表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/151

EX(118.23).第三回主神会議(参加者:8/9) ◆★△

 世界を分かつ八つの海。


 その主である龍神たちは、各々の治める海に在りながら、イズミールとアイオリスに託した八つの龍珠を介して繋がっていた。


 そこには部屋も卓も、互いの姿もない。


 相手の声だけでなく、言葉に込めた意図や、その海に立つ波まで伝わる。

 ゆえに本来、名乗る必要はない。

 だが、意図が分かることと、八柱が同時に話すことは別の問題だった。


 そこで、三の海――ジャガラモガラは、議を始める前に宣言した。


『議を執り行う前に、各々に改めて申し伝える。

 発言は一柱ずつ。報告は結論より述べる。問いは一度に一つ。長き前置きは避ける。

 以上、九つ目の海より定められた作法である』


『今は我ら八海のみではないか。(オレ)は、順番を待つ必要があるとは思えぬぞ』


 四の海が、早速、不満を波立たせる。


『伝達効率のみを論じるなら、拙も無用の作法と存じます』


 六の海が、冷えた深海のように静かに応じた。


『しかし、八海同時の交信を若き水が持て余すこともまた、既に実証済みです』


(やつがれ)の記憶では、第九の海は二十七度ほど「同時に喋るな」と申しておりました』


 八の海の丁寧な指摘に、四の海が荒くうねる。


『数えておったのか、八の龍』


『正確には十一度でございますが、同義の発言が十六度ございました』


『あの罵詈雑言の意までも汲むのかえ』


 二の海が呆れを混ぜたところで、八海筆頭たる一の海が断じた。


『余らだけの議であろうとも、九つ目の海より示された決まりを違える理由はない。異論は認めぬ』


(オレ)は従わぬとは申しておらぬ。ただ、回りくどいと申しておる』


『某、この遣り取りこそ、まさに冗長と断ずる』


 五の海が切り捨てると、沈黙が訪れた。


『では、これより議を執り行う』


 ジャガラモガラが、会議の始まりを宣言する。


『此度の議は、九つ目の海より寄せられた要請についてである』


 八つの海が、わずかに静まる。


『聖地ゴルディウムと、世界樹の森に残る遺構の井戸を、水で結びたいとの申し出があった』


『余は受ける』


 一の海は、方法も危険も聞く前に断じた。


『若き水より頼まれ、八海が応えぬ理由はない』


『妾たちが断る可能性を考えておったのなら、あの仔もまだ吾らを理解しておらぬのう』


『某も、異存なし。対価も不要』


 二の海、五の海も続く。


(オレ)もやるぞ。真っ直ぐに繋げばよいのだろう。いつやる。今か』


『四の龍よ、まだ方法も決まっておらぬ』


 ジャガラモガラが制した。


『拙も受諾には賛成いたします。ただし、何を行えば要請を果たしたことになるのか、先に定める必要がございます』


 六の海だけは、賛意を示しながら、要請の範囲を切り分けた。


『これは、一時的に水を運ぶだけの話ではありません』


 八の海が、その意味を記録から引き出した。


『かの井戸は、今も源流(まま)へ通じております。聖地から井戸まで一続きの水域が成立すれば、井戸は第九の海の水域へ組み込まれましょう。

 これは単なる接続ではなく、源流(まま)へ通じる古き節点の管理を、第九の海へ継承する議でもございます』


『ならば、九の龍が世界樹の森を継ぐということか』


 四の海が大きく受け取る。


『否』


 ジャガラモガラは即座に否定した。


『九つ目の海は、森にも、世界樹にも、死せる大精霊にも成り代わらぬ。

 継ぐのは井戸と、そこへ至る水の道のみよ』


 世界樹の森は、古き人と精霊が共に営んだ生命の器だった。

 源流の霊子へ水と土の性質を与え、樹木の精霊が草木や実へ変える。

 生き物はそれを糧として育ち、死して土へ還る。


