EX(119.23).水の底のとある一日(後編) ◇★△
水面をくぐると、西日に照らされた湖水が黄金色に染まっていた。
潜るにつれて水は青みを増し、底に沈んだままの社が、鈍く金色に輝いていた。
その屋根の上で、ミュカレを膝に抱いたイズミールが座っていた。
帰ってきた私に気づくと、彼女は片手を上げ、ミュカレもつられてこちらを向いた。
『おう、おかえり。思ったより早かったな』
「ただいま、イズミール。ミュカレ」
『……ちちうえ』
屋根へ降り立つと、ミュカレは私の顔をしばらく見つめ、それから母の腕へ収まり直した。
今朝とは違い、私が近づいても母の衣を握り締めることはなかった。
『ヨシ、ちゃんと仕事は置いてきたみたいだな……他の水の気配もなし、と。
隠そうとしたって、俺の水ん中じゃ全部バレバレなんだからな』
「君に隠しごとをするつもりはない。後日でよいものは後に回してきた。
サルディスも、私が帰るならば今夜はようやく休めると言っていた」
『……やっぱり爺さんに迷惑かけてたんじゃねえか』
「今日はもう仕事のことは考えないつもりだ」
『いいぞ、社畜マインド更生への第一歩だな。このままホワイト神殿を目指すんだからな』
何のことかはよく分からなかったが、ひとまず合格はもらえたらしい。
私は二人の隣へ腰を下ろした。軒の陰に潜んでいた小魚が急いで泳ぎ去っていった。
「それで、君たちは今日は何をしていたんだ?」
『“何もしていない”をしていた』
「……何も?」
『おう。朝からずっと、なーんもしてねえ。こいつと魚眺めて、ぼーっとしてただけ』
そう言う彼女の腕の中で、ミュカレが小さく胸を張った。
『ははうえと、いた』
『うちの自宅警備員、なかなかの勤務態度だったぞ。お陰で魚どもに襲撃されずに済んだ』
「それは心強い。母上を守っていてくれたのだな。ありがとう、ミュカレ」
『……』
ミュカレは黙って母の胸元へ頬を寄せたが、ヒレだけがパタパタと動いていた。
照れた時のイズミールによく似た仕草に、頬が緩みそうになる。
『お前、それ絶対言うと思ってたわ』
「大切な役目を果たしてくれたのだから、礼を言うのは当然だろう」
『はいはい。親子揃って働き者で結構なこった』
呆れたように言いながら、彼女はミュカレの頭を撫でている。
『そういや、こいつ、昼頃に夕方まだかって聞いてたぞ。良かったな?』
そう言われてミュカレを見ると、母の顔を見上げてから、こちらへ向き直った。
『……ちちうえ、かえる。ははうえ、うれしい』
『おい、こら、それは言わないでいいやつだ』
「そうか」
ミュカレが誰のために夕方を待っていたのかは分からないが、二人が穏やかな一日を過ごしたことは、その顔を見れば分かった。
ふと顔を上げると、水面を透かして夕陽が揺れていた。
黄金色の光が幾筋も降り、イズミールとミュカレの髪を照らしている。
遠い日の森を思い出した。
まだ名前のなかった頃のミュルナと共に、黒禍に蝕まれた彼女を探して駆け回った。
夕闇の迫る森の中、黄金で封じた水場に彼女の姿を見つけ、心から安堵したことを覚えている。
イズミールは疲れ果てていたが、ミュルナが母を求めて声を上げると、慌てて抱き上げ、ぎこちない手つきであやし始めた。
夕暮れの光に照らされた母と子を見て、私は、この光景を守りたいと思った。
できることなら、私もその輪の中に加わりたかった。
かつて一瞬でも長く続いてほしいと願った、あの黄金色のひとときの中で、私たちは暮らしているのだ。
『……何だよ。じっと見て』
イズミールに覗き込まれ、私は首を振った。
「いや。二人に会えて、嬉しかっただけだ」
『……あー、はいはい。おかえり』
彼女は照れ隠しのように視線を逸らしたが、空いている方の手を私の手に重ねてくれた。
その手を握り返すと、腕の中のミュカレがじっとこちらを見ていた。
『……ちちうえ、ははうえ、まもる?』
唐突な問いだった。彼は母親の顔を確かめてから、もう一度私を見上げる。
「……ああ。そうありたいと思っている」
『……ありたい?』
「母上や、君たちを守れるように、できることを続けたいという意味だ。私にも失敗はあるからな」
