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72.分水嶺(前編) 〇★

70話「決壊前夜(前編)」のイズミール視点

 ひとまず厄介事が途切れて、俺はちびを抱いたまま水面に座り込んでいた。

 痛みは止まり、水底の黄金も今は静かで、木こり野郎も近くにいる。

 ちびは俺の胸元にぴたりとくっついて、ご満悦だ。

 それだけのことなのに、不思議なくらい気が緩んでいた。


 こんなふうに気を抜くのはまずい。分かってる。

 それなのに、腕の中のちっこいのが『マァ』とか『ンマ』とか間の抜けた声を出してくる。

 胸に頬をぐりぐり押しつけてくるたびに、緊張が抜ける。

 俺はお前のママじゃない。甘えるな。


 ……でも、ぐずって泣かれるよりは、まだましか、なんて思ってしまう。


 少し離れたところでは、木こり野郎が戦斧を手に周囲を見ている。

 あの殺意満点のクソデカ斧を持ってやがるくせに、こっちをちらちら見てくる目は妙に柔らかい。

 だからこっちは余計に落ち着かない。


 見んな。


 いや、見ろ。俺じゃなくて周りをな。


 こっちは見んな。見るにしても、その優しい顔するの、やめろ。

 イケメンだからってなんでも許されると思うなよ。


 ……何なんだよ、もう。


 ちびがまた俺の胸元で身じろぎした。なだめるように頭を撫でる。

 前よりは少しだけ、扱い方がわかってきた気がした。

 水だから、顔をわしゃわしゃ掻き回したところで痛がったりはしない。

 むしろ雑に扱っても、構ってもらってるとでも思ってるのか、きゃっきゃと喜ぶ。


挿絵(By みてみん)


 ママ呼びしてくるのは勘弁だけど、正直、可愛い。癒される。

 ほんと、何でこんなことになってんだ、お前。


 ちびの頭をシャンプーの時みたいにワシワシバチャバチャやってると、木こり野郎が半歩だけ寄ってきた。

 思わずびくっとする。急に近づくなと思うけど、止まられると、それはそれで妙に気になる。

 なんで止まるんだ。来るなら来い。いや、やっぱ来んな……何だそれ。


 落ち着け、俺。こいつの行動にいちいち振り回されてんな。


 落ち着けと自分に言い聞かせた、その時だった。


 ずき、と――


 胸の奥で何かが捻じ切れるみたいに痛んだ。


 小さな頭をかき回してる指が一瞬、崩れかける。

 ちびが驚いて顔を上げてきたけど、構ってる余裕がなくなった。


(っ、な……んだ、これ……)


 今までの痛みと何かが違う。


 黒いのが湧く時の、下からぞわぞわ這い上がってくる感じだけじゃない。

 身体の奥へ、硬いものを無理やりねじ込まれるみたいな痛み。


 何よりも、痛みの場所だ――これ、さっき塞いだとこじゃないか。


(まさか、誰か掘りやがったのか……?)


 木こり野郎に黄金化を見せた場所じゃない。たぶん、その前に塞いだところだ。 

 誰かが黄金を見つけたら、欲に駆られて手を出すかもしれないとは思っていた。

 埋めて隠す暇も余裕もなかった。その結果がこれか。

 

 苛立ちと焦りで頭が熱くなる。いや熱くはならないんだけど、なる感じがする。

 胸の中で渦が巻いている。比喩とかじゃなく、ほんとに。


「イズミール?」


 木こり野郎が心配そうな顔で名前を呼んできた。

 そんなに分かりやすかったか、俺。


 黄金を掘った奴はたぶん人間だ。こいつにどうにかして貰うしかない。

 けど、言葉じゃ説明できない。どうやったら、前のとこだって伝えられる?


