EX(119.9).『復世巡行記・火の眠る山』⑨ 〇★
最後の荷車がスタビアエを離れた頃には、朝から空に居座っていた太陽も、だいぶ西へ傾いていた。
鉱山へ向かった連中を呼び戻し、家々を回って取り残された奴がいないか確かめ、動けない爺さん婆さんや怪我人は荷車へ乗せる。
持っていく荷物を巡って喧嘩する奴や、家畜を置いていけないと駄々をこねる奴もいたが、それでも誰一人として、やっぱり残るなんて言い出さなかったのは、俺としても意外だった。
けれど、目の前にクソデカ女神が現れ、山が噴くから逃げろと直々に言われたのだから、当然なのかもしれない。
なにせ、この俺があれだけ身体を張って――まで考えたところで、俺は口を閉じた。
よそう。
思い出したら死にたくなってきたし、二度とやらん。絶対にだ。
「イズミール?」
「話しかけんな。今、俺は自分の尊厳の葬式を脳内で挙げてんだよ」
不思議そうな顔をしているアイオリスは、お得意の聖者様ムーブで女神の言葉を伝えるだけだったからいい。
俺なんか、姿形までミューズを完コピし、世界樹サイズのクソデカ女児として人前に出たのだ。
必要だったとはいえ、身も蓋もなく言えば、娘のふりをした神話詐欺である。
「うわああああ……」
「必要なことだった」
アイオリスが真面目くさった顔で、気休めにもならないことを言ってくる。
「必要だったら恥ずかしくなくなるわけじゃねえんだよ!」
「よく似ていた」
「追い打ちやめろや! ぶっ飛ばすぞ!」
外套の上からボコスカと叩いても平然としているので、余計に腹が立つ。
「大体、お前だって共犯だからな。一緒に怒られろ」
「そのつもりだ」
たぶんミューズなら笑って許すし、むしろ面白がるかもしれない。
だが、本人のいないところで勝手に神話をでっち上げたことに変わりはない。
親子なら何をやってもいいとか、そういう話にはしたくなかった。
「……はぁ」
アイオリスの外套から手を離して振り返ると、スタビアエを離れていく荷車の列が小さく見えた。
あの中には、鳥マスクの変態研究者エオリパイルもいるはずだった。
あいつは俺たちが山へ戻ると知った途端、当然のようについて来ようとしたが、秒速で却下した。
噴火に巻き込まれれば普通に死ぬし、連れていけば絶対に観測を始める。
そのうえオプロンティスが顔も見たくないと言っているので、色んな意味で邪魔すぎる。
「……あいつ、ちゃんと付いていったな」
「ああ。町の者に、山道と噴気の危険を説明していた」
「安全管理に絡むと、普通に有能になるの何なんだよ」
「彼は、危険だと認識できるものについては、よく分かっている」
「それ以外の線引きがまともじゃねえんだよなぁ……」
まあ、オプロンティスが嫌がっていたことは伝えたのだから、あれで何か考えるか、また明後日の方向へ全力疾走するかは本人次第で、応じるかはオプロンティス次第だ。
そこから先は当人同士の話で、俺が首を突っ込むことじゃない。
最後の荷車が斜面の向こうへ見えなくなるまで見届けてから、俺たちは再びヘルクラネウム山へ向かった。
※※※※※
「イズミール。火口へ向かうのではないのか」
「その前に、ちょっと寄る」
朝、ここを出る時から引っかかっていたものがあったので、火口へ戻る前にエオリパイルの研究所へ立ち寄ることにした。
人間は逃がした。次は、山をどうにかしなければならない。
洞穴の中は、声の大きな馬鹿がいないだけで妙に寒々しく、残されているのは持ち運べない器具や、壊れた実験道具ばかりだった。
黒く潰れた鍋。
同じ長さで、太さだけが違う鉄管。
穴の大きさだけが異なる石板。
ひび割れた鉄の球。
前に見た時には用途の分からないガラクタだったのに、今はその違いばかりが目についた。
「これ……」
鉄球へ手を置く。
