表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/151

EX(118.22).『復世巡行記・世界樹の枯れ森』⑪ 〇◆★△

『復世巡行記・世界樹の枯れ森』最終回

 ミツバが手を下ろした後も、種から伸びた根の一部は水を吸い続けていた。


 それを見ているうち、昨日から引っかかっていたことが、俺の中で形になってきた。


「なあ。この根、外へ出せねえか」


『パパのたね、おそと?』


「種全部じゃねえよ。デカすぎて運びようがねえし。生きてる根を少しだけ切って、日の当たる場所へ植え替えるんだ」


 この遺跡の中には日の光が届かない。

 水はあっても、根を伸ばせる土はほとんどない。


 精霊の身体だった根だから、今まで保っていられたのかもしれない。

 けれど、普通の植物が育つ場所としては、下の下だと思う。


 今は水を吸っているこの根も、いつまで無事か分からない。

 茸や苔に覆われ、種と同じように少しずつ朽ちていって、いずれは土へ還るだろう。


「幹が根元から折れた木から、新たな芽が出ているのを旅の途中で見たことがある」


 アイオリスが、種を見上げながら言った。


「それだよ。挿し木みたいな感じで、何とかならねえかなって」


 切った枝を土に挿して、根を伸ばすのが挿し木。

 今回はその逆だ。切り分けた根を土へ伏せ、そこから芽を出させる。


 俺には園芸や農業の知識なんてない。

 それでも、何もせず暗い場所へ残すより、ずっといい。


「……試してみる価値はあると思う」


「だろ?」


 ミツバが、太い根を両手で包んだ。


『ねっこ、おそと。パパ、おきる?』


「パパは起きねえ」


 そこだけは、最初に分けておかなければならない。


「芽が出ても、パパが戻ってくるわけじゃない。

 パパだった根から、別の木が育つかもしれないってだけだ」


「運び出すには、根を切らねばならない」


 アイオリスも、都合のよいことだけは言わなかった。


「外へ移しても、根付かずに枯れる可能性がある」


『ねっこ、しぬかも?』


「ああ」


 ミツバの三枚葉が伏せた。


「でも、ここへ残しても、いつかは水を吸わなくなる」


 俺は根へ触れた。


「だったら、日の当たる場所へ出してみたい。俺はそう思ってる」


 ミツバは太い根に触れたまま、天井を見上げた。

 視線の先にあるのは、石材と乾いた根ばかりだ。


『おひさま、おみず、つち。ミツバ、げんき』


「ああ」


『ねっこ、おそとなら、げんき?』


「うまくいけば、そうなる」


 ミツバはしばらく考えていた。


 やがて、根を包んでいた枝の手に少しだけ力を込める。


『パパ、おひさま、ミツバにみせたい、いった』


 そうか。


 ミツバは、この地下の遺跡で生まれ、すぐに眠らされた。


 俺たちの前で芽吹いた時に、初めて日の光を浴びたのだ。


『ミツバ、パパのねっこ、おひさま、みせたい』


「分かった。なら、準備するぞ」


『ジュンビ、なに? ねっこ、おそと、まだ?』


「外へ連れていった後も、根が元気でいられるやり方を調べる。植える場所も、先に探しとかなきゃな」


 適当に切って、雑に埋めて、それで枯らしたら意味がない。


 俺もアイオリスも、園芸には詳しくない。


 なら、詳しい人間を探せばいい。


 俺はアイオリスを見た。


「もう一回、ちゃんと試すぞ」


「聖地との往復か」


「今度は事故じゃなく、仕様を確かめながらやる。

 すぐ戻れそうなら、向こうで詳しい奴に聞いてくる。無理そうなら、人を向かわせる」


「分かった。こちらでは植える場所を探しておこう」


 ミツバの三枚葉が、不安そうに揺れた。


『イズミ、また、かくれる?』


「隠れるんじゃねえよ。ちょっと出かけてくるだけだ」


『よぶ。こたえる?』


「今度は先に水を用意してから行く。泥水の時よりは、まともに答えられるはずだ」


 俺はミツバの根の足を軽く叩いた。


「お前は、ここでキコリと根を植える場所を探してくれ。

 一番おいしい土があって、朝から日が当たるところがいい」


『ねっこ、いいばしょ、さがす!』


 たぶん、ミツバは俺が何を試そうとしているかまでは、よく分かっていない。

 それでも、自分にできる仕事を渡されたのが嬉しいらしい。伏せていた葉が、少しだけ持ち上がった。


「ああ。頼んだぞ」


 後は、これを言葉だけの約束にしないことだ。


※※※※※


(――イズミール)


