EX(118.22).『復世巡行記・世界樹の枯れ森』⑪ 〇◆★△
『復世巡行記・世界樹の枯れ森』最終回
ミツバが手を下ろした後も、種から伸びた根の一部は水を吸い続けていた。
それを見ているうち、昨日から引っかかっていたことが、俺の中で形になってきた。
「なあ。この根、外へ出せねえか」
『パパのたね、おそと?』
「種全部じゃねえよ。デカすぎて運びようがねえし。生きてる根を少しだけ切って、日の当たる場所へ植え替えるんだ」
この遺跡の中には日の光が届かない。
水はあっても、根を伸ばせる土はほとんどない。
精霊の身体だった根だから、今まで保っていられたのかもしれない。
けれど、普通の植物が育つ場所としては、下の下だと思う。
今は水を吸っているこの根も、いつまで無事か分からない。
茸や苔に覆われ、種と同じように少しずつ朽ちていって、いずれは土へ還るだろう。
「幹が根元から折れた木から、新たな芽が出ているのを旅の途中で見たことがある」
アイオリスが、種を見上げながら言った。
「それだよ。挿し木みたいな感じで、何とかならねえかなって」
切った枝を土に挿して、根を伸ばすのが挿し木。
今回はその逆だ。切り分けた根を土へ伏せ、そこから芽を出させる。
俺には園芸や農業の知識なんてない。
それでも、何もせず暗い場所へ残すより、ずっといい。
「……試してみる価値はあると思う」
「だろ?」
ミツバが、太い根を両手で包んだ。
『ねっこ、おそと。パパ、おきる?』
「パパは起きねえ」
そこだけは、最初に分けておかなければならない。
「芽が出ても、パパが戻ってくるわけじゃない。
パパだった根から、別の木が育つかもしれないってだけだ」
「運び出すには、根を切らねばならない」
アイオリスも、都合のよいことだけは言わなかった。
「外へ移しても、根付かずに枯れる可能性がある」
『ねっこ、しぬかも?』
「ああ」
ミツバの三枚葉が伏せた。
「でも、ここへ残しても、いつかは水を吸わなくなる」
俺は根へ触れた。
「だったら、日の当たる場所へ出してみたい。俺はそう思ってる」
ミツバは太い根に触れたまま、天井を見上げた。
視線の先にあるのは、石材と乾いた根ばかりだ。
『おひさま、おみず、つち。ミツバ、げんき』
「ああ」
『ねっこ、おそとなら、げんき?』
「うまくいけば、そうなる」
ミツバはしばらく考えていた。
やがて、根を包んでいた枝の手に少しだけ力を込める。
『パパ、おひさま、ミツバにみせたい、いった』
そうか。
ミツバは、この地下の遺跡で生まれ、すぐに眠らされた。
俺たちの前で芽吹いた時に、初めて日の光を浴びたのだ。
『ミツバ、パパのねっこ、おひさま、みせたい』
「分かった。なら、準備するぞ」
『ジュンビ、なに? ねっこ、おそと、まだ?』
「外へ連れていった後も、根が元気でいられるやり方を調べる。植える場所も、先に探しとかなきゃな」
適当に切って、雑に埋めて、それで枯らしたら意味がない。
俺もアイオリスも、園芸には詳しくない。
なら、詳しい人間を探せばいい。
俺はアイオリスを見た。
「もう一回、ちゃんと試すぞ」
「聖地との往復か」
「今度は事故じゃなく、仕様を確かめながらやる。
すぐ戻れそうなら、向こうで詳しい奴に聞いてくる。無理そうなら、人を向かわせる」
「分かった。こちらでは植える場所を探しておこう」
ミツバの三枚葉が、不安そうに揺れた。
『イズミ、また、かくれる?』
「隠れるんじゃねえよ。ちょっと出かけてくるだけだ」
『よぶ。こたえる?』
「今度は先に水を用意してから行く。泥水の時よりは、まともに答えられるはずだ」
俺はミツバの根の足を軽く叩いた。
「お前は、ここでキコリと根を植える場所を探してくれ。
一番おいしい土があって、朝から日が当たるところがいい」
『ねっこ、いいばしょ、さがす!』
たぶん、ミツバは俺が何を試そうとしているかまでは、よく分かっていない。
それでも、自分にできる仕事を渡されたのが嬉しいらしい。伏せていた葉が、少しだけ持ち上がった。
「ああ。頼んだぞ」
後は、これを言葉だけの約束にしないことだ。
※※※※※
(――イズミール)
遠い呼び声が、ズミュルナ湖の底まで届いた。
俺は湖底の社の傍で意識を澄まし、結魂の先へ伸びる感触を辿った。