エオリパイルが言っていたのは、出口のない鉄球と岩の内部へ火精霊の働きを集めた結果、鉄は歪み、岩は内側から砕けたという話だった。
「こん中に火を出させたんだよな」
「エオリパイル殿は、そう説明していた」
「そんで、器の方が壊れた」
俺の視線が、太さの違う鉄管と、穴の大きさが違う石板へ移る。
正確な理屈なんか知らない。前世の理科だって、気体は熱すれば膨らむとか、その程度の記憶しか残っていない。
それでも、閉じた鉄球の中で火精霊を働かせた結果、器の方が歪んだことだけは、目の前の実物が証明していた。
「……今の山、これと同じじゃねえか?」
「その鉄球と?」
「中には火も熱もある。なのに、昔あった煙や噴気の出口は減ってる」
割れた鉄球を指で叩くと、硬い音が洞穴へ響いた。
「馬鹿でかい圧力鍋だよ。蓋を押さえたまま、下からずっと火にかけてんのと同じだ」
「ならば、蓋を開ければよいのか」
「今、一気に開けたら噴火する」
そこで、もう一度鉄管と石板を見る。
塞ぎ続ければ、いつかどこかが壊れる。
なら――。
「出口を、先に作ればいい」
「出口?」
「一か所だけ、火が逃げやすい場所を残す。
今まで考えてたのは、噴火をどう止めるかだったけど……それじゃ駄目だ」
火そのものをいつまでも押さえ続けるわけにはいかない。
なら、止めることを諦めればいい。
「噴かせりゃいいんだ。人のいない場所から」
アイオリスの眉がわずかに動き、思いつきの危うさを測るような視線が、鉄管から俺へ戻ってきた。
「山は鍋でも鉄球でもない。出口があるからといって、そこから必ず火を噴くとは限らないのでは」
「知ってる。だから、聞くんだよ――山の火を知ってる奴らにな」
「オプロンティスか」
「あいつと、上役の大精霊だな」
俺には山の中で火がどう動いているかなんて分からないし、今思いついただけで実現可能かどうかも知らない。
それでも、何もなかったところに、試せるかもしれない案が一つ出た。
「これ、いけるんじゃね?」
「試す価値はあると思う」
「だろ?」
鉄球から手を離し、俺たちは洞穴を出た。
太陽はもう、山の向こうへ半分以上沈んでいた。
※※※※※
さらに山道を登り、火口へ着く頃には夕暮れの名残も消え、二つの月が夜空へ昇っていた。
夜の山頂から見下ろすスタビアエは黒く、昨日まで山肌の下へ赤く点在していた鍛冶場の炉や家々の灯りが、今夜は一つも見えない。
「……本当に空になったんだな」
「ああ」
人が住んでいたはずの町から灯りが消え、夜闇の中に溶け込んでいる。
死んだ町、止まった町のようにも見えるが、実際には違う。
町の連中は生きるために火を落とし、道を照らす火だけを携えて、自分たちの足で立ち去ったのだ。
いつか帰ってきて、また火を入れるために。
そう信じて町を出ろと言ったのは、俺たちだ。
「……早く戻せるようにしねえとな」
「そのために、今から行くのだろう」
「そうだな」
街道の遠くへ小さく揺れる避難民の火をもう一度見てから、俺は山頂へ向き直った。
※※※※※
火口の底では、エオリパイルが点けた火柱がまだ轟々と燃え続けていた。
俺はイズミの姿のまま近づいて炎へ呼びかけた。
「おーい。オプロンティス」
火柱が大きく揺れ、しばらくすると二つの白い火が浮かび上がり、輪郭の曖昧な枝のような腕が伸びてくる。
『……水』
「あのマッド野郎ならいねえぞ」
『見れば分かる』
「相変わらず愛想ねえな」
『火が水に愛想を振りまく理由がどこにある』
平常運転で何よりだよ。クソ生意気なチョロ火野郎め。
オプロンティスの火が俺からアイオリスへ動き、それから少し妙な間を置いた。
白い目のような炎が、山の麓へ向く。
『……水よ、何をした』
「何がだよ」
『あの町に幾つもあった人の火が、もう一つもない』
俺は背後の暗い町へ親指を向けた。
