83.お前と、俺(前編) ◇★
「な、なんで、ここに木こり野郎が!?」
黒い瞳が、見開かれたまま私を映していた。
その顔立ちは、たしかにイズミールのままだ。
優しげな瞳、細い顎、通った鼻筋、水気を含んだような白い肌。
だが、そこに浮かぶ表情だけが、いままで見てきたどのイズミールとも違う。
金色の彼女のような、ひどく濃く甘い熱ではない。
銀色の彼女のような、静かで澄んだ厳かさでもない。
草むらから飛び出してきた獣みたいに、逃げるのか噛みつくのかも決めきれないまま、目だけが忙しなく揺れている。
表情も仕草も、言葉遣いまで妙に俗っぽい。
これが、最初のイズミールなのか。
もっと冷たい拒絶を覚悟していた。目も合わされず、押し黙る相手を。
だが、実際に現れたのは、狼狽を隠しきれず軽口で取り繕う、あまりにも人間じみた姿だった。
私は、彼女の肩を掴んでいた手からそっと力を抜いた。
振り払われなかったとはいえ、驚き戸惑う彼女をこれ以上刺激するのは避けるべきだと感じた。
私たちの間には、手を伸ばせばまた触れられるだけの距離が残っていた。
「は? いや、待てよ。待て待て。
なんだ……これ、俺、何がどうなってる……?」
イズミールは、肩を掴まれていたことをようやく思い出したように、遅れて半歩ぶんだけ身を引いた。
反射的に身を僅かに縮こまらせ、身構える様子は小動物めいた印象を抱かせる。
長く艶やかな黒い髪がさらりと揺れる。
その色を見ると、どうしても忌避感と警戒感が先立つ。
黒は、災いの色だ。身も心も蝕まれていく感覚を、克明に覚えている。
だが、目の前の彼女が纏う黒には、あのおぞましい穢れの気配は欠片もない。
この黒は、奇妙なほど、彼女に馴染んでいるように見えた。
目では美しいと分かるのに、身体の奥ではまだ黒を災いとして拒んでいる。
その食い違いが、自分の中でもひどく落ち着かなかった。
「夢? いや、今までずっとそんなの見たことなかったよな……?」
彼女は自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟き、次にぎろりと私を見た。
黒い瞳を向けられて、美しいなどと感じる自分がいるのが信じ難い。
「っていうか、なんで、俺がよりにもよって木こり野郎の夢なんか見なきゃなんないんだよ。
マジで意味分かんねぇし、他にあるだろ、もっと見るべきもんが」
軽口の形をしているのに、笑ってはいなかった。
笑えば崩れるものを、無理に口先だけで支えている響きだった。
聞きたいこと、言いたいことは山ほどある。
男のような言葉遣いや、自分のことを“俺”という言い方も気になる。
“木こり野郎”という呼称が、どうやら私のことらしいというのは察せられたが、それはさておく。
そんな事よりも、今の言葉が「夢でも会いたくない」という意味なのか、単なる困惑なのかが、一番気になる。
既に嫌われていても不思議ではない。覚悟はしていたつもりだったが、やはり刺さる。
ただの軽口だと分かっているが、胸の奥だけが嫌にはっきりと痛んだ。
落ち着かなければ。
私も、彼女も。
「イズミール、待ってくれ。落ち着いて、聞いて欲しい」
「……うわ、しゃべった!? は? 落ち着けって? これが落ち着いてられるか!
