EX(119.14).世界樹の森・大缶蹴り大会(後編) ◆★△
『――待てぃ!』
『みゅい?』
聞き覚えのある声だった。
ミュルナたちは、黄金の葉っぱの缶を囲んだまま、そろって後ろを振り返る。
森の中心には、木々が途切れた荒れ地がある。
枯れた切り株や倒木、苔や草に覆われた地面の真ん中に、ぽっかりと大きな穴が開いている。
その底にあるのが、ミツバのおうち。
声はそっちから聞こえてきた。
『のじゃー?』
『……?』
『みゃ?』
しばらく待っていると、穴の底、遺跡の方から小さな人影が歩いてきた。
ひとり、ふたり、さんにん。
まだいる。
黄色、赤、白、橙、黄緑、水色、緑、青。
なんか、ぞろぞろ出てきた。
『キイロイチ――』
呼びかけようとして、ミュルナは止まった。
『……みゅみゅ?』
ママや自分たちによく似た、小さな姿。
ママのなかま。
たぶん、ミュルナたちにとってのオトナリサン。
顔も色もよく知っている。
なのに今日は、なんだかちょっとおかしい。
隣でミュリナも、じーっと八人を見ていた。
それから、ぽつり。
『……ちいさい』
『余の姿を見忘れたか?』
黄色いキイロイチゴーが、自分の身体を見下ろした。
見た目はだいたい同じ。
ミュルナたちよりちょっと大きいくらいで、前に会った時と変わらない。
でも。
『いっしょだけど、ちがう』
ミュリナが首を横に振った。
『おみず、ちいさい……?』
『おみず?』
ミュルナもキイロイチゴーの周りをぐるぐる回る。
前に会った時は、ちっちゃい身体なのに、ずっとずっと大きかった。
向こうの向こうまで、ずーっとお水。
ママと同じか、もっといっぱいの水。
海。
ちっちゃいのに、おっきい。
でも、今は。
『キイロイチゴー、ちっちゃくなった?』
『縮んではおらぬ』
『でも、ちっちゃい!』
『外形は寸毫も違えてはおらぬぞ』
『……おみず、へった?』
『減っておらぬ』
『ほんと……?』
『うむ』
ミュルナは疑わしげに、黄色い頭のてっぺんから足の先までを見た。
その横では、ミュシアが赤いばぁばの手を両手で握っている。
『ばぁばー、ちょっぴり?』
『妾の海は変わらず暖かく満ちておるぞえ』
『しぁーのおみず、のむぅー?』
『ふふ……心遣いだけ受け取っておこう』
『みゃー?』
水が少ないなら、自分の水をあげればいいと思ったのに、いらないらしい。
そこへミツバもドスンドスンとやってきて、八人の前で止まり、上から見下ろす。
『ちっちゃあ』
『息災であったか、世界樹の幼子よ。うむ、吾らのこの姿は――』
『ちっちゃくて、ちいさい』
『そう!』
ミツバの言葉に、三人の声がそろった。
『ちっちゃくて、ちいさい!』
八海が黙った。
『……?』
ミュルナは首を傾げる。変なことを言っただろうか。
でも、ちっちゃくて、ちいさいとしか言いようがない。
前は小さな身体の向こうに、もっともっとたくさんのお水が続いていた。
今は、それがほとんどない。
『……なるほど』
キイロイチゴーが、なんだか嬉しそうにうなずいた。
赤いばぁばも笑っている。緑のじぃじも、うんうんと満足そうだ。
水色せんせーまで、何やら納得したように目を細めた。
どうやら『ちっちゃくて、ちいさい』は、とても嬉しい言葉だったらしい。
へんなの。
もちろん、八つの海そのものが小さくなったわけでも、干上がったわけでもない。
八海は今も、世界を分かつ大海である。
ただ、この森へ持ち込んだ己を、以前とは比べものにならないほど小さく抑えていた。
――必要もねえのに、いつでも世界をひっくり返せるような水を構えているんじゃねえ。
若き水にそう叱られてから、八海なりに考えた結果だった。
力を振るうことなら造作もない。
世界を巡る水を集め、流し、満たすことも、必要とあらば八つの海を束ねることさえ出来る。
けれど、持っている力を使わず、広げず、ただ小さな一滴のように在ることは、彼らにとってむしろ難しい。
だから今日のこの矮小な姿は、八海なりの成果だった。
そして、その違いを仔らは一目で見抜いた。
それだけでも嬉しい。