 俺は考えてから、ちびを桶に押し戻した。

 『ヤー?』と不満そうな声が上がる。またあとでな。今は無理だ。ほんと無理。


 水際に落ちていた小石を引っ掴んで、俺は水底の黄金へ叩きつけた。


(言葉が通じないなら――叩くまでだろっ)


 ばしゃん、と水が跳ね、ガチンと硬い音がする。


 木こり野郎が目を見開いた。


「……っ、あっち! あっちだよ! 分かるだろ、分かれよ!」


 伝わるはずもないのに叫んだ。自分でも何言ってるかよく分からない。石でもう一回、黄金を叩く。

 森を指す。胸の奥の痛みが走る方向を。あっち。あれ。壊された。行け。今すぐ。助けて。


 頼むよ。お願いだから、分かってくれ。


 そう思ったのが、まず自分で驚きだった。

 何で俺、こんなに必死で、こいつに分かってほしいんだよ。

 いや、助かりたいからだろ。それだけだ。そのはずだ。


 木こり野郎は俺と黄金と森の奥を見比べた。眉間に皺が寄る。考えてる。

 いいから早くしろ。いや、でも考えてるってことは、ちゃんと、俺の意図を拾おうとしてる。


 その時だった。


 あいつは戦斧を地面に振り下ろした。


(うわっ!?)


 ゾッとするような重い音がして、湿った土が裂ける。

 さらにもう一度。腹いせに叩きつけてるんじゃない。掘ってる。

 木こり野郎は泥を掻き出して両手に持ち、俺を見て、それから水底の黄金を見る。


 それで、分かった。


 こいつ、この水場を埋めて隠すつもりだ。

 このままここを離れても、誰かに見つかったらまた掘られる。

 だから移動する前に埋めようってことか。


 ……ってことは、さっきので、黄金を掘られたことまで伝わったのか?

 そこまでは言ってないぞ。言えないし。

 ジェスチャーで伝えたの、精々「黄金」「壊れた」「あっち」くらいなのに。

 あれでそこまで分かるのか。何なんだこいつ。


 木こり野郎が両手いっぱいに泥を掬って近付いてくる。

 大きい手だと思った。

 ごつごつして、指が長くて、爪の間に土が入り込んでいる。

 泥まみれで不快なはずなのに、何だかやけに目についた。


 そのまま、ふっと妙な感覚が浮く。


 ――あの手に触れられたら、どんな感じなんだろう。


(……は?)


(何考えてんだ俺)


 違う。今それどころじゃねえだろ。

 ただ、話が通じる相手だからだ。いると助かるからだ。

 これは、そういうんじゃない。


 なのに、その手が泥をすくって黄金へかけるたび、妙に胸のあたりが落ち着かなくなる。

 やめろって――俺を変な方向に引っ張るな。


 泥が黄金の上へ落ちる。鈍く濡れた金色が、茶色に覆い隠される。

 埋め立てられるみたいで、気持ち悪くて、息苦しさまで覚えた。


 俺は思わず身震いした。ちびも桶の中で『メーッ!』と叫んで暴れた。

 嫌だよな。分かる。俺もだ。

 どれだけ水が増えて大きくなっても、泥で汚されるのは最悪だ。


 でも、見つかったら掘られる。

 あの黄金は、やっぱり隠さないと駄目だったんだ。


 人間は、見たら欲しがる。持っていけるなら持っていこうとする。

 そういうのを、俺はもう嫌というほど知っている。


 木こり野郎は黙々と泥を掘り返し、黄金にかけ続けた。

 黄金のぬめる輝きが、少しずつ鈍っていく。痛みも息苦しさも消えない。


 でも、あいつの横顔を見ていると、不思議とただ嫌なだけではなかった。


 俺のために、俺がやれないことを、嫌がるだろうことまで含めて、勝手にやってくれている。


 何でそこまでしてくれるんだ。

 そう思うたびに、胸のどこかがふわっと緩む。

 いや、違う。今はただ、必要なことをしてもらってるだけだ。

 そういうのじゃない。


(……そういうのって、なんだよ)


 ちびが桶の中から身を乗り出して汚れた水を指差して騒いでる。

 俺はそっちへ移動して、頭を撫でた。メーメーと羊みたいに鳴いてた声が少し落ち着く。


 前より自然に世話を焼いてしまうのが、自分でもちょっと怖い。


(何でこんな普通にママやってんだよ俺……)


