EX(119.10).『復世巡行記・火の眠る山』⑩ 〇★
スタビアエの反対側の山腹から轟いた爆発音は、一度きりでは終わらなかった。
最初の音に遅れて、地の底を何か巨大なものが突き抜けていくような低い響きが続き、俺たちの足元を埋め尽くす黄金が、月明かりを反射したまま大きく揺さぶられる。
「うおっ――!?」
火口の縁へ手をつこうとした時には、もう遅かった。
下から突き上げられた黄金の地面に身体を放り上げられ、俺はアイオリスの腕に掴まれたまま横へ振られる。
黄金に変えた物体は、どれだけ高温に晒されようが溶けない、割れない、砕けない。
だから何があろうとも絶対安全。
――なんてことは、なかった。
「ちょ、待て待て待て! 何だこれ!」
山が動けば、その上にある黄金だって動くし、爆発で黄金そのものが壊れなくても、衝撃まで消えてなくなるわけじゃない。
考えてみれば当たり前の話なのに、その当たり前を、俺は今になって身体ごと教え込まれていた。
火口の底から縁まで続くすり鉢状の黄金が、巨大な鍋みたいに右へ左へ、上へ下へと揺さぶられ、内側にいる俺たちは慣性に置いていかれる。
また地面が跳ねた。
「うわああっ!?」
アイオリスが踏ん張り、俺を引き寄せる。
足元の黄金は一切崩れないのに、それを載せた山体そのものが震えているせいで、まともに立っていられない。
「イズミール、掴まれ!」
「掴まってる! 掴まってるけど意味あんのかこれぇ!?」
次の揺れで、火口の反対側へ身体が持っていかれる。
真夜中。黄金のすり鉢の下では絶賛噴火中。
黄金じゃない俺とアイオリスだけが、その中でシェイクされている。
「こ、こんなチャーハン鍋の中にいられるかぁ!」
「チャーハンとは何だ!」
「今そこ説明してる場合じゃねえだろ!」
叫び返したところで、また山の底から長い震動が突き上げてきた。
さっきまでとは違う。
水を引いて大精霊へ合図を送った直後は、俺が本気で「もしかして一緒に金にした?」と疑い始めるくらい、山はしばらく沈黙したままだった。
だから動き始めるにしても、何かしら段階なり予兆なりがあると思っていたし、その最初の動きを確認してから俺たちもスタビアエ側へ下がるつもりだった。
実際、噴火の向きを確認するまでは迂闊に山頂を離れるわけにもいかない。
火砕流だの山体崩壊だの、想定と違う激ヤバ案件に化けたら、追加で黄金化するなり何なり、俺が現場で対応しなきゃならないからだ。
問題は。
「さっきまでニートみたいに引き籠もってた奴が、復職初日からスタートアップみてえな働き方してんじゃねえ!」
「イズミール」
俺とは対照的に、アイオリスの声は低かった。
黄金の火口へ片手をつきながら、反対側の山腹を見ている。
「すぐに離れよう」
「はっ?」
「噴火の向きは確認できた。これ以上ここに残る理由はない」
言われて、俺も反対側を見る。
山頂は割れていないし、スタビアエ側の黄金も、見える範囲では変わりない。
揺れも爆発音も、全部町とは逆側から来ている。
つまり、俺たちがここに残って確認しなければならなかったことは、もう片付いた。
なら、こんな場所に居座る理由はない。
「よ、よし、撤収! 現場確認終了! こんなチャーハン鍋からはさっさと――」
言い終わる前に、山の反対側が夜空ごと赤く光った。
一瞬遅れて、腹の底まで揺さぶるような爆発音が響き、黒い山の向こうから赤い火と噴煙が一気に立ち上がる。
「……うわ」
その中に、いくつもの黒い影が混じっていた。
一つが二つの月の前を横切る。
最初は随分大きな鳥に見えたが、こんな状況で鳥なわけがないうえ、その影は見る間に大きくなっていく。
「イズミール、伏せろ!」
「は?」
アイオリスに頭を押さえ込まれた直後、俺たちから十数歩ほど離れた黄金の火口へ、焼けた岩が叩きつけられた。
