123.水から、巡る物語③ 〇★△ ※名称誤字修正 リキュア→リュキア
『母上!?』
振り返ると、暗い水の底からミュカレが、三人のちびどもを連れて現れた。
流れに広がる長い黒髪に、その合間から伸びた角とヒレ。青い瞳も、お馴染みの服装も変わらない。
今は人間で言うと十八くらいの娘の姿をしている。胸部装甲は俺譲りだ。
で、俺たちを見つけた瞬間に目元を緩める、その笑い方だけはもろにアイオリス。
ついでにヒレをパタパタやってんのもご愛敬。
『お帰りなさい、母上! 父上も。まだ、しばらくお戻りにならないと聞いていたのですが』
「予定が変わったんだよ。お前らは、ミツバんとこに行ってたんだって?」
『はい。みんなを連れて。ただいま帰りました』
「はいよ、おかえり」
ミュカレはリディアにも気づいて会釈し、俺たちへ近づきかけたが、すぐ後ろを振り返った。
自分だけ先へ来ず、後ろからついてくるちびどもが揃っているか確かめている。
昔は俺の衣を掴んで離れなかった奴が、今じゃ掴まれる側になっている。
引きこもり、自宅警備員と順調に経験を積み、とうとう保育士へ転職したわけだ。
なかなか見ないキャリア形成である。
「留守の間、君が皆を守り、面倒を見てくれていつも助かっている。ありがとう」
アイオリスの労いに、ミュカレは目を細めた。
『僕も、みんなと遊びに行くのは好きですから。今日はミツバも、もう少しいてほしそうでした』
「あいつ、遊び相手がいると欲張るからなぁ」
それだけが理由とも限らんけど。
『ええ。でも、姉上のお祝いの日ですから、今日は早めに戻ろうと話していたんです』
こいつが水底にいるのは、昔みたいに外へ出られないからじゃない。
ここが好きで、ちびどもの面倒を見ながら暮らして、外に出たければ地下水路を通って森まで行く。
それで本人が満足してんなら、俺から言うことはない。水があれば生きてけるんだから。
そのミュカレの背後から、今度は明るい色が二つ飛び出した。
一人は銀色、もう一人は金色。
アイオリスを見つけた瞬間、二人同時にぱっと顔を輝かせた。
『『とうさま!』』
はいはい、知ってた。そっちですよね。
アイオリスは膝を折り、両腕を広げた。その腕の中に、二人がぴったり同じ勢いで飛び込んだ。
「ただいま、アナトリア、イオニア」
『『おかえりなさい! いつ帰ってきたの?』』
一言一句同じ、完璧なユニゾン。
背丈も顔立ちも瓜二つで、どっちも人間なら十歳くらいに見える。
銀髪のアナトリアと、金髪のイオニア。
ミュカレの次に生まれた双子だ。原理は知らん、俺に聞くな。
「つい先ほどだ。君たちに会えると思って、先にこちらへ戻った」
『『もう、どこにもいかない?』』
「ああ。しばらくはここで、皆と過ごすつもりだ」
こいつらは小さい頃のミュカレとは逆で、猛烈なパパっ子。当然のように激重仕様。
『『やったぁ!』』
返事を聞いた二人は顔を見合わせ、揃って父親へ抱きつき直した。
同じところで頷き、同じところで喜んで、同じ男にべったりくっつく。
俺の中のどこ成分が濃縮還元されたのか、深くは考えたくない。
『『かあさまも、おかえりなさい!』』
ようやく二人の顔がこっちを向いた。なお、父親にしがみついたままである。
「おう、ただいま。俺の方はついでかよ」
『『ついでじゃないよ?』』
「そう言うなら、ちょっとはこっちにも来いよ」
二人はもう一度顔を見合わせると、今度はこっちに抱きついてきた。
均等にわしゃわしゃしてやる。どっちかだけ多いとうるせえんだ。
撫で終えた手を、そのまま片方ずつ握られた。
『『かあさまも、すき』』
こっちから催促した時点で負けた気もするが、来なければ来ないで寂しい。
まあ、素直に受け取っておくとしよう。
「はいはい、嬉しい嬉しい。ちゃんと、いい子にしてたんだろうな?」
『『してた!』』
「ミュカレにも聞くぞ。ダブルチェックだ」
『『にいさま! わたしたち、いいこだったよね?』』