「だから言っただろ。人間どもを逃がすって」
白い火が、信じ難いものを確かめるように、もう一度山裾へ向いた。
『あれほど火を使っていた者どもが、自ら火を消して去ったというのか』
「そうだけど」
『陽が沈む前に、すべてか……何故だ。汝の言葉で、何故、人がそうも動く』
「おいおい、あんまり俺を舐めんなよ」
俺はここぞとばかりに胸を張り、昼間の羞恥を勢いで押し隠しながら、大仰に名乗りを上げた。
「俺はイズミール、世界を沈め、世界を救った女神様だぞ。
町一個の人間を逃がすくらい、どうってことねえんだよ。恐れ入ったか」
言った。
言ってしまった。
『……まだ、その世迷言を申しておるのか』
「お前ほんっとムカつくな! 何で信じねえんだよ!」
「すべて事実だ」
横からアイオリスが真顔で補足すると、オプロンティスの炎が露骨にそちらへ向いた。
『水もどきがそう申すのであれば……』
「おい! 何でそいつの言うことは即座に信用すんだよ!」
「イズミール。本題を」
「分かってるよ」
少しくらい女神としてイキらせろと内心で毒づきながらも、俺は火柱へ向き直った。
「前に頼んだことは、大精霊へ伝えたか?」
『伝えた』
「待ってくれてんの?」
『大いなる火は未だ陰にあり、汝らが戻るまで陽へ立つのを待とうとしておられる。
されど、山の火すべてが、あの御方と共に待つわけではない』
「分かってる。だから急いで戻ってきた」
火口の底では以前と同じように火が燃えているが、その下には、ずっと外へ出にくいまま内側で膨らみ、麓の町まで震わせるほど力を溜め込んだ、もっと大きな火がある。
「俺に、いい考えがある」
『……何をするつもりだ』
「まず、これ」
足元から拾った石へ水を這わせると、濡れた場所から金色が広がり、ただの石ころが月明かりを弾く黄金へ変わった。
『何なのだ、それは!?……汝は水ではなかったのか』
「水だよ。こういうこともできる。黄金にしたもんは、俺が戻すまで何をされても変わらねえ。溶けねえし、壊れねえ」
「事実だ。この力で、彼女は沈んだ世界を壊さずに保った」
アイオリスが補うと、オプロンティスの白い火が不審そうに揺れた。
「俺はこの力で、山頂と町側の斜面を黄金にするつもりだ」
そう告げた途端、オプロンティスの火がこちらを拒むように鋭く尖った。
『また、火を閉じ込めようというのか!』
二つの白い炎が弾ける。
『あやつと同じではないか! 火を囲い、己が意のままに押し込めるつもりか!』
「違うっての」
『何が違う!』
確かに、やろうとしていることだけ見れば似ている。
エオリパイルも、閉じた器へ火を呼び、狭い管へ押し込めた。
オプロンティスが嫌がって火を消しても、器具を焼いても、最後には呼びかけへ応じなくなっても、全部を実験条件の違いだと思った。
「だから今、お前にこうやって聞いてんだろうが」
『……』
「全部を塞ぐわけじゃねえし、俺が勝手に出口を決めるつもりもねえ。
あいつの実験は参考にする。でも、お前らの嫌がることまで真似する気はない」
俺は火柱の向こうにいるオプロンティスを見据えた。
「どこからなら出られるのか、どこから出たいのかをお前らに聞いてるんだ」
『金とやらで覆ったところで、山が汝の意のままに火を噴くとでも思っているのか』
「俺の力だけじゃ無理だ。だから頼んでる」
俺には山の中なんか見えないし、火がどっちへ行きたがっているのかも分からない。
「大精霊が嫌だと言うなら止める。途中で違うと言われたら、金を置く場所も変える。
噴火そのものを止めるつもりもねえし、俺の水でお前たちを押さえつける気もない」
『……』
「俺は人間どもの居場所を守る。お前らは、出せる場所から火を出す。それでどうだ」