あー、こいつの言ってることが分かるとか、やっぱどう考えても夢だろこれ」
私は思わず息を止めた。
言葉は通じている。
それだけなら金色や銀色の彼女も同じだった。
だが、この黒いイズミールの様子は、彼女たちとはまるで違う。
神秘も威厳もあったものではない。あまりに俗で、軽々しい。
何より、明らかに混乱していて、状況を理解していない。
夢だと言ってやれば、少なくとも今は楽になれるのかもしれない。
だが、それではここまで来た意味がない。
彼女を現実へ引き戻さなければ、外の崩壊も止まらない。
「夢ではない」
短く告げる。
それ以上の言葉を重ねれば、かえって彼女は夢の側へ逃げる気がした。
まずは一つだけ、足場になる事実を置くしかなかった。
彼女がぴたりと動きを止めた。
黒い瞳が、胡乱げに細まる。
「は? いや、おかしいだろ。
夢じゃないなら、なんでお前、こんなとこにいて、俺と普通に喋ってんだよ」
「私は本当にここにいる。君もだ。
夢なら、あんな風に君を振り向かせることは出来なかった」
「その顔でそういうこと言うなよ。余計マジっぽくなるだろ……!」
吐き捨てるように言いながらも、声の底にかすかな怯えが混じる。
「いやいやいや、待てって。
だって、お前……、確か、矢とか、刺さってたはずじゃん」
黒い瞳が、私の肩や背中を行き来する。
その言葉と視線で、彼女が決して全てを忘れたわけではないことを察した。
「無いってことは、これが夢か、あれも夢だったか……。
夢だったんなら……まぁ、その方が良いよな、うん……だって、ちびも……」
彼女はそこまで口にして、肩を小さく震わせた。瞳が揺れる。
あの瞬間を思い返したのだと、すぐに分かった。
彼女はこれが夢だと信じ込もうとしている。
しかし、私にはその逃げ腰が、ただの卑怯さには見えなかった。
自分が傷ついたことより先に、私が傷ついたことも、夢であってほしいと思ってくれているのだから。
「ま、まぁ、良いけどさ、なんでお前が出てくるんだ。どんな悪夢だよ、ハハ」
言葉は軽い。だが、声の底に硬いものがある。
冗談で押し流そうとしている。
そうしていないと、足元から崩れるのが自分でも分かっている声だった。
彼女は言葉を探すように視線を泳がせた。
ふと、その目が自分の髪先に向けられ、白くしなやかな指が、黒髪の房を摘まんだ。
「……って、なんか俺、黒くなってんじゃん。うお、衣装もだ!?
なんだこのカラバリ……あー、最初の方にこんなのも考えたっけ?
日本人的に黒髪ロングは正義なんだけど、泉の精霊的なコンセプトだとなぁ……」
彼女は早口でまくし立てる。
何を言っているのかは聞き取れるが、意味は半分も分からない。
だが、黒に怯えるのではなく、妙に真面目な顔で品評し始めたことだけは分かった。
ズミュルナ湖……彼女の領域が黒禍の浸蝕を受けているのは紛れもない事実だ。
今、彼女が黒に染まっていることが、それと無関係とは思えない。
本当は問いたい、問い詰めたい。
それは浸蝕ではないのか、痛みはないのか、気分は悪くないか、本当に無事なのか。
しかし、現実を直視しきれていないのはともかく、辛そうな様子には見えない。
ここで私まで取り乱せば、彼女はますます夢へ逃げ込むだろう。
それだけは避けたかった。
無理に現実へ引き戻すより、まず彼女が喋り続けられる足場を与えた方がいい。
自分の姿を品定めする余裕があるなら、まだ完全には壊れていない。
そう考えていたところ、黒い瞳が、またこちらへ向いた。
「おい、木こり野郎。折角いるんだから、なんか言え。俺の造形はどうよ、褒めろ」
突拍子もない物言いに思わず面食らう。
何が「折角」なのか、「なんか」とは何か、「造形」とは何を指しているのか。
それに、この流れで「褒めろ」とは……。
私は一体、何を求められている?
いや、これは返事を求めるというより、私の反応で自分を支えようとしているのか。
このままでは自分で自分を保ちきれなくなるから、意味もなく喋り続けているようにも見えた。
からかっているようでいて、本当に余裕がある声ではなかった。
私の返事で、自分がまだここに立っていられるかを試しているように聞こえた。
私は迷った。
何から言えばいいのか分からなかった。
目の前にいるのは、たしかにイズミールだ。
だが、どのイズミールよりも、不安定で、剥き出しで、どう触れていいか分からない。
だから、正直に言うことにした。
「……似合っている」
本当は、もっと言葉があった。
だが今ここで美しさを言い募れば、彼女はまたふざけて逃げるだろうと思った。
「は?」
「君のその色が、黒禍ではないなら……美しい、と思う」
彼女は一瞬、言葉を失ったように口を閉じた。
冗談で流されるかと思った。だが、本当に一瞬だけ、返す言葉をなくした顔をした。
水色の彼女とも、金の彼女とも、銀の彼女とも違う。
だが、この黒は黒禍のそれではなく、肌の白さを際立たせていた。
瞳も光を吸い込む漆黒とは違う。目を奪われる美しさがあった。
言い表すには、かなりの言葉を費やす必要がある。
気恥ずかしさよりも、今はこのやり取りを前に進めるのが先決だと思った。
彼女は、きょとんとしてから、分かりやすく頬を引きつらせた。
「うっわ、真顔で言うな! こっちがどう反応すりゃいいか分かんなくなるだろ!