二人同時に振り返る。こいつらはミュカレっ子でもある。
たぶん、アイオリス成分が強いからだろう。
呼ばれた方は少し笑い、まだ自分の足元にくっついてる最後の一人の手を取った。
『二人とも、リュキアとよく遊んでくれていますよ。
今日は、帰る時も、ちゃんと一緒に来てくれましたし』
『『ほら!』』
「“今日は”ねぇ……まあ、後でじっくり聞かせて貰うとして、だ」
ミュカレの陰に隠れて、もじもじしてるちびっこを見る。
『ほら、リュキア。母上たちが帰っていらしたよ』
背丈は双子より頭一つ以上低く、人間なら五つか六つくらい。
今、うちで一番のちびだ。
ただし、もうじき二番目になる。
リュキアは双子ほど勢いよく前へ出て来ない。
俺を見て、アイオリスを見て、リディアを見て、双子を見て、またミュカレへ戻る。
すぐ上の双子と違って、リュキアは本当に引っ込み思案だ。
『……ねえさま』
『大丈夫だよ。行ってごらん』
ミュカレがそっと背中を押すと、リュキアもその顔を見た。
小さく頷きはしたものの、まだ服の陰から半分しか出てこない。
じれったい。
近寄って抱き上げてスリスリの刑に処してやりたいが、我慢だ。
弊社は自主性を重んじる。
姉どものアクの強さと足して割れば、ちょうど良さそうなもんだが、個性ってのはそう都合よく混ざってはくれない。
「おう、リュキア。ミツバんとこ、楽しかったか?」
『……うん』
「何して遊んできたか、後でかあさまにも教えてくれよ」
小さく頷いてから、少し間を置く。
『うん……かあさま、おかえり』
「ただいま」
俺が返事をすると、ミュカレの衣を掴んでいた指が少し緩む。
その隣へしゃがんだアイオリスにも、リュキアは小さく『とうさま』と呼びかけた。
「ただいま、リュキア。君も元気にしていたのだな」
リュキアはおずおず頷いて、ミュカレの手を握り直した。
アイオリスはそれを見て、頭を撫でようとしかけた手を、自分の膝へ戻す。
別に嫌われているわけじゃないのは知ってる。
こいつは俺たち相手でもこんな調子だし、抱き上げてキャッキャするタイプでもない。
家を空けがちで寂しい思いをさせてるんじゃないかは気がかりだが、こいつなりのペースで動くのを待ってやろう。
『義姉上も、いらしていたんですね』
ミュカレがリディアへ視線を向けた。
「はい。おかえりなさい、ミュカレ」
『ただいま戻りました』
双子も『『ただいま! ねえさま!』』とやかましい。
問題は、こっちの予定変更の説明だった。
『母上、それで……何かあったのですか?
こんなに早く戻られるとは思っていなかったので』
リュキアを横へ落ち着かせたミュカレが、改めて聞いてきた。
俺は両手を双子に握られたまま、アイオリスへ顎を向ける。
今度もお前から言うんだからな、という意味は十分伝わったらしい。
「君たちに、新しいきょうだいができた。母上が落ち着いて過ごせるよう、予定を変えて戻ってきたんだ」
『『ほんと!?』』
双子の顔が同時に下を向いた。見た目には何も変わっていない俺の腹を覗き込み、二人して腰を屈める。
『『あかちゃん、こんにちは!』』
「まだ返事はできねえよ。聞こえてんのかもわかんねえ」
『『じゃあ、いつできるの?』』
「知らん。お前らだって、いつからなんて覚えてねえだろうが」
『『しらなーい』』
『おめでとうございます、母上』
ミュカレは穏やかに笑った。
何度目だろうが、家族中からこうも無条件に祝われると照れくさい。思わず視線が泳いだ。
「お、おう。まあ、またお前らの世話になると思うけど……よろしくな」
『はい。僕も楽しみです』
ミュカレがそう答えると、リュキアもようやく俺の腹へ目を向けた。
『……あかちゃん?』
「そうだ、お前もねえさまとか、にいさまになるんだぞ」
俺の手を離したアナトリアとイオニアが場所を空けると、リュキアもミュカレに手を引かれて近くへ来た。空いたところから腹を覗き、それから俺の顔を見上げる。
