120.件名:【重要】精神貸与に関する最終報告(対応不要/一部返信可) ◆△★
「この先、出番がないぞ」と言ったな――あれは嘘だ。
終電の一本前に滑り込めた日は、少しだけ得をした気分になれる。
終電は各駅停車だが、その一本前なら準急なので、帰宅が三十分ほど早い。
趣味と睡眠、どちらに回すかは家に着いてから考えるとして、とりあえず日付が変わる前に会社を出られただけで今日は勝ちだ。
そんな基準で一日の成否を判定している時点で何かがおかしい気もするが、考えたところで明日の起床時間は変わらない。
電車を降り、寄り道せずに社宅のアパートに戻る。
玄関で靴を脱いだところで仕事用スマホが震えたので、画面を見ずに電源を落とした。
面倒事は明日の俺に丸投げする。昨日の俺にもやられたことだ。
明日になったら悪態を吐くことになるだろうが、今の俺よりは多少元気になっているはずだ。
部屋の中では、積みゲーと積みプラモと積みブルーレイが着実に勢力を拡大していた。
買う時間はあるが、遊ぶ時間がない。
資本主義と労働環境が手を組んで生み出した、現代日本の悲しき永久機関である。
「今日はあれの続きでもやるか……」
チュートリアルだけ済ませて放置したゲームの存在を思い出した。
買い溜めしてある冷食を電子レンジへ放り込み、PCを起動する。
明日も明後日も普通に仕事だし、本来なら飯を食って風呂に入って寝るべきだ。
それが分かっているからこそ、遊ばねばならない。
仕事して、飯食って、寝て、起きたらまた仕事――だけで一日を終わらせると、自分が何のために働いているのか分からなくなる。
俺は趣味のために働いているのであって、働くために生きているわけではない。
少なくとも、建前上は。
ゲームのランチャーを開いたら、タイトル画面ではなくアプデが始まった。それだけでやる気が萎えてくる。
その時、デスクトップの隅に見慣れない通知が出ていることに気づいた。
メール。
しかも、普段ほとんど使っていないアドレスだ。
「……ん?」
妙な既視感があった。
いつだったか、精神貸与だのなんだの、意味不明な単語が並んだ怪文書がこのアドレスへ届いたことがある。
読み終わったあと速攻で消したけど、妙に記憶に残っていた。
「また来たのかよ……」
迷惑メールフォルダを開く。
案の定、件名からしてまともではなかった。
―――――――――――――――――――――――
件名:【重要】精神貸与に関する最終報告(対応不要/一部返信可)
差出人:no-reply@..spirits-core.world(※認証済/認証元不明)
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「認証済みで認証元不明って何だよ」
矛盾を一行目からぶつけてくるな。
添付ファイルがないことを確認し、怖いもの見たさで開いた。
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To:和泉 隆様
(識別名:IZMIR-ORIGINAL/照合一致…98.7%)
This is an automated final report.
本通知は精神貸与案件に関する最終報告です。
原則として対応は不要です。ご利用ありがとうございました。
1.案件完了報告(Mission Complete)
当方世界(以下「こちら」)における外敵性汚染体(■■■)への防疫処理はすべて完了しました。
残存汚染の除去、自己免疫機構の再構築、次元境界における侵入経路の閉鎖ならびに再侵入防止措置の実装を確認しています。
現在、「こちら」は同一または類似する外敵性汚染体に対し、自律的な検知・隔離・排除が可能です。《ENEMY ZERO》
精神貸与による外部応援要請は終了しました。あなたたちはもう不要です。
再募集の予定はありません。Thank you for your cooperation.
なお、上記処理の完了時点と、貴殿の通知受領時点は一致しない場合があります。予め/将来、ご理解ください。
2.貸与精神の現況(Current Status)
貴殿より貸与いただいた精神、
IZMIR-02[Model:Mercury]
は、現在「こちら」における上位神格として普及しました。
精神貸与時に設定された担当区域は正常稼働しています。
神格構造、元素循環系、信仰受容系に異常・汚染は確認されていません。
魂魄波長帯に変容があり、貴殿へのフィードバックは不可能です。
貸与精神の返却は実施されません。no return.