 その巡りが、人の手を離れても続くほど世界へ行き渡ったからこそ、古き人々は永遠の役目を捨て、自ら選び進む限りある生を求めた。


『世を造り変えるためではなく、ただ世界樹の幼子を守るためにか』


 四の海が呵々と笑う。


『世界樹の大精霊、その裔が今の世にも永らえていたのは喜ばしきこと』


 七の海が、遠い緑の記憶を揺らした。


『花神は、自ら散る定めを受け入れたことで、命の巡りを完成させた。

 その巡りに連なる幼子を守り、育むことは、妾たち遺された者の務めぞ』


 二の海が続ける。


『然様。ゆえに此度の継承は、若き水の版図を拡げることでも、古き役目を負わせることでもない。

 黒禍により大きく損なわれた命の巡りを正すための、復世の道である』


 ジャガラモガラの言葉に異を唱える者はいなかった。


 争点は、どう繋ぐか。


 ただ、それだけだった。


『では、(オレ)が山を割ろう』


 四の海が最初の案を出した。


『聖地と遺跡の間へ横たわる山を、真っ直ぐに貫けばよい。(オレ)の波ならば砕ける。最も短く、最も早い』


『某が岩目を読む。四の龍が必要な箇所のみを砕けばよい。容易なり』


 五の海が実行可能性を認めたことで、四の海は得意げに膨れ上がった。


『拙は反対いたします』


 六の海が、冷たい刃のように二柱の案を断った。


『かの山には、既に複数の水脈がございます。崩落、地盤沈下による水脈の断絶や、植生への影響は無視できません。

 実行可能であることと、影響を許容できることは同義ではございません』


『四の龍、汝は壊した後で考えればよいと思っておるのであろう』


(オレ)は壊す前にも考えておる!』


『何をじゃ』


『どの角度で打てば、最もよく岩が砕けるかを』


 七つの海から、同時に却下の意思が返った。


『九つ目の海が望んだのは、山を征することではない』


 一の海が結論を下す。


『世界樹の幼子が住む森へ、静かに(おとな)う水の道を欲しているのだ』


『ならば、山を避けて地表を巡らせてはどうか』


 七の海が第二案を示した。


『川となれば、人も獣も草木も、その水を使えよう。小さき人の子らも、川の周りに集まって暮らすものであろう』


『山を貫くよりは美しい』


 二の海から、艶のある笑いが返る。


『妾も、地上に新たな流れが生まれること自体は好ましいと思うぞ』


(やつがれ)から、懸念を申し上げます』


 八の海は、流路の先にあるものを並べた。


(やつがれ)の把握する地形に従えば、複数の集落と湿地を横切ります。

 人が戻った後、その川を誰が利用し、誰が管理し、どこまでを第九の海の水域と見なすか。

 新たな争いを生む可能性がございます』


『水路を管理する人間も要る。九つ目の海へ、新たな役目を増やすことにもなろう』


 八の海の説明に、ジャガラモガラが補足を加えると、七の海は素直に引いた。


『水は低きへ流れればよいが、人の暮らしまで、儂らの都合で流すわけにはいかぬか』


 そこで六の海が第三案を出した。


『拙は、地表へ現れぬ新たな地下水脈を築く案を進言いたします。

 聖地の水域から、世界樹の井戸へ必要な分だけ細い流れ――いわば水道を通すのです』


(やつがれ)も、その案を推します』


 八の海が補足する。


『地形を大きく変えず、既存の川や集落へ与える影響を抑えられます。

 第九の海が行き来することを主眼とするならば、最適かと』


『地の下であれば、世界樹の根へも水を届けやすい』


 五の海も賛同する。


『ただし、最も手間と時を要します』


 六の海が付け加えた。


『既存の水脈を避け、圧力を調整し、浸透や崩落を防がねばなりません。

 完成までには、八海すべての助力を要するでしょう』


『若き水が求めたのは拙速ではなく、世界樹の幼子との繋がりを保つことにある』


 一の海の意志が、八つの海を貫いた。


『ならば、最も手間のかかる道を選ぶ。余らが手間を惜しみ、再び若き水へ負わせる理由はない』