 いや、俺じゃなくて、私か? どっちだよ、もう。

 俺はちびに役目を言いつけることにした。仕事の引き継ぎだ。ちゃんとやれ。


「いいか? 俺はこれから出かける。

 お前は木こり野郎を、俺のところまで連れて来るんだ。……出来るだろ」


『……マ?』


「ここまで案内してきたんだろ? お前はやればできる子だ、そうだよな?」


 たぶん。知らんけど。いや、マジで知らん……お前は何なんだ。


『マァ!』


 シュタッと手を挙げて勢いよく答える様を見ているとどうでもよくなる。


「ちゃんと案内できたら……名前をつけてやる」


『ンーマッ! マァ!』


 なんかいやに乗り気だな。そんなに嬉しいのかよ。


 せっかく封をしたのを破られて、今も黒いのが漏れ出してジクジク痛い。

 なのに、ちびの名付けなんてことを口にしている自分が、なんだか馬鹿みたいだった。


 黄金を泥で埋め終えた木こり野郎が息を吐いた。

 両手を泥塗れにして、額の汗を拭うことさえ出来ずにいるのに、俺を見て頷いた。


 準備が出来たって言いたいんだろう。言葉にしなくても意図が伝わってくる。

 俺がここを離れたら、こいつはちびを連れて駆けつけてくれる。絶対に。


 ――俺、こいつらに、思ってた以上に支えられてるんだ。


 そのことが、どうしようもなく嬉しかった。


(……だから違うって)


 嬉しいとか何だよ。今、そんな場合じゃないだろ。ほんとに。


 何か言わなきゃいけない気がした。

 けど、言葉は通じないっこないのは分かってる。


 だから俺は、腰を折って頭を下げた。自分で思っていたより深く。

 ちゃんと礼をしたいなんて思ったのは、いつぶりだろう。

 顔を上げると、あいつはなぜか少しばつの悪そうな顔をしていた。


(なんだよ、礼くらい素直に受け取れって)


 こっちまでなんだか居心地が悪いような、そわそわする感じがした。

 本当はそれどころじゃなくて、痛みがずっと続いている。

 向こうは待ってくれないし、こっちの猶予はどんどん削られていく。最悪だ。


 俺はちびを見た。小さな手で桶の縁を握って、真ん丸の目でこっちを見ている。


「……じゃあ、行くからな」


 言っても通じないのは分かってる。でも言った。

 ちびは『マー!』と元気よく返事をした。どう見ても、分かっている顔ではなかった。

 おい、本当に大丈夫か? おつかい、ちゃんと出来るんだろうな?


 木こり野郎を見る。

 任せたぞ――いや、俺は何だってこいつに自分の命運を預けようとしてるんだ。


 けど、預けられる気もした。

 それが、いちばん困惑してる。


 俺は最後にもう一度、痛みの走る方角を指した。木こり野郎は強く頷いた。

 その頷き方に、妙な安心感があって、腹立たしい。


(あー、ほんと、何なんだよお前らは)


 そう思いながら、俺の身体は水に還った。


※※※※※


 あの痛みの先へ――広い意識から、水脈を辿って意識の焦点を移す。


 水の中はいつもなら俺そのものだ。けど今は違う。重い。濁っている。

 黄金で流れが塞がれてる上に、その隙間から黒いのが滲み、冷たい泥みたいなものがまとわりつく。

 自分のはずの水が、自分じゃないみたいで気持ち悪い。


 意識するほど、痛みが増す。


 ああ。やっぱり、あそこだ。


 辿り着いた先で、俺は一度、水のままで様子を見た。

 ちびが木こり野郎たちを案内してきた水場の前に塞いだところだった。


 けれど――酷い有り様だった。


 黄金の蓋は、大半がまだ残っている。なのに、一部だけが不自然に裂けている。

 削ってこじ開けた痕。工具みたいなのが落ちてる。

 それに、この感じ……水でも泥でもない、血か? 何があったんだここで。


 でも、間違いない。黒いのに食い破られたんじゃない。

 これをやったのは間違いなく人間だ。


 見つけて、欲しくなって、手を出した。血は奪い合いでもしたのか?


(……ほんと、最悪)


 怒りより先に、呆れが来た。


 こっちがどれだけ苦労して押さえ込んでるかも知らないで。

 泥が金になってるとか、どう見てもおかしいだろ、普通こんなの掘るか?


