第3話:戦いへの序曲
執筆者ういいち
黒煙を上げる街並みを、高い位置から巨大な剣が見下ろしていた。夜の闇が厚い帳を下ろしきった世界で、白亜の巨体を宙天に輝く満月で照らされながら。
全長にして136m、全幅37m、あまりに巨大な一振りの剣。それは一隻の魔導飛翔艦だった。切っ先が艦首に相当し、剣身中間部に艦橋、握り部分が主力機関区に、そして柄頭が推進装置となっている。鍔に見立てられる部分が主翼として大きく張り出し、流れる夜風を触れる端から切り裂いた。
長大な刀身が務める艦体部分には、蒼と白とで彩られた盾の紋章が刻印される。西大陸グレゴリウムに存在した、秩序と正義の守護者アルハルト公国の国章である。
天空に浮かぶ巨艦は、アルハルト公国魔導空挺団所属戦略制圧用高機動強襲旗艦アストライア。現存するアルハルト公国最後の戦力であり、最後の領土。大陸征服を推し進める軍事国家グロバリナ帝国に滅ぼされた故国復興と、暴虐なる帝国の野心打倒を旨とする反乱軍の拠点だった。
アルハルト公国の遺臣団を中心に組まれ、大陸の解放を掲げる反乱軍。その全戦力が集中する旧文明の遺跡艦は、帝国の放った無人魔導兵器に美しい都が蹂躙される様を眼下へ敷く。
大陸南東部で自由交易を行い発展してきた都市オルセルドは、帝国への従属を拒んだが為に粛清の憂き目に遭っているのだ。グロバリナ帝国は自らに逆らう者を圧倒的な武力によって叩き潰し、恐怖と力で近隣諸国を併呑してきた侵略国家。その牙と爪は研ぎ澄まされ、あらゆる敵を情け容赦なく引き裂き喰らう。残忍で獰猛な野獣そのもの。恐るべき帝国の前に、いったいどれだけの誇りと尊厳、自由意志とささやかな願いが踏み躙られてきたことか。
逃れられない破滅に見舞われ、オルセルドは今、かつての栄華栄光を失おうとしていた。都市の中を我が物顔で歩き回る、自律型機動兵器の群。それは魔導装甲を纏い、強大な破壊の力を揮う無慈悲なる執行者。ただ壊し、殺す為だけに存在する古の戦争が生んだ悪鬼の申し子達だ。
マントのように見える外部装甲を靡かせ、家々を潰し、商店を砕き、教会を蹴散らして、高い列塔を叩き壊す。其処彼処で火の手が上がり、夜の街並みは赤々とした紅蓮に染まった。暗い夜闇を照らす猛火が暗黒を払拭し、重厚な破壊兵器の行進を恐々と浮き上がらせる。
地獄の鍋底を幻視するに足る光景を艦下に眺め、アストライアは高度領域に滞空し続けた。ただ何もせず、損なわれていく街の全容を傍観するだけ。強大な兵力と国力を持ち、今や西大陸全域を版図とせん勢いのグロバリナ帝国には、かつて祖国を噛み砕かれた反乱軍も太刀打ち出来ぬと諦めたのか。
否、違う。
真新しい炎と噴煙が何本も方々で上がり始めた時、アストライアに動きが起こった。刀身の根元、棟区部分が下方へと開き出し、艦の内外を隔てる厚壁が引き下ろされていく。それによって現れたのは、アストライア第三層区に位置付く格納庫だ。
大型機動兵器を数機格納しているスペースが口を開け、大量の外気を夜風と共に受け入れる。色のない流風を受け止めて、格納庫の端へと歩み立つ影があった。二足で体を支え、両腕にはそれぞれに武器を持ち、眼下の街並みを静かに見下ろすもの。それは確かな人型をしてはいるが、けして生命の律動を刻む生物ではない。
そもそも大きさから規格外だ。足先から頭頂までは大凡10m強。全身を白い装甲で覆い尽くした鋼鉄の巨人である。鋼板を踏み締める二脚と、銃身の長い機関砲を握る両腕は細く、重ね合わされた装甲の上から見ても重量感や鈍重さはない。腰部に於いても同様で、体重移動と方向転換の迅速さを考慮した設計から、女性のように細やかく引き締められている。
