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EX(119.11).『復世巡行記・火の眠る山』⑪ 〇★△

 俺の仕事がいつ終わるかって?


 そんなこと、俺に言われても困るわ。


 スタビアエだって戻して全部終わりじゃないし、黄金のままにした場所も世界中に残っている。

 ここの火が復旧したからって、他所でも同じ手順で片付くとは限らない。


 メンテが終われば次のメンテ、終わりがないのが終わり――それがデスマーチってもんだろうが。


 答えを待っているのか、火口の奥で大精霊の炎は静かに揺れていた。

 俺もしばらく見上げていたが、答えるよりも先に片付けておくべき問題があった。


「……なあ」


『何だ』


「その前に、お前のこと何て呼べばいい?」


 いつものように本当の名前を聞き出す気はない。

 人間たちはこの山をヘルクラネウムと呼んでいるし、目の前のこいつも山全体の火と深く繋がっている。


「この山、ヘルクラネウムって呼ばれてんだけどさ。とりあえず、お前もそう呼んでいいか?」


 しばらく炎が揺れた後、


『構わぬ』


「じゃあ、ヘルクラネウムな」


 本人がいいならヨシ。


 そう納得したところで、ヘルクラネウムの方から声を掛けてきた。


『水よ。先ほどの問いへ戻る前に、我も伝えておくことがある』


「まだなんかあんの?」


『礼を言う』


「……は?」


 予想外すぎて、間抜けな声が出た。


『汝の水には覚えがある。あの日、世界を満たした水であろう』


「お、おう」


 正直、今の火の不調まで含めて「水のせいだ、どうしてくれるんじゃゴルァ(意訳)」くらいのことを言われるんじゃないかと思ってたんだが、どうも責めている様子はない。


『あの水が、蔓延る敵を悉く滅ぼし、源流(まま)を救ったのだな』


 お前もママ呼びなんかい、と思ったが、もう慣れたのでスルー。


 赤い炎が火口の底を照らす。


『我ら火にも、あの敵を滅する術はあった。されど、我らが焼くのは敵ばかりではない』


 そういえば、アイオリスも黒禍に火が効いたと言ってた。

 普通の火でもそれなら、精霊が浄化を使えばもっと効き目があるのかもしれない。


 けど、浸蝕された生き物や森を、火で浄化するってことは――


「……世界丸焼きじゃねえか」


『そうなろう』


 さらっと認めんなよ。


 だが、笑える話でもない。

 イルミンスールは木の精霊と黒禍の相性が最悪だと言ってたが、火は逆だ。

 相性自体は悪くないのに、頑張れば頑張るほど世界をぶっ壊してしまう。


『なにより、我らの火では、海の底に潜む敵を余さず焼くことは叶わぬ。

 澱みに沈むものも、源流(まま)へ入り込んだ輩も、我ら火だけでは滅せぬ』


 黒禍は地上だけにいたわけじゃない。

 世界を水に沈めた後でさえ、海の底にも、最後には源流の中にまで巣食っていた。


 裁定の日の前に、ヘルクラネウム山の噴煙は止まっていたと聞いた。

 こいつも源流側から、浸蝕を喰らって手出しできずにいたのかもしれない。


『火には成せぬことを、汝ら水は成した』


「言っとくけど、俺一人で沈めたわけじゃねえからな」


『それでも、成したことは変わらぬ』


 炎が少し低くなる。


『あの時、水が世界を覆ったことを火は責めぬ。大役を務めた汝らに感謝を』


「お、おお……どういたしまして」


 俺が何となく居心地悪く視線を逸らすと、ヘルクラネウムは続けた。


『だが、水よ――あの日は、もう終わったのではないか』


 何を言われたのか、一瞬分からなかった。


「洪水ならとっくに終わってるぞ。水もほとんど引かせたし――」


『水が引いたことは知っておる。されど、汝は未だ退いておらぬ』


「俺?」


『汝だけではない』


 ヘルクラネウムの炎が揺れる。


『汝の向こうに、大いなる水がある。一つではなかろう。

 遠き海に在るべき水が、幾つもこの山まで届いておる』


「……海?」


 アイオリスも眉を寄せた。


「この近くに海はない」


『知っておる。故に奇異なのだ。海は遠く、されど、その気配だけは近い』


 巨大な水。


 一つじゃない。


 そんなもの、心当たりがあるどころじゃない。


「……八海?」


「龍神たちか」


「あんなのが他にもいたら怖えわ」


『何者かまでは知らぬ。ただ、汝とは異なる、大きな水だ』


 俺は自分の中へ意識を向けた。


 八つの龍珠は、巡行へ出てからずっと預かっている。

 源流の中での決戦で、八海の水を俺へ繋いだのもこれだ。


 必要な時だけ繋いで、電話を切れば通話は終わり。

 それで接続まで切れているような気になっていたが、考えてみれば、こいつは最初からただの通信機じゃない。


「……待てよ。俺、これずっと持って世界中歩いてんだけど」


 アイオリスが龍珠を見る。


「龍珠を通して、君と八海は繋がり続けているのか?」


「知らねえよ。話してない時まで繋がりっぱなしとかは聞いてねえぞ」


 思えば通行証になったり、命を肩代わりしたり、海の所有権を渡そうとしてきたり、八海の龍珠は最初から用途が通信だけに収まっていない。


 今は電話代わりにしか使っていないつもりだったが、そもそも「通話していなければ完全に切れている」と考えていたのが俺だけなのかもしれない。


『理は知らぬ。ただ、遠き水は汝を通じて近くにある』


「なにそれ怖い。俺が中継になってるってこと!?」


『そして、いずれの水も、ただちに動き出さんとする強い気配を感じる』


 その言葉で、嫌な記憶が繋がった。


「……オプロンティス」


「どうした」


「あいつ、俺がいつもの身体で会いに行った時、めちゃくちゃ縮んだだろ」


 最初の夜、俺はちゃんと火の精霊と話すぞと気合を入れて、イズミちゃんから女神ボディへ戻った。

 こっちは取引先へ行くならスーツ着ろ程度の感覚だったが、オプロンティスは露骨に弱った。


 俺が水気を抑えれば戻り、ちょっとだけ湿気を漏らせば縮んだ。


 あいつは言っていた。


 ――先ほどは、これほど大きな水を剥き出しにしておらなんだ!


「……あれか」


「何がだ」


「俺、姿変えただけのつもりだったけど、あいつは全然違うって言ってたろ。

 俺が気合入れて構えたら、それだけで陽に出てるのがキツくなってた」


 あの時は、俺の意気込み一つでそんな変わるものなのかとだけ思ってた。


 ――けど、俺だけの問題じゃなかったとしたら?