さらに、水が減ったのではないかと案じ、自分の水を分けようとまでしてくれた。
小さな違いへ気づけるほど賢く、自分たちを気遣えるほど優しい。
八つの古い海にとって、それは何とも誇らしいことだった。
『拙らの海そのものが減じたわけではございません』
水色せんせーが説明を始める。
せんせーはいろんなことを教えてくれる。大事なことも、いらないことも。
『此度の拙らは、この精霊体を織り成す霊子を極限まで抑制しております。
これは大海を傾けながら、一滴のみを精確に分け取るにも等しい高度な――』
『……おみず、へってない?』
『はい』
『だぁーじょ?』
『何の問題もございません』
『ヨシ! しぁーっ!』
『……説明は以上でよろしいので?』
『うん!』
『ですが、まだ一割も――』
『せんせー、おはなし、ながいの……』
『……はい』
大丈夫なら、それでよかった。
安心したので、ミュルナは改めて両手を上げた。
『キイロイチゴー!』
『余をそう呼ぶことを許そう』
『ばぁば!』
『まあ、相変わらず元気なことよ』
『のじゃー!』
『うむ』
『ドーン!』
『今日はドーンはせぬぞ! デキンにされては叶わぬ』
『それがし!』
『某、参上』
『せんせー!』
『詳しい説明は、また必要な折に』
『じぃじ!』
『儂もデキンだけは御免被りたいものよ』
『ヤツガレー!』
『僕とは本来一人称であり、呼び名としては些か不適切とも――』
『ヤツガレー!』
『……はい』
いつものみんなだった。
でも、いつもは一人ずつ来ることが多い。
八人まとめて来るなんて珍しい。
何が始まるのだろうと、三人はなんだかワクワクした。
ミツバも嬉しそうに三枚葉を揺らす。
『みんな! いっぱい』
『うむ』
『きょう、なに?』
『む』
八海が、ぴたりと止まった。
ミュルナも小首を傾げる。
『おしごと?』
『……否』
『おしごと、ない?』
『然様』
今度はミツバが首を傾げた。
『おみず、みる?』
『水路の状態であれば――』
せんせーが反射的に遺跡の方を振り返ったが、キイロイチゴーが片手を上げて止めた。
『いや。此度はそういった用向きでもない』
『おみやげ? おさかな、ぴかぴかー!』
ミュシアが大きく手を広げる。
八つの海が来る時は、だいたい何かしらのお仕事か、お土産がどっさりなのだ。
『楽しみにしていたならすまぬな。此度は何も持参しておらぬぞえ』
『みぅー』
お仕事でもない。
お土産でもない。
ママとお話しに来たわけでもない。
それなら。
『じゃあ、あそぼ!』
『あそぼ!』
ミュルナが叫ぶと、ミツバも即答した。
四人で遊ぶのは、すごく楽しい。
だったら、いっぱいで遊べば、すごくすごく楽しい。
そんなの、あたりまえ。
八海は少しだけ黙った。
『……若き水に言われてしまったのよ』
じぃじが笑う。
『休め、とな』
『マァマ?』
『じぃじも、おやすみ、できた?』
『またマァマにおこられた? セイザ?』
『……うむ、まあ』
キイロイチゴーの声が少し小さくなった。
『その認識で、大きくは違わぬと言っておこう』
『みゃー! セイザー!』
『何故そんなに嬉しそうなのだ』
橙色のドーンが腕を組んだ。
赤いばぁばは、口元を隠して笑っている。
『妾らも、仔らへ会いたければ、用向きなど作らずに勝手に来ればよいとまで言われたぞえ』
『じゃあ、きょう、おしごとするのメー!』
ミュルナが宣言する。
『メー!』
『みゃー!』
ミツバも両手を上げた。
『カンケリ! みんな、する!』
『委細承知』
黄緑のそれがしが頷いた。
白いのじゃーも地面の黄金の缶へ視線を落とす。
『次のオニとやらを決めかねておったのであろう?』
『みゅ?』
『カンケリ、しってる!?』
『先ほどから見ておった』
『やりかた、わかる……?』
『遊戯の規則についても把握しております』
ヤツガレーが答えた。
『おー!』
さすがヤツガレー。
見ていただけで、全部分かったらしい。
ドーンが黄金の缶を指差した。
『隠れ、見つけ、あれへ戻り名を告げる。されど、その前に逃げる側が蹴れば捕らえられた者も解放。