 掘るんだよな、人間は……とりあえず掘ってみる。本物だったら猶更だ。


 うんざりする。何度目だ、これ。

 俺は何回、お前らの欲に振り回されなきゃいけないんだ。


 文句を言ってる暇はない。

 黒いのが滲み続けている。水のままでいたら浄化しきれない。

 ここでもう一度、身体を作らないとたぶん塞げない。


 嫌だな、と思った。


 ここはもう黒いので汚されてる上に、水が少なすぎる。

 アレが身体に混ざり込んでくるのは避けられない。それ絶対、痛いやつ。


 ……でもやるしかないんだ。


 身体を創ろうと意識する。人の形の鋳型に水が集まって輪郭を作る。

 けど、うまくいかない。いつものように滑らかに立ち上がれず、崩れてしまう。


 黄金で塞がって水がうまく集まらないんだ。何よりも、黒いのが滲んで力が出ない。

 痛みと寒気と発熱が同時に襲ってくる。叫び出したいけど身体が出来てないから声も出せない。


 人型になり切れないまま四苦八苦しているうちに、足音がした。


 駆け足の間隔と水の気配で分かる。木こり野郎とちびだ。もう来たのか。

 それだけで、何も解決していないのに少し息がつきそうになる。


 だが次の瞬間、ぞわりと別の気配が増えた。

 水の底からのじゃない。外だ。水の外からも来てる。


(まずい、まずいまずい! 外側からも混ざってこられたらもたないって!)


 焦り出すと余計に身体を創るのがうまくいかなくなる。

 

 草むらから黒い化け物が飛び出してきたのと、駆け付けた木こり野郎が斧でぶった斬ったのはほぼ同時。


『マァ……マァ……』


「イズミール!」


 ちびとあいつが俺を呼んできた。

 不思議と力が湧いてきて、どうにかして身体を創り出す。

 片方の角が崩れた。衣装も保てない……というか、身体の分の水が足りない。


 こんな時に限って、形を創るだけでやたら水を食う。

 自分で盛った身体が、今はただ邪魔だった。


『マァマ!』


 ちびが、ためらいもなく自分の水を飛ばして寄越した。

 泥も黒いのも混ざってない綺麗な水だ。助かる。


 代わりにちびの身体がみるみる縮む。

 無茶しやがって。


 けど、お陰でなんとか身体を創る分の水量と水質が稼げた。


(気合いだ、うおおおおお!)


 どうにか人の形を引っ張り上げ、水場の中央へ立つ。

 ふらつく。立ってるのもしんどい。水なのに息が上がる気がする。膝が笑う。笑えない。


 まず、今、混ざってる黒いのを消す。

 水面に座り込んで両手をかざして、浄化。浄化。浄化。


挿絵(By みてみん)


 水の底がぶわっと白く泡立った。黒い濁りが痙攣し、弾けて薄れていく。

 けれど同時に、俺の腕の方も輪郭が揺らいで、指先が半ば解けた。


(っ、いってぇ……!)


 浄化した水で身体を直しながら、今度は黄金の蓋に出来た亀裂を塞ごうとする。


 塞ぎ方? 知らねえよ! どうやって変えたのかも分かんねーんだぞ!


 とにかく全力だ。効率とか知らん。塞いだ時と同じ要領で集中する。

 化け物が来るんじゃないかって不安はある。


 でも、あいつがいるおかげで、こっちは自分の仕事に専念できる。

 守ってくれるのだと、勝手に思ってしまう。癪だけど、ありがたい。


「イズミール、□□□□□□!」


 あいつが何か叫びながら、新たに飛び出してきた化け物を真正面から受け止めた。

 突進を横に崩して、転がしてぶった斬る。


 こいつも大概、無茶すんな。


 なんだかもう、しっちゃかめっちゃかだ。

 黒いのの気配が大小あちこちにある。俺に引き寄せられるみたいに集まってくる。


「げっ」


 上は上でも、空からも来ていた。

 鳥だ。羽が黒いのでうねうねしてたけど、たぶん、鳥。

 咄嗟に水鉄砲で撃ち落としたけど、水量を節約してたから浄化しきれてない。


 地面に落ちてなお黒いのを蠢かせてる鳥もどきへ、あいつが斧を振り下ろした。

 ぐちゃりと弾けて、黒い泥が散る。お前、戦いになるとマジで容赦ないな。


 けど、それに引いてる暇なんてなかった。

 今度はネズミくらいの小さい化け物がうぞうぞ這ってきた。


(うわああああ!?)


