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71.決壊前夜(後編) ◇★

この先、覚悟 が必要だ

 裂けた黄金の底から黒禍が滲み、イズミールは身を削ってそれを押し留めている。

 森の獣は既に侵され、なお数を増やしている。


 そんな混沌とした状況の中、やって来たペリエレス兵が真っ先に口にしたのが、「御子の保護」だ。


(今、この場で言うことがそれか――)


 胸の奥で、熱いものがどろりと煮えた。


 言葉だけはもっともらしい。


 だが、その眼差しは違う。

 助けるべき幼子を見る目ではない。人の世界の理屈で重さや価値を量る、秤の目だ。


「渡せるものか」


 感情を押し殺し、低く言った。

 だが、先頭の男は表情を変えぬまま、冷ややかに応じた。


「聖者殿。感情ではなく状況でご判断ください」


「状況を見ていないのはそちらだ」


 私が一歩前へ出ると、兵たちがわずかに槍の穂先を揺らした。

 背後ではイズミールが裂け目へ触れ、黒い濁りを押し返している。微笑は変わらない。

 変わらないからこそ、その無理が痛ましい。


「黄金の封が破られた。彼女が押し留めているのが見えないのか。

 漏れ出した黒禍への対処と、他の場所の黄金を守るのが先だ」


「だからこそです」


 男の声音は冷えたままだった。


「封はすでに破られた。浸蝕も広がっている。聖地外縁はもはや安全ではありません。

 ならば、御子様だけでも安全な場所へお連れするべきです」


「安全な場所……だと?」


 私は口の端が引きつるのを感じた。


「どこにだ。イズミールの子を……母から引き離して、どこに連れていくつもりだ!」


 男はそれには答えなかった。答えずに、ただ同じ言葉を重ねる。


「御子様は浄化の担い手、人の世に無くてはならない存在です。

 聖地が危険となれば、避難いただくのは道理でありましょう」


 人の世に無くてはならない存在。

 聖地が危険だから避難させる。


 理屈は正しい。


 死地から民を逃がすため、踏み止まる者がいることを私は身をもって知っている。

 だが、だからこそ分かる。


 今、イズミールが抗っているのは、自分の身を守るためだけではない。

 自分の子らを守るためだろう。

 それを、他人の都合で見切りをつけ、この子だけ連れ出すだと?

 そんな権利が、誰にある。


 激情に駆られ、口を開こうとしたその時だった。


「違います!」


 リディアが、桶を抱えたまま声を上げた。

 夜の森に似合わぬ、まだ幼い高い声。それが、けれど妙にはっきりと響いた。


 兵たちの視線が一斉にリディアへ向く。リディアは怯んだが、引かなかった。

 桶の中の幼子が不思議そうに揺れる。


「アイオリスさんのお願い、ちゃんと他の人たちに伝えてなかったじゃないですか!

 御師匠様も私も、勝手に動くなって止められてたんです!