生まれた直後には私の前に立ちはだかった子が、今は自分から私に問いかけている。
私の答えに、ミュカレは考え込むように眉を寄せ、それから母親を見上げた。
『……ぼくも、まもる』
「なら、私たちは同じだな」
『ったく……親子そろって守りたがり屋だなお前らは』
イズミールがミュカレを抱きしめて撫でまわす。
ミュカレが母に撫でられている間に、私は社から水底へ降りた。
仕事にかまけてしばらく怠っていた、日課の鍛錬を済ませておこう。
社の脇へ置いておいた戦斧を手に取ると、イズミールが目を細める。
『帰宅早々、また筋トレかよ。魚どもを真っ二つにすんなよ?』
「すぐに終える。邪魔はしないつもりだ」
『晩飯の時間とかねえから、好きにすりゃいいけどさ。こっちは見物してっから』
『……ちちうえ、なに?』
『身体の動かし方を確かめるんだとよ。そもそも、鍛錬とか効果あんの、お前』
半神となったこの身体は、人間だった頃よりも遥かに強靭だ。
「動かさねばそれだけ鈍っていく。流れぬ水が澱むのと同じだ」
『そんなもんかねぇ、俺の水は流れてなくたって綺麗だぞ』
軽口を背に受けながら、社から少し離れた湖底に立つ。
足場を確かめて戦斧を構える。
水は私の動きを阻まないが、ただ速く振ればいいというものでもない。
踏み込みから斬り下ろし、斬り返しまでの動作を繰り返し、身体に馴染ませる。
イズミールとミュカレは、最初こそ屋根の上からこちらを眺めていた。
何度目かの素振りを終えたところで、小さな声が届く。
『……ぼくも』
ミュカレが母親の膝の上で身を乗り出した。
『は? なんだ、お前もやりたいの、あれ?』
『ははうえ、まもる』
『待て待て。何と戦う気だよ、お前』
イズミールが抱き留めようとしたが、ミュカレは器用にその腕を抜け、湖底へ下りてきた。
辺りを見回した末、沈んでいた細い枝を拾い、両手で握り締め、私の方を向いた。
『……ちちうえ』
どうやら、私の真似をするつもりのようだ。
「なるほど。それなら、少し試してみようか」
『……ん』
『怪我もクソもねえだろうけど、ちゃんと見とけよ、ちちうえー』
イズミールもやりたいようにさせるつもりらしいので、頷き返す。
ミュカレは先ほどの私の動きを見ていたのだろう。
両足を開き、枝を頭の上へ持ち上げた。
だが、そのまま勢いよく振り下ろそうとして、身体ごと前へ傾いてしまう。
枝の先が湖底を叩き、砂が舞い上がった。
ミュカレは不満そうに湖底を見つめてから、すぐに枝を握り直し、また振り上げた。
負けず嫌いなところは、イズミールによく似ていた。
「ミュカレ、柄はそんなに強く握らなくていい」
私は戦斧を傍らへ置き、ミュカレの前に膝をつく。
「握りと立ち方を変えてみようか。……触れてもよいか?」
『……ん』
ミュカレは少し迷い、それから枝を持つ手を私の方へ差し出した。
小さな手に触れ、握る位置を直してやりながら、姿勢も確かめる。
「足はただ開いたままにするのではない。振りに合わせて前に踏み出す。
そうすれば、振りに力が乗り、身体も倒れにくくなる。こちらの足からだ」
『……あし、まえ、ちから』
ミュカレは自分の手元と足下を不思議そうに眺めた。
「このまま、ゆっくり振ってみるんだ。私が支えている、慌てなくていい」
『うん』
ミュカレは慎重に枝を持ち上げ、半歩、踏み出しながら振り下ろした。
細い枝が水中でしなり、振り下ろす軌道は少し逸れたものの、先ほどよりずっと安定していた。
『……できた?』
「ああ。上手だ」
『ははうえ! できた!』
『おー! すげえじゃん! 木こり野郎二号、爆誕だな!』
褒められたミュカレはヒレを大きく広げ、もう一度枝を振った。
だが、少し勢いをつけすぎていて、踏み込みの足も逆だった。
ちぐはぐな動作に足下をふらつかせたので、腰を支えてやる。
ミュカレは自分でも体勢を立て直してきたが、不服そうに、むっつりと口を結んだ。
『むぅ……』
その様子に、幼い頃の自分が重なった。
幼い私も父や祖父が武器を扱う姿に憧れ、早く同じように振るいたいと手ほどきをせがんだものだった。