声の向こうに、アイオリスがいる。
その名を呼び返した瞬間、暗闇の中に細い水の出口が開いた。
次に視界が開いた時、目の前にアイオリスがいた。
いや、近い。
近い近い。
なんで当たり前みたいに抱き締められてんだよ。
「……おい。どういうことだよ、これは」
「触れた状態の方が、私の居場所を伝えやすいと思った」
「だからって、気安く抱いてんじゃねえ!」
「気軽にしているつもりはない」
ミツバの三枚葉が、嬉しそうに大きく揺れた。
『イズミ、かえった! なかよし! テェテェ!』
「ああ、ただいま――じゃねえ! 離せこの野郎!」
昨日は事故の果てに、たまたま帰り道を見つけた。
そのままでは、一度きりの偶然でしかない。
だから、今日は条件を整えて、失敗した場合の段取りも決めて再検証に臨んだ。
結果から言えば、聖地と世界樹の井戸との往復は再現できた。
源流へ繋がった場所。身体を創れるだけの水。その傍にいるアイオリス。そして、互いに呼び合うこと。
今のところ、その四つが揃った時だけ、現地の水から身体を創れた。
アイオリスがいなければ成立しない時点で、恒久的な移動手段にはならない。
人や物を連れて来ることはできない。
ミューズにも同じ手順を試してもらったが、井戸の水を感じ取ることさえできなかった。
それでも、自分の水域じゃない場所へ身体を出して、聖地との間を往復できると分かったのは大きい。
根の挿し木――根伏せというらしいが、それに関する話も聞いてこれたし、世界樹の森の現状や、ミツバの存在も共有できた。
今後のことは、次に聖地へ戻った時に相談する予定だ。
サルディスの爺さんは頭を抱えていたが。
その時、頭上から、ずうん、と腹に響く音が落ちてきた。
遺跡の天井から細かな砂が降る。
「……おい。今の何だ」
ミツバが嬉しそうに地上を指した。
『き、たおれた』
「なんで嬉しそうに言ってんだよ!?」
※※※※※
地上へ出ると、遺跡周辺の一帯だけ空が広くなっていた。
立ち枯れた巨木が何本か残っていたはずだが、今は地面へ横たわっている。
根元には斧で入れた切れ目があり、幹の反対側には大きく抉れた跡が残っていた。
「お前ら、俺がいない間に何してたんだ……?」
「日当たりの良い場所を作っていた」
アイオリスは斧を肩へ担ぎ、何でもないことのように答えた。
『おひさま、ねっこ、いる』
「いや、広すぎだろ……」
「日を遮り、倒れる危険のある枯木だけを選んだ。ミツバにも手伝ってもらっている」
なるほど。選別はしているらしい。
倒した木も運び去らず、土の上へ横たえてある。
これなら茸や菌糸が入り、時間をかけて土へ戻るだろう。
俺が聖地へ戻っている間、二人はただ待っていたわけじゃないらしい。
「もう一本残っている」
アイオリスは、残った立ち枯れの巨木へ向かった。
ミツバが根の足を地面へ沈める。
枯木の根元を探り、次に隣の巨木へ細根を伸ばした。
『これ、おみず、のんでない。しんでる』
「わかった、あちらに倒そう」
アイオリスが枯木の周囲を一周し、倒す方角を示した。
「ミツバ、前と同じだ。合図を待て」
『まつ』
アイオリスが木の根元に斧を振り下ろした。
乾いた木屑が飛び、二度、三度と刃が入るたび、幹に大きな切れ込みが入っていく。
反対側に回って、さらに数回斧を振るい、交互に切れ込みが入った。
「今だ」
『いま!』
ミツバの根が地面にしっかりと食い込んだ。
胴も、肩も、腕も、人間ではありえない角度までしなり、ぎしぎしと音を立てた。
『やーっ!』
枝の拳が、巨木の幹へ叩き込まれた。
樹皮が爆発したように弾け飛び、巨木が軋み、アイオリスの示した方向へゆっくり傾いた。
倒れた枯れ木が地面を揺らし、もうもうと土埃を巻き上げた。
一連の作業が終わるまではと、どうにか堪えていたツッコミが噴き出した。
「お前、もう完全に木こりやってんじゃねえか!」
「そうだが」
木こり野郎は平然と答えた。そうだよな、木こり野郎だもんな、お前はそういう奴だよ。
『キコリ! ミツバ、できた!』
ミツバがどすんどすんと駆けてきて、両手を上げて嬉しそうにしていた。
よく見れば、幹を殴った枝の手に細い亀裂が走っていた。
「お前はお前でおかしい! あんなデカい木を、なに普通に殴り倒してんだよ!?