 女神様のこと、封印のこと、みんなに黙ってたのに、今さら保護とか、そんなの変です!」


 先頭の男の顔が、ほんの少しだけ固まった。


「……お嬢さん」


 副官らしい男が一歩出る。宥めるような口調だった。


「君は事態を誤解している。あれは混乱を抑えるための措置だ」


「誤解なんかしてません!」


 リディアは叫んだ。桶の中の幼子が、その勢いに驚いたように身を揺らす。


『メー……?』


 再び、先頭の男が口を開く。


「いまは現場の収拾が先だ」


「だから、そのやり方がおかしいって言ってるんです!」


 リディアの声は裏返りながらも、はっきりしていた。


「保護とか言って、この子を連れていきたいだけじゃないですか!」


 その一言で、空気が変わった。


 兵たちの顔が強張る。先頭の男も今度ばかりは目を細めた。

 建前の下に隠していたものへ、子どもの手がまっすぐ触れてしまった時の顔だった。


「見ろ! 今、事態を収拾しようとしているのは誰だ! イズミールを守れ!」


 男は一瞬だけ、水場の中央へ視線を向けた。

 黒い濁りの滲む裂け目。泡立つ水。

 微笑を張りつけたまま、ふらつきながらそこへ手を伸ばし続けるイズミール。


 けれどその視線はすぐに戻り、またリディアの抱える桶へ落ちた。


 それだけで十分だった。


 彼らは、見て、知ったうえで優先順位を決めている。

 今の事態を、御子を連れ去る口実に使うつもりだ。


 私は息を吸い、すぐに決めた。


 御子をここへ留めておくのは、確かに危険だ。

 だが、ペリエレスに渡すわけにはいかない。

 イズミールは封を押さえるので精一杯だ。ならば――


「リディア」


 私は振り返らず、小さく彼女に呼びかけた。


「は、はい」


「この場を離れろ」


 リディアの目が見開かれる。


「えっ」


「左手の茂みを抜けた先に小川がある。遡っていけば、いずれ舟を停めた場所に着く。

 神域で落ち合おう……どうか、その子を頼む」


「で、でも――」


 言葉の代わりに、近くの茂みから飛び出した黒禍獣の頭を斧で叩き潰す。

 黒い泥が弾け、地面へ降り注いだ。リディアと桶へ飛ばぬよう、半歩身体をずらして盾となる。


「行け!」


 リディアが息を呑み、目を見開いた。

 恐怖と責任の重さがそのまま顔に出る。だが一拍の後、小さく、しかし確かに頷いた。


「……分かりました!」


 桶を抱き直し、身を翻す。


 桶の縁にしがみついた幼子が、母と私を交互に見て、ぴしゃりと水面を跳ねた。


『ヤァ! ヤァ!』


「すまない。少しだけ耐えてくれ」


 私が言い終えるより早く、リディアが踵を返す。

 桶を抱え、足をもつれさせそうになりながらも、水場の脇を回って走り出した。


「待て!」


 その背を、ペリエレスの兵たちが追おうとした。

 私は戦斧を横に払って進路へ叩きつけた。泥と木の根が爆ぜ、兵たちがたじろぐ。


「もう一度だけ言う――イズミールを守る。手を貸せ」


「聖者殿、貴方に我々への指揮権はありません」


「……それが答えで良いのだな――」


 私の中の怒りが急速に冷えて固まった。

 鎮まった訳ではない。固めたのは覚悟だ。

 彼らが優先順位を決めているように、私も、もう決めた。


 ――守るべきもののために、この斧を振るう。


 私が兵たちの前へ踏み出した瞬間、横合いから黒い人影が飛び出してきた。


「■█■ォ俺■█■ぉオう金█■■■ッ!!」


 それはまだ人の形を保っていた。

 封を破った者の成れの果てなのかもしれない。

 不自然に伸びた腕、胴から垂れた腸じみた触手。

 咆哮の奥には、僅かに人の声が残っていた。


 かつての私もこうなりかけていた。

 イズミールならば、まだ救えるのかもしれない。


 だが、今の彼女にそんな負担をかけさせられない。


 斧の柄をぎしりと握り込む。

 身体の中で、骨や腱が軋む音を感じる。


「おおおお――ッ!」


 地面を蹴りつけ、全力で斧を振るう。


挿絵(By みてみん)


 人だったモノの上半分が黒い泥をまき散らしながら飛んでいく。

 ペリエレスの兵たちがその凄惨な光景を見て、慄いた。


「い、一撃で……」


「あれが、“深淵殺し”のアイオリス……」


 黒い泥と血に塗れた銀の斧は、かつての穢れた姿を取り戻したかのようだ。

 それで人が怯み、足を止めるのなら願ってもない。

 