 異論はなかった。


 岩盤の調査と掘削は、四の海と五の海。


 水圧と土への浸透、崩落の防止は六の海。


 流れの勾配と、水が淀まず巡り続けるための調整は七の海。


 八の海は、必要な地点へ雨を染み込ませ、地下の水の通りと漏れを確かめる。


 二の海は、冷えた地下へ温かな潮の性質を分け、流れを安定させる。


 一の海は八海全体の水量を取りまとめる。


 三の海は世界樹の遺跡へ赴き、古い井戸の状態と、源流への接続を確かめる。


 道を築くのは八海。


 そこを満たすのは、イズミールの水。


 そして水路が完成した時、八海はあの井戸を第九の海の水域として認める。


『余は、一の海を預かる龍として本案を認める』


『妾も異存はない』


『吾は、古き井戸の継承を見届けよう』


(オレ)も認めるぞ』


『某、承知』


『拙も、定められた範囲において承認いたします』


『儂も異論はない』


(やつがれ)も、八の海を預かる者として承諾を』


 八つの同意が重なり、龍珠の中へ新たな約が刻まれた。


※※※※※


『以上をもって、本日の議を閉じる』


 ジャガラモガラはそう告げた。


 これで接続を解き、各々の海に戻ればよい。

 だが、誰ひとり、龍珠から意識を引かなかった。


 しばしの沈黙の後、一の海が、いかにも何気ないことのように話し始めた。


『ところで、余が聖地へ供した海の幸は、その後も人の子らを養っておるそうだ。

 キーロなる名で親しまれ、人から人へ渡っているそうな』


『一の龍よ。汝は供したのではなく、空より降らせたのであろう』


 二の海が即座に刺した。


『人の子らを一人として傷つけておらぬ。

 今では、余の恵みが地へ届く音を心待ちにする者もいると聞いた』


『若き水の糾弾を受け、セイザを求められたとも聞いたぞえ』


 一の海は、その部分だけを海底へ沈めた。


『何より、ミューズは余を仲間と認めた。そのうえで、“足りない”という問題は、皆で分け合うことで直せると、余へ水の理を説いたのだ』


『それは一の龍の失策を、幼き水に気遣わせただけのことでは』


 六の海が冷静に指摘した。


『幼子から教えを得られることも、関係の深さを示す』


 一の海は揺るがなかった。


『ならば妾とて、幼き水と深き関わりを持っておる』


 二の海が、待ちかねたように割り込んだ。


『妾は聖地へ珊瑚と真珠を贈った。人の子らは、妾の珊瑚を祭具や装飾に用いておる』


 初訪問で浅瀬へ一夜にして珊瑚礁を築き、舟の道と工事場を塞いだことには触れない。


『九つ目の海は、“うちの湖を勝手に南国のスイゾクカンにするな”と怒っておりました』


 八の海が記録を差し込む。


『ミューズは妾の真珠を母の髪へ飾り、自らも同じものを身につけた。

 “ママとおそろい”と申したのじゃぞ』


『余は最初に仲間と呼ばれた』


『妾は母娘の間へ迎え入れられたのじゃ』


 互いに解釈だけが、海より大きく広がっていく。


『某は、海に沈んだ人の財を聖地へ返し、復興の糧とさせた』


 五の海が、競う意思などないと言わんばかりの平坦な調子で告げた。


 沈没船や古代の水没都市から回収した金属、貨幣、宝石、記録板は、聖地の倉と広場を埋め、サルディスとヘレノスの仕事を大いに増やした。


『聖地では、長らくその整理に追われたと(やつがれ)は聞いております。

 若き水は、先に目録を作れ、保管と分類の手間を考えろと申しました』


『次からは、そうする』


 五の海は端的に認めた。


『だが、幼き水は某へ、「おとしもの、かえして、えらい」と申した』


 八の海の補足を無視し、五の海はそれだけを強く残した。


『拙は、食料保存、治療、夏季の冷却に利用できる氷の生成法を教えました』


 六の海の“小規模な氷塊”は、人の尺度では小山に等しく、何艘かの舟を氷へ閉じ込めた。