―――――――――――――――――――――――
「……普及?」
思わず声が出た。
「普及ってなんだよ、OSじゃあるまいし」
俺の精神をコピーしたとか何とか言っていたやつが、いつの間にか神様になって、しかも普及したらしい。
神棚にでも祀られて、信者に拝まれてんのか?
ますます意味が分からない。
その下にはさらに文章が続いていた。
―――――――――――――――――――――――
3.報酬(Reward)
精神貸与契約に基づく「そちら」への還元処理は、別途実施されます。
これとは別個に、本案件への長期協力報酬として、貴殿個人に以下を付与いたします。
【11,221,188,115縁】
―――――――――――――――――――――――
「……百十二億?」
桁を数え直す。やっぱり百億を超えている。宝くじどころの話じゃない。
「って……円じゃなくて、縁かよ」
桁だけじゃなく通貨単位までおかしかった。
いや、こんな怪文書を作る連中だ。誤字ですらないのかもしれない。
読み進める。
―――――――――――――――――――――――
※上記報酬は「そちら」の規約に基づき、適切な形態で還元されます。
※物質的対価をご希望の場合は個別に応対いたします。MONEY/METAL/MATERIAL/OTHER
※変更をご希望の場合、本通知受領時点より±7日以内/以降に、電子メールまたは念話にてご返信ください。
※念話の場合は、最寄りの霊子源器を経由し、強く信じてください。受信および返信は保証されません。
―――――――――――――――――――――――
「期限になってねえじゃねえか。しかも念話って何だよ。近所にそんな怪しいもんもねえわ」
さらに何行か注意事項が続いたあと、最後だけは妙に簡素だった。
―――――――――――――――――――――――
Good luck.
あなたの幸せを祈らせてください。
(自動送信/署名省略/返信可・受信保証なし)
―――――――――――――――――――――――
「これが本当のお祈りメールってか?」
最初に届いた怪メールは、もっと日本語も英語も酷かった気がする。
今回のは読める文になったせいで、最後の一文が怪しい宗教にしか見えない。
俺は発信元をブロックリストに入れて、メールを削除し、念のためウイルススキャンした。
百十二億円をくれるなら考えなくもないが、百十二億縁では話にならない。
返信した瞬間、口座番号だの暗証番号だのを要求されても困る。
「よし。忘れよう」
ちょうど電子レンジが鳴った。アプデはまだ終わらない。
温めた飯を容器のまま持ってきて、食いながらやけにデカいパッチの解凍と適用を見守る。
明日も仕事だ。
一時間だけ遊んだら寝よう。
そう思って、アプデが終わるのを待ったら、終わるのと同時に緊急メンテが始まった。
くそったれが。
※※※※※
――俺は、無職になった。
例の怪メールの呪いってことはない。
とうとう誰かが労基に駆け込んだのだろうと思う。
勤めていた会社に外部の調査が入ったのを皮切りに、未払いだの不正会計だの、出るわ出るわ。
労働環境がブラックなのは知っていたけれど、もっといろんな意味で真っ黒けだったらしい。
取引先が離れ、銀行に見放され、上の連中が揉めて、トンズラして、気がついた頃には会社そのものがなくなっていた。
会社都合の退職扱いになったのだけが、不幸中の幸いだった。
問題は住む場所の方だ。
勤め先が借り上げていた部屋だったので、会社が消えれば当然そのまま住み続けるわけにもいかない。