正直に言えば、噴火なんかやめろと思うし、山ごと黄金にして、この厄介案件をなかったことにしたいくらいだ。
けれど、それでは、いつまでも火の連中はまともな状態へ戻れない。
陰だの陽だのという火の業務形態は俺には最後までよく分からないし、分からないものまで俺が抱え込んでいるわけにはいかなかった。
『何故、そこまでして人の火を残そうとする』
「俺たちの水が、人間やお前らの仕事を邪魔してるかもしれねえからだ。
人間を救ったつもりで、今度はそいつらの火を奪ったままとか、後味悪いだろ」
アイオリスも一歩進み出た。
「人は火と共に生きてきた。その営みを、ここで絶やしたくはない」
『……水もどき。汝も同じか』
「ああ。人と火が共に在れる場所を残したい」
ごうごうと火柱が燃え盛る中、二つの白い火は俺とアイオリスへ交互に向いたあと、しゅっと細くなった。
俺たちではないどこかへ、意識を向けている。
その間に地面が一度低く鳴り、足元の小石が震えた。
けれど、もう逃げるべき奴らは山から逃がしてある。
ここからは、俺たちの仕事だ。
やがて、遠ざかっていた気配が戻り、二つの白い火が再び強くなった。
『……大いなる火へ伝えた』
「で?」
オプロンティスの枝が伸び、スタビアエとは反対側の山腹を指し示す。
『あちらだ。あちら側には、熱の通る古い裂け目が残っておる。
あの御方は、そこへなら火を寄せられると応じておられる』
「じゃあ――」
『されど、すべてを思うままには出来ぬ。火を寄せることは出来よう。
陽へ立つ時を選ぶことも、今よりは出来よう。
されど、地がどこまで裂けるか、石がどこへ飛ぶかまでは、あの御方にも定められぬ』
「山がどう割れるかまで、火の業務範囲外ってんだろ。分かってるよ」
『また訳の分からぬことを……だが、概ね、その理解でよい』
アイオリスは少し高い岩場へ上がり、オプロンティスが示した暗い山腹を見渡した。
「あの先は荒地だ。少なくとも、スタビアエから続く街道も、避難民の進んだ方向も外れている」
「なら、そこだな」
全部をどうにかしようとするから無理が出る。
俺に出来ること、大精霊に出来ること、人間が自分でやることを分ければいい。
『あの御方からも、汝へ求めがある』
「俺に?」
『金とやらを置く間、汝はこの山へ水を広げるのであろう』
「まあ、そうなるな」
『ならば、事が済んだなら水を退け。汝の水は大き過ぎる』
それは、この山の大精霊から俺へ向けられた、最初の意思だった。
助っ人の水が、仕事が終わっても火の職場に居座ってんな、ということらしい。
俺だってこんな職場に長居する気はない。
「分かってる。黄金化が終わったら、水は退ける。水を引いたら、それを合図にしてくれ」
『よかろう。大いなる火にも、そう伝えよう』
「なんでお前が許可出してるみたいになってんだよ」
『我が話を通したのだ。少しくらい偉そうにして何が悪い』
「堂々とセコいこと言うな!」
何となくこいつと気が合わないのは、たぶん似たようなところで意地を張るからだ。
「……おい、オプロンティス」
『何だ』
「ここも一度塞ぐぞ。お前はどうする?」
火口の底で燃え続けている火柱を指すと、オプロンティスの枝が、その根元へ意識を向けるように揺れた。
『決まっておろう。陰へ退く。汝の水と金に包まれて、喜ぶ火がおるとでも思うか』
「じゃあ、しばらくお別れだ。終わったら戻す」
『次に会う時は、もっと水を減らして来い』
「そっちも少しくらい愛想覚えとけ」
『断る』
二つの白い火は細くなり、そのまま火柱へ溶けていった。
「……行ったな」
「ああ」
俺がイズミの姿を解くと、茶色の髪は水色へ戻り、頭の枝角とヒレが広がって、水の衣が身体を包んだ。
世界を沈めた時のように、何もかもを固めて止めるわけじゃない。
今度は、火が出ていく場所を残すために、俺はこのヘルクラネウム山を黄金にする。