……っていうか、コクカって何だよ。褒めてんのか微妙に分かんねぇ」
「褒めている」
「大体さ、もっとこう……あるだろ、他にも言い方が。
エロいとか、綺麗とか――……いや、無い。やっぱ無いわ。
なんで、俺、こいつに褒められたがってんだ? やめやめ! 今の無し!」
彼女は私の返答に不満を漏らし、自分から振ってきた話を勝手に取り下げてきた。
もちろん、無かったことになどするつもりはない。
いずれ、言葉を尽くして伝えることを心に決めた。
だが、こんなやり取りも決して無駄ではなかった。
さっきまで肩に入っていた力が、ほんの少しだけ抜けたのが見えた。
こういう気の紛らわし方が、彼女なりの自分の整え方なのかもしれない。
そんな些細なことが知れたのが、こんな状況でも妙に嬉しく思えた。
わずかな緩みを逃さないように、私は声を落とす。
「イズミール、私は君に会いにここに来た」
「は?」
「逃げたまま終わらせないために、ここまで来た」
事細かに説明するつもりはなかった。
彼女は決して愚かではないし、すべてを忘れたわけでもない。
何もかもを投げ出したり、無かったことには出来ないからこそ、今、一時、目を背けているだけだ。
言った瞬間、彼女の表情が強張った。
黒い瞳が、私を見つめたまま動かない。
その数秒の沈黙のあとで、ようやく、口元がぴくりと引きつった。
「……ちょ、待て待て、待った」
さっきまでの軽口とは違う、乾いた声だった。
「え? マジで? なぁ、あれ……マジで起こったことなのか?」
私は答えなかった。
代わりに、目を逸らさずに彼女を見た。
それだけで、十分だったらしい。
白い喉が、ごくりと動いた。
「じゃあ、ちびが……死んで、お前が撃たれたのも……」
そこで言葉が途切れた。
黒い瞳の奥で、ようやく何かが繋がったのが見える。
ひどく傷ついた目をしていた。
彼女の時間は、あの最悪の瞬間で止まったままなのだ。
痛ましい、と思う反面、それほど想われていたのかと胸に詰まる。
「俺、死んだ!?」
ミュルナは死んでいない、と伝えようとする前に、おかしなことを言い出した。
まず自分の死を疑うのか、と一瞬だけ思う。だがすぐに分かる。
それは自分の生死より、あの瞬間が現実だったと認める方が怖いからだ。
「死んでいない。私も、君もだ」
すぐに否定し、続けて言う。
「ミュルナも生きている」
「は? じゃあなんだよこれ。なんだここ!?」
彼女は混乱のあまり、自分で自分の言葉に追いつけていないようだった。
頭の中に断片だけが飛び交い、それを無理やり口に出している。
「いや、そもそもミュルナって誰だよ、知らねえよ」
「君が抱いてやったあの子のことだ」
「……ああ、ちびのことか。そっか、そっかぁ……はぁ、心配かけやがって」
私はひとつ息を吸った。
胸元に抱えていた瓶を握り直す。冷たいはずの硝子が、この場所では鼓動と同じ温度を帯びているように思えた。
「ここは、おそらく君の心の中……のようなものだと思う。
先ほどまで、君とは別の君達……金色と、銀色の君と話をした」
「は?」
「あの二人は、イズミール……君から生まれた」
「おいおいおい、意味分かんねぇよ!」
とうとう声が裏返る。
私は構わず続けた。今は、細部より骨組みだけを渡す方がいい。
「今、外は水に沈み、黄金に変わりつつある」
「金色の俺と銀色の俺? 知らねぇよそんなの!
