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12.世界金融危機の歴史 

次回更新は5月26日、火曜日の予定です。

平たく書くと、EUは日本を経済上の仮想敵国として誕生した。けれど、20年前には経済的な脅威だった日本が経済力が低下し、つぶれかかっているから、英国も離脱して、ごちゃごちゃになっている。

 世界の金融は、国を超えて連動しています。

 世界恐慌ではアメリカのニューヨークの株価暴落からはじまり世界中の国々に飛び火しました。同じように1997年のアジア金融危機、2008年のサブプライムローン問題、2009年10月のギリシアの財政危機に始まる欧州金融危機も世界中に飛び火しました。


 欧州経済危機とは具体的には何が起こったのでしょうか?

 欧州経済危機は、ユーロ圏全体の経済危機です。ユーロは、2002年に導入されたEU圏の共通の通貨です。ユーロは、ドル、円に対抗する欧州の基軸通貨としてEUが発行しているお金です。EUは、欧州議会や欧州中央銀行等を持ち、国を超えた共同体として機能しています。

 

 欧州経済危機当時、EUは、クロアチアの加盟で28カ国からなる共同体となります。EU設立をめぐっては2つの配慮が必要でした。1つは、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペインといったEU加盟国は国ができた時代、つまりローマ帝国が崩壊しフランク王国になり、フランス等に別れていくプロセスから第1次世界大戦、第2次世界大戦まで延々と近隣諸国で戦争を続けてきた敵国同士という歴史です。


 フランスとイギリスもジャンヌダルクの時代から延々と戦争をしています。ですから、基本的に仲が悪い国同士の共同体なのです。

 そこで、EUの母体となるEEC、EC時代から欧州共同体の設立は困難であろうと考えられてきました。それでは、なぜEUが誕生したのでしょうか?


 それは、アメリカ、日本の経済力が伸び、欧州単位で対抗しなければアメリカにも日本にも対抗できないという共通の危機感でした。

 1993年、EUは誕生しました。しかし、ここで大きな問題が持ち上がります。1990年代は、旧ソ連の崩壊、東欧諸国の崩壊、ベルリンの壁の撤去、東西ドイツ統合等、冷戦の終結、中国の市場経済化等、イデオロギーから経済の時代への移行期間でもありました。

 1990年代の主要経済国はアメリカ、日本、西ドイツ、イギリス、イタリア、フランス等でした。

 西ドイツが共産主義国の東ドイツと合併するにあたり統一ドイツの経済力は一時的に低下しました。東ドイツに象徴されるように、EU内の経済格差是正がEU統一の課題となります。

そこで、ユーロ導入にあたり、1、単年度の財政赤字がGDPの3%を下回らないこと、2、国債残高はGDPの60%以内であること(財政安定協定)。この2つの基準で各国の財政再建が行われ、10年後の2002年、共通通貨としてユーロが導入されました。


 1993年には、欧州の脅威と考えられていた日本は、バブル経済の崩壊、失われた10年に突入し、アメリカもITバブルが崩壊し、ユーロ導入時には、10年前と時代背景も変わっていました。

また、2001年9月11日は、アメリカの世界貿易センタービルにアルカイダの自爆テロが行われ、自由主義諸国と共産主義国の戦いから、テロとの戦いの21世紀がはじまりました。

 

 ユーロは、欧州中央銀行が管理します。そこで、ユーロの発行額は欧州中央銀行が各国と相談して決めます。そのため、国ごとに紙幣を自由に発行することができなくなります。(各国の金融政策の禁止)。しかし、国債を発行して借金をする財政政策は可能です。無限に国債を発行しないように、各国の経済を安定させるために財政赤字の基準が決められました。

 

 2009年10月、ギリシアで政権交代が行われました。ギリシアは、人口1100万人。就業人口は400万人、そのうちの4人に1人が公務員で100万人の公務員が働いていました。また、高い年金や高福祉が行われていました。しかし、政権交代後に、ギリシアの国債の粉飾決済が明らかになりました。


 GDP比3.7%と公表されていたギリシアの2009年の実際の赤字公債比率は12.7%でした。2010年のギリシアの赤字国債残高は、GDP比145%とユーロの基準である60%の2倍強であることが判明し、ギリシア国債の格付けが引き下げられました。

そして、2010年の5月にはギリシアは公債での資金調達が不可能になり、国際通貨基金(IMF)とEUに財政支援を要請しました。この一連のギリシアの財政悪化により、世界市場でのユーロ安が進みました。その結果、ユーロ圏内の財政赤字国であるポルトガル、アイルランド、イタリア、スペインにも財政危機が飛び火し、欧州金融危機がはじまりました。


 イタリアの失業率は10%代で国債残高のGDP比率は120%でした。スペインの失業率は24.2%(2011年)で財政赤字のGDP比は68.5%でした。

ギリシアの失業率も20%弱です。参考までに、当時の日本のGDP比公債残高は230%程度、単年度財政赤字はGDP比10%です。

 

 数字上は、日本の国債残高は突出していますが、日本は国民の預金資産が国債残高より多いのです。ただ、そろそろ預金残高と国債残高が逆転しかかっています。日本は、1千兆の借金があるものの、銀行預金が1千兆円あるのです。ただ、日本とアメリカはIMFから財政再建を名指しで求められています。

 

 EUでは、ギリシア等をユーロから離脱させようという意見もありました。

 しかし、EUで経済力があるドイツやフランスが、ユーロ圏内の財政赤字国の赤字国債を大量に保有しているため、ギリシア等を切り捨てた場合、ドミノ式にイタリア、スペイン、ポルトガル、スペイン等が破綻し、最終的にはそうした国の赤字国債を保有しているドイツやフランスに飛び火し、EUごと債務不履行を起こす可能性があるため、赤字国を切り捨てられなかったのです。

 

 そこで、2010年には赤字国に融資する欧州安定化基金が設立され、また、2011年には欧州銀行監督庁、欧州保険企業年金監督庁、欧州証券市場監督庁がEU内に設置され、IMFの貸付額も日本の600億ドル、欧州の2千億ドルを中心に現行の3800億ドルから2倍程度に貸付額を増加させました。

 

 具体的にギリシアでは何が起こっていたのでしょうか?

 IMFから求められている緊縮財政に国民が反対して、総選挙で過半数を獲得する与党が誕生せずに選挙のやり直しが行われました。失業率も増加し、各地でデモも行われました。ただし、これ以上、政治の混乱が続いた場合、IMFが融資を引き上げ、国際社会から国そのものを潰されかねない状態であることに国民が何となく気がつき、財政再建に乗り出しました。


歴史の話なのでスルーしても大丈夫です。当時は、日本のGDPはまだ2位か3位なんですよね・・・。

英国もEUを離脱していなかったし、10年前から、日本の経済状況は一気に悪化していきます。

英国は、EU加盟時にユーロに参加せずに、ポンドを残していたから、離脱するつもりはEU加盟時からあったと思います。


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