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122.水から、巡る物語② 〇★△

 門をくぐった途端、祭りの音が一段大きくなった。


 笛や太鼓、客を呼び込む声、どこかで歌っている連中の声まで混じって、普段のゴルディウムとは別の町みたいだ。

 街路の両側には青と白の布が張られ、軒先や枝に吊るされた貝殻飾りが風を受けてきゃらきゃらと鳴っている。

 店先、露店、仮設の祈り場、休憩所、いたるところが花で飾り付けられていた。


(……やりすぎじゃね?)


(百年の節目だからな)


(十年ごとの大祭でも大概なのに、今回は一か月これやんの? 神官ども死ぬぞ)


(交代で休んでいるだろう)


(そういう問題じゃねえんだよ。繁忙期一か月固定とか、労務管理どうなってんだ)


 人の心配をしている場合ではない気もするが、祭りの期間中に仕事が増える側の気持ちはよく分かる。


 人波を避けながら歩いていると、前を行く親子が揃って手を動かしていた。


 まだ母親の腰くらいまでしかない子が、両手を胸の前へ出し、指先をゆっくり横へ滑らせる。

 途中で形が崩れると、母親が笑いながら手を取って直した。


 もう一度やってみて、今度は上手くいったらしい。子供が得意げに見上げると、母親も同じ形で返す。


(ちっせえのに、もう覚えてんのか)


(祈りに使う形だけでも、子供のうちから教える家が多いからな)


(おーおー、ガキのうちから英才教育かよ)


 あの子供が作った形の意味は簡単だ――《めがみさま、ありがとう》


 ――どういたしまして。後でミューズに伝えといてやるよ。


 その先の露店でも、店主が客に値段や個数を示すのに声と手を一緒に使っていた。

 呼び込みの声が飛び交う中では、むしろ手の方が見やすいらしい。

 巡礼者らしい老人が指で数量を返すと、店主は頷いて包みを二つ渡した。


 人の流れの先に、妙に大きな人だかりが出来ていた。


(何だあれ)


(説法比べだろう。今年も行われているようだ)


(ああ、アレか)


 人垣の隙間から覗くと、街角に設けられた壇上に神官が二人、向かい合って立っていた。


 どちらも口を閉じたまま、両手だけが忙しく動いている。ただ速いだけではなく、腕を大きく広げたかと思えば指先だけで細かな形を作り、片方が示した動きをもう片方が拾って、別の形へ繋げていく。


 一人目は、流れる水を人の歩みに重ねていた。


 同じ場所に留まり続ける水は濁る。流れれば別の水と交わり、別の土地を潤し、やがて大きな水へ至る。

 だから別れを恐れず歩み続けろ――だいたいそんな内容だ。


 それに対して、もう一人が同じ「流れ」の形を使った。


 ただし、今度は水ではなく、人と人の縁へ繋げる。分かれた水も海に流れ着いて再び出会う。

 別れたからといって縁まで切れるわけではなく、それぞれの道で得たものを伝え合うことができる。


 最後に、最初の神官が使った結びの形をそのまま返した。

 周囲から歓声と拍手が上がり、その合間に何本もの親指が突き上げられる。


(同じ型拾って返してんじゃん。完全に手話ラップバトルだろ)


(互いの論を貶めずに、上手く繋げたものだ)


(あれって、やっぱ台本があんじゃねえの? 即興じゃ無理だろ)


(憶測は良くない。仮にそうだとしても、日々の積み重ねの賜物だろう)


(はいはい、すごいすごい)


 聖者サマのありがた~講評を聞き流して、会場を見渡す。


 壇の脇には、祭礼用に新しく作ったらしい大きな板が立てられていた。


《凪の声(ミュート) 奉納説法》


 その下には由来までご丁寧に書いてある。


 ――救世神ミューズの御心を人へ伝え、人の祈りを女神へ届けるため、初代聖女が救世神と共に編み、後世へ残した沈黙の言葉。

 ――その原型の一つは、太母神イズミールが泡の丘の人々へ示された手指の仕草にあるとされる。

 ――声によって凪の水面を揺らすことなく、静けき祈りを捧げ、女神の御心に触れるための聖なる言語。


(なんか説明がどんどん仰々しくなってね?)