まず、山ほどあるオタクグッズの移送先の確保が急務だ。
だが、次の仕事も決まってないし、失業保険を頼りに物件探しをする気にもなれなかった。
結果、俺は実家へ帰ることにした。
両親へ連絡した時は、多少なりとも嫌味を言われる覚悟をしていた。
いい年して失業しただの、次は決まっているのかだの、昔から聞き覚えのある説教が一通り飛んでくるものだと思っていた。
実際に返ってきたのは、
『体、大丈夫なの?』
だった。
それから、いつ帰るのか、荷物はどうするのか、手伝いは必要かと聞かれた。
電話を切ったあと、しばらくスマホを見た。
正直言って拍子抜けした。
昔みたいにもっとうるさく言われるかと思っていた。
兄弟と比べられ、趣味について色々言われ、結婚しろだの将来を考えろだのあれこれ言われてきた。
だから、仕事が忙しいのを理由に実家には、ずっと寄りつかなかった。
正月も盆も、休みが取れない、疲れている、また今度で通した。
半分以上は事実だったし、便利な言い訳だとも思っていた。
久しぶりに実家の玄関をくぐると、家は記憶の中よりも手狭に見えた。
兄弟はとっくにそれぞれの生活を持って、外に出ている。
俺の部屋も物置にでもなっているだろうと思って扉を開けると、机も棚もそのまま残っていた。
多少は荷物が置かれていたし、全部が昔のままというわけではなかったけれど、俺の部屋だった。
「……まだ俺の部屋、あったんだな」
「そりゃあるでしょ」
母親は当然みたいに言った。
「帰ってくるかもしれないし」
「何年帰ってなかったと思ってんだよ」
「だからって、人のものを勝手には捨てられないじゃない」
相変わらず、妙なところでちゃんとしている。
昔はそれを押しつけられるのが嫌だったのに、今は妙に懐かしかった。
その日の夕飯はカレーだった。
別に俺の好物だから用意したとかじゃなく、たまたまそういう献立だっただけ。
一口食べて、味を思い出した。
甘口でも辛口でもない中途半端な辛さで、妙に和風っぽい。
じゃがいもはやたら大きく、肉はいつもひき肉だった。
昔、何度も食べた、何の変哲もない、うちのカレー。
「……ああ、これかぁ」
「何が?」
「いや。なんでもない」
外でカレーを食う時、何かが違う、足りないだなんて考えたことはなかった。
ただ、何となくこれと似た感じの味を探していたような気がする。
一人の方が気楽だし、仕事さえ終われば好きなものに囲まれた部屋へ帰れる。
それで十分だと思っていた俺にも、こういう味を懐かしむ部分はちゃんと残っていたらしい。
次の日には親から生活リズムについて小言を言われたので、感動とありがたみは速攻で薄れた。
そういうところも含めて、俺の家は昔とあまり変わっていなかった。
――さて、仕事がなくなった。
会社都合退職なので失業給付も早い。おまけに実家暮らしで家賃まで浮く。
俺の中に一つの計画が生まれた。
そう、合法ニート編である。
せっかく今まで真面目に保険料を払ってきたんだ、制度の許す範囲で休みまくる。
失業給付を貰えるだけ貰いながら、積んできたゲームを崩し、プラモを組み、録画と配信を消化し、次の仕事をゆっくり探せばいい。
本人の承諾なしで、精神とかを貸し出しやがったんだ。神様だってそれくらい許すだろう。
そんな完璧で自堕落な計画は、一週間ほどで終わった。
以前仕事で関わった会社の人から突然連絡が来た。
勤め先がなくなったと聞き、今どうしているのか気にかけてくれたらしい。
『もし、まだ次のお仕事が決まってないなら、一度、お話をさせていただけませんか?』
次の仕事なんか無いが?