 遠い呼び声が、ズミュルナ湖の底まで届いた。


 俺は湖底の社の傍で意識を澄まし、結魂の先へ伸びる感触を辿った。

 声の向こうに、アイオリスがいる。


 その名を呼び返した瞬間、暗闇の中に細い水の出口が開いた。


 次に視界が開いた時、目の前にアイオリスがいた。


 いや、近い。


 近い近い。


 なんで当たり前みたいに抱き締められてんだよ。


「……おい。どういうことだよ、これは」


「触れた状態の方が、私の居場所を伝えやすいと思った」


「だからって、気安く抱いてんじゃねえ!」


「気軽にしているつもりはない」


 ミツバの三枚葉が、嬉しそうに大きく揺れた。


『イズミ、かえった! なかよし! テェテェ!』


「ああ、ただいま――じゃねえ! 離せこの野郎!」


 昨日は事故の果てに、たまたま帰り道を見つけた。

 そのままでは、一度きりの偶然でしかない。


 だから、今日は条件を整えて、失敗した場合の段取りも決めて再検証に臨んだ。


 結果から言えば、聖地と世界樹の井戸との往復は再現できた。


 源流へ繋がった場所。身体を創れるだけの水。その傍にいるアイオリス。そして、互いに呼び合うこと。

 今のところ、その四つが揃った時だけ、現地の水から身体を創れた。


 アイオリスがいなければ成立しない時点で、恒久的な移動手段にはならない。

 人や物を連れて来ることはできない。

 ミューズにも同じ手順を試してもらったが、井戸の水を感じ取ることさえできなかった。


 それでも、自分の水域じゃない場所へ身体を出して、聖地との間を往復できると分かったのは大きい。


 根の挿し木――根伏せというらしいが、それに関する話も聞いてこれたし、世界樹の森の現状や、ミツバの存在も共有できた。


 今後のことは、次に聖地へ戻った時に相談する予定だ。

 サルディスの爺さんは頭を抱えていたが。


 その時、頭上から、ずうん、と腹に響く音が落ちてきた。

 遺跡の天井から細かな砂が降る。


「……おい。今の何だ」


 ミツバが嬉しそうに地上を指した。


『き、たおれた』


「なんで嬉しそうに言ってんだよ!?」


※※※※※


 地上へ出ると、遺跡周辺の一帯だけ空が広くなっていた。

 立ち枯れた巨木が何本か残っていたはずだが、今は地面へ横たわっている。

 根元には斧で入れた切れ目があり、幹の反対側には大きく抉れた跡が残っていた。


「お前ら、俺がいない間に何してたんだ……?」


「日当たりの良い場所を作っていた」


 アイオリスは斧を肩へ担ぎ、何でもないことのように答えた。


『おひさま、ねっこ、いる』


「いや、広すぎだろ……」


「日を遮り、倒れる危険のある枯木だけを選んだ。ミツバにも手伝ってもらっている」


 なるほど。選別はしているらしい。


 倒した木も運び去らず、土の上へ横たえてある。

 これなら茸や菌糸が入り、時間をかけて土へ戻るだろう。


 俺が聖地へ戻っている間、二人はただ待っていたわけじゃないらしい。


「もう一本残っている」


 アイオリスは、残った立ち枯れの巨木へ向かった。


 ミツバが根の足を地面へ沈める。

 枯木の根元を探り、次に隣の巨木へ細根を伸ばした。


『これ、おみず、のんでない。しんでる』


「わかった、あちらに倒そう」


 アイオリスが枯木の周囲を一周し、倒す方角を示した。


「ミツバ、前と同じだ。合図を待て」


『まつ』


 アイオリスが木の根元に斧を振り下ろした。

 乾いた木屑が飛び、二度、三度と刃が入るたび、幹に大きな切れ込みが入っていく。

 反対側に回って、さらに数回斧を振るい、交互に切れ込みが入った。


「今だ」


『いま!』


 ミツバの根が地面にしっかりと食い込んだ。

 胴も、肩も、腕も、人間ではありえない角度までしなり、ぎしぎしと音を立てた。


『やーっ!』


 枝の拳が、巨木の幹へ叩き込まれた。


 樹皮が爆発したように弾け飛び、巨木が軋み、アイオリスの示した方向へゆっくり傾いた。

 倒れた枯れ木が地面を揺らし、もうもうと土埃を巻き上げた。


 一連の作業が終わるまではと、どうにか堪えていたツッコミが噴き出した。


「お前、もう完全に木こりやってんじゃねえか!」


「そうだが」


 木こり野郎は平然と答えた。そうだよな、木こり野郎だもんな、お前はそういう奴だよ。


『キコリ! ミツバ、できた!』


 ミツバがどすんどすんと駆けてきて、両手を上げて嬉しそうにしていた。

 よく見れば、幹を殴った枝の手に細い亀裂が走っていた。


「お前はお前でおかしい! あんなデカい木を、なに普通に殴り倒してんだよ!?

