第5話 円卓の軍議
執筆者ウラン
大きな円卓が真ん中にあるだけの、広い部屋。
イスもなく、それどころかドアも窓すらない完全な密室。
良く見ると、円卓の一定間隔をあけた場所に小さな窪み……いや、小さなレンズがはめ込まれている。
不意に、一筋の光が空を貫いた。
光は徐々に幅を得ていき、遂には薄い板となる。
光の板――立体ホログラムディスプレイには、蒼い外套と重厚な鎧を着込んでいてフルフェイス仕様の仮面を付けた男の姿。
遅れて、数十というディスプレイが円卓の上に浮かび上がった。
老若男女、まさに様々な人々の顔が映っている。
全員が集まったことを確認した仮面の男――ティダリテス・オルグレイアは宣告を開始した。
『今回、諸君に集まってもらったのは他でもない、アルハルトの反乱軍についてのことだ。連中は戦略制圧用高機動強襲旗艦アストライアを拠点にしており、我が軍は調査も兼ねて無人機を送り続けてきた。しかし、それはもはや意味がない、と陛下が判断を下された。故に、次回は一部隊を派遣することに決定した』
ディスプレイから、おぉ~、という歓声が上がる。
『――13番隊隊長、アリア少尉!』
『はい』
数あるディスプレイの一つ、長く艶のある黒髪の14、5くらいの少女が映されたそれから、落ち着いた声が響いた。
『貴行ら13番隊に、今回の襲撃を任ずる』
『お待ちください!』
すると、二十歳くらいの若い金髪の男が映ったディスプレイから抗議の声が上がる。
『何故ですか!? 13番隊といえば、いき場のない軍のならず者どもが集まっているゴミ部隊ではありませんか! そのような貧困街出の小娘が隊長を務めている時点で力不足など目に見えております! ここは我が9番隊にお任せを――』
『口を慎まんか! ディゴリック・コバルト中尉』
勝手に言い進める若者を、いかにもベテランといった風の中年の男が嗜めた。
『仮にも一部隊の隊長に小娘呼ばわりとは何事だ!』
それに、と彼は続ける。
『誰に向かってものを言っているのかを理解しているのか?』
『――っ! も、申し訳ありません』
『……では、これをもって今回の軍議を終了する。我らがグロバリナ帝国に栄光あれ!』
そう言った後、始めに現れたディスプレイは一筋の光へと戻り、空虚に消えた。
後を追うように、他のディスプレイも次々と姿を消していく。
最後には、二つのディスプレイのみが残った。
金髪の若者、ディゴリック中尉と先程彼に注意をかけたベテラン風の中年の男だ。
『やってくれたな』
『……すいませんでした、中佐』
『まぁ、失敗など若い内にいくらでもしておけ』
だが、と彼は続ける。
『オルグレイア元帥だけには絶対に逆らうな。これは忠告と取っていい』
『……はい、肝に命じておきます』
それで険しい雰囲気は少し和らぎ、中佐は次の論題へと話題を移した。
『して中尉、貴官は勘違いをしている』
『……? それはどういうことでしょうか?』
『アストライアは戦略級の襲撃大艦だ。その上数体の最上位機を収納しているらしい。ここまで帝国に対抗するだけのパイロットもいるだろうしな。まだ未知の部分が多いアストライアへ一隊をぶつけることの意味がわかるか?』
『……捨て駒?』
『そういうことだ、中尉。13番隊は問題ばかり起こす輩が勢ぞろいしているしな。第一、本来は12番隊までしかないはずなんだ。軍としても早々に排除しておきたい存在である。切り捨てるには丁度いい』
『成程、そういうことでしたか』
『それに、隊長のあの女、あいつは――』
「反乱軍、ですか。愚かな者達ですね」
少女にして13番隊の隊長を務める彼女、アリア少尉は誰もいない虚空へと語りかけた。
「大衆の決めた意見に納得できず、批判を受けても我が意を通そうとして孤立する。まるで我儘な子供のよう」
丁寧な言葉使い、それでいて容赦のない物言い。それが彼女のスタイルだ。
「武力による支配も立派な政治。綺麗事ばかり言ってちっとも民をまとめられない国などクズも同然です」
――秩序と正義の守護者? 笑わせる。
と、彼女は誰ともなく言った。否、確かにそこには何もいないが、彼女は確実に誰かへと話し掛けていた。