俺はいま、合法的に積みゲーを崩すという非常に重要な職務に就いているんだ、ほっといてくれ。
そう断ればいいだけなのだが、わざわざ声をかけてもらった手前、それもきまりが悪い。
ちょっと話を聞くだけで、採用されるとも限らない。そう自分に言い聞かせて出向いた。
――ほぼ即決で採用が決まった。
「おお……俺の失業保険……」
まだまだ、だいぶ貰えたはずなのに。
けど、わざわざ声をかけてもらったんだし仕方がない。
そんな気持ちで始めた次の職場は、驚くほど「普通」だった。
最初の衝撃は定時というものが機能していること。
時計が定時を回ると、本当に人が帰るのだ。
何人かは残っているが、それも自分の作業を片づけているだけで、帰る人間を睨んだり、舌打ちもしない。
俺も初日は周りの様子を窺いながら席に残っていたら、
「和泉さん、今日はもう上がって大丈夫ですよ」
と言われた。
「え、これ帰っていいんですか……?」
思わず聞き返した。
相手は少し困った顔で時計を見た。
「定時ですし」
定時とは、帰ってもいい時間だったらしい。
以前の職場では、タイムカードだけ押して帰ったことにする時間でしかなかった。
昼休みは本当に休めるし、休日や終業後に仕事の連絡も飛んでこない。
有給申請の理由欄には「私用」とだけ書けばいい。
さらに同僚が来月一週間休むというので、何事かと思えば、
「旅行です」
と普通に答えた。
一週間も有給で旅行。
「……ファンタジーじゃなかったんだな、有給」
「何がです?」
「いや、こっちの話です」
給料が倍になったわけじゃないし、豪華な福利厚生が山ほどあるわけでもない。
ただ、仕事が終われば帰れて、休日や祝日は普通に休める。
それだけで、夜にゲームをしても睡眠時間が残り、前日の自分を呪わずに済む。
休日に家事や買い物をしても、「休みを潰してしまった」と後悔しなくなった。
俺はようやく理解した。
時間って、仕事以外にも使っていいものらしい。
※※※※※
あの怪メールが届いてから、一か月ほど経った休日。
俺は朝から映画館にいた。
上映作品は『劇場版 魔法少女まじかる△ミューズ』。
三回目である。
タイトルだけ見れば、よくある魔法少女アニメだ。
主人公はルナ、リナ、シアの三人。
魔法少女ものを名乗っているくせに、変身すると三人が本当に合体して一人の「ミューズ」になり、誰を中核にするかで三形態へ変わる。
絵柄はゆるふわなのに、戦闘になると露骨に変形合体ロボの文脈へ入り、大剣を持てば平然とサンライズな構えまで取る。
だが、それがいい。
同じ映画を三回も観ているのは、二回目で気づいた合体シークエンスの違いを確認したかったからだ。
ついでに入場特典も揃えたかった。
今回の特典は全三種のランダムアクリルスタンド。
表側には変身前のルナ、リナ、シア。
裏返すと、それぞれに対応したミューズ・ルナ、ミューズ・リナ、ミューズ・シアが印刷されている。
一回目はルナ。
二回目はリナ。
今日、シアが出ればコンプリートだ。
もちろんランダム特典がそんなに上手くいくとは限らないが、最近の俺はツイてるから行ける。
上映が終わり、客席が明るくなったところで袋を開ける。
眉毛がキリっとした少女が出てきた。
「……ルナ被りかぁ」
思わず漏れた。
ほぼ同時に、すぐ横から似たような声がした。
「あぁー……シアちゃん二人目のお迎えかぁ~」
反射的にそちらを見る。
高校生くらいの女の子が、俺と同じように袋から出したアクスタを摘まんでいた。
明るい色合いの服装、整った髪、モデルみたいな顔立ち。
何というか全体的にハイレベルだ。おそらく、スクールカースト上位。
俺は、こういう人種とは学生時代から、まるで縁がなかった。
チラッと見ただけのつもりだったが、向こうも俺の視線に気づいたらしく、こっちを向いた。
ヤバい、と思ったが、女の子の視線が手元のアクスタと俺の手元を見比べ始めた。
「あの! それルナちゃんですよね?」
「えっ? ああ、はい」
見ていたのを咎められたのかと思い、少し口ごもった。
「もしかして、交換とかできますか!?」
少女は自分のシアを少し持ち上げた。
「私、シアちゃん二個目なんですけど。ルナちゃんだけ持ってないんです!」