『拙は事前に、「小さきもの」と指定されました。拙の海で最も小さき氷を用意したまで』


『人の尺度を覚えよ、六の龍』


 七柱の意思が、今度だけは完全に揃った。


『それについては、現在は修正済みです』


 六の海の言葉は淡々としていたが、その奥から、ひとつの記憶が繰り返し浮かんでいた。


 ミューズが氷の周囲を何度も駆け回り、小さな手を触れては、


 ――つめたいお山、きれい。


 そう言って笑っていた記憶だった。


『儂が教えた海流の技も、聖地の水運に役立つものであろう』


 七の海の最初の実演では、湖上の舟も、筏も、水上神殿の資材も、揃って緩やかな円を描き始めた。

 人々は神域の異変、女神イズミールの怒りや悲しみかと恐れた。


『第九の海から、最初に“デキン”を申し渡された件ですね』


 八の海が記録を読み上げた。

 イズミールの言うところの、デキン。

 しばしの来訪禁止を告げる、恐ろしき言葉だ。


 それを聞けば、八つの海の海面がざわめく。


『儂としては、異なる流れを損なわず併せる術を教えんとしたのだが』


『人の子らから見れば怪異であろうよ』


『だがミューズは、「おみず、みんなで、てをつないでる」と喜んでおった』


 七の海の喜びは、穏やかな海流のように広がった。


『此度の地下水道も同じこと。聖地の水と森の水が、地の下で手を繋ぐ。あの仔なら、きっとそう言うであろう』


『その端緒を担うのは、(やつがれ)の雨にございますが』


『八の龍が、初めて聖地へ来た時にも雨を降らせておったな』


 ジャガラモガラが応じる。


『はい。第九の海より、「次から来る前に雨を降らせるなどして知らせろ」との指示を受けておりましたので』


『若き水とキコリヤロウの頭上だけに、雨を降らせた時のことか』


『何故、二柱の頭上だけなのじゃ』


『訪問先の識別と、周辺住民への影響抑制を両立した結果でございます』


『逢瀬を妨げられ、九の龍が激怒したと聞いたぞえ』


 二の龍の指摘を、八の龍は静かに流した。


『その後、ミューズへ、雨雲を集め、必要な場所のみへ雨を与える方法を教えました。

 「あめは、かわいたこにあげるの」と申されました』


(オレ)の教えた技の方が、仔龍は喜んでおったぞ』


 四の海が割り込んだ。


 波を一点へ集めて岩を砕く技。

 岩だけを割るつもりが、その轟音で水上神殿の足場まで揺れ、人々は神罰だと思って伏せた。


(オレ)の一撃を見て、仔龍は「どーん!」と四度も申したぞ』


『三度です。一度は四の龍自身の声でした。そして、二度目のデキン案件でした』


『細かいことはよい!』


 四の海は勢いのまま、源流での戦いを語った時の記憶へ移った。


(オレ)は、仔龍に九の龍の戦いぶりを余すところなく語ってやった。

 八海が龍珠を託し、九の龍が我らを従え、巨神を生み出し、源流(まま)に巣食う魔樹を打ち砕いたあの(いさおし)をな!』


『汝のことだ。さぞや長話であったのだろうな』


『仔龍は、(オレ)に何度も話をせがんだぞ』


『幼き水は、何と申した』


 五の海が問う。


 四の海を満たしていた得意げな波が、わずかに弱まった。


『……「ママ、こわかった?」と』


 八つの海が、静まった。


 幼き水が見たのは、八海の偉大さでも勝利の壮大さでもない。

 母が恐れ、痛んだのではないかということだけだった。


『某らは、あれを武勇と讃えた』


 五の海が、低く伝えた。


『だが、幼き水は、そこに恐れがあったことを、まず見いだしたか』


『水域の規模と、齢は同義ではございません』


 六の海が続ける。


『第九の海は、八海を束ね得る規模へ至りました。

 しかし、拙らと比べれば、今なお生まれて間もない若き水です』


『余らは、あの若き水へ、吾らが果たせなかった役目を託した』


 一の海の意志が、深く沈む。


『あれは余らの海を救い、命を返し、源流(まま)を救った。