 八つの海の龍神どものことを思う。


 恐ろしく頭が良いのに、スケール感の違いを実感してなくて、たびたびバカをやる。

 合理的なようでいて妙に義理堅く、過保護で、なにかと世話を焼いてくるジジババ。


「まさか、あいつら、自分の海で気張ったままスタンバってんのか……?」


 ヘルクラネウムは答えない。


 当然だ。こいつは八海がどんな連中で、何を考えているかなんて知らない。


 でも、それなりの付き合いがある俺には分かる。


「やりそうだ……いや、絶対やってるわ」


 ロリボディで電話の前に正座待機してる様が目に浮かぶ。


「あいつら、俺やミューズに何かあったら、即座に助けられるようにしてるんじゃねえのか」


 奴らは、俺たちが何か頼むと異常なくらいに張り切る。頼んでなくても張り切る。

 マグロミサイルだの、珊瑚だ真珠だの財宝だの、畑の野菜感覚でトン単位で送り付けてくる。


 ミューズが絡めばもっと酷い。

 あいつらにとって、ミューズは完全に孫という名の宝物って感じだ。


 源流をママとか呼んでる連中だ。元々、情だか業が深いんだろう。

 そういう重たいとこが、まとめてこっちへ向けられてるんじゃないかと思う時がある。


「……過保護にも程があんだろ」


「君も似ている」


「は?」


 振り向くと、アイオリスは真顔だった。


「どこがだよ」


「困っている者を放ってはおけず、問題を見つければ、自分に出来ることを探す。

 出来ると分かれば自分の仕事にし、その行く末まで見届けようとする」


「仕事なんだから普通だろ。俺に出来るなら――」


「そこだ」


 言葉が止まった。


「八海は君たちを守りたいから力を尽くす。君は助けられると思えば力を尽くす。

 理由は違っても、相手が自分で動く前に手を出そうとしている点は似ている」


「あぁ!? 俺が過保護だって言いたいのか?」


「君の場合は、過干渉に近いのかもしれない」


「お前にだけは言われたくねえ!」


 即座に返した。


「俺の身体が砕けるの見たくないとか言って、抱えたまま逃げた奴が、過保護を語んな!」


「否定はしない」


「しろよ!」


「誰にでもそうするわけではない。君だからだ」


「ひ、開き直んな! 色ボケ! ばか! あほ!」


 俺が怒鳴ると、アイオリスは少しだけ口元を緩めた。


「だから、君たちがそうあることも分からなくはない。失いたくなければ、危険が起きる前に潰したくなる。

 自分の手が届くならば、自分でする方が確実だと思うこともある」


 それは、こいつ自身の話でもあるのだろう。

 自分の命を削ってでも、黒禍を倒そうとし続けてきた奴だ。


「だが、今回の件はそうではなかった」


「何がだよ」


「君は君にしか出来ないことをしたが、人間と火の精霊、どちらにも協力を求めた」


 確かに人間ごと黄金にすることも、山ごと全部止めることだって出来た。

 やらなかったのは、それで起こるデメリットが大きかったってだけの話だ。


 でも、ここまで「俺らで全部やる」ことをやめて、人間と火にそれぞれの役割を残したのは、今までより一歩進んだやり方だったのかもしれない。


「……身内で全部をどうにかしようとするから無理が出る、か」


「ああ。今回はそのやり方を変えたことで上手くいったように思う」


 世界樹の森まで水路を作った時は、八海の連中に仕事を振った。

 俺にとっては分業だったが、外から見れば、水が全部やったことになる。