「えーと……俺は、シアだけ持ってないです」
「えっ、じゃあちょうどいいじゃないですか! しましょうよ、交換!」
「あ、はい」
話が早い。
俺たちは通路を塞がないようロビーへ出て、その場でアクスタを交換した。
「……揃った」
「私もです。やったぁ」
少女は三つのアクスタを並べ、満足そうに眺めている。
「お兄さん、ありがとうございます! めちゃくちゃ助かりましたっ」
「いや、まぁ、こっちも同じなんで」
「三回目でコンプですか?」
「そうですね。一回目ルナ、二回目リナだったんで」
答えてから、少女が俺を見る。
「映画、三回目なんですよね?」
「……まあ」
何となく気まずい。
魔法少女モノの皮を被ったナニカなのは別として、いい歳をした男が三回も観に来ているのを客観的に指摘されると居心地が悪い。
しかし少女の顔は引くどころか、明らかに明るくなった。
「じゃあじゃあ、ちゃんと話せる人じゃないですか!」
「ちゃんとって何だよ!?」
思わず素で返してしまった。
「あ、ごめんなさい。でも私の周り、誰も履修してくれないんですよ。
今、みんな受験受験で、映画まで付き合ってくれなくて……ネタバレ禁止って連絡もダメだって」
「……君も受験生なんじゃないの?」
「これを履修しないまま高校卒業できません!」
「卒業は出来ても、受験の方に問題あるでしょ……」
「あ、そっちは大丈夫です」
大丈夫なんだ。そっか……。
「そんなことより、今回のミューズ・リナの合体って、テレビ版のバンクと似てるけど違いましたよね?」
話題の切り替えが速い。
「途中のカット、減ってません? 作画もちょっと違うような。ただの手抜きじゃないと思うんですけど……」
「いや、たぶんあれ、監督が前にやってたロボもののセルフオマージュだと思う。
合体の最後、顔を見せる前に手元だけ映るところ、あったでしょ」
「ありました! いつもはそこでリナちゃんの目が映るのに、今回は手だったから、あれって」
「あそこ、前の作品と構図がそっくりなんだよ。その後、シアに変わる時も――」
そこまで言って、ようやく口を止めた。初対面の相手に、一人で喋りすぎた気がする。
「あーっ、あー!」
引かれたかと思ったが、少女はむしろ食いついてきた。
「あれってそういうことだったんだ! 私、なんか変だなって思ったんですよ!」
「……いつも分けて見せる動きを、今回はずっと繋げてたからね。短くなってるけど、むしろ面倒なことしてる気がする」
「うわぁ、それ、もう一回確認したい……」
「四周目の世界へ行ってらっしゃい」
「もう、受験生を沼に沈めないでくださいよー」
「自分からハマり込んでるんだろ?」
少女がけらけらと笑った。初対面とは思えないくらい距離感が近い。
これまでなら、こういう距離の詰め方をする相手には苦手意識が先に立っただろうが、話してみると妙にテンポが合った。
「あ、そうだ。もしこのあと時間あったら、ちょっとお茶しません?」
「は?」
「映画の話、したいです! 私、1回目の後からず~っと語れる相手いなくて!」
さすがに一瞬迷った。
高三なら、俺より一回り以上は下だろう。
見るからに人付き合いに困らなさそうな女子高生が、初対面のおっさんを気軽に誘っていいのか。
何かの勧誘かとも疑ったが、少女はもう、さっきの合体シーンを指先で再現し始めていた。少なくとも、映画の話をしたいというのは本当らしい。
単に人との距離を詰めるのが早いタイプなのかもしれない。
一方で、俺にもこの作品を話す相手はいない。
SNSや掲示板で他人の感想を読むことはあっても、面と向かって「あそこ良かったよな」と話したのは、いつが最後だったか思い出せなかった。
今日は休みで、仕事の連絡も来ない。途中のゲームだって明日に回せる。
「……まあ、俺でよければ、少しくらい」
「ほんとですか? やったー」
少女は素直に喜んだ。
「あ、そういえば名前聞いてなかった。私、井澄流雨です。井戸の井に、澄むで井澄。流れる雨で流雨」
「珍しい名前だな……」
「よく言われます。お兄さんは?」
「あー……和泉隆です。平和の和に、泉。隆盛のリュウ……あっ、流れ星の方じゃなくて」
何を言ってるんだ俺は。