 っていうか、手! お前っ、それ、大丈夫なのか!? おい、アイオリスぅ?!」


『ミツバ、おかしい?』


 小首を傾げる表情には、痛みを感じている様子がない。逆にそれが痛々しい。


「……大丈夫だ、問題ない」


 アイオリスは、どこか疲れた顔でミツバの手を見上げて言った。

 ミツバの枝の手にできた亀裂から、小さな芽がいくつも覗き、傷口を覆うようにゆっくり伸び始めていた。


「問題しかねえよ馬鹿野郎! 児童労働に労災案件とか洒落にならねえんだよ!」


「だからこそ、力加減を学ばせている」


 確かに、このパワーが突然暴走したら、重大な現場事故待ったなしだ。

 人間相手に何か起こしたら、どっちにとっても大惨事になる。


『ミツバ、もっと、じょうず、なぐる』


「……手ぇ壊すほど殴るな。合図を待てるのはいいけど、もっと弱くやれ」


「私も見ている」


「よ、ヨシ……安全第一で頼むわ」


 その後は、根を植え替える場所探しをした。

 俺は水を流すことや、水の流れを調べることは出来ても、土の良し悪しはわからない。

 ミツバに選ばせるのが最適だった。


 ミツバは倒れた木々の周りを歩き回り、時々、土の中に細い根を伸ばしていた。


 遺跡から湧き出す水が、土の中にも染み込んできているのか、地面も乾き切ってはいない。

 倒木の下には黒く湿った土がある。


 日差しを遮るものも、上から枝が落ちてくる心配もない。


『おひさま、おみず、ある。きのこ、おいしいつち、つくる』


 ミツバは両手を土へ置き、花模様の瞳を開いた。


『ねっこ、ここ、いいね』


 俺は地面に水を撒いた。

 聖地で聞いてきたが、粘土みたいな土は、水はけが悪くて根が伸びにくいらしい。

 泥水へ意識を通すのは生理的に不快だったが、水が一か所に溜まらず、地中へ抜けていくことは確認できた。


「水はけは大丈夫そうだな、たぶん」


「周囲の木も、すぐに倒れるものはない」


「よし。ここにするぞ」


 これで、引っ越し先はできた。


 残るのは、根を切って、ここまで運ぶことだ。


※※※※※


 遺跡最奥の種は、昨日と同じ場所に横たわっていた。


 裂けた種皮。

 白い菌糸にほどかれていく木質。

 その脇を抜け、水を吸い続ける太い根。


 ミツバは朽ちた種には向かわず、生きた根の方へ真っ直ぐ進んだ。


 細根を何本もの側根へ触れさせ、一つずつ確かめていった。

 やがて、太い根から分かれた一本で、枝の手が止まった。


『これ、げんき』


 俺はその根へ水を通した。


 吸い込まれた水は途中で滞らず、枝分かれした細根の先まで届く。

 表面の一部は苔むしていたが、内側の木質はまだしっかりしていた。


 アイオリスは斧を抜き、ミツバの示した根へ刃を当てる。


 だが、すぐには振り上げなかった。


 ミツバは俺たちの顔を見た。


 それから、切り取る側の根へ蔓を伸ばす。

 長い根の何か所にも巻きつけ、持ち上げた時に折れないよう支えた。


『パパのねっこ、おそと、つれてって』


「始めるぞ」


 俺は地下へ残す側と、運び出す側の両方へ水を満たした。

 切断面になる場所へ薄い水膜を作る。


「ああ」


 アイオリスが斧を振り上げた。


 刃は揺れていない。

 だが、柄を握る指へ力が集まっているのが分かった。


 ミツバは目を閉じなかった。

 花模様の瞳をこれから切られる場所に向けたまま、蔓を張って根の重さを受けている。


挿絵(By みてみん)