分かったような、分かっていないような顔だが、今すぐ理解させることでもない。
俺だって、最初はまるで分からなかったんだからな。
「それと、ミュカレ。今夜のことで、相談があったんです」
リディアが声をかけると、ミュカレがそちらを向いた。
俺はひとまず腹を囲むちびどもから解放され、ありがたくその話題へ乗ることにした。
「ミューズが祭礼から帰ってきたら、こちらでもお祝いしようと思っていて。
あとで、少し手を貸してもらえますか?」
『もちろんです、義姉上。姉上も、きっとお喜びになります』
「ミューズには、まだ伝えていないんです。帰ってきてから、驚かせたいので」
『では、お祝いが始まるまで内緒にしておきましょう』
二人は顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。
その間へ双子が飛び込んで、二人の顔を見上げた。
『『ねえさまには、ないしょ!』』
『うん。帰ってきてすぐ、今みたいに言ってしまわないようにね』
『『いわないよ?』』
「……もう今からネタバレする気満々だろ、お前ら。
神殿にまで押しかけんなよ。妙な神話を増やしたら出禁だからな」
『『デキン! ヤーッ! あはははっ』』
この問題児コンビめ。
まあ、ミューズにバレたところでどうってこともない。
あいつもお祭り好きだから、結局、全員で騒ぐことになるだろう。
『義姉上。それまで、まだ少し時間はありますか?』
「ええ。ミューズが帰るのは、夜更けになりますから」
リディアの返事を聞くと、ミュカレのヒレがぴくりと動いた。
今度はアイオリスへ向き直った。
さっきまで弟妹を見ていた顔と違って、少しだけ期待が混じっている。
『父上。久しぶりに、手合わせをお願いできますか。
前に教えていただいたところを、見ていただきたくて』
「ああ。私も楽しみにしていた」
アイオリスの口元が緩んでから、引き締まった。
ミュカレも嬉しそうに頷き、リュキアに握られていた手を一度解く。
社に立てかけてあった枝を、水流を使って手繰り寄せて握った。
ミツバから貰ったらしい、いい感じの棒だ。あれはいいものだ。
ミュカレは棒を片手に、帯の位置を確かめた。
すると、衣の下を流れる水が揺れ、肩幅や腰の線が変わっていく。
胸元は平らになり、顔つきも少し引き締まって、あっという間に細身の青年の姿になった。
ちびどもの面倒を見る時は女の姿が多いが、稽古となると決まってこっちになる。
本人なりに、気分の切り替えでもあるんだろう。
『『とうさまと、にいさま、やるの?』』
『そうだよ。二人も見る?』
『『みるー!』』
父親を見ていた時と同じ顔で、双子がミュカレのそばへ寄った。
男の姿で並ぶと、姿勢や人の話を聞く時の顔まで、アイオリスにそっくりだ。
リュキアも姉二人が動いたのを見て、慌ててミュカレの方へ寄る。
『……ねえさま、まって』
『大丈夫。置いていかないよ』
男の姿になっても、リュキアにとってはねえさまで、双子にとっては、にいさま。
本人も訂正しない。
考えてみりゃ、水に厳密な性別なんて求めてもしょうがねえか。
俺だって男だったつもりが、今じゃ妻でママだし、のじゃ様どもは見た目ちびっ子でも、元々は大怪獣だ。兄と姉を兼業してるくらい、今さら誤差だろ。
というか、俺は三人乗り、ミューズは三身合体で、ミュカレは可変型。
うちの家族、ロボアニメでもやってんのか。
「少し行ってくる」
アイオリスが俺へ向き直ったので、片手を振って追い払う。
「おう。思う存分ボコってこい」
『母上、それでは父上しか応援していないように聞こえます』
「お前もボコれ」
『それなら、頑張ります』
アイオリスとミュカレが開けた場所に向かうと、双子がその後を追ってすっ飛んでいく。
リュキアも慌てて泳ぎ出し、ミュカレは途中で振り返って、追いつくのを待った。
そのまま五人は、少し離れた湖底の方へ向かっていった。
※※※※※
「ミュカレ、張り切っていましたね」