 キモさよりも怖さが勝って、水流をぶっ放そうか迷った。

 けど、木こり野郎が斧を一閃して吹っ飛ばした。それも地面ごとだ。


「イズミール、□□□□! □□□□□□!」


 何か言っている。

 たぶん、「お前を守る」とか、そういう類のことだ。


 やっぱり、あいつは強い。

 俺一人でここに投げ出されていたら、たぶんもう詰んでいた。

 前に立って斧を振るう背を見ていると、任せられる、と思ってしまう。

 そんなの、今まで無かった。


 黒いの獣が次々と寄ってくる。あいつが斬る。俺は裂け目を塞ごうとする。

 時々、すり抜けてくる奴を水を飛ばして撃つ。連携ってほど綺麗なもんじゃない。

 でも、どうにか噛み合っていた。


 あいつとなら、なんとかなりそうな気がする。


 ……こういうの、よくない。あいつがいると何とかなるみたいに思いはじめてる。

 俺の中のどっか、ぐにゃぐにゃした柔らかいところが、勝手に安心しようとする。


 やめろ。黙ってろ。


 おとなしくしてろ。


 今は蓋をするのが先だって言ってんだろ。

 今はそれだけ考えろ。余計なことを考えるな。


 そうやって押し殺したところへ、新しい気配が近づいてきた。


 人間だ。軽い足音。小さな息遣い。

 やって来たのはあの女の子だった。爺さんはいない。


 けど、その後ろから別の足音が近づいてきてる。

 金属の擦れる音が重なってる。結構な人数だ。なんだ? 兵隊か?


 さっきの水場にも、兵隊じみた連中が来た。あれと似た感じだがもっと多い。

 あの時も、木こり野郎はあいつらに何か指図しているように見えた。

 言葉は分からないが、少なくとも、あいつの言うことを無視はしていなかった。

 衛兵とか、そういう連中なのかもしれない。

 なら、今度も黒いのを片付ける側に回るんじゃないのか?


 味方なら、俺もあいつも、少しは楽になるかもしれない


 木こり野郎は、女の子が来たことに驚いた顔で何かを話していた。

 けど、化け物の気配に気付いたんだろう。ちびの入った桶を女の子に押し付けた。


 それから、近づく化け物を片っ端から片付けていく。

 あの重たそうな戦斧を振り回し続け、ほとんどの敵を一撃か二撃で倒す。

 相変わらず鬼強ぇ……でも、よく見ると怪我が増えてる。息も上がってる。


『マァマ! ヤーッ!』


 桶の中から、ちびがこっちに向かって手を伸ばしてくる。


(わがまま言うな。その子のとこで大人しくしてろって。後で遊んでやるから)


 化け物が集まってくる前に塞がなきゃ、と思いながら、裂け目に集中する。

 

 そうしているうちに、兵隊っぽい奴らがぞろぞろやってきた。

 装備に統一感がある。軍隊って感じがする。


 助かった、と一瞬だけ思いかけた。

 けれど、違った。

 そいつらが真っ先に見たのは、水場でも黒い裂け目でもなく、女の子が抱えた桶と、その中のちびだった。


 「……□□□□、□□□□□□□□□□□」


 先頭の男が何かを言った時、はっきりと場が凍った。

 何を言ったのか分からないけど、木こり野郎と女の子の顔が強張った。

 木こり野郎は、そいつらへ硬い表情で短く言い返していた。

 怒鳴り合いにはならないけど、ピリピリした空気が伝わってくる。


(なんだ、お前ら? 今、喧嘩してる場合じゃないだろ!?)

 

 俺はやり方も分からないまま、黄金の裂け目を塞ごうとして手一杯だ。

 力が入らない。最初に黄金化させた時よりもだいぶキツい。

 化け物の気配も収まってない。


 なのに、場の空気はどんどん冷えて、悪くなっていく。

 女の子が怯えたように後退る。


 桶の中で、ちびがあいつや俺の方を見て小首を傾げた。


 『マァー……?』


 冷え切った場に、場違いなほど幼い声が響いた。

 でも、そんな無邪気な声にさえ、誰も顔を和らげなかった。


 それが、なんだかひどく嫌な予感として胸に沈んだ。

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