 黒禍を断つためにずっと振るわれてきた斧が、今度は根を日の下へ運ぶために振るわれた。


 空気を切り裂く鋭い音が、石の広間へ響いた。

 斜めに入った刃が、生きた根を断ち切った。


 切断面から樹液が滲み、根の中を流れていた水が一瞬だけ乱れる。

 支えを失った根が、重みで傾いた。


 それを、ミツバが両腕と蔓で根をしっかりと受け止めた。


 俺は二つの切断面を水で覆った。

 切り取った側の細根も、弱いながら新しい水を吸い込んだ。


「まだ吸ってる。急ぐぞ」


 ミツバはしっかりと根を抱え込み、持ち上げた。

 垂れた根を引きずって傷つけないように、アイオリスもそれを助けた。


 俺たちは三人で、暗い通路へ踏み出した。


※※※※※


 遺跡の出口を越えた瞬間、根の表面へ日が差した。

 根は何も語らず、動き出すこともない。


 用意した溝へ着くと、アイオリスが斧の石突で土をほぐす。

 ミツバが根の端を持ち上げ、向きを何度か変える。


『こっち、おみず』


「なら、そちらへ根の先を向けよう」


 根を横たえ、土を浅く被せていく。


 ミツバは種の広間から持ってきた色濃い土を、根の周りへ少しずつ置いた。


『パパのつち、ねっこ、あげる』


 根全体へ薄く土を被せ、細根が集まっている部分へは、少し厚く土を寄せた。

 土の中で細根がどちらへ伸びていくのか、ミツバには分かるようだった。


 俺が水を流すと、黒い土と腐葉土を通り、横たえた根の周囲を湿らせる。

 細根が一本、また一本と水を吸う。


 アイオリスが落葉を重ね、土が乾きすぎないよう覆う。


 すぐに何かが変わるわけではない。

 根が大きく動くことも、土が持ち上がることもなかった。


 ミツバは、伏せた根の上へ両手を置いた。


『ここ、パパのところ?』


「ここは、この根がこれから生きる場所だ」


 アイオリスが、ミツバの傍へ膝をつく。


「そして、パパがここにいたことを、私たちが覚えておく場所でもある」


 仲間の墓へ折れた剣を立てた、あいつらしい言葉だった。


『ねっこ、め、でる?』


「出るかもしれねえ。でも、約束はできない」


『ミツバ、まつ。おみず、おいしいつち、あげる』


「おう。一緒に見よう」


 ミツバの三枚葉は、完全には上を向かなかった。

 それでも、根伏せした土へ落ちる日差しを受け、葉先が僅かに開いた。


※※※※※


 それから、幾つかの朝が巡った。


 ミツバは、根伏せをした場所に張り付いて動かないと思っていたが、陽が落ちると別の場所へ移った。

 若木になって寝ている間に、土の養分を吸ってしまわないようにしているらしい。


 朝になると、アイオリスと一緒に見回りに行く。

 植えた根の土を確かめ、風で飛んだ落葉を薄く戻す。

 どうやっているのか分からないが、水や養分を分けることもしているようだ。


 俺は聖地と世界樹の森を行き来し、向こうへ状況を伝えては、必要な知識を持ち帰る。


『イズミ、おみず、もっと、いっぱい?』


「今日はここまでだ。根っこだって、水没させりゃいいわけじゃねえ」


『いっぱい、だめ……』


「からからの時に飲む水の方がうまいだろ?」


『わかる』


 俺は夕方には湖へ帰る。

 聖地の連中には悪いが、夜の間に打ち合わせをさせて貰っている。

 深夜残業とか割増賃金ものの話だが、この世界にはそんなルールはまだない。


 で、明け方にはまたこっちに戻ってくる。

 二十四時間営業、コンビニエンス女神様だ。どうだ怖いか。


『イズミ、かえった』


「おう。帰ってきたぞ」


『よぶ。こたえる。くる』


「いいね、だろ?」


 三枚葉が少しだけ持ち上がった。


『いいね!』


 ミツバは俺とアイオリスを順番に見た。