斧の話でもしてんのか? はぁ!? 沈んで、黄金に……?」
彼女は叫びながら、うずくまって自分の頭を両手でわしわしとかき回した。
黒い髪がくしゃくしゃ乱れ、毛先や衣から水が滴る。
神でも精霊でもなく、ただ混乱した人間の姿がそこにあった。
だが、彼女は決して、ただの人間などではない。
それを示すような出来事が起こった。
彼女から滴った水は、この上下左右もはっきりと分からない白い世界の中に、小さな水たまりを生じさせた。
その水面に、急に暗い影が映り込んだかと思うと、白い世界の底に、再び外の景色が透けて見えた。
嵐の海のように荒れ狂う湖面を割って、泡に包まれた小舟が浮かび上がってきた。
リディアが船縁にしがみつき、ミュルナたち三姉妹がその周りを飛び回っている。
湖の水はもう暗闇の色をしていない。
夜明けの陽の光とは別に、水の底から黄金色の輝きが上ってきている。
湖に面する森の樹々が、地面が、黄金と化していくのが見える。
高く遠くから見下ろすと、じわじわとした広がりに見えるそれは、人や獣の足より速い。
小さな生き物たちが逃げ惑い、黄金の輝きに追いつかれて動きを停めていく。
それはまさに災厄そのものの光景だった。
うずくまった彼女が息を呑むのが聞こえた。
「……えっ、あ、これ……えぇ……」
視線が、外の影に縫い止められる。
「……いや、待て。金と銀の俺がいて、外がああなってるってことは……。
あ、ああ……あのイカレ女ども! マジでやりやがったのか!?
こ、これ、今、起こってんのか!? 俺がやってんの!?」
声がひっくり返った。
私は返事をするより先に、影の中へ目を凝らす。
彼女を落ち着かせなければならない。
だが、外の様子を見れば、そんな猶予すら惜しい。
それでも、ここで彼女を置き去りにしても、何一つ動かせないのも分かっていた。
リディアやミュルナは、泡の中で無事のようだった。
だが、水は増え続け、広がり続けていた。森が沈むのも時間の問題だろう。
おそらく、ゴルディウムに集う人々は、もう巻き込まれた後だ。
ここからでは何もできない。
「うわああああ!!」
彼女は頭を抱えて叫んだ。
情けないくらい素直な悲鳴だった。
「やっべぇ……やば……どうすんだこれ、どうすんだよぉ……。
おい、これ人死に出てるだろ、絶対……あああ、ついにやっちまった……」
彼女は黒髪を掻き毟って嘆く。
目の前の現実を見たくないのに、もう見てしまった顔だ。
だが、そんな彼女の口をついたのが、自分のことではなく“誰かが死ぬ”ことだった。
そのことに、胸の奥がひどく痛んだ。
こんな時でも、彼女はそこに「誰か」がいることを、まだ気に留めていられる。
あれほど、人に利用され、裏切られたのに。
影が消える。
白い世界はまた元の静けさへ戻った。だが、一度見てしまったものは消えない。
彼女はなおも肩を震わせ、うずくまったまま、呆然と前を見ていた。
※※※※※
「どうしてこうなった、なんでこうなるんだよぉ……最悪だ……」
嘆きの声が胸に突き刺さる。
あの変わらない微笑の裏で。あのせせらぎの唄声に紛れて。
これまで何度、こんな悲嘆を味合わせてきたのだろうか。
いま抱き締めれば、少しは静まるのかもしれない。
だが、それで私に縋る形を覚えさせるのは違う気がした。
いま必要なのは慰めではなく、目を逸らさずに立たせることだった。
私は、抱き締めて「君のせいじゃない」と叫びたくなる衝動を押さえて、黒髪のイズミールを見下ろす。
彼女はしゃがみ込んで、目は泳ぎ、今にも泣き出しそうなほど狼狽している。
それでも、まだ溶けて消えずここにいる。
なら、ここで終わらせるわけにはいかなかった。
私は斧を持つ手を緩め、彼女を脅かさないように刃を床へ伏せてから、膝をついて彼女と目線を合わせる。
このまま見下ろしていては、彼女はますます縮こまっているばかりな気がした。
彼女は俯いて、ぶつぶつと泣き言を繰り返すばかりで私を見ようとはしない。
瓶を握り、声と心で呼び掛ける。
「――イズミール」
細い肩がびくりと跳ねた。
涙に滲んだ黒い瞳を、やはり美しいと感じてしまう。