コックピットが設けられている胸郭は外装も厚く、やや前方へ突出気味。両肩はそれ以上に大きく、強烈な存在感を示していた。その右肩部分にも、蒼と白とで彩られた盾の紋章がある。背部では出来損ないの翼とも形容出来る短翼状のパーツが上面へ迫り上がり、バックパック装甲からバーニアスラスターユニットを覗かせた。
頭部に口や耳、鼻といった部位は存在せず、ただ中央へ彫り込まれたスリット型高感度センサーへ赤い光点が瞬くばかり。その光は横並びに四つと、中心に一つ。見れば全身装甲の継ぎ目や開けた平面部にも、同様の光点が確認出来る。180度全域をカバーする複合センサーというわけだ。
白き巨躯は無機的であるが故に威圧的、巨大ならではの雄々しさを備える。機械仕掛けの戦士は、しかし不思議と無骨さを感じさせない。寧ろ、洗練されたフォルムは優美でさえある。
3000年の昔、世界を焼き尽くした終末戦争。その時代に造り上げられた魔導機関搭載型の搭乗式人型機動兵器。今はもう失われた技術によって構築される大戦の残り香、それが遺失魔導兵装。古代の発掘兵器という意味ではアストライアと同じ存在、兄弟とも呼べる代物である。
旧文明の高度な科学と魔導技術が結合し生み出された闘争の鎧は、その内奥に青年を抱え、真紅の壊都を赤光に捉える。燃え盛る大地を睥睨し、夜風を全身に浴びながら佇むのは僅かな時間。誰が何を言うよりも先に、巨体の膝が僅かに曲がり、腰が浅く沈められた。時を同じく背部バーニアがノズルの深奥へ青白い光を灯す。
次の瞬間、ノズル全域が豪光を発し、バーニアが盛大に噴射された。急激に膨れ上がり、溜めもなく爆発した推進力に機体が押され、重厚な白鎧は前傾姿勢で鋼板の上を滑っていく。大量の火花を撒き散らし、耳を劈く異音轟かせ、機動兵器ヴィシャリスは格納庫から飛び出した。
遮る物のない大空へ進出した機体が、背部バーニアの出力を活かしてアストライアから離れ始める。雄大な夜空を舞う機体。その軌跡を青い粒子がなぞり、拭えない暗闇に鮮やかな明光を描き出した。遠い地平を望みながら闇の海を疾駆すると、凄惨な都市の処刑がより明瞭に認められる。
地上で蠢く黒い軍勢。帝国が送り込んできた魔導兵器の群目掛けて、白い巨兵は徐々に高度を落としていった。手酷く荒らされた街の姿が次第に近付き大きくなる。それへ合わせてヴィシャリスの体が起き上がり、前傾から腰を落とす立ち様へと移行する。
空中での姿勢変化を終えて程無く、機体は荒廃の都市へ堂々と舞い降りた。背部バーニアを噴かして推力を調整し、乱れた路面に深く素早く接地。着陸の衝撃をオートバランサーで相殺しながら、盛大に土煙を上げて十数m一気に滑る。
その最中、両脚が掛ける制動のまま方向を転換し、機兵が体ごとで振り返る。備える重量のままターンが掛かり、半弧を描いて巨躯は見事に停止した。
空中からの直接降下を成し遂げた後、ヴィシャリスの両腕は即座に動き、機関砲を左右へ翳す。自身を挟み込む形で展開する敵勢の動き、これを確認するのは頭部スリットで忙しなく動き回る赤光点。突然の乱入者に、黒鎧兵装は包囲を固める。時間は然程も掛かりはしない。何故なら禾槻の操るヴィシャリスは、あろうことか敵軍の真ん中へ食い込んでいたのだから。
そう、予定通りに。