「アイオリス」
「ああ」
呼ぶまでもなく隣へ立っていたアイオリスと目を合わせ、俺は火口の縁へ両手をついた。
正解かどうかは、まだ分からない。
読み違えれば、町を灰と岩の下へ埋め、逃がした連中の帰る場所そのものを失わせることになる。
「始めるぞ」
息なんか必要ない。それでも大きく息を吐くつもりで身体から力を抜くと、足元から細い水が溢れ、岩の窪みや亀裂を選ぶように山肌へ広がっていった。
火口へ近づくほど俺の水は火を押さえるため、水のままで居座らせる気はない。
岩へ触れて黄金に変えるためだけに使い、役目を終えた水からすぐに引かせていく。
「まず、上からだ」
水を火口の縁から内壁へ回し、地表へ開いた亀裂や噴気孔の周囲を黄金へ変えていく。
山の奥まで固めるつもりはない。塞ぐのは、火が山頂側へ抜けるための表側だけだ。
赤黒かった火口が月明かりを弾く黄金へ変わるにつれ、さっきまでオプロンティスがいた火柱も根元から細り、最後には跡形もなく消えた。
「次、町側」
火口から続けてスタビアエ側の斜面へ水を這わせると、黄金は太い帯となって山肌を下り、夜の中へ異様な景観を描いていく。
金色のペンキをぶちまけたような、悪趣味なリフォームにもほどがある。
そして、そのまま麓へ。
町だけを黄金で残しても、周囲が全部駄目になれば暮らせない。その結論は変わらない。
けれど今回は、人間を逃がし、山の火を町の反対側へ寄せる算段までついた。
なら、町を保険として残しておく意味はある。
短い間しか過ごしていない町でも、一度は黄金から戻した場所をまた固めるのは、正直いい気分がしない。
(イズミール)
(大丈夫だ。問題ねえ)
触れてきたアイオリスの手を握り返し、山肌を下っていた水をさらに伸ばした。
屋根から壁へ、壁から道へ。
昼間まで人間が歩き回っていた町が、端から静かに黄金へ変わっていく。
そこにはもう悲鳴もなく、逃げ惑う奴もいない。
あの日と同じ黄金化でありながら、あの日とはまるで違って見えた。
あの日は、逃げる暇もなかった人間ごと沈めて止めた。
今は、戻ってくる人間のために、空になった町だけを止めている。
「よし、後は――」
山のすべてを塞いではいけない。
俺は流れを途中で分け、大精霊が示した反対側の山腹だけには水を回さなかった。
火を寄せられるという古い裂け目の正確な位置は俺には見分けられないからこそ、示された一帯そのものを広く赤黒い岩のまま残す。
必要な範囲を黄金へ変え終えると、約束した通り、山頂から町まで広げた水を端から引かせていった。
やがて夜のヘルクラネウム山には、山頂からスタビアエ側へ伸びる巨大な黄金の帯と、その反対側に広く残された赤黒い山肌が浮かび上がった。
これで水は引いた。
大精霊への合図も、これで伝わったはずだ。
山頂側の出口は塞いだ。
黄金に変えた場所は、何があろうとも割れることはない。
あの鉄球と同じなら、その分だけ行き場をなくした力が開いている方に向かうはずだ。
あとは火の大精霊が動き出すのを待つばかりなんだが――
何も起きない。
「なあ……これ、本当に大精霊と連携取れてんのか?」
「イズミール」
「いや、だって何も起きねえじゃん。
まさか、大精霊まで黄金化して止めちまったとかだったら――」
言い終えるより先に、足元がぐらりと揺れた。
身体が傾く前に、アイオリスの腕が俺を掴む。
「うおっ!?」
揺れは収まらず、今度は山の内側を何か巨大なものが移動していくような、低く長い音が黄金の下を走っていく。
「な、なあ、これ、スタビアエ側に逃げた方が――」
次の瞬間、ヘルクラネウム山が突き上げられるように震えた。
遅れて、山の反対側から爆発音が轟く。
叩きつけるような空振が、俺の水の身体まで震わせた。