今しがた「流れる雨」とか聞いたせいで、流の字の説明に引っ張られた。
「だから、タカシって読む方の隆で、リュウって読みます」
「隆盛の隆でも分かりますよ」
「そうだよな、分かるよな。今の説明いらなかったなぁ」
流雨がまた笑う。
「イズミ・リュウとイスミ・ルウ、なんか似てますよね」
「音だけ聞くと確かに……」
「だって和泉でしょ? 私は井澄で、流雨。名前からして両方水まみれじゃないですか」
「隆は水要素ないけどな」
「和泉って時点でかなり水ですよ」
「それ言ったら、そっちの方が大概だろ」
「だから似てるって言ったんです」
もっともだった。
流雨は近くに丁度いい喫茶店があると言い、先に歩き始めた。
行動力があるというか、楽天的というか。生まれついての陽の者という感じだ。
映画館を出ると、空はよく晴れていた。
流雨の後を追おうとしたところで、ピチャン、と頬に冷たいものが触れた。
「……ん?」
指で拭うと、水だった。反射的に空を見上げるが、雨が降るような雲はない。
「なんだ?」
「和泉さーん、こっちですよー!」
少し先で、流雨が手を振っていた。
「ああ、今行く」
俺はそれ以上考えず、小走りでその後を追った。
明るい場所を目指せ、この先、可哀想な奴はないぞ
ハッピーエンドをご照覧あれ
―――――――――――――――――――――――――――――――
『魔法少女まじかる△ミューズ』(Wikipoidake)
『魔法少女まじかる△ミューズ』は、魔法少女・変身ヒロイン・変形合体ロボの要素を組み合わせたテレビアニメ作品。
■概要
地球を侵食する異界存在に対抗するため選ばれた三人の少女が、一つしか存在しない変身アイテム《ミューズ・ハート》を共有し、三人で一人の魔法少女へ変身して戦う。
本作最大の特徴は、三人の主人公が単独では変身できず、精神を同期させて「融合」することで初めて戦闘形態となる点にある。
融合後も三人の人格はそれぞれ維持されており、誰が中核人格となるかによって、外見・性格・戦闘能力の異なる三種類のフォームへ変化する。
タイトルの「△」は、「三人の少女」「三柱の女神」「三つの戦闘形態」を表すほか、主人公三人の関係性がたびたび三角形を描くことにも掛けられている。
■あらすじ
青い地球に、外宇宙から異界性侵食体が襲来した。
これを受けた天界は、地上の少女一名を魔法少女として選出し、人類側の対抗戦力とすることを決定する。
しかし、地上・天空・海洋をそれぞれ管轄する三柱の女神が、候補者選定について互いにまったく連絡を取っていなかった。
その結果、
・地の女神――海野ルナ
・空の女神――天海リナ
・海の女神――海老名シア
を、それぞれ正式な「選ばれし少女」として登録してしまう。
一方、天界の武装管理部門が用意していた変身アイテム《ミューズ・ハート》は、本来一名の適格者が使用することを前提とした一個のみ。
三名の適格者データを同時登録されたミューズ・ハートは内部処理が破綻し、結果として「三人全員の精神同期率が規定値を超えた場合のみ起動する」という特殊な挙動を示すようになる。
こうして、三人揃わなければ変身すらできない魔法少女チームが誕生する。
性格も価値観も異なるルナ、リナ、シアは、衝突と和解を繰り返しながら心を合わせ、《ブラックアビス》へ立ち向かっていく。
■登場人物
●海野ルナ
本作の主人公の一人。
活発で直情的な少女。キリッとした太眉が特徴。
運動神経に優れ、考えるより先に身体が動くタイプ。
思い切りの良さと行動力に優れる一方、周囲へ相談せず突っ走ることも多く、リナとは序盤から頻繁に衝突する。
主な口癖は、
「やってみなきゃ分かんないでしょ!」
「大丈夫! 私に任せて!」
行き当たりばったりな行動で失敗することも多いが、仲間が危険に晒された際には真っ先に身体を張る。
また、三人が喧嘩した場合、意外にも最初に謝罪することが多い。
地の女神によって《ミューズ》候補へ選ばれた。
●天海リナ
本作の主人公の一人。
名家の出身で、成績優秀・品行方正なお嬢様。
一見すると三人のまとめ役だが、実際にはかなり頑固な性格。
危険を予測し、作戦を立案し、必要な準備を整えてから行動することを好む。