 イズミールを見捨て、あの子を連れ去るつもりならば、誰であろうと容赦はしない。

 守るためならば、私はもう躊躇わない。


※※※※※


 そう、自分に言い聞かせながら、一歩、前へ踏み出す。


 兵たちが強張った顔で武器を握りつつも動けずにいるのを見ながら、イズミールの手の中に灯る黄金色の光と、リディアの足音を意識する。


 あと少し、もう少し時間を稼ぐ。


 そう思った瞬間、背後から怒声が飛んだ。


「――そこの娘、止まれッ!」


 森の暗がりの向こう、リディアが駆けた先から、新たな灯りがいくつも揺れた。

 松明。甲冑。槍の穂先。

 こちらへ向かってくるのは、ペリエレスとは異なる紋章を掲げた兵たちだった。


 あれはマグネスの兵か。何故、今、ここに。


 先頭の兵が、桶を抱えて走るリディアを見て顔色を変える。

 その後ろには、弓を手にした兵もいた。


 リディアの言葉通りならば、彼らはこの場の事情など知らない。

 見えているのは、夜の森の異様な戦場だ。

 女神と黄金、黒禍の気配、ペリエレスの兵たち、そして御子を抱えて逃げる少女だけだ。


「待て! それは御子様だろう! どこへ連れて行くつもりだ!」


 リディアが足を止め、怯えたように首を振る。


「ち、違います! これは――」


 ペリエレスの兵だけでも厄介だというのに、ここに来てさらに事態は絡まり始めた。

 この状況でリディアにあの子を託したのは、あまりにも重すぎたのではないか――そんな思いが、遅れて胸を刺した。


「リディア、戻れ!」と私が叫ぶのと、

「御子様は我らが保護する! 貴様らは手を出すな!」とペリエレス側の副官が怒鳴るのは、ほぼ同時だった。


「保護だと!? ふざけるな!」


 その怒声に応じるように、マグネス側の指揮官らしき男が前へ出る。


「何故ペリエレスだけが動いている! ここで何をしている!

 同盟軍への通告もなく、聖地外縁を封鎖していたのは貴様らだろう!」


 ペリエレスは水場のこちら側、マグネスはリディアの逃げ道を塞ぐ形で向こう側へ現れた。

 そのあいだに、私とイズミール、そして逃げ損ねたリディアと御子が取り残される形になっていた。


 両軍は互いの主張を怒鳴り合う。

 

「見てわからんのか、緊急事態だ! 御子様は我が方へ引き渡せ!

 貴様らは黒禍の迎撃にあたれ!」


「ならば我らが御子様を保護する! そちらに指図される謂れはない!

 独断専行の上に接収するつもりであろう! 貴様らの好きにはさせんぞ!」


 一触即発の状況だった。


 聖地の防衛のために諸都市の兵を受け入れる。

 それは、ペッシヌスが選んだ均衡のはずだった。

 一勢力に偏らせず、互いに牽制させることで、どこか一つが聖地を呑み込むのを防ぐ。


 だが今、その均衡は破綻していた。


 聖地への影響力も、浄化の水も、御子も、誰もが欲している。

 協調のために並んでいたはずの兵たちは、同じ脅威ではなく、互いの利を睨み合っていた。


 もはや理で収まる距離ではなかった。互いの視線は桶へ吸い寄せられ、どちらも“保護”と“安全”を口にしながら、その実、それを自陣営の管理下に置きたいのが透けて見える。