(遠方から来た者も多い。知らぬ者へ向けたものだろう)


 内容に関してツッコミどころはあるが、大筋では間違っていない。

 今じゃ俺の知らん単語まで増えてるし、地方ごとに微妙に形が違ったりもする。


(方言まで生やすなよ。規格統一しとけ。俺が不便だろうが)


 説法比べの人垣を抜けると、《凪の声》の教室が何軒も並んでいた。


《神学校入学準備基礎講習》

《神殿奉職者向け実務課程》

《巡礼者短期講習(支援制度適用可)》


(ますます塾街みてえになってきたなぁ……)


(神殿に関わる仕事では、読み書きと同じくらい求められるからな)


(まあ、ミューズ本人と話せるんだから、そりゃ覚えるか)


 問題は、一番でかい教室だった。

 入口の横に、金文字だらけの板が立っている。


《開校九十年。初代聖女直伝、凪の声正統継承院》

《今季水鏡の儀 奉詩にて金賞を受賞》

《救世神ミューズより七回の“母の指”を賜る》


 最後だけ、でかでかと絵まで付いていた。


 描かれているのは、握った拳から親指だけを立てた《凪の声》の形。

 どう見てもサムズアップである。


(……いいね七つじゃねえか)


(あの子が七回も賛意を示したのであれば、相応の出来だったのではないか)


(いや、出来の良し悪しじゃなくて、文化汚染というか何と言うか……)


 元は確か、ギュゲスの造った急ごしらえの黄金容器に最初にやったんだったか。

 どう褒めれば通じるか分からなくて、とりあえず親指を立てた。


 それが今じゃ、凪の声(ミュート)における最上級の賛意だ。

 何度見ても、どうしてこうなったとしか思えない。


(いいねなんてもっと気軽に押すもんだぞ。一回一回ありがたがってたらSNSなんて出来ねえ)


(君が軽いつもりで行ったことでも、受け取った側にとって軽いとは限らない)


(お前がそれ言うと説得力ありすぎんだよ)


 よく見れば、教室の奥で練習している連中には子供もいる。

 神官志望らしい若者だけじゃなく、商人風の男や、船乗りらしい日焼けした女まで混じっていた。


 俺が気軽に立てた親指が、今じゃ娘から何回貰ったかまで看板に書いて客を呼んでいる。

 つくづく、人間どもの信仰は、何でも御大層なものに膨らましやがる。


 だが、言葉なんて、使う奴が増えれば、元の形を離れて勝手に育つもんなんだろう。


※※※※※


 祭りなんてものは、神聖な催しだけでは成り立たない。

 むしろ人間どもは、祈った直後から腹を減らして食い物を買う。


 通りを一本曲がると、今度は完全に露店街だった。

 串焼きや揚げ物、菓子、酒、玩具、護符まで何でも売っている。


 ひときわ長い列が出来ている店を覗くと、凹みのついた鉄板の上で、魚型の菓子がずらりと焼かれていた。


 どう見ても鯛焼き――いや、マグロもどき(キーロ)焼きだった。


(……キーロ、お前また毎日焼かれてんだな)


(縁起物だからな)


 マグロ爆撃はだいぶ前にやめさせたし、配給制度も止めたのに、なぜか通貨単位として生き残りやがった。

 今でも黄色一号の鉄板ネタだ。キーロ焼きだけに。


 その隣には、幼龍(ちび)を模した小さな護符が並べられていた。

 ゴルディウムの工房産だけあって、デザインも仕上がりも悪くない。


 ただ、その謳い文句が、容赦なく俺を刺してくる。


《子の健やかな成長に》

《安産祈願》

《多産招福》


「□□□□□□? □□□□□□□□□!」


 店主が愛想よく声をかけてきた。


 たぶん夫婦向けに、安産守りでも勧めているんだろう。

 いらねえよ。安産も多産はもう間に合ってるわ。


 アイオリスが護符を一つ手に取り、こちらを見た。


(買っていかないのか?)


(てめぇ、分かってて言ってんな)


 じろりと睨むとアイオリスは黙って戻した。口元が笑ってやがる。


 その先の露店で、もっと見たくないものを見つけた。


 細い花弁が幾重にも重なった、ルテアの花を模した木彫りの花だ。

 一輪ずつ布紐を結んで飾られ、若い男女が真剣な顔で選んでいた。


《散らぬ花に、変わらぬ想いを》

《愛する人へ贈る、誓いのルテア》


 若い男が木彫りの花を女へ差し出すと、女が両手で受け取り、顔を赤くして笑う。


(うわああああ……俺の見えるところでやるな、このバカップルどもがぁ)


(なぜ君が恥ずかしがる?)