 余らは海へ残り、若き水と人の子を、源流(まま)の最奥へ向かわせた』


『今は、その娘にまで復世の女神という大役を担わせようとしておる。

 妾たちは何も学んでおらぬことになるのではないか』


 華やかな二の海も、その時ばかりは静かだった。


『ゆえに、此度の水路は吾らが築く』


 ジャガラモガラが告げる。


 今回の水路は、返し切れぬ恩のほんの一部だった。

 若き水と幼き水だけに役目を抱えさせず、八海で分けて持つためのもの。


 そして、遠い昔に失われた命の巡りを受け継ぐ、世界樹の幼子を助けるための道だった。


『吾らがミューズへ渡すべきものは、力や物ばかりではあるまい』


 ジャガラモガラの言葉に、八つの海が耳を傾ける。


『かつて何があり、何故失われ、何を繰り返してはならぬのか。

 それを伝えることも、古き者に残された務めであろう』


『三の龍は、既に何かを教えたのか』


 五の海が問う。


『吾は、ミューズへ古き時代のことを教えた』


 ジャガラモガラが、最後に自らの記憶を開いた。


源流(まま)より八つの海が生まれたこと。人と精霊が共に世界樹の森を育てたこと。

 龍宮に、旧き人々の歌と営みがあったこと』


『仔龍は、何と申した』


 四の海が尋ねる。


『吾へ、「ノジャにも、ママいるの?」と問うた』


 八海は源流から生まれ、源流を母と慕う。

 だが源流は、イズミールのように人の形を持つ母ではない。

 八海には、その腕に抱かれた記憶も、名を呼ばれた記憶もなかった。


『吾は、源流(まま)が吾らを生んだと答えた。されど、吾らはもはや源流(まま)へ触れることは叶わぬとも』


『ミューズは、何と』


 二の海が促した。


『しばし考えた後、「じゃあ、ミューズ、ノジャにさわる。はい、だっこ」と申して、吾を高く持ち上げた』


『仔龍は、第九の海を真似ただけなのではないか』


 四の海が笑う。


『吾にとっては、ミューズが自ら示した答えである。是非もなし』


 ジャガラモガラから伝わってくる満足は、白い海面のように静かだった。


 二の海が、ふと尋ねた。


『妾たちは、ミューズを羨んでおるのかの』


 母の名を呼び。

 母の腕へ絡み。

 母の膝へ乗り。

 叱られれば頬を膨らませ、それでもまた手を伸ばす。


 母へ触れ、呼びかけ、答えてもらえる幼い水。

 その姿を見るたび、八つの海の底で、古い何かが揺れていた。


『羨ましいのではない。懐旧に近いのではないか』


 七の海が答えた。


『拙らに、そのような経験の記録はございません』


『ならば、記憶ではなく憧憬なのでございましょう』


 八の海が静かに続ける。


『知らぬものを、ミューズと若き水の姿に重ねている』


 ジャガラモガラは、遠い母なる流れを思った。


『ミューズが母へ触れ、呼び、応えられる姿を見る時、吾らは初めて、「母を持つ」とは如何なるものかを知るのやもしれぬ』


『ならば、あの仔が母へ甘えることを、余らは守ればよい』


 一の海が結論づけた。


『余らが教えるべきは役目だけではない。役目を忘れてよい時間も、与えるべきだ』


 五の海が続ける。


『某も同意する。教えるべきは、技や智慧だけに非ず』


『つまり』


 二の海の喜びが、満ち潮のように広がった。


『これまで以上に、幼き水を甘やかしてよいということじゃな』


『拙は、適量を定める必要があると提言します』


『甘やかすのに適量などあるものか!』


 四の海が叫び、静かな余韻を一息で壊した。


『ならば、やはり余こそが最も適切に仔を導けよう』


 一の海が、話を戻した。


『なにしろ余は、ミューズより仲間と認められている』


『またその話かえ』


 それを皮切りに、真珠、氷、海流、雨、そして「どーん」までが、改めて成果として持ち出された。


『既に正式な議は終わっておる。仔が誰を最も慕うかなど、決する必要は――』


『余である』