ドガン、と耳を塞ぎたくなるような音が響く。
黄金には傷一つ付かず、代わりにぶつかった岩の方が派手に砕け、赤熱した破片を周囲へ撒き散らした。
「火山弾!?」
知識としてなら知っている。
噴火した火山から岩が飛んでくるなんて、小学生でも知ってそうな話だ。
だが、知っているのと、自分の頭上から人間よりでかい赤熱した岩が降ってくるのは全然違う。
「おいこらやめろ! チャーハンの具まで追加すんな!」
「下がるぞ!」
「さっ、賛成!」
立ち上がろうとした瞬間、今度は拳ほどの岩が雨みたいに降り、その一つが肩口へ当たって、俺の身体を作っていた水を盛大に弾き飛ばした。
「うひゃっ!?」
肩から腕にかけての輪郭が一瞬で崩れ、黄金化した地面へバシャッと水が撒き散らされる。
当然、痛みなんてないし、離れた水を戻せばすぐ元通りだ。
なのに、アイオリスの顔色が変わった。
「イズミール!」
「へ、平気平気! 見りゃ分かんだろ」
肩を作り直して見せる。
俺は水だ。
剣で斬られても、槍で刺されても、石で殴られても、物理攻撃なんか大した意味はない。
「ズミュルナ湖へ戻れ!」
「は?」
「身体を解け。君なら今すぐ戻れる」
何を言い出すのかと思えば、それか。
「却下!」
即答した。
「俺だけ帰って、お前だけ噴火中の山に残すとか、何の冗談だよ」
「私は自分で下りられる」
「だから、危ねえのはお前の方だって!」
また爆発が轟き、火口縁へ飛んできた岩が黄金へ叩きつけられる。
砕けた破片が斜面を跳ね落ちていくのを見ながら、アイオリスは俺の腕を掴んだまま言った。
「分かっている。だが、君の身体が砕かれるところを見たくない」
「……俺だって、お前があんなもんに潰されんのは見たくねえよ」
だったら答えは一つしかない。
「二人で下りるぞ」
「ああ」
今度は一切揉めなかった。
「で、どうやって――」
言い終わる前に身体が浮き、アイオリスの片腕が背中へ、もう片方が膝裏へ回る。
「おい待て。俺、飛べるんだけど」
「私が走る方が速い」
「いやまあ、そうだけど――」
そう、こいつの化け物じみたフィジカルは嫌というほど知っている。
そして、その嫌な記憶が蘇った時には、もう火口の縁へ向かって走り出していた。
「ちょ、待っ――」
黄金の火口底を蹴り、アイオリスが一気に縁へ駆け上がる。
次の地鳴りと同時に足元が大きく跳ねたが、こいつは俺を抱えたまま一切体勢を崩さず、黄金の縁を越えてスタビアエ側の斜面へ飛び出した。
「うわああああっ!?」
視界が一気に開ける。
眼下には黄金になったスタビアエ、そのさらに向こうには夜の平地。
振り返れば、山頂の向こう側から赤黒い噴煙が膨れ上がり、火口より高く打ち上げられた火山弾が二つの月の前を横切っている。
絶景だ。
ただし、安全な場所から見ていられたら。
「速い速い速い速い!」
「掴まっていろ!」
「掴まってる! むしろこれ以上どう掴まれってんだよ!」
俺はアイオリスの首へ両腕を回し、ほとんどしがみつく。
俺が黄金にした山肌は、どれだけ踏みつけても崩れはしないが、元の岩肌の凹凸まで消えたわけじゃない。
この速度で下りるには、全力疾走用の道どころか、足場としてもだいぶ狂っている。
俺だったら絶対に選ばない下山方法だ。
アイオリスは急勾配の岩肌を、走るというより跳ぶように下りていく。
いや、跳ぶどころかほとんど飛んでいる。
勢いを殺すつもりなんか最初からないらしく、次の瞬間には黄金の斜面を強く蹴り、俺を抱えたまま空中へ飛び出した。
「は?」
数瞬だけ足元から山肌が消え、身体がそのまま下へ落ちていく。
「うわああああああっ!」
胃袋なんか無いくせに中身が全部浮いたような感覚のあと、アイオリスの足が黄金へ叩きつけられた。
