5.人間は同じ事を繰り返す、歴史を学ぶ意義
歴史を学ぶ意義は、人間は同じようなことを繰り返しますから、人間理解のパターンがつかめることです。
ギリシア時代に、プラトンが「大衆に政治家を選ばせると人気取りを政治家がやって、政治が滅茶苦茶になるから、民主主義は危ない」といっています。
歴史は、より広く、より深く、特に古典と共通してくるでしょうが、生き様を学ぶのです。
例えば、三国志は、日本人に大変人気があります。しかし、中国人はそれほど詳しくありません。また、三国志は中国で執筆された古典「三国志演義」がそもそもフィクションでさらに、吉川栄治という日本の国民的大作家が独自の解釈で三国志を書いたので、史実とほとんど異なる話が日本人に信じられています。
同じことは、司馬遼太郎にも言えます。司馬遼太郎は史実家ではなく小説家です。
ただ、吉川栄治と司馬遼太郎から歴史を学んでもいいと思います。興味がないと覚えられませんから、そこからスタートして歴史を学んだらいいと思います。
歴史は、入試ではありませんから、流れと行動がわかればいいのです。年号を覚える必要はありません。順番と、「何をやったか?」が重要なのです。
古典は、ローマ時代ならマルクス・アウレリヌスの「自省録」も深い生き様がありますが、時代背景がわかると、なぜ、孔子やキリストやムハンマドが、「その時、そう言ったのか?」がわかります。
国や組織が滅亡していくプロセスは、歴史を丹念に学んだら、成功、失敗のパターンがいくつかあります。
結論だけなら、数行でかけますが、自分で見つけて、「自分なりのそうなんじゃないのかというパターン」を見つけないと、実生活や仕事で活用できないのです。
実生活で活用できない知識をいくら仕入れても人間百科事典になるだけですから、本末転倒でしょう。
歴史も国際情勢も、実生活に活用するために学ぶのです。ルーマニアやアラブの春、いろんな独裁者の末路でもローマ帝国の滅亡でも、「独裁は続かない。人間は不自由に耐えられない。共通の敵がいるうちは強い。規律がないと内部崩壊する。自由すぎても不自由すぎてもダメ。」みたいな共通項を自分で見つけることができます。




