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18.中国、台湾問題、2つの中国問題とは。

 中国の正式名称は、中華人民共和国といいます。中華人民共和国は、1949年に毛沢東率いる中国共産党によって建国されました。中国と台湾、2つの中国をめぐる国際紛争が存在します。中国は清王朝によって統治されていました。しかし、帝国主義の時代にアヘン戦争でイギリス等に敗北し、その後、明治維新で近代化した日本と日清戦争を戦って破れ、列強諸国の植民地化されていきました。1912年、孫文を総統に中華民国が建国され、中国も近代化が進みます。


 1937年には、日本と日中戦争がはじまりますが中華民国内では、共産主義革命を目指す毛沢東らとの内戦が続いていました。中華民国の与党である中国国民党と中国共産党は、中国と戦争をしている日本と戦うために一時休戦を行います。そして、日本は1945年に連合国に敗北し、アメリカを中心とするGHQ(連合軍総司令部)の占領下に置かれます。


 1946年、中国国民党と中国共産党は内戦を再開します。そして、戦況が不利になった中国国民党の蒋介石総統は1949年に台湾に一時撤退し、台湾を拠点にして、中国共産党との戦いを続行することにしました。台湾は、1895年に日本が支配下においていましたが、1945年の連合軍への無条件降伏で、日本は台湾の主権を放棄し、1951年に連合国との講和、日本の独立を決めるサンフランシスコ平和条約で正式に日本は台湾の領有権を手放しました。そして、1952年、台湾に避難していた中華民国と日本は日華平和条約を締結し、中華民国に対して日本が台湾の領有権を手放したことを確認します。


 この同時期に、アメリカと旧ソ連が冷戦を始めます。1945年の日本は連合国への無条件降伏で本土以外の朝鮮半島、台湾、小笠原諸島、沖縄等の領有権を失います。そして、沖縄や小笠原諸島はアメリカの占領下に置かれます。朝鮮半島は、旧ソ連とアメリカが分割統治をはじめます。北朝鮮の部分を旧ソ連が、韓国の部分をアメリカが統治していました。しかし、共産主義諸国と自由主義諸国の争いは東西ドイツ分割等で険悪化し、1948年、アメリカが統治する朝鮮半島の南半分が大韓民国として独立、同時にソ連が統治する北半分が朝鮮民主主義人民共和国として独立します。1950年には、アメリカとソ連の代理戦争として南北朝鮮による朝鮮戦争が勃発します。この朝鮮戦争の勃発により、共産主義国の中国共産党を牽制するためにアメリカの主力艦隊である太平洋艦隊が台湾周辺で中国を牽制します。朝鮮戦争は、1953年に停戦し、北緯38度とする停戦ラインが北朝鮮と韓国で締結されました。


 1970年代までの20年間は、西側諸国は台湾を正式な中国の代表と認め支援してきました。一方で、ソ連等は中国共産党を支援してきました。しかし、1965年には、ベトナムの共産主義化にアメリカが介入するベトナム戦争が勃発します。しかし、ベトナム解放軍(共産党)とのゲリラ戦に苦戦し、枯葉剤を散布してゲリラ戦を不可能にするなどの戦略をアメリカは採用します。けれど、アメリカ国内では大規模なベトナム戦争反対デモが起こり、アメリカはベトナム戦争からの撤退を模索します。

1969年、同じ共産主義国であるソ連と中国は共産主義路線の違いから険悪化が進み、ソ連と中国の国境にあるダマンスキー島で紛争が勃発します。共産主義の2大国である中国とソ連の仲違いです。中国はソ連と仲違いをし、アメリカはベトナム戦争終結のために中国との交渉に入ることにします。1971年、国際連合の総会で、中華民国と中華人民共和国のどちらが正式な中国代表であるかが争われ、中国を実効支配していた中華人民共和国が中国の代表として国連に認められます。そこで、1971年、台湾は国連から脱退します。1972年、アメリカのニクソン大統領が中国を電撃訪問します。このニクソン大統領の訪中により、中国とベトナム(共産党)の関係が悪化し、ベトナム共産党はソ連との関係を強化します。


 1975年には、ベトナム民主共和国の首都サイゴンが陥落し、1976年、ベトナム共産党はベトナム社会主義共和国として統一ベトナムを建国します。そして、1979年、中国軍はベトナム北部に攻撃を仕掛けます。ですから、南沙諸島問題で後述しますが、ベトナムと中国も共産主義国同士ですが、良好な関係ではありません。


 中国との国交樹立を模索していた日本も1973年に中国との国交を樹立し、台湾と国交断絶を行います。1979年には、アメリカが中国と国交を樹立し、台湾と国交を断絶します。

1979年の中国との国交樹立にあたり、アメリカは台湾を保護するための台湾関係法を成立させます。主な内容は、2点です。台湾が武力介入を受けた場合(中国のこと)、アメリカは台湾を支援して武力介入する。台湾の独立を守るために台湾に武器を輸出する。(武器の売買)。そして、国家としての外交は行わないが、経済関係、ビジネスは続行するという法律です。日本も、アメリカの台湾関係法にならい、「政府としての外交は行わないが、貿易等の経済関係は維持する非政府間の実務関係」という立場を表明しました。その結果、日本の主要貿易国であり、東日本大震災には膨大な額の義捐金が台湾から寄せられるという日本政府が国家として認証していない中華民国(台湾)との奇妙な関係が続いています。


 一方で、中国政府(中華人民共和国)は、台湾(中華民国)は中国領であり、台湾独立は認めないという立場を貫いてきました。また、中華民国(台湾)も中国本土を共産党から奪還するまで台湾に避難するという立場を貫いてきたため、選挙が行われることもなく軍事政権による独裁が続いていました。1990年代、ソ連の崩壊などを受け、8代目の中華民国総統李登輝は、民主化を決定します。1996年には初の台湾の総統選挙が行われました。この際に、台湾人による選挙で選ばれた中華民国の総統が、中国からの台湾独立を行うことを警戒し、同年、中国政府は台湾に対するミサイル発射などの軍事行動に出ます。


 これに対して、アメリカは主力艦隊である太平洋艦隊を派遣して中国を牽制します。中国の台湾に対する圧力は、逆に台湾人を団結させ、李登輝が選挙で台湾総統に当選、初の選挙で選ばれた総統となります。この後、台湾の民主化は急速に進み、1999年には、李登輝総統が「中国と台湾は別の国」と台湾の中国奪還の放棄と台湾独立の可能性を表明しました。2000年には台湾独立を表明する野党民進党の陳水扁が総統に当選しました。台湾では、中国からの独立が長年の課題となっています。

実際に、台湾と中国の軍事力は、中国が国防費800億ドル弱、台湾が100億弱と8倍差があります。陸軍は中国が160万人、台湾は20万人です。海軍も中国が3倍程度、台湾より多く保有しています。ただし、空軍は互角です。


 台湾と中国は、経済上は強い結びつきがあり、台湾の最大の貿易相手国は中国であり、中国の貿易相手国としてもASEANと並ぶ主要貿易先が台湾となっています。

軍事上は、中国のミサイルが台湾全土を攻撃可能な位置関係にあります。



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