(元ネタ側だからだよ!)


 しかも、今年は扱ってる露店がやたら多い。

 専門の店だけじゃ飽き足らず、通りのあちこちで恋人どもが花を選んでいやがる。


(毎年思うけど、何であれが恋人ギフトなんだよ……商業主義に踊らされやがって)


(良い意味で受け継がれたのなら、構わないだろう)


 俺が頭を抱えている横で、アイオリスは露店の花を真面目に見比べていた。


(おい、何選んでんだよ)


(選んでいない。造形の参考にしている。今年も彫って贈ろう)


(いらねえって。そこに売ってんじゃん)


(これは私が作ったものではない)


(毎年毎年、よく飽きねえな……)


(君も毎年受け取ってくれている)


(……)


 こういう返しばっかり年々うまくなりやがる。


(……まあ、出来が良かったらな)


(分かった)


 毎年少しずつ上達していって、俺が文句をつけながら受け取るところまで、とうに恒例だ。

 今じゃ国宝級の出来だが、他人に見せる気はない。俺だけが知ってりゃいい。


 店を離れ、祭りの中心へ向かうほど人は増えていった。

 水神宮へ続く道なんて、もはや人間の川だ。橋に入場規制がかかってる。


(神殿に顔を出すか?)


(あれ見て言ってんのか、お前? 行くわけねえだろ)


(そうだろうとは思った)


(分かってんなら聞くな)


 ミューズも神官どもも、今頃、百周年の神事と客の対応でてんてこ舞いだろう。

 そこへ太母神御降臨なんてかましたら、仕事を増やすだけだ。


 それに、家の連中にも予定より早く帰ったことをまだ伝えていない。


(先に帰ろうぜ。ミューズはしばらく帰って来れないだろうけど、誰かしら家にいんだろ)


「そうしよう」


 人混みを抜け、水路の方へ回る。


 人目の切れたところで水へ入り、そのまま深く沈んだ。


※※※※※


 水面をくぐった途端、祭りの音が遠くなった。

 笛も太鼓も、人間の喋り声も、水越しにぼやけ、頭上の光と一緒に遠ざかっていく。


 暗く静かな水の中へ戻っても、もうこの静けさを一人で持て余すことはない。


 水底の社が見えてきたとき、そのすぐ傍に人影があるのに気付いた。

 ミュカレでも、下のちびどもでもない。


 水底に立っていた女がこちらを向く。


 泡に包まれることもなく、そのまま水に身を置いた長い栗色の髪がゆらりと流れた。

 こちらへ歩いてくる目線の高さも、今では俺とそう変わらない。


「――おかえりなさい、おかあさん」


挿絵(By みてみん)


「おう、ただいま。……って、何でお前がいんだよ、リディア」


「それはこっちの台詞です。もう少しかかると思っていました」


 リディアは俺たちの方へ歩み寄り、アイオリスにも笑顔を向けた。


「アイオリスさんも、おかえりなさい」


「ああ。ただいま」


「でも、どうして急に予定を変えたんですか? 五の海にも寄るって言ってませんでしたか?」


 俺は繋いだままのアイオリスの手を引く。


(おい)


(分かっている)