まともな人間なら膝から潰れそうな衝撃を受けながら、こいつはほとんど速度を落とさず、そのまま次の足場へ跳んでいく。
俺氏、再び空へ――
「馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿! 飛んでる! 落ちてる!」
落ちても俺は死なない。ちょっと身体が砕け散るだけだ。
それでも怖いもんは怖い。
俺の中に残ってる人間時代の何かが、速度と高さに対して全力で警報を鳴らしている。
「アイオリス! おいこれ止まれんのか?!」
「今は無理だ!」
「だと思ったよ畜生ぉぉぉ!」
背後で爆発が起こるたび夜空が赤く染まり、頭上を岩と火山礫が飛んでいく。
山頂から離れるにつれて傾斜は緩やかになり、降ってくる礫の数も減ってきたものの、爆発音とともに地面が大きく揺れれば、黄金だから安全というわけにはいかない。
大きな震動が来た瞬間、アイオリスは咄嗟に片足を踏ん張り、もう片方の膝を地面へつけて姿勢を落とした。
俺を抱える腕だけは緩まない。
「……大丈夫か」
「それ俺が聞く方じゃね?」
「私は大丈夫だ」
「なら行け!」
すぐに立ち上がり、また走り出す。
もう山頂の火口はだいぶ遠い。
振り返れば、黄金の山頂の向こうで空は噴煙に覆い尽くされ、二つの月も隠れていた。
黒煙の中で時折光るものが見えるのは、噴火の照り返しか、それとも火山雷ってやつか。
「イズミール、もう少しだ!」
「その『もう少し』信用していいんだろうな!?」
「スタビアエが見えてきた!」
眼下に広がる黄金の町は確実に近づいていた。
山頂から見た時には小さな模型みたいだった家々が、今は一つ一つ形を判別できるほど大きくなり、その上へ降り積もった粉塵が、残った月明かりの中で白と金のまだら模様を作っている。
アイオリスは斜面を横切るように何度か進路を変え、灰に足跡を残しながら速度を落としていった。
そうして黄金の町の外れへ飛び込んだところで、ようやく普通に走る程度の速さまで減速した。
「……着いたぞ」
「…………」
「イズミール?」
「……なあ。途中で俺を放り出して、自分で飛ばせるって選択肢はなかったのか」
「ない」
「即答かよ!」
※※※※※
山頂を離れている間に噴煙は月と星を遮り、スタビアエの上空は半分以上が闇に呑まれていた。
昼間まで人の暮らす鉱山町だった場所へ、細かな灰が雪みたいに降り続けている。
町そのものは、俺が黄金にした時の姿のままだった。家も道も、鍛冶場の煙突も何一つ壊れておらず、その上へ灰と石だけが積もっていく。
「どっか入るぞ」
「あそこが開いている」
アイオリスが指したのは、見覚えのある鍛冶場だった。
避難する時に炉を落とし、道具を運び出したままにしたのだろう。
大きな作業口は開いた状態で黄金になっている。
固めた時に閉じていた扉なら、俺が戻さない限り一生開かない。
自分で作った防災シェルターに自分で締め出されるとかいう間抜けな事態にならずに済んで何よりだ。
中へ飛び込んだ直後、屋根の上で何かが激突し、そのまま砕ける音がした。
「ぎゃっ!?」
反射的に頭を押さえたが、黄金の屋根には何も起きない。
空から降ってきた火山弾か、山肌を跳ね落ちてきた岩でもぶつかって砕けたのだろう。
「町まで金にしといて正解だったな」
「ああ」
黄金化した建物そのものは無傷だ。
ただ、後片付けは必要になるだろう。
アイオリスの腕からやっと解放され、開いた作業口から外を覗く。
スタビアエ側の山肌は黄金になったままで、裂け目や崩れも起きていない。
山頂から溶岩が流れ出してくる様子もなく、反対側に出来た新たな火口から噴き上がった灰や岩が山頂を越え、こちらへ回り込んできているだけらしい。
それでもこの有り様なのだから、山頂の火口から噴かせていたらと思うとゾッとする。
「これ……一応、成功、だよな?」
「ああ、成功だ」