『……反乱軍が我儘な子供なら、帝国は理不尽な大人。帝国にとって反乱軍は悪、反乱軍にとって帝国は悪。自身は正義、敵は悪。これ、世界の理』
通信の類ではない。脳に直接訴えかけるような、音とも光とも言えぬ思念の波動。
「ええ、そうでしょうね。それに私も、帝国のすることに何の疑問ももっていないわけではありません。しかし、帝国は私を救ってくれました」
彼女の名はアリア、孤児だったために姓はない。
社会のゴミとして、盗みを繰り返して生きてきた。
14となって軍に入隊。ある大戦で独断の作戦を無断で展開し、成功。
帝国は完全実力主義ゆえ、それによって一気に少尉、及び一隊の隊長まで上り詰めることができた。
帝国は、彼女に居場所を与えてくれた。
それが問題児ばかりの『13番隊』だったとしても、彼女のかけがえのない居場所には変わりない。
「隊長!」
突如、二十歳ほどの金髪青眼の青年が話しかけてきた。
13番隊副隊長、ルイ曹長。それが彼の肩書きだ。
「一人でアストライアに攻め込むとはどういうことですか!?」
理解できない、と言わんばかりに彼は押し入る。しかし、アリアの対応は冷静だった。
「13番隊は現在集団として機能しておりません。力ある者が単に集まっただけでは、足を引っ張り合って自滅するだけです」
「…………」
思い当たる節でもあるのか、ルイは戸惑いながらも反論できないようだった。
「それに、私達の目的は反乱を止めることであり、反乱軍を絶命させることではありません。まぁ、それも方法の一つですが」
しかし、と彼女は続ける。
「それはあまりにも不効率すぎます。こちらの被害は勿論のこと、反乱軍の乗員の腕も中々のものですから」
敵をも仲間に組み込もうとする姿勢など驚くことではない、とルイは思った。
この人は使えるものは何でも使う、そう――
「ですので、例えば反乱軍の非戦闘員などを虐殺なんてしたら戦意は簡単に削がせられると思うのです」
そう、アリアはやわらかな笑みを浮かべながら言った。
その笑みを見て、言いようのない恐怖がルイを襲う。
「ああ、そう言えばアストライアにはルイ曹長の幼馴染が乗員しているのでしたっけ? それなら全面的に賛同していただけそうにないですね」
と、アリアは思いだしたかのように言った。
それでも中止するのは愚か、幼馴染本人とわかっても殺すのが彼女だと、ルイは不幸にも知っている。
ルイもアリアと同じく貧民街出の孤児で、それなりに酷い環境の中にいた。
だが、それでも彼女の狂気なまでの姿勢は理解できそうにない。
「……あなただけは、例え帝国全土を敵にまわすようなことがあっても、あなただけは敵にしたくありません、ね」
「そんな悲観しなくても大丈夫ですよ。あくまで例えで、今回それをするつもりはありません」
最後に「今の所は」が含まれていることは安易に予想できた。
「こうは思いませんか? たった一機、しかも『ブレード』のような最低ランクの機体に最上位機をもってしても圧倒されたら、抵抗する気など微塵もわいてこないのでは、と」
「……な、にを……」
出動準備を終えている『ブレード』を見て、ルイは驚嘆した。
――まさか、彼女はそんなことをやってのけるというのだろうか?
「ブレードと言えば、フォトンブレードしか持っていない最弱の機体ではありませんか!」
光粒子の剣。
威力は高いが、エネルギー消費が激しい上に有効範囲が極端に短い見かけ倒しの武器。
まず当たらない、しかしもしまともに受けたら――、という牽制くらいにしか使われないはずの戦わない武器。
「一応、仕掛けはありますよ。まぁ、確かに私だけでは作略もなにもあったものではなかったでしょうけど。しかし、私達ならば」
――できますよね、とアリアは問いかけた。
その相手は、目の前の副隊長ではなく……。
『……アリアがそう、望むのなら』
機体の能力を最大限まで引き出すために創られた第二人格“ラグナ”は、その主であるアリアだけにそう告げた。
そしてアリアは今度こそ、その落ち着いた表情のままルイ軍曹へと宣言する。
「『アリア/ラグナ少尉、出陣します』」