リディアが言うので、俺も稽古場の方を見た。
アイオリスと向き合ったミュカレが構えを取ると、双子が揃って身を乗り出している。
「帰ってくるたびに、前よりできるようになったとこを見せたがるんだよな」
「二人ともそれを楽しみにしていますから」
「脳筋どもめ。似なくていいところまで似やがって」
遠くでは、もう双子の声が聞こえ始めている。
何を言ってるのかまでは聞き取れないが、たぶんどっちも応援しているんだろう。
推し同士の対戦カード、完全にご褒美じゃねえか。
いつまでもその辺を漂って眺めていることもないので、俺は社の屋根に腰を下ろした。
リディアも隣へ来て、長い髪を肩の向こうへ流して腰掛ける。
「……で、お前の方は次、いつ出かけるんだ?」
「お祭りが落ち着いてからです。前に凪の声を伝えたところを、いくつか回ろうと思っています」
「あちこちに生徒がいると大忙しだな、リディア先生?」
「おかあさんに言われたくありません」
「ぐうの音も出ねえ」
リディアが少し笑う。
「それで、前に教えたところで、精霊が別の精霊へ教え始めているみたいなんです」
リディアは膝の上で指を動かした。
「手足のない精霊は、自分にできる動きへ置き換えて表現しているらしくって。
他の属性の精霊にも応用できるんじゃないかと思って、教わりに行こうかと」
「あー、そういうの、旅先でも見たぞ。あれ、放っとくと際限なく増えてくんじゃねえの」
「使う方が増えましたからね。その土地の暮らしに合う形も、たくさんできています」
「便利なのは分かるけどさ。同じ形なのに、別の意味になってるのもあるだろ。あれどうにかなんねえの?」
「全部を同じにしなくてもいいんです。意味が食い違ったら、何を伝えたつもりだったのか、まずお互いに確かめてもらいます」
「まあ、それはそうだけど」
「今度行くところも、精霊から精霊へ広がるうちに少し意味がずれているみたいで。
最初は私も一緒に確かめて、その先は本人たちで聞き直せるようにしたいんです」
「伝言ゲームしてんなぁ……まぁ、毎回お前が間に入ってたら、終わんねえもんな」
「はい」
リディアはあっさり頷いた。
「どうすれば伝わるかを自分たちで探せるようになれば、私が毎回行かなくても済みますから」
簡単みたいに言ってるけど、絶対簡単じゃない。コミュ力お化けか?
百年前は、こいつがミューズの言葉を人間へ伝えていた。
今じゃ、人間と精霊だけじゃなく、精霊同士まで相手にしている。
火はパートタイマーで、水は年中無休、ライフサイクルがまるで違う。
空の連中は気まぐれで風まかせだし、土は気長で動かなさすぎる。
花だの木だのも、人間と近いようでいて感性がズレてやがる。
そいつらが人間も交えて、通じてるつもりで話を進めたら、まあ、そりゃあ揉める。
「よくまあ、自分からそんな面倒な仕事を引き受けたもんだ」
「やりたかったんです。今も、そうですよ」
リディアは当たり前みたいに言った。
こいつが今こうして平然と水底に座っているのは、ミューズと結魂したからじゃない。
アイオリスが俺と結魂して源流へ繋がったように、こいつらにもそういう方法はあったが、二人は別の道を選んだ。
リディアは俺と親子の魂約を結び、その縁を足掛かりに、八海のジジババどもの手も借りて、源流へ繋がり直した。
世界の巡りへ関わる役目を自分から引き受け、人間の寿命から外れたのだ。
リディアを「うちの子」にする話が出た時は、さすがにたまげたけどな。
古代人どもは、源流との繋がりと世界の役割から降りて、限りある人生を選んだという。
いわば、脱サラしてアーリーリタイアをキメた連中だ。
その連中が降りたあとに空いていたポストへ、自分から飛び込んだ中途採用組がリディアである。面構えが違う。
俺なら募集要項を見ただけで、そっ閉じしたくなる仕事だ。
けど、本人は後進を育て、任せられる仕事は任せながら各地を巡り、今日はこうして休んでいる。
その人生設計まで俺が口を出すことじゃない。