『イズミ、ママ、ちがう』


「違う」


『キコリ、パパ、ちがう』


「ああ」


 アイオリスも短く答えた。


 ミツバの頭の若枝が傾く。


『ミツバと、なに?』


「なにって、お前……」


 俺は一瞬、言葉に詰まった。


 親じゃない。

 イルミンスールの代わりにも、ミルラの代わりにもなれない。

 だからといって、旅先でたまたま会っただけの他人として放っておく気もない。


「……お隣さんだ」


『オトナリサン?』


 ミツバは新しい音を確かめるように繰り返し、三枚葉を開いた。


「困った時とか、寂しい時に、呼ばれたら手伝いに来る。そういう奴だ」


『オトナリサン、いいね』


 植え替えた根は、まだ芽を出さない。

 世界樹には根伏せが合わないのか、芽の出る時期が決まっているのか、詳しいことは分からない。


 周りでは、倒れた枯木の表面に苔や白い菌糸が育ちつつある。

 生きた木々の樹冠から差す光と影は日ごとに角度を変え、倒木の陰に小さな茸が増えていく。


 ミツバは集めた落葉や土を植えた根の周りへ運び、養分を送り続けた。


 風の強い日や、日差しが強く土の表面が乾く日は、自分の大きな身体で遮った。


 教えられた通りに世話をするだけじゃない。

 根の変化を見て、その日に必要なことを選び始めていた。


 アイオリスは森を巡って、立ち枯れた木々を間引いている。

 巨木を倒す時は、ミツバを連れて行き、身体の動かし方も教えているらしい。


 俺は聖地へ戻るたび、ミューズとリディアを通して話を聞きつつ、八海の連中にも連絡を取った。


 俺の水域じゃないせいで気軽に移動できないなら、ここまで俺の水を繋いでしまえばいい。

 一度は世界ごと沈めちまったんだ。やってやれないことはないはずだ。


 とはいえ、山一つ越えるほどの水を動かせば、どこかが渇き、別の場所が沈んだりするかもしれない。


 前みたいに勢いだけで水を流すわけにはいかない。

 面倒な計算やら調査は、八海全員へ平等に押しつけることにした。


「聖地からここまで、水そのものを繋ぐぞ。地下が無理なら運河だ。

 のじゃ様ども全員巻き込んでやる。絶対に逃がさねえ」


「彼らは承知したのか」


 アイオリスは、僅かに眉を上げた。


「元々、あいつらから頼まれた仕事だろうが。

 俺たちだけ現地常駐とか、業務配分がおかしいんだよ」


 あの連中、俺の留守中に何やかんやで、ちびどもを構い倒してるのは知ってるんだ。

 そんなに、じいじ・ばあばムーブがしたいなら、こっちのデカちびも助けやがれ。


「確かに、私がここに留まり続ける限り、他の土地にも向かえないが……」


「それと、この森を見張る森番の部署を作らせることにした」


「森番?」


 アイオリスが地図から顔を上げた。


「周りの土地も戻っていけば、そのうち人間も来るだろ。

 木材目当て、遺跡目当て、後はミツバを祀り上げて利用しようとする奴らへの対策だ」


『キコリ、ふえる?』


 ミツバが小首を傾げた。


「こんな面倒臭い野郎が増えてたまるか!」


「警備だけではなく、森と人との間を取り持つ者か」


「そう。自然保護官とか、レンジャー的な……まあ、名前は後だ」


 アイオリスは、森の奥へ目を向けた。


「森と繋がることと、一人で森を背負うことは違う、か」


「そういうことだ」


 イルミンスールは、ミツバに森を守るためだけの生き方をさせたくなかった。


 森が広いなら、助ける奴も増やせばいい。

 水が遠いなら、道を繋げればいい。


 決めなければならないことが多いなら、一人で決めさせなければいい。


 どれも、今日明日で終わる仕事じゃない。


 だから、俺たちは何度でもここへ来る。