己が権能を用いて探索することは禁止。そうであろう!』
『そう!』
『みんなで、やろ!』
『余に異論はない』
『うむ、うむ。混ぜてもらおうかえ』
『若き水には、吾から申し伝えてある』
のじゃーも頷く。
『己はやるぞ!』
『某、いつでも構わぬ』
『拙は人数に応じ、オニの数については調整が必要かと』
『良いではないか、六の龍。儂は仔らに習いたい』
『僕も七の龍に同意いたします』
『みゃー!』
『いっぱい!』
缶蹴り仲間が一気に増えて、ミュルナもミツバも大喜び。
『……じゅうに』
『うにぃーーっ』
ミュリナが一人ずつ指差して数え、ミュシアは最後のところだけ真似した。
せんせーも人数を見回す。
『十二名に対して、オニが一名ではいささか少ないでしょう』
キイロイチゴーが頷いた。
『三名ほどが妥当であるか』
『オニ、みっつ!』
『みっつー!』
『さんめー!』
ミツバの三枚葉が大きく開いた。
その途端。
『ミュルナ、オニする!』
『……ミュリナも』
『しぁーもぉ!』
三人が揃って手を上げた。
ミツバはさっきまでにオニをやった。
ミュルナたちは、まだやっていない。
だから今度は三人の番。オニが三人なら、自分たちで決まり。
『ミツバ、かくれる!』
『では決まりだな』
八海にも異論はなかった。
ヤツガレーが念のため確認する。
『本体たる海を介した知覚、霊子を広げての探索、飛翔その他、現在の精霊体が直接取得出来ない情報を利用することは――』
『メー! メーッ!』
『過去に観測した世界樹の地形情報を照合する行為は』
『メー!』
『承知しました』
何を言ってるかはよく分からないけれど、とにかくズルは駄目。
見えるものだけ。
聞こえるものだけ。
見つかったら悔しい。
見つけたら嬉しい。
缶を蹴れたら、もっと嬉しい。
それでいいのだ。
※※※※※
黄金の缶の前で、三人が目を閉じる。
『いーち!』
『……に』
『さーん!』
『よん』
『ごー!』
『ろくー!』
三人で数えているので、ところどころ順番がおかしい。
でも、その間にミツバと八海は森へ走っていった。
『ななー!』
『はち』
『きゅー!』
『じゅう!』
『いっぱい!』
『いっぱい、メー。じゅうで、おしまい』
『みゃー!』
『もーいーよー!』
『かかってまいれ!』
『いざ』
ミツバ、ドーンと、それがしの声が返ってくる。
『いくよー!』
三人が目を開けた。
そして。
『……みゅぃ?』
ミュルナは目をぱちぱちさせた。
なんか、いる。
太い世界樹の幹の後ろから、橙色の身体が半分出ている。
少し離れた茂みからは、赤い頭と角がぴょこんと飛び出していた。
黄色い髪も見える。
白い服も見える。
緑色の足も見える。
よく見ると、その辺にいっぱいいた。
『……』
『……』
『みゃー?』
三人は顔を見合わせて、しばらく黙った。
何かの作戦なのだろうかとミュリナは考えたけれど、ミュルナはとりあえず動いた。
『ドーン、みーっけた!』
『何っ!?』
ミュルナが真っ先に声をかけたのは、橙色のドーン。
『何故分かったのだ!』
『でてる!』
『何がだ!』
『ドーンってぜんぶ!』
『全部ではない! 半分ほどは隠れておったぞ!』
『はんぶん、ドッてでてる!』
『……むぅ』
ドーンが自分の身体を見る。
確かに、半分くらい出ていたかもしれない。
その横でミュシアも茂みを指差した。
『ばぁーばー!』
『おやまあ』
赤いばぁばが、ひょいと顔を出す。
『よく見つけたこと』
『あたま、でてた!』
『……頭を隠せばよかったのかえ』
『そう!』
今度はミュリナが、とことこと歩いていく。
『のじゃー、みつけた』
『む』
白いのじゃーは、自分よりずっと細い木の後ろに真っ直ぐ立っていた。
右から見ても、左から見ても丸見えだった。
『……吾は幹の背後へ身を置いたのだが』
『まえからも、みえてる』
『で、あるか』
『うん』
どうやら八海は、隠れるのがものすごく下手だった。
それも、ちょっと下手どころではない。
ものすごーく下手。
不思議なことだった。
八海のなかまたちは、なんでも知っている。
海の向こうまで見える。
