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Live Forever  作者: 二駆付アルケミスト
第一章漂流篇

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2/9

第一話「A面:intro」

そこにあったのは、

四条河原町の交差点の形をした全く別の街のように見えた。


「どうなってんだよ、これ...」

響(ひびき)は呆れたように呟く。


とりあえず、町行く人か、

近くのベンチで座っている人に声をかけてみることにした。

歩き出そうとした時、変な感覚があり、

ふと足元を見て、血の気が引いた。

靴下のままだ。

家の中でベースを弾いていたのだから、当たり前だ。それでも、アスファルトの冷たさが、

じかに足の裏へ伝わってくる。

それよりも、この違和感をどうにかしたかった。


「すみませんっ!今って西暦何年ですか!?」


ベタすぎるこの言葉に我ながら吹き出しそうになった。


(仕方ないじゃんか、そう言うしかないんだから...。)

そんなことを思っていた時だった。


ある程度、オチは見えていた。

見えていたというより、

見えないほうがどうかしている、というレベルの直球だったのだが

——それでも、実際に返ってきた言葉は、

俺の想像を軽々と飛び越えていった。


「何ゆうとんねん兄ちゃん、今は1995年や。迷子なら交番はあっちやで。」


1995年


(俺が生まれたのは2006年、11年も差があるのか。

ここは四条河原町で間違いなさそうだし、けど、なんで1995年の河原町に?)


考えれば考えるほど、わからなくなっていった。

解決するよりも、なぜ?の方が多くなっていた。


考えるのをやめて、一人で、あてもなく歩き続けていた。

挙動不審に見えているのは、自分でも分かっていた。

きょろきょろと辺りを見回し、

時々独り言を呟き、

看板の文字を二度見しては固まる。

傍から見れば、完全に様子のおかしい人間だ。


「ちょっと兄ちゃん、ええか」


声をかけてきたのは、制服姿の警官が二人。

片方は年配で、もう片方はまだ若い。


「あの、俺、別に何も……」

「別に何もしてへん人間が、こんな挙動不審な歩き方せえへんやろ」


年配の警官の目つきが、明らかに鋭くなった。

この年の春、東京であんな事件があったばかりだ。

得体の知れない若い男が、一人でふらふらしている。

——それだけで、十分に怪しまれる理由になる。


「財布、出してみ」


言われて、初めて気づいた。

——財布がない。


年配の警官の視線が、

ふと、俺の足元に落ちた。


「……兄ちゃん、靴は?」


靴下のままだ。この状況で、

これ以上怪しい要素があるだろうか。


「あ、いえ、これはその……」


当然だ、部屋の中にいたのだから。


「あ、あの、それが……忘れてきてしまって」

「身分証も靴もないって……」


二人の間に、露骨な緊張が走るのが分かった。


「ほな、ポケットの中、全部見せてもらおか」


仕方なく、一つずつ取り出していく。

カセットプレーヤー。ヘッドホン。USBケーブル。そして——


「……なんやこれ。」

若い方の警官が、画面の消えたスマホを、恐る恐る摘み上げる。


「あー、それは、電卓、みたいな……」

我ながら、苦しすぎる言い訳だった。


年配の警官の目が、さらに険しくなる。

「電卓がこんな形しとるわけないやろ。ちょっと署まで——」


その時だった。


「至急、至急! 三条河原町付近で複数人での乱闘発生、至急応援求む!」

年配の警官の無線機が、激しく鳴った。

二人の顔色が変わる。


「……お前、逃げるなよ」

そう言い残して、二人は走り去っていった。


逃げるなと言われて、大人しく待つ理由なんてなかった。

俺は靴下のまま、反対方向へ、全速力で駆け出した。


息が切れるまで走り続け、

薄暗い路地裏の壁に手をついて激しく咳き込んだ。

アドレナリンが切れたのか、

今度は足の裏が痛み出す。

靴下の底は、すっかり擦り切れていた。


ネオンの看板、行き交う酔っ払いの大声、

どこからともなく漂うタバコと焼き鳥の匂い。

気がつけば、細い川沿いの通りに迷い込んでいた。

風情のある石畳と、

川沿いに立ち並ぶ柳の木と街灯に照らされる青々とした夏の桜。


木屋町だ。


財布はない。靴もない。

スマホはただの黒い板に成り下がった。

完全に詰んだ。

この得体の知れない「1995年」の暗がりで、

俺はどうやってこの夜を明かせばいいのか。

絶望感と共に、路肩へしゃがみ込もうとした、その時だった。


『———バキィッ、ドゥン、ッ、ベンッ!』


喧騒にまみれた通りの中で、鼓膜を殴りつけるような強烈なスラップ音が響いた。

アンプを通していない、エレキベースの生音。

ただの練習じゃない。

何かにひどく苛立ち、八つ当たりするかのように親指を叩きつけ、

人差し指で弦を弾き千切るかの如く、乱暴でめちゃくちゃなスラップの音だ。


なのに——。


力任せのサムピングとプル。

しかし、その音の粒の、どの部分を切り取っても、

洗練されたリズムキープとグルーヴ感が息づいている。

そこには無いのに、ドラムの音までもが聞こえてくるようだった。

どれだけ自暴自棄に弾いても隠しきれない、研ぎ澄まされた技術の証だった。


音のする方へ、吸い寄せられるように顔を上げる。

高瀬川のほとり。しだれ柳の木の下。


——そこに、一人の男が座っていた。

「くそっ……なんであそこでミスったんや...!」


男は咥えタバコから紫煙を吐き出しながら、

忌々しげに悪態をついていた。

傍らにはベースのケースとエフェクターボードのハードケース。

ライブ後の打ち上げを途中で抜け出してきたのか、

一人で座っていた。

仲間はどこにいるのだろうか、見当たらない。

男のそばに放り出されていた、空の缶チューハイとタバコの箱。

タバコのパッケージはラッキーストライクだった。


(この時代の人、みんなもれなくタバコ吸ってるよ...)

煙たそうな顔で、俺は内心毒づいた。


その男は、ベロベロに酔っているのか目はトロンとしていて、

お世辞にも素行が良いとは言えない風貌だ。

柳の木陰と街灯の暗がりで、手元のディテールはよく見えない。

だが、男が抱えている楽器のシルエットとカラーリングだけは判別できた。


——サンバーストのプレシジョンベース。


つい数時間前まで、

令和の俺の自室で埃を被って立てかけられていた『親父の遺品』と同じモデルだ。

いや、別に珍しくもなんともない。

ベーシストなら誰もが一度は通るような、王道中の王道。

世界中に溢れている量産品だ。

暗くてよく見えないが、あのベースはどこにでもある。

ただの偶然に決まっている。

偶然に決まっているのだが。

なぜか俺は、暗がりの中に沈むそのベースから、

いや、その男が叩き出す音から目を逸らすことができなかった。


「……」


無遠慮に見つめすぎたのだろう。

俺の視線に気づいたのか、男のヤケクソ気味なスラップがピタリと止まる。

気怠そうで、ひどく機嫌の悪い目が、

ゆっくりとこちらを向いた。


「あ? なんや」


男はベースのネックを掴んだまま、ジロリと俺を睨みつける。


「見せもンちゃうで。……まぁ、金くれるんなら話は別やけど」


これが、俺が1995年に来てから初めてできた友人との、

ファーストコンタクトであり

——ワーストコンタクトでもあった。

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