 あの時も龍神どもは滅茶苦茶気合が入ってたし、とんでもない勢いで仕事を進めた。


 俺からすれば、結構な無茶ぶりをしたつもりだった。

 けど、連中はああやって頼られるのを、今か今かと待ち構えていたのだ。


 そして、そこまで考えたところで、ようやく全体が繋がった。


「……待て。ってことは俺、八龍珠を抱えて世界中を巡りながら、自分の水だけじゃなくて、あいつらの『何かあったら即出るぞ』って気合いまで一緒に垂れ流して回ってたのか?」


挿絵(By みてみん)


 俺自身と八海の水を引き連れ、世界中を歩きながら、火が陽へ出ようとするたびに世界規模でオプロンティスと同じ目に遭わせていた?


「それって、出来る奴に仕事を任せ続けて、後になって歪みが出るやつじゃん……」


「彼らが頼りになることは疑いようもないが、力の借り方を見直すべき頃合いなのかもしれない」


『我ら火は、陽を要する時には立ち、役目を終えれば陰に退く。全ての火が陽であり続ける必要はないのだ』


 黙って聞いていたヘルクラネウムが言葉を発した。


「……ああ」


 そうだった。


 こいつらにとっては、それが普通なんだ。


 常に陽に立っている必要はない。火口みたいな場所ならともかく、火だって必要もないのに年中働いてるわけじゃない。

 けれど、陰にいるからって、役立たずなわけでもないらしい。


 必要な時だけ出てきて、終わったら引っ込む。


 よく考えたらワークライフバランスが取れてるってことなんじゃないのか。

 陰相がニートで、陽相が社員とかじゃなくて、こいつら、ホワイト企業じゃねえか。


 水?


 水は年中無休のブラック企業――なんて思ってたし、いつの間にか俺自身もそういう働き方をしていた。


 そう考えると、のじゃ様から聞いた古代人どもの話まで頭に浮かぶ。


 古代人は源流と繋がり、精霊と一緒に世界の巡りを作って、調整し、維持していたらしいが、最後にはその役目そのものから降りた。

 火はそこまで極端じゃない。役目を持ったまま、必要な時だけ陽へ立ち、終われば退く。


 やり方は違うが、どっちも「役目を終える」ことを知っている。


 俺や八海は、一人で抱え込まないことは覚えたのに、自分たちで何とかしなきゃってことばかり考えてたってことか。


「八海との繋がりを断つ必要はないだろう。必要な時は頼ればいい」


 アイオリスの指摘に頷き返す。


 必要になったら呼ぶ。頼るべきところは頼る。

 だから、全力出動の準備をばっちり決めた全力待機をやめろ。


 多分、理由を説明すれば通じるはずだ。

 馬鹿もやらかすが、弁えるところは弁えられる連中だ。


「よし。じゃあ後で、ジジババ会議を招集して――」


「イズミール」


「何だよ」


「君はどうなのだ?」


「俺?」


「龍神たちに身構えるのをやめろと伝えるのはいい。だが、君は、いつやめる」


 またそれか。


「やめるって、何をだよ」


「君はこの巡行をいつまで、どのように続けるつもりだ」


「は? そりゃ、お前……一区切りつくまで?」


「では、何が片付けば終わりだと考えている?」


「えーと、そりゃあ、黄金の土地を全部戻して、黒禍でおかしくなった精霊とか神とかも、ちゃんと自分で動けるようにして。そんでもって、人間どもが普通に暮らせるようになって――」


 そこまで言って、嫌な予感がした。


 普通に暮らせるようになるって、どこまでだ?