だが、祖父には足の置き方を繰り返し直され、足腰を鍛えよと城外を何周も駆けさせられた。
父には、得物ばかり見ていては周りが見えなくなると注意され、構えに隙があれば厳しく打ち込まれた。
思うように身体が動かない時、私もきっとこんな顔をしていた。
『……ちちうえ。ぼく、メー?』
「駄目ではない。さっきと踏み出す足が逆になっている」
『……あ』
足下を見て、慌てて位置を入れ替える。先ほどの動きを自分でも思い出したらしい。
まだ僅かに教えただけだというのに、大したものだ。
あの頃、何度でも稽古に付き合ってくれた父や祖父の気持ちが、今なら少し分かる気がする。
ミュカレが一つ覚えるたび、次は何を教えようかと考えている自分がいた。
オルセイスは滅びた。泉は穢され、城は焼け落ち、民は散り散りとなった。
父や祖父にもう一度会い、今日の出来事を話して聞かせることは叶わない。
――父上。
私はずいぶん遠回りをしましたが、新しい故郷を得ました。
妻と子供たちが待つ、私の帰る場所です。
『……ちちうえ?』
幼い声に呼ばれ、意識を戻す。
ミュカレは枝を持ち上げたまま、私の返事を待っていた。
「すまない。どうした?」
『……もういっかい』
「ああ。もう一度やってみよう。そのまま真っ直ぐ振り下ろすんだ」
ミュカレが枝を振るう。
今度は自分から足下を確かめていたので、支えず、そのまま見守った。
夕陽が沈み、湖が夜の色へ変わるまで、私たちは素振りを続けた。
暗くなってもミュカレはまだ続けたがったが、明日も一緒にやろうと約束して、ようやく稽古を切り上げた。
『ちちうえ、あした、また』
「ああ。君がやりたいなら、何度でも付き合おう」
『ん!』
ミュカレは勢いよく頷いた後、枝を握ったまま母親の方へ泳ぎ、慣れた様子でその腕に収まった。
『……おいおい、こいつまで毎日素振りし始めたら、うちの水底、筋トレ会場になっちまうじゃねえか。
脳筋が二人に増えるとか勘弁してくれよ……いや、ミュルナも入れたら三人目か』
呆れ顔でそう言いつつも、イズミールはミュカレから受け取った枝を社の脇に立てかけた。
そのすぐ隣に、私も自分の戦斧を並べ置いた。
※※※※※
『ママー! ただいまー!』
日が落ちて間もなく、ミューズが水面の方から飛び込んできた。
母の前まで来ると、元のガラスに戻った小瓶を得意げに差し出して言った。
『ゴチソウサマ!』
『……おう。はいはい、おかえり。まーた、ミツバ語録かよ』
『オベントーのあとは、ゴチソウサマってするんだよ!』
『着々と文化的侵略が始まってやがる。どこを目指してんだよお前ら』
『ママのお水、今日もおいしかった! リディアもおいしいねって言ってた!』
『いつもと同じ水だっつってんだろ……まぁ、美味いのは当然として』
イズミールは空き瓶を受け取り、どこか満足そうに頷いた。
『ほら、ミュカレ。姉ちゃん帰ってきたぞ』
『……あねうえ』
『あ、ミュカレ! ただいま! 帰ったら遊ぶって言ったよね!』
嬉しそうに応じた弟の前で、ミューズが三人に分かれた。
『『『みゅっ!』』』
ミュルナが真っ先に近付いて、ミュカレの手を引く。
ミュリナも負けじと反対側の手を握って、顔を覗き込む。
ミュシアは待ちきれないのか、三人の周囲をぐるぐると泳ぎ始めた。
『ミュカレ! ミュルナはおねえさんだから、いーっぱい、あそんであげる!』
『……ミュリナは、おはなしもしてあげられる』
『みゃーっ! あそぶのぉー! ぐるぐる~っ』
ミュカレは次々に話しかけられて忙しそうだったが、姉たちの声に一つずつ応じている。
『ぼく、ちちうえと、やった』
『きこりやろうと、けんか!?』
『……けんか、ちがう』
『みゅ?』
ミュカレは、私の斧の傍らに立てかけられた枝を指差した。
『ぶんって、やった』
『ミュルナもやる!』
『……ミュリナも』
『しぁーもー!』
『おい! 木こり野郎! 謎の素振りブーム到来だぞ。どうすんだ、これ』
私が教えよう、と答えかけたところで、ミュルナが何か思いついたように顔を上げた。
『ミュルナ、もっとすごいのできる! ミュカレも、ガッタイ!』
『……みゅ?』
『ミュルナ、ミュリナ、ミュシアで、ミューズ!