「……まあ、あんまり無茶はすんなよ。こっちは身元引受人でもあるんだからな」
「身元引受人、だけですか?」
「……はいはい、おかあさんですよ」
「ふふっ」
「笑うな」
こいつ、百年経ってだいぶ図太くなったな。
「最初は、ミューズと同じ時間を生きたいって、それが一番でした。
でも、今はもうそれだけじゃないですよ?」
「あぁ?」
「こんなに賑やかな家族の待ってる家に、ただいまって言えるんです。ずっと」
……そういうことを、まっすぐ言うんじゃねえよ。
昔みたいに誰かの顔色を窺って言葉を飲み込むよりは、余程いいけどさ。
「はいはい」
「おかあさん」
「分かった分かった。俺が悪かった」
気恥ずかしくなって稽古場の方へ目を向けると、あの二人は周囲に水流で壁を作って、超人バトルを始めていた。
熱が入りすぎて水面を割られたり、大渦を作られたりするよりはいいが、一般社員(小魚)が逃げてきたぞ。
リディアも稽古場へ目を向け、それから俺の腹をちらりと見た。
「今回は、しばらくこちらにいられるんですよね」
「いるよ。あの野郎だって、今すぐ次へ行こうとは言わねえだろ」
「じゃあ、旅の話も聞かせてください。ミューズも、皆も聞きたがると思います」
「そんな面白え話ばっかじゃねえぞ」
「面白い話だけじゃなくてもいいんです。
お二人がどんなところへ行って、どう過ごしてきたのか、聞きたいんです」
言い方は穏やかだが、要するに、ちゃんと暮らしていたのか教えろということらしい。
出張中に八人目のガキを仕込まれたことは、ちゃんとした暮らしに入るか?
「……お前もすっかり、うちの連中と同じ顔するようになったよな」
「どんな顔ですか、それ」
「俺が帰ってくると、あれもこれも話せって言うやつ。ミューズそっくりだぞ」
「だって、家族ですから」
リディアは少し笑い、膝の上で両手を重ねる。
「でも、私が話していると、途中からミューズの話になるんです。
留守の間にこんなことがあったとか、見せたいものがあるとか。新しい技を覚えたとか」
「言いたいことが通常の三倍あるからな。勝手に喋らせとけ」
「そうすると、今度は私の話も聞きたいって急かすんですよ」
「注文が多いな、うちの娘」
「今夜は、ますます話が長くなりそうですね」
「だったら、お前も聞く側に回れよ。俺ひとりで全員の相手できねえぞ」
「私の話も、聞いてくださるんでしょう?」
「分かったよ。順番な、順番」
涼しい顔で自分の番まで確保しやがった。
その時、湖底の水が少し大きく動いた。稽古場を囲む水の壁が、今にも弾けそうに膨らんでいる。
『『とうさまー! にいさまー!』』
双子の歓声が揃って届き、少し遅れてリュキアの『ねえさま』も聞こえてくる。
どっち応援してんだか分からないが、そろそろ観に行ってやるか。
社の屋根から浮き上がって、ふと人数を数え直してみた。
ミュルナ、ミュリナ、ミュシア。
ミュカレ。
アナトリアとイオニア。
リュキア。
俺から生まれたガキだけで七人。
そこへ養女のリディアとミツバまで加えれば、いつの間にかイズミール・ナインが完成してやがる。
しかも今、腹の中には十人目までいる。
(……おい。このままじゃ、イズミール・イレブンまで届きかねねえぞ)
<TIPS>
「いい感じの木の棒(世界樹の小指)」
若き木こりが鍛錬に用いる、一本の木の枝。
とても丈夫で、吸い付くようによく手に馴染む。
かつて木こりは、森の女神にこう頼んだという。
この森で、一番の枝が欲しい。
森で最も偉大な木とは、女神自身にほかならぬ。
故に女神は、自らが望まれたのだと知った。
求めへの応えとして、女神は己の小指を折り、彼に与えた。
木こりは、そのことを知らない。
けれど女神にとって、それでよかった。
一本の枝となれば、森を離れても彼の傍らに在れるのだから。
枝は鋼よりなお硬く、水と土がある限り、朽ちることもない。
また、土となる定めを持つ命とて、樹にとっては糧に他ならない。