 街道が壊れていたら。


 食料が不足したら。


 井戸が枯れたら。


 疫病やら飢饉やら戦争が起きたら。


 問題なんて、世界が続く限りいくらでも出てくる。


 そのどこまでを、俺が抱えなきゃいけないんだ?


「……これ、終了条件なくね?」


 巡行を始めた時は、黄金から世界を戻して回れば、そのうち終わると思っていた。


 でも、一番最初の世界樹の森からして予定外の連続だった。


 ミツバがいた。


 俺と似たような出自のイルミンスールの遺言があった。


 だから、俺はミツバを一人にしないための仕組みまで作った。

 地下水路を引いて、聖地と繋げて、今ではミューズの遊び仲間だ。


 とても厄介で面倒な仕事だった。


 それでも。


「……俺、別にこの巡行(しごと)、嫌いじゃねえんだよな」


 アイオリスが黙って待っている。


「ミツバんとこだって、行って良かったと思ってる。

 人間どもの役に立つのも、まあ、悪くねえと思ってるとこもある」


「そうだな」


「自分で言うとキモいから肯定すんな、ばか」


 それに。


 アイオリスを見る。


「あと……お前と、その辺うろつくのも、まあ……嫌じゃねえし」


 こいつと共に何年も世界中を歩いてきた。


 知らない土地へ行って、見たことのない景色を眺めるのは好きだ。

 人間のふりをして、町を歩いて、宿を探して……やることもやって。


 長期出張だ、厄介仕事だなんだと言いながら、旅行気分も満喫している。


 そう、この何年か、俺は結構どころじゃなく充実している。


「知っている」


「おい、その顔やめろ!」


 殴りたくなったので、べしべしと叩く。嬉しそうな顔すんな、ばか。


「なら、このまま続ければいい」


「……は?」


「君がしたいと思うことをすればいい」


「俺が働きすぎって話じゃなかったのかよ」


「何もかもを、君がやらなければならない仕事だと思わなければいい」


 意味が分からず、しばらく顔を見る。


「君が手を出さなくとも、人は自らのできることをして日々を生きていく。

 黒禍の時代はそれすら難しかったが、これからはもう違う」


「いや、そりゃあまあ、そうだろうけどさ……」


「それに、巡行でなくとも旅は出来る。行きたい場所があるなら行けばいい」


「えっ」


「何故、仕事としてでなければならない?」


 何故って?


 ……理由が思いつかなかった。


 ミューズはもう、俺に褒めて欲しくて背伸びしていた頃の子どもじゃない。


 リディアっていう相棒がいて、聖地の連中もついてる。

 八海の奴らもいるし、ミツバっていう友達もできた。


 ミューズ自身も、自分から人に関わって、救世の女神様をやっている。


 俺は飯を食う必要がないし、生きていくこと自体の心配は何もない。

 逆に、いつまで生きるんだって不安もあるが、今の俺はもう独りじゃない。


 隣には、こいつがいる。


「……待て」


 頭の中で、何かが妙な繋がり方をした。


 世界の役目そのものから降りた古代人。


 仕事が終わったら陰へ退く火。


 今の俺は、生活のために働く必要なんてない。


 なんてこった、この状況ってもしかして――


挿絵(By みてみん)