ミュカレもミュだから、ガッタイしてミューズになれる!』
なるほど、ミュカレも自分たちの仲間に加えたいらしい。
ミュリナは興味深そうに顔を上げ、ミュシアは早速ミュカレへ飛びつこうとした。
『……ぼくも、ミューズ?』
『そう、ガッタイ! みんなで、ミューズ!』
イズミールが隣で眉をひそめる。
『おい待て、いきなりわけの分からん理屈を抜かすな。
そいつは別売強化パーツじゃねえんだぞ。無茶言ってんな』
『だーじょー! ミューズはなかよし!』
自信満々に言ったミュルナに、ミュカレが首を横に振った。
『……メー』
ミュルナはきょとんとして、弟の顔を覗き込んだ。
『みゅ? ミュカレもミューズになれば、おっきくなれるよ?』
『……ぼく、まざる、メー』
もう一度、はっきりと断られて、ミュルナが頬を膨らませた。
ミュリナは差し出しかけた手を下ろし、ミュシアは手足をばたつかせた。
『なんでー! ミュカレも、ミューズ!』
『……おねえさんといっしょ、ヤー?』
『みゃー! ガッタイー!』
ミュカレは姉たちの反応に困ってしまったらしく、私とイズミールを交互に見た。
それでも、誘いに応じようとはしない。
『おい、ちびども。嫌だって言ってんだから、無理に誘うなよ』
イズミールがミュシアを抱き上げ、ミュルナの頭を撫でる。ミュリナが足下に縋りついた。
私はミュカレのそばへしゃがみ、顔を覗き込んだ。
「ミュカレ。姉上たちが嫌いになったわけではないのだな?」
『あねうえ、すき。おねえさん、すき』
「では、どうして駄目なのか、教えてくれないか」
ミュカレは自分の胸へ手を当て、それから姉たちの方を見た。
『あねうえ、ははうえ、おみず、おなじ。ぼく……おみず、ちがう』
説明する言葉を探しながら、ミュカレは一生懸命に話していた。
『ぼく、まざる……あねうえ、かわる? ヤー……メー』
「……そうか。君は、姉上たちが今のままでいてほしいんだな」
『うん。あねうえ、すき。おねえさんも、すき』
ミュカレは頷き、ミュルナたちの顔色を窺うように見た。
私もかつて、自分の祈りや願望がイズミールの在り方を変えてしまうのではないかと恐れていた。
子を授かった時、金色のイズミールは言っていた。
別々だからこそ相手を見ることも、抱き合うこともでき、生まれてくる子を一緒に喜べるのだと。
「別々だからこそ、できることもあるのだと思う」
『……べつべつ?』
「ああ。君は君のままで、姉上たちと遊びたいのだろう?」
『うん!』
「なら、無理に一つになることはない。一緒に遊び、話をして、別々のまま一緒にいればよい」
ミュカレは安心したように頷いた。
その隣で、イズミールが噴き出す。
『おい、お前。それ、“わたし”の受け売りじゃねえか』
「そうだな。あの日、君たちに教えてもらったことだ」
『俺が言ったわけじゃ……いや、まぁ、“わたし”も俺だけどさぁ……』
彼女は何とも言えない顔で私を見ていたが、やがて肩をすくめ、ミュルナたちへ向き直った。
『ほら、ちびども。ミュカレはミューズになるよりも、ミューズやお前らと遊びたいんだとよ。
っていうか、合体したら遊び相手がいなくなるじゃねえか。四人いた方が盛り上がるだろ』
『ミュカレ、ミュルナたちのこと、きらいじゃない?』
『おねえさん、みんな、すき』
その答えを聞いて、ミュルナがようやく笑った。
『みゅ! じゃあ、ミュカレ! あそぼ!』
『……うん!』
ミュルナがその手を取って泳ぎ出すと、ミュリナ、ミュシアが後に続き、四人はそのまま社の周りを追いかけ合い始めた。
やがてミュカレが拾った枝を持ち出し、素振りを披露しようとしたものだから、ミュルナとミュシアもこぞって枝を拾って振り回し始め、ミュリナはミュカレの素振りを褒めた。