『妾じゃ』


(オレ)だ!』


『某は比べ合う意図などない。だが、幼き水は某を褒めた』


『拙は、客観的な比較基準の設定を提案いたします』


『儂は反復して求められておる』


『本人へ確認するのが最も確実かと、(やつがれ)は思います』


 八の海の提案に、七つの海が一瞬だけ賛同した。


 だが、ミューズへ尋ねれば、きっと八柱すべてを「なかま」と答える。


 誰もが、それを知っていた。


 ジャガラモガラは、八海の記録へ正式な決定を残した。


 聖地と世界樹の森の間には、地下水脈を築く。

 古き井戸の管理を、第九の海へ継承する。

 八海は共同して工事を行う。


 その記録の末尾へ、八の海が追記した。


 ――幼き水が最も慕う龍については、結論に至らず。


『異議あり』


 一の海の声と共に、八つの海の言い争いが再び始まった。


 現実には、まだ工事の兆しひとつ現れていない。

 だが、見えぬ地の下では、八つの古い海が、九つ目の若い水へ道を繋ぐことを決めていた。


 そして、その八柱の龍神たちは、触れることのできる母を持つ幼い水からもらった、他愛もない一言を、海に沈んだどんな財宝より大切に抱えていた。


『よさぬか。古き海としての矜持を忘れるな』


 ジャガラモガラは釘を刺した。


『九つ目の海は、吾が龍宮へミューズを連れてくると約したがな』


 だが同時に、水面に一石というには大きすぎるものを投じた。


『なん、だと――』


『待て、三の龍。それは卑怯ではないかえ』


『よし、(オレ)も行く!』


『某、誠に遺憾』


『説明を。今、拙は冷静さを欠こうとしております』


『なるほど、その手が――』


(やつがれ)の記録にない約定が……』


 七つの声が、会議の初めより激しく重なった。


『一柱ずつと申したであろう!』


 会議は終わっていた。

 九つ目の海が定めた作法を守る者は、もう一柱もいなかった。

〈ちっぷす〉

「八龍ざっくり見分け表 Ver.2」


1.余/黄色一号/東南

 いかにも偉そうな八海筆頭。たぶん本当に一番偉い。

 いちいち格調が高くて、普通に喋れって言いたくなるタイプ。


 食料不足を知って、金塊マグロで空爆をかましてきた。

 被害が出ないよう制御したことを、十分な配慮だと思っている。違う、そうじゃない。

 ミューズに最初に「なかま」と呼ばれたことが最大の自慢。それを言えば全部許されると思っている節がある。


 行動力と決断力の塊みたいなやつで、自分から営業して仕事を取ってくる社長。

 ただし、こいつの場合、現場に丸投げではなく、自分も責任を取って動く。

 面倒な仕事ほど自分たちでやるべきだ、若い奴に押しつけるな、と本気で思ってる。


2.妾/赤二号/南

 女王様みたいな喋り方のやつ。妙に艶っぽい。

 圧が強い。こっちが何も悪くなくても説き伏せられそうで嫌だ。


 綺麗なものが好き。だからって、聖地の浅瀬へ一晩で珊瑚礁を作るな。

 あと、ミューズが俺の髪に真珠を飾って、自分もおそろいにしただけで、「母娘の間へ迎え入れられた」とか言い出す。

 勝手に割り込んでくるな。お前はまだ親戚の派手な叔母さん枠だ。


 ただ、俺とミューズに役目を押しつけることには、かなり敏感だった。

 派手好きで自信家だが、他人の気持ちを読むのは八龍の中でも上手い方だと思う。



3.吾/のじゃ様、ジャガラモガラ/東

 東の日いづる大海ののじゃ様。龍宮の主。

 話が長いし礼儀も重い。でも、まだ一番話が通じる。たぶん。

 頼りになるけど、肝心なとこでボケをかます。まあ、段々慣れてきた。


 歴史、古代文明、源流、神々の決まりごとについては、こいつに聞けば大体分かる。

 長ったらしくなりそうなので、俺は聞かないが、ミューズは付き合ってやってる。


 俺がそのうちミューズを龍宮へ連れていくと約束した件を、他の七龍へ自慢しやがった。