 双方の殺気立った視線にあてられ、恐慌に陥りかけたリディアが闇雲に駆け出そうとした。


「リディア、駄目だ! 戻るんだ!」


 私は叫んだが、その声をかき消すように、弦の鳴る音が闇を裂いた。


 ひゅっ、と空気が鳴る。


 先手を打ったのはペリエレスだ。


 矢はマグネス兵の足元へ突き立ち、湿った泥を跳ね上げた。

 牽制のつもりだったのだろう。殺すためではなく、進ませないための射。


 だが、明確に一線は越えた。


「撃ったな!? 弓隊、構えーっ」


「御子様へ近付くな!」


「放てぇ!」


 マグネス側も即座に応じる。怒号。槍の前進。

 弓兵が半歩ずれて射線を通す。

 さっきまで黒禍へ向けられていた兵たちの意識が、一斉に人へ向いた。


 森の夜気を裂いて、互いの射が交差する。

 戦場が、裏返った。


「やめろッ!」


 私の叫びは誰にも届かない。


「きゃああっ」


 リディアは進退を失っていた。前からマグネス、後ろからペリエレス。

 逃げ道の先を塞がれ、ちょうどその間で立ち竦むしかない。


『マァ……?』


 幼子が、きょとんとした声を漏らす。

 それすら、胸を裂くほど不吉だった。


 マグネス兵の一人が飛び出した。まだ若い兵だ。顔には焦りと使命感が混じっている。

 少女を相手にするためらいの無い動きだった。

 彼は本気で、御子を攫う者を止めているつもりなのだろう。

 悪意ではない。だからこそ、余計にたちが悪い。


「は、離して!」


 リディアが悲鳴を上げ、桶を抱えたまま身を捩る。

 別の兵が桶の方へ手を伸ばした。

 その手を、ペリエレス側の兵が横から槍の柄で払う。


 黒禍が消えたわけではない。

 大小の獣や鳥の成れの果てが、集まった人間たちと、なお清らかな水を目掛けて這い寄ってくる。

 異形の叫び。怒号。苦痛の声。乱雑な足音と武器や甲冑の音が響く。


 イズミールに近付く獣を斬り飛ばしてから、その渦中へと私は駆けた。


 ――間に合え。

 ――せめて、あの子だけでも取り戻さねば。

 ――リディアを見捨てるつもりか。

 ――どちらかを切り捨てねばならないなら、そうするしかない。


 一瞬の間に、願いと葛藤、非情な決定が錯綜する。

 全力で足を動かしているのに、思考ばかりが速まって、距離が縮まらない。


 私の見ている前で、リディアの腕が引かれ、桶が大きく揺れた。

 その瞬間、また弦が鳴った。


 今度の矢は、泥ではなく、人の手でもなく――桶の縁へ当たった。


 嫌な音がした。湿った板が穿たれる音。


「やだっ、やめ――……っ!?」


 木桶が大きく弾かれ、リディアの手から離れる。

 彼女の指先が空を掻いた。遅れて、桶が横倒しになって地面を転がる。


『ヤーッ!?』


 高い悲鳴。


 透明な小さな身体が、夜の土の上へ投げ出された。


 私には、その一瞬がやけにゆっくり見えた。


 幼い手が空を掴もうとして、掴めず、母を探すように揺れて、地へ落ちる。


 ぱしゃり、と軽い音。


 軽すぎる音だった。


『ヤーッ、マァマ! ヤーッ――』


 透明な水の身体が、みるみるうちに泥を吸って濁っていく。

 地面へ落ちた幼子の輪郭が、見る間に崩れていく。

 小さな手が、空を掴むみたいにもがく。

 角も、ヒレも、顔も、透明な水の塊へ戻り、そのまま泥の上で広がっていく。


 必死に丸い目をこちらへ向けたまま、地面へ溶ける。

 溶けた水は、泥へ、草へ、土へ、吸い込まれていく。


挿絵(By みてみん)


『マァ……マ……』


 か細い声が、泡の弾けるみたいに途切れた。


 残ったのは濁った小さな水溜まりだけだ。

 地面に染み込んでいく、ただの水にしか見えない。


※※※※※


「――ぁ」


 リディアが声にならない息を漏らす。


 私も、一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 分かりたくなかっただけかもしれない。


 あの子が、消えた――


 ――いや、違う。そんなはずが無い。

 ――水の身体は崩れても、元に戻っていたはずだ。

 ――なら、何故あの水は動かない。

 ――ここは神域ではない。

 ――水場は塞がり、イズミールは弱っている。


 ――では、あの水は、あの子はもう……?