雨を降らせたり、大きな波を起こしたり、森の下へ長い水の道を造ることだって出来る。
でも、木の後ろにちゃんと隠れることは出来なかった。
そもそも八海には、隠れる必要がほとんどなかった。
遠くを知りたければ、海そのものを通して見ればいい。
何かが起これば、隠れるより先にどうするべきかを考える。
自分より小さな木の陰へ身体を押し込み、見つからないようじっとしている――そんなことをする機会など、永い時の中でも滅多になかった。
だから、隠れるという遊びは知っていても、隠れ方を知らない。
それに今の身体は、広い海に比べれば雨粒みたいなもの。
これだけ小さければ、十分見つかりにくい。
本人たちはそんな風に思っていたのかもしれない。
でも、小さなミュルナたちには丸見えなのだった。
『せんせー、みつけた』
『……拙が見つかったというのですか?』
せんせーは大きな倒木の陰にいた。
確かに、ミュリナが数えていた場所からは見えない。
『拙の位置と開始地点を直線で結んだ場合、この倒木によって視線は完全に遮断され――』
『ミュリナ、こっちからきたから』
せんせーが止まった。
ミュリナは倒木の横に立っている。
回り込まれた。ただそれだけの事実。
『……なるほど』
『せんせー、みえる』
『接近方向を一方向のみに限定したことが誤りでしたか』
みんな、とにかく隠れるのがものすごく下手!
それはそれで、三人は楽しくなってきた。
『じぃじ、みーっけ!』
『むう、足が出ておったか』
『ヤツガレーも!』
『そんな、僕は完全に幹の陰へ――』
『みずたまり、できてる!』
『……見落としておりました』
見つけては缶へ戻り、名前を呼ぶ。
また森へ駆けていって、次を探す。
三人は、あちこちからはみ出している八海を次々に見つけていった。
見つけるたびに三人は大喜び。
見つかるたびに、八海は妙に感心する。
なんだか、いつもと反対だった。
『キイロイチゴー!』
『む』
少し離れた岩陰で、黄色い頭が動いたのをミュルナが見つけた。
あとは缶へ戻って、名前を言えばいい。
『ミュルナ、み~つけ――』
キイロイチゴーも同時に、黄金の缶を見た。
そしてようやく、この遊びのもうひとつの面白さに気づいた。
見つかったからといって、その場で終わりではない。
オニが缶へ戻るより先に、自分が蹴ればいい。
『――まだだ! まだ終わらぬよ!』
『みゅ!?』
キイロイチゴーが岩陰から飛び出した。
『キイロイチゴー、まてー!』
『待たぬ!』
二人が同時に走る。
世界を分かつ大海と、まだ幼い水の御子。
普段なら比べること自体がどうかしている。
けれど今は、どちらも小さな足で地面を蹴っていた。
『ミュルナ、はやい!』
『余とて負けぬ!』
『まてー!』
缶まであと少し。
ミュルナが先に回り込もうとする。
キイロイチゴーも横から踏み込む。
その時。
『キイロイチゴー、こっちはメー』
ミュリナが前へ出て、両手を広げた。
『むっ』
進路が塞がれる。
反対側からはミュシア。その場でやたらと跳ねている。動きが読めない。
『みゃー!』
『なるほど、三人がかりか! 愉快!』
キイロイチゴーが楽しそうに笑った。
右へ切ればミュリナが追う。
左へ向かえばミュシアがくるくると回りながら手を広げて邪魔する。
その間に、ミュルナは缶へ回り込んでいく。
『キイロイチゴー、みーつけ――』
その直前。
ばさり、と森の奥で大きな葉が揺れた。
『ミツバ!?』
『ミツバも、カンける!』
隠れていたミツバが、黄金の缶目掛けて走ってくる。
どっ、どっ、と大きな足音が森を揺らし、途中の枯れ枝をバキバキ踏み折っていく。
『ミツバ、メー!』
『しぁー!? でっかぁ!』
ミュリナとミュシアが、そちらへ振り向いた。
ほんの一瞬。
キイロイチゴーは、その隙を逃さなかった。
『勝機!』
『あっ!』
小さな黄色い身体が、二人の間をすり抜ける。
『まてまてー!』
ミュルナも慌てて缶へ戻る。
ミツバも来る。
キイロイチゴーも来る。
三人のオニも来る。
みんなで黄金の缶へ殺到した。
『キイロイチゴ――』
かこぉんっ!