 アイオリスが進み出て、リディアへ向き直った。


「イズミールが懐妊した」


「おい! ド直球じゃねーか!」


 リディアが目を丸くし、それからすぐにこちらを向いて顔を綻ばせた。


「本当ですか? おめでとうございます、おかあさん」


「お、おう……また、お前らの世話になると思う。面倒かけるな」


「面倒だなんて。私も嬉しいです」


「えーと、まぁ、その……ありがとうな」


「面倒などではない。私たち家族が君を支えるのは、当然のことだ」


 隣の真面目バカが、バカ真面目なことを抜かしやがった。


「その家族増やしてる原因の半分が偉そうに言ってんじゃねえ!」


 リディアが口元を押さえて笑っている。


「おい、笑うなよ」


「ごめんなさい。でも、お二人とも変わらないなと思って」


「今さら変わってたまるか」


 何となく腹立たしくなって、アイオリスの脇腹を肘で小突いた。全然効かない。


 これ以上この話題を続けたら、どこまで説明されるか分かったもんじゃない。


「つーか、お前こそ何でここにいんの。今日は神殿に缶詰なのかと思ってた」


「今日は、あの子の役目ですから」


 リディアは水神宮のある水面を見上げた。


「あの子?」


 アイオリスが訊ねる。


「当代の聖女です。今年の祭礼のために、ずっと準備してきました。

 百年の節目を務める機会なんて、一度きりのものでしょう?」


「まあ、そりゃそうだな」


「私が隣に立つと、あの子も周りも、どうしてもこちらを気にしてしまいますし。

 せっかくの大役ですから、今回の祭礼はすべてあの子に任せることにしました」


「その子は、ミューズとうまくやっていけているだろうか?」


「おーい、他所様んちの子にまでパパ面するんじゃねえぞ」


「ええ。分からないことは、ミューズにちゃんと聞いています。凪の声なんて、私よりずっと綺麗に使うんですよ」


 リディアは少し誇らしそうに言った。


「昨日まで神官たちとも何度も段取りを確認していましたし、今朝は緊張していましたけど、あの子なら大丈夫です」


「そうか、それを聞いて安心した」


 昔はこいつ一人にしか出来なかった仕事を、今じゃ別の奴が引き受けている。

 本人がこうして水底にいても回ってるなら、上出来だろう。


「……で? ミューズはその聖女と一緒に神殿か?」


「はい。今日は夜更けまで祭礼の場にいる予定です。

 神殿の皆と一緒に過ごすんだって、朝から張り切っていました」


「あいつ祭り好きだもんなぁ……」


「でも、終わったら、家族でもお祝いしたいと思ってるんです。せっかくの節目ですから」


 大祭の主役を務めたあとで、いつもの水底へ戻ってくる。

 帰った先でも祝ってくれる奴がいるなら、あいつも喜ぶだろう。


「それ、本人には言ってあるのか?」


 そう訊ねると、リディアは楽しそうに笑った。


「まだです。少しくらい驚かせたいので」


「あー、それ絶対喜ぶやつ」


 ミューズの顔が簡単に想像できた。

 たぶん両手を上げて喜ぶし、その場で三人に分かれるかもしれない。


「それで、ミュカレにも相談しようと思って来たんですけど、誰もいなくて」


「あー、やっぱあいつも留守?」


「ミュカレがみんなを連れて、またミツバのところへ遊びに行っているそうです」


「あいつ完全に引率になってんな」


「みんなもミツバが大好きですから。ミュカレも一緒なら安心ですし」


「そうか」


 アイオリスが腕を組み、満足そうに頷いた。

 何だその後方腕組み師匠面は。


「頼りにされてますよ」


「まあ、帰ってきたら褒めてやるか。それに、家で祝うなら、あいつにも――」


 そこまで言ったところで、湖底の流れがわずかに変わった。


 砂が薄く舞い、遠くの水草が同じ方向へ傾く。

 世界樹の森へ繋がる地下水路の方から、水が押し出されてきている。


 リディアもそちらを向いた。


「あ、帰ってきたみたいですね」


 暗い水路の奥で、いくつかの気配が動いた。


 その先頭から、聞き慣れた声が響く。


『母上!?』


 振り返ると、暗い水底に黒髪がたなびいていた。

<TIPS>

「凪の声(ミュート)」

 救世神ミューズと、名もなき御使いによってもたらされた、声なき言葉。


 かつて徒人は、神の御心を知る術を持たなかった。

 祈りは水辺へ捧げられ、答えはただ、奇蹟の形をもって示されたという。


 されど御使いは、その手に女神の御心を写し、女神はその指に、人へ届く言葉を与えた。

 かくして人は初めて、神の意思を自ら問い、その答えを知ることを許された。


 やがて凪の声は、水辺を越えた。


 風は帆を孕ませ、火は炉を燃やし、花は咲く時を待ち、土は根を支えた。

 水ならざる精霊たちさえ、人の呼びかけに目を向け、その傍らに立った。

 人はこれを、偉大なる御方の御意思が世に遍く届いた徴であると信じた。


 故に、古き記録はこう結ばれる。


 水の時代は、凪の訪れと共に終わった。

 その静けさのうちに、人と精霊の新たなる時代が明けたのだと。

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― 新着の感想 ―
リディアのおかあさん呼び尊すぎんか? ええんか?泣くぞ?
リディアと直接会話できるようになった俺くん、これまでの数十年でどんなこと話したんだろう。 あと大人リディアが美人すぎてもう…ちょっと前の話でお師匠様と向かい合ってるときの挿絵とか特に。しかも永遠の◯◯…
リディア!生きとったんかワレ!
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