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22.チベット独立問題

 ウイグル自治区と並び、中国政府による深刻な人権侵害が続行中の自治区がチベット自治区です。チベットは、紀元前127年にチベット王国が建国され、9世紀に一度、崩壊した後に、15世紀初頭にチベット仏教が成立しました。そして、チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ5世が、チベット全土を統一し、政教一致の宗教国家チベットが成立しました。ダライ・ラマは転生するとチベット仏教では、考えられているため、現在のダライ・ラマは14代目ダライ・ラマです。

 

 1949年、中華人民共和国を建国した中国共産党政権は、人民解放軍をチベットに進軍させ、「解放」と称するチベット侵略を開始しました。中国共産党は、宗教を否定しつつもチベット侵略のために、チベット仏教の傀儡指導者としてパンチェン・ラマ7世なる人物をチベット仏教の高位の指導者であるパンチェン・ラマの生まれ変わりであるとダライ・ラマ14世を恫喝して認めさせました。


 1949年にはじまった中国人民解放軍のチベット侵略は、1951年首都ラサを攻略、1956年、ダライ・ラマ14世を傀儡にチベット自治区設立を中国共産党が強行、1959年、ダライ・ラマ14世の拘束を恐れたチベット人が蜂起、同年、中国軍の包囲下、チベットからダライ・ラマ14世と8万人のチベット人がインドに亡命し、チベット亡命政府を設立します。これは、ブラッド・ピット主演の映画「セブン・イヤーズ・イン・チベット」でも描かれています。


 国連は、チベットの基本的人権と宗教を尊重する決議を採択します。しかし、チベットに残ったチベット人は中国政府から迫害を受け続けることになります。1964年には、チベットの学生1万人が反中国デモを行い、この後、チベットは独立運動を根強く行い続けます。

 

 1960年代には、毛沢東による文化大革命でウイグルの宗教施設と同じように、チベット仏教の寺院破壊、チベット僧侶の逮捕、処刑等の虐殺、破壊行為が行われます。チベット自治区では、漢民族を移民させ、中国政府によるチベット人の投獄、拷問、処刑する等の恐怖政治と弾圧という深刻な人権侵害が現在も続いています。1989年には、非暴力主義による独立運動を行うダライ・ラマ14世にノーベル平和賞が授与されます。中国では、2010年にも中国での自由選挙の実施を訴えている民主化運動家の劉曉波氏に対して、中国国籍者初のノーベル平和賞を授与しました。(劉氏は、国家転覆罪で2020年まで収監されているため、ノーベル賞の授賞式には参加できませんでした。ダライ・ラマ14世が中国出身者であることを中国政府が認めれば、「中国政府からの弾圧を理由にした中国出身者のノーベル平和賞受賞者」は2名となります。)


 このように中国共産党政府はウイグル人やチベット人の独自の文化や宗教を破壊し続けています。そして、尖閣諸島問題や反日デモの背景には、天安門事件から続く、中国の民主化運動の矛先を反日活動で誤魔化すこと、チベット問題やウイグル独立問題など自国内の1億人以上の少数民族弾圧問題を反日活動に転化したいという中国政府の思惑、最後に、内陸部と都市部の格差問題の不満をなんとか反日活動で誤魔化したいという3つの思惑があるのでしょう。

 

 つまり、尖閣諸島問題や反日デモは中国が抱える様々な問題の批判の矛先を日本に向けたいという中国共産党政府の強い思惑があってのことなのです。尖閣諸島の海洋資源そのものより、チベットで定期的に起こるチベット僧の抗議の焼身自殺等の話題から中国国民と世界の目を逸らすために反日デモを行う必要があるのではないでしょうか?


 ただ、中国はチベット亡命政府があるインドや南沙諸島があるベトナム等とも紛争中です。


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