「これを起こしているのは、確かに君だ」
金と銀の彼女たちが引き起こした事態だと言うことは出来る。
彼女たちも、自分達が主導で起こしたという認識でいる。
だが、私は、彼女たちもあわせて、イズミールだと思う。
一度、生まれたものは簡単になくなることはない。
それが、分かれた川の支流だというならば、なおさらだ。
イズミール自身から分かれた二人を、彼女自身に否定して欲しくはない。
「だが、これで終わりではない」
黒い瞳が、怯えた子どものように揺れた。
それでも、完全には逸らされなかった。
「まだ終わっていない。君がここにいる限り、止める手立てを探せる」
そう言い切る資格などない。
だが、ここで希望より先に正しさを並べれば、彼女はまた閉じる。
「だから、目を逸らすな。私も逸らさない」
根拠など無い。私には何の力も無い。これはただの嘘だ。
だが、打ちひしがれた者を立ち上がらせるには、希望という名の嘘が必要だ。
思い違いから始まって、すれ違いを続けた私たちの間には、通い合う確かなものなど、まだない。
だから、嘘でもいい。
もっと大きな誤解を招いたとしても、それで決定的に嫌われたとしても。
彼女が諦めずに済むように、私はその背中を押そう。
「大丈夫だ。私がいる」
あえて、断言してみせる。
彼女が顔を上げてくれるなら、嘘だと罵られても構わないと思った。
「……ノープロブレムってか? アメコミのヒーローかよ、お前は。
一番大丈夫じゃなかったやつが言う台詞じゃねぇだろ……!」
彼女は顔を上げ、掠れた声でそう言った。
拳を握り締め、眉間に皺を寄せて睨んでくる。
言葉の意味は分からないが、おそらく詰られている。仕方のないことだ。
「大体、お前が怪我なんかするから、あのバカ女どもがトチ狂ってやらかしたんだからな!
あんな撃ち合いの中に飛び込むとかアホだろ、勝手に死にかけてんな!」
「……そうだ。あれは私の落ち度だ」
まず認めてから、私は頭を下げた。
「心配をかけて本当にすまなかった」
「いや、そこ素直に謝んな!
こっちが言いがかりつけてる感じになっちゃうだろ!」
狼狽と苛立ちが混ざったような声だった。
だがその混乱の奥に、少しだけ、こちらへ向いている感情があるのを感じる。
「し、心配したのも、キレたのも、俺じゃなくてあのイカれた女どもだし。
言っとくけどな。お前に祈られて喜んでた俺とか、お前に追っかけられて嬉しいとかいう俺は、俺であって俺じゃないんだからな!?
いいか、勘違いすんなよ、これは別にツンデレとかフリとかじゃねぇぞ!
ちょっとイケメンだからって、頭ポンとかで簡単に靡くと思ったら大間違いだ、分かったか!」
言い訳のような物言いから始まって、金と銀の彼女たちに関する話に移るにつれて、捲し立てるような口調になっていく。後半になると、理解できない言葉ばかりになる。
だが、否定しているはずなのに、言葉の端々で自分のものとして引き受けている。
そこに気づいていないのか、気づいていて誤魔化しているのか、私にはまだ分からなかった。
自分の中に「別の考え方を持った複数の自分がいる」という状態は、私では理解が追い付かない。
彼女は違う自分を別人扱いし、悪し様に言うが、“俺であって俺じゃない”とも言っている。
それに、私が怪我をしたせいで、彼女たちが凶行に走ったという最初の言い方も、よく考えれば、責めの対象は私であって、金と銀の彼女たちだけに非難を向けているわけでは無いように思えてきた。
本当に切り捨てたがっているなら、おそらく、こういう言い方にはならない。
あれは責任転嫁というより、受け止めきれないものの置き場を探している声音だった。
――“貴方が会おうとしているのは、私たちの中で、ある意味でいちばん面倒な相手です”
銀の彼女が言っていた言葉が、今更ながらに腑に落ちた。
どうやら、私はとても面倒で、素直ではないひとを愛してしまったらしい。
面倒で、素直ではなくて、今にもまた殻に籠もりそうな顔をしている。
だからこそ、ここで目を逸らせば、もう二度と届かない気がした。