一番先に、キイロイチゴーの足が届いた。
黄金の葉っぱの器が弾かれ、草の上を転がっていく。
一拍遅れて、ミュルナがその横を滑って転んだ。
『みゅいーっ?!』
『――余は成し遂げたり!』
キイロイチゴーが、両手を高く上げた。
八海の筆頭らしい威厳も何もない、ただ嬉しそうな声だった。
何故かミュシアまで一緒に跳ねる。
『みゃー! キイロイチゴー、けったー!』
『ミュルナ、まけたぁ! みっけたのにぃ! みゅあああ!』
悔しいので、その場でゴロゴロ転がる。
葉っぱや泥が混ざって水が濁るけれど、なんだか楽しい。
ミュルナは頬を膨らませながら、キイロイチゴーを見上げた。
『キイロイチゴー、たのしー?』
『……うむ』
キイロイチゴーは、転がった黄金の缶を見た。
その周りへ集まってくる仔らや、先に捕まった者たちを見る。
木の陰から、まだ見つかっていなかった八海も出てくる。
自分たちよりずっと小さな子どもたちに見つけられて。
追いかけられて、逃げ回って。
ミツバが飛び出してきた隙をついて、ようやく缶を蹴った。
ただ、それだけのこと。
けれど。
『うむ。楽しいものだな』
『やったー!』
『つぎ、まけない』
『じゃー、もういっかい!』
『みゃー!』
どうやら、次もやることになった。
※※※※※
『ドーン、もっとこっち!』
『こうか!』
『あたま、メー!』
『ぬう……こうか!』
『もっと、ぎゅっ!』
『何故、己が仔らに隠れ方を教わっておるのだ……』
『いっちばん、へたっぴだから!』
『ぐぬぬ!』
一度終わると、今度は三人による隠れ方教室が始まった。
木の後ろに立つだけでは駄目。
角や髪がはみ出さないようにする。
自分より太い木を選ぶ。
茂みに入るなら、ちゃんとしゃがむ。
前からだけではなく、横から見られても見つからない場所がいい。
『なるほどのう』
緑のじぃじは感心しながらしゃがみ込み、赤いばぁばもミュシアと一緒に茂みへ潜り込んだ。
ミュシアが木の実を拾って身体の中へ、とぷん、とぷんと放り込む。
それを見たばぁばが、何故かその上へ茸を植えた。
『みゃー!』
『ふふ、彩が足らぬぞえ』
何か違う遊びが始まっている。
せんせーは何やら考え込んでいたが、
『つまり、複数方向からの視認可能性を最小にするためには視野角を――』
『せんせー、おべんきょう、メー!』
『はい』
言われた通りに隠れた。
八海はもともと賢い。
教えれば、すぐに覚える。
最初はあれほど丸見えだったのに、次に同じ役になった時には、もう簡単には見つからなくなっていた。
黄緑のそれがしなど、一度コツを掴んだ途端に本気を出し、今度は誰にも見つけられなくなった。
『それがし、いない……』
『みゃー?』
『かえった……?』
散々探した末、ゲームが終わってから静かに木陰から出てくる。
『某、まだ見つかっておらぬのだが』
『ミツバ、カンけっておわった!』
『……不覚なり』
どうやら上手すぎるのも、それはそれで駄目らしい。
何度かオニを代わり、隠れる側も代わった。
ドーンは缶を蹴れそうになると自分から『ドーン!』と叫んで走ってくるので、何度も途中で見つかった。
ばぁばはミュシアと同じ茂みに入っては、二人で変な遊びを始めてクスクス笑って見つかった。
のじゃーは最初こそ、遊びの始まりや終わりを厳かに宣言しようとしていた。
だが、そのうち誰も待ってくれないと悟ったらしく、キイロイチゴーやそれがしと本気で張り合うようになった。
せんせーも、いつからか細かい規則を聞かなくなった。
その代わり、変な作戦を考えては一緒にやらないかと誘うようになった。
じぃじは一度、遠くまで隠れに行きすぎて、次のゲームが始まるまで帰ってこなかった。
ヤツガレーは、最初のうちは誰が何回勝ったか、誰がどこへ隠れたかまで覚えていた。
けれど、何度も遊んでいるうちに、だんだん誰も数えなくなった。
誰が何勝したのか。