いつしか、イズミールも私も、社の屋根へ戻り、四人の遊ぶ姿を並んで眺めていた。
「……あんなに喜んでくれるとは思わなかった」
イズミールが私の肩を小突いてきた。
抗議と言うには優しく、労りと言うには荒っぽい。それが何とも彼女らしい。
「……イズミール」
『あん?』
「君は、今、幸せか?」
彼女は怪訝そうにこちらを見る。
『はぁ? いきなり何だよ。さっきから変な顔してると思ったら』
「こうして君と一緒に子供たちを見守っていられることが、私には何より大切なんだ。
君も、この暮らしを喜んでくれているだろうかと思ってな」
イズミールは私の顔をしばらく見つめ、それから子供たちへ視線を戻した。
『……ったく。お前はそういうこと、何の前触れもなく聞いてくるよな』
文句を言いながらも、口元は緩んでいる。
『そもそもさぁ。こんな賑やかな家族に囲まれて、毎日幸せいっぱいでーす、なんて俺のキャラじゃねえんだよ』
「そうなのか?」
『そうなの! 俺はもっとこう、誰にも邪魔されずに好きなことやってんのが性に合ってたはずなの!』
ミュルナが湖底に枝を突き立てるのを見て、イズミールは一旦話を止めた。
危険な遊びではなさそうだと確かめると、私へ向き直る。
『……なのに、今じゃご覧の有り様だ。ガキどもにはハラハラするし、いねえと落ち着かねえし。
終いには旦那が他所の水飲んでねえか気になるし、なんだこれ、どうしてくれんだよ』
そこまで言って、イズミールは私に指を突きつけてきた。
『全部、お前のせいだからな。俺のキャラを、すっかりぶち壊しやがって。責任取れよな、おい』
いつもの悪態を聞きながら、私は笑みを抑えられなかった。
「……分かった。君がもっと幸せでいられるよう、これからも努力しよう」
『は?』
イズミールが目を丸くした。
『……そういうとこだぞ、お前。で、具体的には?』
胡乱気に私を見上げるイズミールの手を取り、指を絡めた。
(君が、もう孤独を感じることのないようにしたい。これからも、ずっと)
泉として目覚め、長く孤独の中にいた彼女に、この暮らしを当たり前のものだと思ってほしい。
一人で過ごす時にも、やがて誰かが帰ってくると知っていてほしい。
ところが、触れている手から、ひどく慌ただしい感情が流れ込んできた。
(……お、おい。待て、そ、それって、まさか)
(どうした?)
イズミールが顔を上げた。
妙に険しい顔をしているが、ヒレが落ち着きなく動いている。
怒っているというより、何かとんでもないことに思い至ったらしい。
(お、お前! 俺を孕ませ続ける気かよ!? もう次ぃ!?)
あまりに飛躍した発想に、私は堪えきれず笑ってしまった。
(てめえ、何、笑ってんだよ!)
(すまない。君がそう受け取るとは思わなかった。私は、君と生涯を共にしたいだけだ)
(……本当にそれだけか? だけって言うには重すぎだけど、それだけなんだな?)
(……今のところは)
(今のところはって何だよ! そこは違うって言い切れよ!)
憤慨する妻の横顔を見ながら、子供がもう一人増えた暮らしを想像した。
彼女も望むなら、今よりさらに賑やかな家族になるのも楽しそうだ。
(……おい、何だその顔。お前、今、絶対ろくでもないこと考えてるだろ)
(いや。君の言うように、家族が増えるのもよいかもしれないと思ってな)
(おい! やっぱそういう意味なんじゃねえか! このケダモノがよぉ!)
「ははは」
肩を揺すられながら、思わず声に出して笑ってしまった。
何か面白いことでもあったのかと、子どもたちがこちらへ駆け戻ってくる。
月明りも届かない水の底で、今夜も、我が家は賑やかだった。




