。地上目掛けて悪夢的速度で降下する弾丸は、宵空にかかる夜雲を貫くと同時に弾き散らせる。尋常でない威力の秘められた一弾が遠大な距離を越え、目標へ到達するのに要した時間は一秒未満。
廃墟と化したオルセルドで白い機体を狙う魔導兵器が、マント型外装を引いて一歩を踏んだ時。超高高度からの飛来物は敵勢センサーへ確認されるより早く、黒い胸部装甲を一撃で貫通する。上空から襲いきた硬弾に防御層は容易く食い破られ、一瞬の抵抗さえも叶わずに刳り貫かれた。純粋な暴力の化身である徹鋼弾が積層する守護の防壁をゼロコンマで突破すると、内奥に収められる魔導機関もまた躊躇ない踏破に抉り取られる。
破壊に併発する火花が散るより先に、無人兵器は機能を停止した。それより遅れて数秒後、内部で生じた構成機関の連鎖爆発により、魔導兵器は内側から炎を噴いて倒れ様に砕け散る。
彼我の距離1万1000mという桁外れの定点狙撃を、ヴァニティスウェルが正確無比にやってのけた瞬間であった。
「よし、撃破」
眼下の世界で行われる目標物の破壊をバイザー越しに確認して、黒髪の青年は快哉を上げた。それと同時に右手を操縦桿から離し、胸の前でガッツポーズを決める。
彼が居るのはヴァニティスウェルのコックピット。非常に狭い空間を多様な機器が埋め尽くし、文字通り足の踏み場もない。閉塞感による息苦しさはあるが、戦闘時独特の高揚感に満たされるパイロット、レリオ・エリアスは不快感を表していなかった。
24歳という若さで大火力機を操るレリオは、癖の強い黒髪を奔放に伸ばしており、痩せているが引き締まった体付きをしている。身動ぎする僅かな挙措からアスリート的な躍動感が感じられ、肉薄でシャープな顔は適度に焼けて健康的。精悍さと愛嬌を等分に宿す、軽快な印象の若者だった。
オリーブドラブのジーンズを穿き、白いワイシャツというラフな格好をしているので、巨躯の機兵を動かす操縦者のようには見えない。
「さて、次はどいつをやるかな」
気負いのない軽く陽気な口ぶりで、レリオは独語しながら視線を這わす。彼が見るのは機体に備わる全センサーへ直結する視覚補正装置、その端末バイザーが届ける遥か下方の戦場情報だ。
遠距離戦闘を仕様とするヴァニティスウェルが実装するセンサー類は非常に優れており、1万mもの差異を感じさせない明瞭な映像を常に搭乗者へ提供している。これと彼が持つ砲手としての天性の才能、艦載装備である大威力重狙撃砲が合わさり、ヴァニティスウェルは超遠距離からの神業的狙撃を可能としていた。
「随分と壊したからな。もう残り少ないか。ま、物量で押しまくる帝国にしちゃ、こんなのは蚊が刺した程度にしか感じないだろうけど。しかし塵も積もれば山となるだ、存外馬鹿に出来るもんじゃない」
軽口交じりに地上の状況を走査する。乗り慣れた機体、使い慣れたシステムなので、今や意識せずとも自然に扱う事が出来た。この段階に到るまで要した苦労は、余人の想像も及ばない。そんな背景を感じさせない明るさが、青年パイロットへ具わっている。
「うん?」
次の撃破対象を捜すレリオは、唐突に奇妙な違和感を覚えた。何か異質な物が体内に侵入してきたような錯覚に、思考が一瞬停止する。
その時だ。今まで地上の映像を送り続けていたバイザーが赤色光を放ち、視認情報を途絶えさせた。続けて耳障りな警告音がコックピットに響き渡り、幾つものホログラムモニターが出現する。画面内は赤く輝き、無数の文字列が同じ単語を繰り返す。
「おいおい、また異常かよ。出力係数が落ちてるぞ。バランサーの調子も悪い。これじゃ仕事にならないな」
レリオは特に慌てることもなく、寧ろ慣れた調子で嘆息する。
バイザーを額の上へと引き上げると、自身を取り囲んだモニターは無視して周囲の機器を操作していく。しかし何をやってもまともな反応は見られなかった。甲高いアラームとレッドランプの点滅だけが延々とリフレインする。
「まいったね、どうも。コイツは年代物だからな、ガタがきててもしょうがないか。それともハウエンツァの旦那がメンテナンスをサボったかな? どっちにしろ、これじゃ役に立たない」
盛大に溜息を吐き、レリオは肩をすくめる。その後は近場の機材を脚で蹴り、操縦桿に肘をついて目を閉じた。
鼓膜を圧する異常警報も聞き慣れたものなので、慌てず騒がずやり過ごす。
「禾槻に借りの一つでも作っておきたかっけど、次回に持ち越しだな。やれやれ、俺の愛機はヘソ曲がりで困る」
シートに身を沈めたまま頬杖をつき、レリオは欠伸を噛み殺して苦笑した。
遥か下方では反乱軍の同志でありパイロットを務める同僚が孤軍奮闘している最中だが、彼の姿に危機感は欠片もない。他者に無関心な酷薄さではなく、それだけ友人と搭乗機の実力を信じているのだ。たかだか無人魔導兵器の一個小隊程度、自分が手を貸さずとも快勝してしまうだろう。そう思うからこそ心配などしていない。
「この後でリリナにどやされる事を考えたら、そっちの方がずっと億劫だ」
生真面目で融通の利かない同年代の上官を思い浮かべ、レリオはここ一番の溜息を吐いた。眉根の寄った苦い顔が、周囲に灯る赤い光の中で項垂れる。