今が何回目なのか。
さっき誰がオニだったのか。
そんなことも、どうでもよくなっていった。
※※※※※
気がつけば、空が赤くなっていた。
巨木の長い影が荒れ地まで伸びている。
『みゅー』
ミュルナは黄金の缶の横へ座り込んだ。
『これ、なんかいめ?』
『……』
ミュリナも考える。
『わかんない』
『しぁーも、いっぱい!』
『ミツバも、わかんない』
四人の視線が、自然と青いヤツガレーへ集まる。
『ヤツガレー!』
『はい』
『なんかいめ?』
『……』
いつもなら、すぐに答えが返ってくる。
ヤツガレーは、いろんなことを覚えている。
誰が何回、どこに隠れて、どう見つかったのか。誰が何回勝ったのか。
数え直そうと思えば、きっと今からでも出来る。
ヤツガレーは少しだけ考えてから、首を横へ振った。
『僕にも、正確には分かりません』
『おー!』
『途中より、数えておりませんでしたので』
『ヤツガレー、えらい!』
『……何故、お褒めいただいているのでしょう』
そう言いながら、ヤツガレーも少し笑っていた。
ミツバが黄金の葉っぱの缶を拾い上げる。
黄金だから壊れてはいない。
何度も蹴られて、転がされて、葉っぱの器は泥だらけだ。
ちょびっとだけついた普通の土。
でも、ミツバにはなんだかすごく美味しい土に感じた。
『おひさま、もうすぐねんね。ミツバもねんね』
『おしまい……?』
『みゅー……』
「まだ遊びたい」と「いっぱい遊んだ」がいっしょにある。
ミュルナは空を見て、それからミツバを見る。
『きょう、いっぱいあそんだ!』
『うん!』
ミツバは黄金の缶を大事そうに抱えた。
それから、三人のともだちへ聞く。
『また、カンケリ、よぶ。こたえる?』
『みゅ! いいね!』
『……ん。おやすみに、またくる』
『んみみゃあー!』
三人はすぐに答えた。
ミツバは嬉しそうに三枚葉を揺らし、今度は八海を見る。
『みんなも?』
小さな八つの海が、少しだけ黙った。
いつもなら。
何かあれば吾らを呼べ。
水路に異常があれば知らせよ。
必要なものがあれば持参しよう。
困ったことがあれば力を貸そう。
そんな言葉が先に出てくるところだ。
だが、今日は違った。
『うむ』
キイロイチゴーが、最初に頷いた。
『余らも、また遊びに来よう』
『妾なら、呼ばれずとも来て構わぬな?』
『次は己が勝つぞ!』
ドーンと胸を張る。
今日一番多く捕まったのに、自信いっぱいだ。
『では次回までに、今回の行動傾向を整理し、より有効な隠匿地点を――』
『せんせー』
『……はい』
『……そういうの、メー』
せんせーは少し考えてから、素直に頷いた。
『では、何も調べずに参りましょう』
『せんせー、いい!』
ヤツガレーも、小さく頭を下げる。
『僕も参ります』
それから付け足した。
『次も、数えずに』
『ヤツガレーも、いい!』
ミツバが笑った。
『また、あそぼ!』
ミュルナが両手を上げる。
『……おてがみ、またね』
『みゃー!』
ミュリナとミュシアも続いた。
『ともだち、またくる。いいね!』
ミツバの三枚葉も大きく揺れる。
四人の声に、八つの古い海の声も重なった。
その日、八海は世界のための仕事を何ひとつしなかった。
水路を調べることも、森を直すことも、幼い仔らへ何かを教えることもなかった。
ただ、小さな身体で森の中を駆け回った。
隠れるのが下手だと笑われ、見つかって悔しがり、黄金の葉っぱを蹴った。
それだけだった。
そして、それでいい日だった。
〈TIPS〉
「水と火」
やがて水の時代は終わる。
世界を沈めし大水は退き、巡る流れは穏やかに。
されど、水は澱まず。絶えず巡り、命を運ぶ。
長く眠りし火は、再び目覚めた。
水は火を滅ぼさず。
火もまた、水の巡りを拒まず。
巡る水の恵みは、土に染み入り森を成す。
風と木を糧に、火は育つ。
そして火は、昏き世界を照らす
復世の灯火を担う。