 そのせいで、他の七龍どもから猛烈に「うちにも連れて来い」アピールが続いた。


 白三号? のじゃ様はのじゃ様でいいだろ……。



4.(オレ)/橙四号/西南

 声がデカいし、勢いもデカい。

 たぶん脳筋枠。ノリで押し切ろうとしてくるから疲れる。


 せっかちで行動力のある馬鹿。だが、頭まで悪いわけじゃない。

 ミューズに、波で岩を砕く技を見せたけど、人間どもを怯えさせたので、しばらく出禁にした。

 こいつで出禁二号だ。詫びがしつこくてうるせえから、すぐ解除したが。


 ミュルナをそのまま成長させたら、こんな奴になるんじゃないかって気がする。

 ヤバい。教育方針を変えた方がいいな。



5.某/黄緑五号/西北

 武人口調で礼儀正しい。物騒だが、話自体は早い。

 無口で仕事熱心で、言い訳をしない真面目社員タイプ。


 かと思えば、海底の財宝を分類も目録もなしに大量搬入してきた。

 やっぱり、龍神は龍神だった。

 ミューズに「落としもの返して偉い」とか言われて、ご満悦なようだった。

 けど、人間が落としたもの=聖地のものじゃねえからな。


 無口で真面目なところはアイオリスに似てる気がしたけど、あいつの方が遥かに面倒臭かったわ。



6.拙/水色六号/北

 理屈っぽいの。説明を始めると、仕様、条件、前提、許容範囲を全部並べる。

 会議になると一番面倒な理屈屋だが、こっちが見落とした穴を最初に見つけるのも、大体こいつだ。

 そこが余計に面倒臭い。


 氷が作れるって聞いたから、作り方を教えて貰おうとしたら、湖に氷山を生やした。

 やっぱり、こいつもスケール感が龍神だった。

 ミューズが無邪気に褒めるもんだから、調子に乗ってやがる。


 頭でっかちなとこが、少しだけミュリナに似てる。

 うちのミュリナは、素直だし、こうはならんだろうが。



7.儂/緑七号/西

 年寄りくさい喋り方をする古老枠。実際に八海の中で年長なのかは知らん。

 力で押すより、潮や時間の流れを読んで、長い目で考える。


 ミューズへ海流を操る技を教えようとして、舟も筏も神殿の資材も、湖の上で仲良く回転させた。

 人間どもが神域の異変だと震えたので、記念すべき出禁一号に認定した。


 ミューズからは「おみず、みんなで、てをつないでる」と好評だった。

 たぶん、中のミュシアが「ぐるぐる、たーのしー」とか言ってる。

 ちびどもにせがまれると、またやらかしかねない。要注意。



8.(やつがれ)/青八号/東北

 妙にへりくだっているが、記憶力と情報量が怖い奴。

 なんかやたらと記録を取ってる。データ至上主義っぽい。鬱陶しいが、事実確認なら一番頼れる。


 来る前に知らせろと言ったら、俺とアイオリスの頭上だけへ雨を降らせやがった。

 お前、実は言葉尻だけ捉えて、わざとボケかましてんじゃねえだろうな。


 俺がのじゃ様と約束した龍宮訪問を知らなかったことに、滅茶苦茶動揺していた。

 なんでだよ。


挿絵(By みてみん)


 以上、八龍神。


 八つの海を預かる古い龍神で、揃いも揃って規模がデカく、異様なくらい頭が回るくせに、人間への理解が浅くて、善意と龍神基準の合理性を悪魔合体させてやらかしてくる。


 俺のことは相変わらず、生まれたばかりの若い水だの、後輩だの、娘みたいなものだのと勝手に思っているらしい。

 ミューズに至っては、完全に孫扱いだ。無責任に甘やかすんじゃねえぞ。


 誰が一番慕われているかで本気の議論を始めるくらいには、全員どうしようもない。

 なお、ミューズ本人へ聞いた場合の答えは、たぶん全員「なかま」「なかよし」だろう。


 もう、それでいいだろ。

 いい年こいて、いちいち揉めてんじゃねえ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こう見るとミンツの多い戦隊カラーだな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