そのため、勢いだけで先行するルナとは相性が悪く、
「考えなしに飛び込むことを勇気とは呼びません!」
「周りをよく見て、慎重に判断しなければ……」
などと叱責、あるいは自省する場面が多い。
一方で、「自分がしっかりしなければならない」と考えすぎて、問題を一人で抱え込む傾向もある。
実はロボットアニメや特撮作品が大好き。
本人はこの趣味を隠しているが、中盤、変身システムやメカニズムについて異様に詳しいことからルナに発覚する。
空の女神によって《ミューズ》候補へ選ばれた。
●海老名シア
本作の主人公の一人。
ふわふわした髪と、のんびりした話し方が特徴の天然少女。
一見すると三人の中でもっとも頼りなく見えるが、精神面ではもっとも安定している。
ルナとリナが喧嘩している最中に、
「でも二人とも、同じことが心配なんじゃないかなぁ」
などと核心を突くことがある。
ただし本人に深い意図はなく、その直後にまったく関係のない発言をすることも珍しくない。
海と生き物が好きで、泳ぎは三人の中でもっとも得意。
「海のどんなところが好き?」
と聞かれた際には、
「おさしみー」
と答えている。
海の女神によって《ミューズ》候補へ選ばれた。
■魔法少女ミューズ
ルナ、リナ、シアの三人が《ミューズ・ハート》によって融合した姿。
融合後も三人の人格は失われず、誰が中核人格となるかによって外見・能力・性格が変化する。
設定上、通常の魔法少女の三倍に相当する出力を持つとされる。
ただし、三人の意見が一致していない場合は、変身後も内部で口論が継続する。
序盤には、
『右っ!』
『左です!』
『真ん中行こ~』
「どっち!?」
というやり取りの末、そのまま壁へ激突したこともある。
■変身アイテム
●ミューズ・ハート
三角形のコンパクト型変身アイテム。
本来は一人用だったが、三柱の女神がそれぞれ別の少女を適格者として登録したことで内部データが三重化。
天界側からは修復不能なスパゲティコードと判断されたが、三人の精神が完全に同期した際に限り正常稼働することが判明した。
起動すると三人の身体が光へ変換され、一人の《ミューズ》へ融合する。
■戦闘形態
●ミューズ・ルナ
ルナを中核人格とした陸戦形態。
・地形適正:陸
・主武装:《グランド・アクス》
・戦闘タイプ:近接・高威力型
三形態中最高の腕力と耐久力を持つ。
巨大戦斧を用いたパワーファイトを得意とし、敵の攻撃を受けながら正面から突破する戦い方が多い。
必殺技は《ルナ・グランドブレイカー》。
戦斧を地面へ叩きつけ、広範囲の衝撃波とともに敵を粉砕する。
リナから、『ルナ! 少しは避けてください!』と注意されることが多いが、「避けるより先に倒せばいい!」で押し通す。
●ミューズ・リナ
リナを中核人格とした航空形態。
・地形適正:空
・主武装:《スカイ・レイピア》
・戦闘タイプ:高速・多段攻撃型
三形態中最高の速度を持つ。
背部に翼状の魔力推進器を展開し、高速飛行を行う。
細身の剣による連続攻撃と、立体的な空中機動を得意とする。
必殺技は《リナ・テンペストラッシュ》。
敵の周囲を高速周回しながら、ほぼ同時に数十回の斬撃を浴びせる。
普段は理性的な戦闘を好むが、本人が激昂している場合、攻撃回数が露骨に増える。
●ミューズ・シア
シアを中核人格とした海洋形態。
・地形適正:海
・主武装:《アクア・トライデント》
・戦闘タイプ:遠距離・精密攻撃型
水中・水上で最高の機動性を発揮する。
《アクア・トライデント》を使用した近接戦闘も可能だが、もっとも得意とするのは投擲。
槍は魔力によって何度でも再生成できるため、実質的には高出力の投射兵器として運用される。
必殺技は《シア・ヴォルテクスハープーン》。
高高度、あるいは海中深部から巨大な槍を投射し、敵の中枢部を一点突破する。
普段の天然な性格とは対照的に、この形態では極めて高い射撃精度を発揮する。
■フォームチェンジ
《ミューズ》は変身解除を行わず、中核人格を変更することで各フォームを切り替えられる。
一例として、
ミューズ・リナで空中目標を追跡
↓
地上へ叩き落とす
↓
ミューズ・シアへ交代して槍で拘束
↓
ミューズ・ルナへ交代して斧で撃破