アイオリスにそう言われ、ようやく肩から力が抜けた。
「っはぁぁぁぁ……」
呼吸なんか要らないくせに、大きく息を吐くような真似をして、その場へ座り込む。
良かった。
本当に良かった。
噴火を待ってくれたヘルクラネウム山の大精霊も、そいつへ話を繋いでくれたオプロンティスも、エオリパイルの実験道具から拾った思いつきも、素直に避難してくれた人間たちも、どれか一つ欠けていたら大惨事だったかもしれない。
それはそれとして。
「……町の連中は余裕持って逃がしたくせに、俺らだけ『最初の一発見てから下りりゃ間に合う』で現場に残ったの、だいぶ舐めプだったな」
「想定より、火が動き始めてからが早かった」
「次からは初動確認する場所をもっと離すぞ」
「ああ」
そう受け答えしながら立ち上がった時、足元に少しだけ違和感を覚えた。
作業口から入り込んだ小石が、黄金の床をころころと転がっていく。
「……ん?」
「どうした」
「いや」
鍛冶場の床には当然ひび一つなく、炉も壁も柱も俺が止めた時のままだ。それなのに小石は止まらず、同じ方向へゆっくり転がっている。
入口へ近づき、向かいの建物と街路を見比べた。
「……なあ」
「何だ」
「この建物、なんか若干斜めになってね?」
アイオリスも外を見回し、しばらく黙ったあと、足元へ手をついた。
「僅かだが、傾いている」
「だよなぁ……」
黄金化した範囲そのものは健在だ。
だが、地の底まで全部を黄金にしたわけじゃない。
黄金化した範囲より深いところで山体が膨らんだり沈んだりすれば、上に載っている町は壊れなくても、そのまま傾く。
「こりゃあ、戻した後も一仕事だな……」
灰がいつまで降るか分からないし、水脈が変わって使えなくなった井戸もあるかもしれない。
解除した途端に、そのまま暮らせる状態とは思えない。
「避難させて、噴火場所をずらして、町を止めて……全部やって、ようやくこれかよ」
「君一人で全てを解決する必要はない」
「……そうだったな」
俺が出来ることと、大精霊が出来ること、それから人間どもが自分でやることまで、全部俺一人でどうにかしようとするから無理が出る。
ついさっき、自分でそう考えたばかりじゃないか。
山の向こうで再び爆発が起き、黄金の地面が揺れた。
まったく、喧しい山だ。
※※※※※
ヘルクラネウム山が、最初の夜ほど馬鹿みたいに暴れなくなるまで、五日かかった。
その間も山は何度も鳴り、反対側から噴煙と火を吐き続けたが、最初の夜みたいに火山弾が山頂を越えて飛んでくることはなかった。
俺たちは黄金と灰でまだらになったスタビアエを拠点にしつつ、噴火が少し落ち着くたび町の外へ出て、山とスタビアエの両方を観察し続けた。
避難民は今頃、近場の神殿で保護されていることだろう。
ゴルディウムにも連絡が飛んでいるはずだし、そのうち此処にも応援が来る。
どこかのタイミングで俺も聖地へ戻って、事後対応を詰めなきゃならない。
だが、その前にまだこっちで確認しておくことがある。
五日目。
噴煙が完全に消えたわけではないものの、山腹を揺らす爆発の間隔がかなり長くなったところで、俺たちは新しく火の出る場所へ向かった。
スタビアエとは反対側。
大精霊が示した、古い裂け目のあった方角だ。
「……うっわぁ」
山を回り込んだ先にあった景色は、五日前までとはまるで別物だった。
山腹の一部が大きく抉れ、そこから真っ黒な岩が裾野へ扇みたいに広がっている。
その奥には何本もの裂け目が走り、一番大きな場所からは今も白灰色の煙が立ち上がっていた。
黒い岩の隙間には赤い光が残り、熱で揺らいだ空気が景色を歪ませている。
溶岩に触れたのか、火砕流が通り過ぎたのか、森の一部が炭化している場所も見えた。
樹の精霊がいるなら、あとで詫びに行かなきゃならんかもしれない。