 そう思った途端、胸の中で何かが裂けた。

 日が暮れる前の、あの温かなひと時までもが、一緒に失われた気がした。


 それが胸に落ちてきた時、激しい痛みを覚えた。


「――ッ」


 叫び出したいのに声が出せない。

 あの子の名すら知らないのだという事実が、私から言葉を奪った。


 そんな私を置き去りに、双方の陣営から怒号が飛び交う。


「貴様ら……!」


「何てことを!」


「そちらが撃ったのだろうが!」


「御子様が!」


「どう責任を取るつもりだ!」


 言葉は、もはや意味を持たない。ただ互いへ責を投げつけるだけの刃だった。


 そして、もう言葉では止まらない。


 矢が飛ぶ。槍が突き出される。誰も止まれない。

 御子が壊れたことすら、戦いを止める理由にならない。


 リディアはその場に膝をつき、地面へ手を伸ばしていた。


「や、やだ……」


 掠れた声が漏れる。


「やだ、やだ……そんな……」


 彼女は土に手をつき、沁み込んだ跡へ触れようとした。


「だ……駄目っ、駄目! 消えちゃ…………っ」


 土へ染み込んだ水を掬おうとして、掬えない。指の間から零れる。涙が落ちる。


 その頭上を、また矢が裂いた。

 風切り羽の立てる音が、私を自失から呼び戻した。


「リディア! 伏せろ!」


 叫びながら、私は地を蹴った。


 どちらの矢だったのかは見えなかった。

 ペリエレスか、マグネスか、それとも交差した射線のどれかか。

 そんなことはもうどうでもよかった。


 リディアの上へ身を投げ出し、覆い被さる。

 あの子と天秤にかけ、見捨てることもやむを得ないと考えていた。

 だが、身体が勝手に動いていた。守らねばならないと心が命じた。


 次の瞬間、衝撃が肩を貫いた。


「――っ!」


 熱い、ではない。冷たい鉄が肉の奥で捻じ込まれたような、息を止める痛みだった。

 遅れて、焼けるような痛みが全身を巡る。


 左肩の付け根から鏃が入った。浅くはない。

 転がる勢いでさらにえぐられ、口の中が切れ、鉄の味が広がった。


 だが、まだ終わらない。

 私はとっさにリディアの頭を抱え込み、地面に倒れ込む。


 風切り音。鋭い痛み。もう一本。背中に突き立った。

 肋で止まったようだが、衝撃に息が漏れる。


「ぐぅ……っ」


挿絵(By みてみん)


「アイオリスさん!」


「動、くな……!」


 喉の奥から絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。


 リディアの身体が震えている。

 泣いているのか、叫んでいるのかも分からない。


 私はただ、彼女へ覆い被さりながら、土へ染みた水の痕を視界の端に見た。


挿絵(By みてみん)


 そこには、もう誰もいない。


 さっきまで確かにいたはずの小さな身体も、丸い瞳も、母を呼ぶ声も。


 何も、ない。


 その喪失の実感が、矢傷より遅れて私を貫いた。


「イズ……ミール……っ」


 名を呼んだつもりだった。

 だが、声はほとんど呼気に溶けた。


 背後で、水が鳴った。


 ただの水音ではない。


 黄金で封をされたはずの水場が、どくり、と一度、大きく脈打った。

 地の下、水の底、繋がるものすべてが、何かとてつもなく大きなものに気付いてしまったかのような震えだった。


 私は顔を上げる。


 水場の中央、黒禍を押し返していたイズミールが、こちらを見ていた。


 いつもと同じ微笑のまま。

 私を、それから地面に残った小さな水溜まりを、ゆっくりと目で追った。


 だが、その微笑みの奥で、何かが決定的に動いたのだとわかった。

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