「おい、ヘルクラネウム」


『何だ』


「お前、火のくせに俺にFIRE勧めてんのか?!」


 炎が、初めて困惑したように揺れた。


『ふぁいや、とはなんだ』


「いやほら、経済的に自立して早期退職する方の――ああクソ、説明しても絶対分かんねえよ!」


「イズミール、質問は分かる言葉で」


「お前もいちいち拾うな!」


 俺は頭を抱えた。


 なんだこれ。


 アイオリスもヘルクラネウムも、俺に仕事辞めろと言っているわけじゃない。


 必要な分だけ働けばいいと言われているだけだ。


 八海との縁も、巡行も、俺自身がやりたいなら続けていい。


 ただ。


「……あれこれ背負いこみ過ぎるなってことか」


『汝ら水は澱みを嫌い、流れ続ける。

 されど、役目があるからといって、常に身構えておらねばならぬものでもあるまい』


「簡単に言いやがって」


『火には、それが常だ。役目を終えれば、陰へと退く』


 俺は溜息の真似をして、ふと自分が無意識に周囲へ伸ばしていた水へ気づいた。


 山肌に染みこんだ水や、地熱に温められた地下水へ、何か起きたらすぐ分かるように薄く意識を張り巡らせている。


 こういう広域監視は銀の“私”が得意な分野だが、いつの間にか俺自身も、それが常態化していた。


 俺は、その感覚を少しずつ引っ込めた。


 水を消すわけじゃないし、繋がりを断つわけでもない。

 ただ、今すぐ何か起きる前提で身構えるのをやめるだけ。


 八龍珠の向こうにある海の気配へ向けていた意識も、少し引いてみる。


 それだけで、目の前にいるヘルクラネウムの炎がわずかに高くなる。


「……マジで?」


『うむ、幾分か軽くなった』


「俺、まだそんなに圧をかけてたのか?」


『然り』


「うわぁ……」


 普通にショックだ。

 「お前、実は体臭きついぞ」とか、それとなく伝えられたような気分。


『されど、まだ遠き深き水の気配は残っておる』


「そっちは後で親族会議を開いて、きっちり言って聞かせる」


『そう願う』


 ヘルクラネウムの返事に、頭の中でToDOリストが浮かび始めた。


 ジジババどもと話をつけて、スタビアエへ戻ったら黄金を解除する順番を決めて、灰と井戸と鉱山と街道、聖地から派遣されてくるスタッフとも話し合って、それからエオリパイルにも――。


「……いやいや、これだわ」


 クセになってんだ、タスクとして積み上げんの。


 そういうとこだぞ、俺。


「どうした」


「今、考えんのやめだ、やめ」


 言ってみて、自分が一番驚いた。


 最悪に至らないように、事前に対処法を模索する。

 ずっとそんな風に原因や条件を詰め、対策を考えてきた。


 でも、今ここで頭の中だけ先に出勤しても、物事は何も進まない。

 今すぐ出来ることがないのに、気持ちだけ無闇に働き続けているだけだ。


「今日は、こいつがちゃんと陽に出られるって確認できた。だから、今日の仕事はここまで!」


 仕事を切り上げる宣言。

 いざ言葉にしてみると、妙な感じがした。


 じゃあ、今日はこれからオフってことでいいのか?


 まだ、昼間なのに?


「では、どうする」


「どうするって……」


「今日の仕事は終わったのだろう」


 急に言われても困る。


 仕事以外……何するんだ。

 遊んでやらなきゃいけない子どもはいないし、かと言って独りでもない。


 アニメもゲームもない世界だから、今の自分のトレンドは何かって言えば――


 少し考えて、ずっと後回しにしていたものを思い出した。


「あ」


「何だ」


「炭酸水! 温泉!」


 アイオリスが少し目を細める。


「この辺にまだ残ってるか探そうぜ!」


「ああ」


「また、飲み過ぎるなとか言う気だろ」


「私と二人だけの時ならば、一向に構わない」


「なんだそれ、ダブスタじゃねえか! あんだけ文句言ってたくせによ!」


「酔っている時の君はとても愛らしい」


「う、うるせーー! 知らねーーっ!」


『では、水よ。いずれ、また――』


 火口の奥で、ヘルクラネウムの炎が俺たちのやり取りを理解できないまま揺れ、そのまま火口を満たす炎へ溶けるように姿を消した。


 必要な時に陽へ立ち、役目を終えれば陰へ退く。

 それが、火の連中にとっての当たり前のライフサイクルらしい。


 俺はまだ、そこまで器用には出来そうにない。


 けれど。


 今日の仕事くらいなら、ここで切り上げたって文句を言う奴はいないらしかった。

<ちっぷす>

「FIRE」

 Financial Independence, Retire Earlyの頭文字。

 「経済的自立と早期リタイア」を意味するライフスタイルだってよ。


 ハハハ、ワロス。

 こんなの実現できる奴が、世の中にどんだけいるってんだ。


 ひょっとして異世界の話か?

 転生チートってやつ?


 先のことなんか知るか。

 俺は趣味に全部ぶっ込む!

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