振り返れば、山頂からスタビアエ側へ伸びる黄金の帯。
こっちは黒と赤、あっちは金。
「悪趣味リフォームってレベルじゃなくなったな……」
「だが、町も山も残った」
「まあな」
大精霊が言っていた通り、地面がどこまで割れるかまでは火にも決められなかったらしく、かなり広い範囲が崩れて、以前とは山の形そのものが変わっている。
それでも、山半分が丸ごと無くなったわけではない。
俺たちは新しく出来た火口へ近づいていく。
ただの人間なら、まだ絶対に来ちゃいけない場所だ。
俺は水だし、アイオリスも今となっては普通の人間から随分遠いが、五日前の反省もあるので、今回は何かあったら即座に二人とも下がれる位置を確認してから進んだ。
いつもの恰好だと火の連中を脅かしてる感じになるらしいので、一応、イズミちゃんボディだ。
「退路、ヨシ」
「確認した」
「火山弾、今んとこ無し。ヨシ」
「イズミール」
「何だよ。大事だろ、安全確認。ほら、お前もやれ、ダブルチェックだ」
「……ヨシ」
「指さし確認、ヨシ!」
新しい火口の近くまで来ると、地面から立ち上る熱の中に、それとは違う何かが混じっているのが分かった。
オプロンティスよりも、遥かに大きな気配だ。
裂け目の奥で沸き立つ溶岩と、その上に揺れる炎の中で、何かが少しずつ輪郭を持ちはじめる。
人間の形とは呼べない。
龍でも獣でもない。
ただ、別々に燃えていたはずの炎が同じ意思に従うみたいに揺らぎ、山の奥にあった巨大な火そのものが、こちらへ意識を向けていることだけは分かった。
『――水か』
低い声が、火口全体から響いた。
「……お前が、この山の火の大精霊か?」
『然り』
おお、出た。喋った。
溶岩と炎という明確な陽相の中から、人格を持って、俺と話せる形で。
「やっと出てきやがったな」
『望んで黙していたわけではない』
「大丈夫か? これ無理して出てるとかじゃねえよな? 途中で押し戻されたり、陰に帰れなくなったりしねえ?」
『今は、ない』
「山の他の火はどうだ? オプロンティスは?」
『火は巡り始めておる。あの小さき火も、いずれ己が意思で陽へ立とう』
「じゃあ、復旧したって考えていいか?」
『全てが元通りとは申さぬ。長く滞ったものが、一度に正されることもない』
「まあ、そりゃそうか」
火はひとまず動き出した。
なら次はスタビアエだ。
灰をどう片付けるか考え、地面の傾きを調べ、井戸や鉱山も確認しなきゃならない。
街道を塞いだ岩を退かさないと人間は帰れないし、黄金を解く順番も決める必要がある。
エオリパイルにも――あいつは放っとくと勝手に山へ戻って観察を始めそうだから、先に釘を刺した方がいい。
それに、この山だけ直って他所ではまだ同じことが起きてましたじゃ意味がない以上、他の地域の火精霊も本当に正常になっているか確認しなきゃならないだろう。
不具合があったら、その再現性と範囲を明らかにしないとな。
『……水よ』
「ん?」
『汝は、いつまで動き続けるのだ』
「……は?」
何を聞かれたのか分からず、大精霊を見る。
「水ならもう引いただろ。この黄金化は火山活動がもうちょい落ち着いてから解除するし――」
『この山のことだけではない』
「じゃあ何だよ」
火がゆっくりと揺れた。
『汝のことだ』
「……俺?」
『火は、動くべき時に陽へ立つ』
新しい火口の奥で、赤い光が脈打つ。
『役目を終えれば、陰へと退く』
それは、この山へ来る前に何度も聞かされてきた、火にとって当たり前の話だった。
『だが、水よ』
『汝の仕事は、いつ終わる』
――仕事?
スタビアエを戻して、避難民を帰し、大洪水の後始末だって続けなきゃならない。
黄金のまま残ってる土地なんか、まだ世界中にいくらでもある。
やることなら、まだ山ほどある。
仕事って、そういうもんだよな……?