といった連携が可能。
ただし、フォームチェンジには三人全員の同意が必要となる。
そのため戦闘中でも、
『ルナ、リナへ替わってください!』
『まだいける!』
『いけてません!』
『じゃあ、間をとってわたしにするー?』
『何で!?』
といったやり取りが発生する。
作品全体を通して、「誰か一人が常に正しい」のではなく、「その場面で誰に任せるか」が重要なテーマとなっている。
■三柱の女神
●地の女神
地上を管轄する女神。豪快で大雑把な性格。
ルナを選んだ理由は、「一番元気そうだし、もうこいつでいいんじゃねえの?」
●空の女神
天空を管轄する女神。理屈っぽく、自分の判断には絶対の自信を持つ。
リナを選んだ理由は、「最も適性値が高かったためです。当然でしょう」
●海の女神
海洋を管轄する女神。非常にのんびりした性格。
そもそも候補者選定会議に出席していなかった。
シアを選んだ理由は、「海が好きそうだったからぁ」
三柱とも個々の神としては有能とされているが、相互連絡能力だけが壊滅的。
物語後半では、「少女たちに心を合わせろと言っている女神たち本人が、一番意思疎通できていない」という事実が露呈する。
最終的にはルナたちの姿を見て、女神側も協力関係を築くようになる。
■ブラックアビス
本作における敵勢力。
外宇宙から侵入してきた異界性侵食体。
人間の恐怖、不信、孤独といった負の感情に反応して実体化する。
目的は地球そのものの破壊ではなく、人間や生物同士のつながりを切断し、世界を「互いに孤立した存在」へ分解すること。
●アビスビースト
ブラックアビスによって生み出される一般怪物。
人間関係の軋轢や不満を核として出現する。
作中では、「クラスLINEの既読スルー」「部活動のポジション争い」「リストラされた会社員の恨み」
など、妙に生活感のある原因から怪物が誕生している。
●ブラック・カース
ブラックアビス側の幹部級存在の総称。
アビスビーストより高度な知性を持ち、人間同士の対立を意図的に煽る。
■テレビシリーズの主な展開
●序盤
最大の問題は「三人揃わないと変身できない」こと。
第1話では、初対面の三人がいきなり融合することになり、変身直後から、
「誰の身体これ!?」
「わたくしの手を勝手に動かさないでください!」
「わぁ、胸おっきい」
という混乱状態になる。
特にルナとリナの相性が悪く、シアが二人の間に挟まれる構図が続く。
●中盤
第12話前後で、三形態を戦闘中に連続切り替えする本格的なフォームチェンジ連携が初めて成功する。
また、リナがロボットアニメ・特撮好きであることも、この時期に判明する。
●第18話
ルナとリナを中心に三人が本気で決裂。
精神同期率が規定値へ届かなくなり、初めて完全な変身不能状態に陥る。
●第19話
事態を受け、三柱の女神が責任の押しつけ合いを開始。
主人公側から、「そっちも仲悪いじゃん」と突っ込まれることになる。
●最終章
ブラックアビスが地球規模の侵食を開始。
ルナ、リナ、シアは一時的に人格境界すら超えた最終形態《ミューズ・Δ》へ変身する。
●ミューズ・Δ(デルタ)
ルナ、リナ、シアの三人格が完全同期した本作の最終最強形態。
作中では「通常の魔法少女の三乗」と形容される。
ブラックアビス本体を撃破するほどの圧倒的な力を持つが、戦闘終了後も恒常的に融合することは選ばなかった。
戦いの後、三柱の女神から「新たな女神として天界へ来ないか」と誘われるものの、三人はこれを辞退。
以後も海野ルナ、天海リナ、海老名シアとして、それぞれ別々の人生を送ることを選ぶ。
■作品テーマ
本作は当初、「三人が一つにならなければ戦えない」という設定から始まる。
しかし物語終盤では、「一つになること」そのものよりも、「別々の三人が、必要な時だけ互いを信じて一つになれること」に価値が置かれるようになる。
最終的に三人は、恒久的な融合も女神化も選ばず、別々の人間として生きる道を選択する。
■『劇場版 魔法少女まじかる△ミューズ ―黒いミューズ―』
テレビシリーズ終了後に制作された完全新作劇場版。
ルナ、リナ、シアの三人が再び《ミューズ》として戦うことになる。