◆◆◆◆◆


 二つの月が枯れた梢の向こうへ沈み、東の空が白み始める。


 朝の光が森の奥へ差し込んだ。


 閉じていた色違いの三枚葉が、光を受けて開く。


 一本の若木として眠っていたミツバの根へ、昨日まではなかった小さな水の動きが触れた。

 根を伏せた場所で、水が地表へ向かって昇っていく。


 若木の枝葉がざわめいた。

 幹の表面が滑らかな褐色の肌へ変わり、根が二本の足へ分かれる。


 ミツバは、目覚めた瞬間にあの場所へ駆け出した。


 芽吹き始めた枝を折らないように。

 地面を覆い始めた苔や草を踏み荒らさないように。


 そこには、湿った土を押し退け、柔らかな緑がふたつ覗いていた。


 同じ根から伸びた二つの芽が、朝露を抱きながら、折り畳んでいた葉をゆっくりほどいている。


 ミツバの三枚葉が、いっぱいに開いた。


 ミツバは芽へ触れず、根を通して土の湿りを確かめた。

 それから身を翻し、遺跡に向かって駆け出した。


 そこには、呼べば答えてくれるオトナリサンがいる。


『イズミ! キコリ! め、でた! ふたつ!』


 井戸のある広間へ叫ぶと、ミツバは返事を待たずに駆け戻った。


 目覚めたばかりの新芽は、まだ葉を開いている途中だった。


 三枚葉に光を受け、後ろから追いかけてきた二人の声を聞きながら、ミツバは二つの芽に呼びかけた。


『ねぼすけ、おはよう』


 二つの芽は、呼びかけに答えない。


 ただ、朝日の中で、並んで葉を開いていた。


挿絵(By みてみん)

<TIPS>

世界樹の守り人(ツリーガード)

 聖地ゴルディウムより、世界樹の森へ遣わされる森の守護者たち。

 大精霊の試しを越えた者だけが、黄金の斧と鎧を帯びることを許される。


 彼らの役目は、森へ入る者と出る者を見定め、獣や賊を退けることだけではない。

 枯れるべき木を倒し、残すべき芽を守り、森の恵みを求める人と、人の理を解さぬ森との間に立つ。


 ゆえに守人には、武だけでなく、森を読む知と、大精霊への崇敬が求められる。

 中でも三つの徳に秀でた者には、五字の聖句が刻まれた黄金の葉が授けられる。


 その文字は、世界樹の大精霊が自ら記したものとされる。

 五字は葉ごとに異なり、一字として重ならない。

 そして、いずれも定められた順序で並ぶ。


 何故に五字なのか。

 何故にその並びでなくてはならないのか。

 神官にも、守人にも、その意味を知る者はいない。

 ただ、葉を継いだ者は、己の名に代わり、その五字を異名として帯びる。


 そこに立つ九人の守人は、九枚の葉を継ぎ、代を重ねる。

 人は彼らを総じて、『Goiūōnēs(ゴジュウオン)』と呼ぶ。


 『Goiūōnēs(ゴジュウオン)』は常に九人。


 守人が倒れようとも、黄金の葉は決して朽ちることがない。

 黄金の葉も、斧も鎧も、森を守る役目も、五字の異名も、次なる者へ受け継がれる。


 だが、最古の伝承は語る。

 黄金の葉は、初めから九枚だったのではない。

 かつては十枚あり、始まりの一枚のみ、未だ次代へ渡っていないのだと。


 その一葉は、失われたのではない。

 始まりの守人は、遠き地を巡る今も役目を終えず、最初の葉を持ち続けているという。

 その始まりの葉に刻まれた、最初の聖句は――


 『Aiuēō(アイウエオ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
以前のtips、一つだけ妙にやっつけな名前があると思ってましたが、ここで回収なのですね。 ところで隙あらばイチャコラしだしますね、この新婚さんめが。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