っていうか、手! お前っ、それ、大丈夫なのか!? おい、アイオリスぅ?!」
『ミツバ、おかしい?』
小首を傾げる表情には、痛みを感じている様子がない。逆にそれが痛々しい。
「……大丈夫だ、問題ない」
アイオリスは、どこか疲れた顔でミツバの手を見上げて言った。
ミツバの枝の手にできた亀裂から、小さな芽がいくつも覗き、傷口を覆うようにゆっくり伸び始めていた。
「問題しかねえよ馬鹿野郎! 児童労働に労災案件とか洒落にならねえんだよ!」
「だからこそ、力加減を学ばせている」
確かに、このパワーが突然暴走したら、重大な現場事故待ったなしだ。
人間相手に何か起こしたら、どっちにとっても大惨事になる。
『ミツバ、もっと、じょうず、なぐる』
「……手ぇ壊すほど殴るな。合図を待てるのはいいけど、もっと弱くやれ」
「私も見ている」
「よ、ヨシ……安全第一で頼むわ」
その後は、根を植え替える場所探しをした。
俺は水を流すことや、水の流れを調べることは出来ても、土の良し悪しはわからない。
ミツバに選ばせるのが最適だった。
ミツバは倒れた木々の周りを歩き回り、時々、土の中に細い根を伸ばしていた。
遺跡から湧き出す水が、土の中にも染み込んできているのか、地面も乾き切ってはいない。
倒木の下には黒く湿った土がある。
日差しを遮るものも、上から枝が落ちてくる心配もない。
『おひさま、おみず、ある。きのこ、おいしいつち、つくる』
ミツバは両手を土へ置き、花模様の瞳を開いた。
『ねっこ、ここ、いいね』
俺は地面に水を撒いた。
聖地で聞いてきたが、粘土みたいな土は、水はけが悪くて根が伸びにくいらしい。
泥水へ意識を通すのは生理的に不快だったが、水が一か所に溜まらず、地中へ抜けていくことは確認できた。
「水はけは大丈夫そうだな、たぶん」
「周囲の木も、すぐに倒れるものはない」
「よし。ここにするぞ」
これで、引っ越し先はできた。
残るのは、根を切って、ここまで運ぶことだ。
※※※※※
遺跡最奥の種は、昨日と同じ場所に横たわっていた。
裂けた種皮。
白い菌糸にほどかれていく木質。
その脇を抜け、水を吸い続ける太い根。
ミツバは朽ちた種には向かわず、生きた根の方へ真っ直ぐ進んだ。
細根を何本もの側根へ触れさせ、一つずつ確かめていった。
やがて、太い根から分かれた一本で、枝の手が止まった。
『これ、げんき』
俺はその根へ水を通した。
吸い込まれた水は途中で滞らず、枝分かれした細根の先まで届く。
表面の一部は苔むしていたが、内側の木質はまだしっかりしていた。
アイオリスは斧を抜き、ミツバの示した根へ刃を当てる。
だが、すぐには振り上げなかった。
ミツバは俺たちの顔を見た。
それから、切り取る側の根へ蔓を伸ばす。
長い根の何か所にも巻きつけ、持ち上げた時に折れないよう支えた。
『パパのねっこ、おそと、つれてって』
「始めるぞ」
俺は地下へ残す側と、運び出す側の両方へ水を満たした。
切断面になる場所へ薄い水膜を作る。
「ああ」
アイオリスが斧を振り上げた。
刃は揺れていない。
だが、柄を握る指へ力が集まっているのが分かった。
ミツバは目を閉じなかった。
花模様の瞳をこれから切られる場所に向けたまま、蔓を張って根の重さを受けている。
黒禍を断つためにずっと振るわれてきた斧が、今度は根を日の下へ運ぶために振るわれた。
空気を切り裂く鋭い音が、石の広間へ響いた。
斜めに入った刃が、生きた根を断ち切った。
切断面から樹液が滲み、根の中を流れていた水が一瞬だけ乱れる。
支えを失った根が、重みで傾いた。
それを、ミツバが両腕と蔓で根をしっかりと受け止めた。
俺は二つの切断面を水で覆った。
切り取った側の細根も、弱いながら新しい水を吸い込んだ。
「まだ吸ってる。急ぐぞ」
ミツバはしっかりと根を抱え込み、持ち上げた。
垂れた根を引きずって傷つけないように、アイオリスもそれを助けた。
俺たちは三人で、暗い通路へ踏み出した。
※※※※※
遺跡の出口を越えた瞬間、根の表面へ日が差した。
根は何も語らず、動き出すこともない。
用意した溝へ着くと、アイオリスが斧の石突で土をほぐす。
ミツバが根の端を持ち上げ、向きを何度か変える。
『こっち、おみず』
「なら、そちらへ根の先を向けよう」
根を横たえ、土を浅く被せていく。
ミツバは種の広間から持ってきた色濃い土を、根の周りへ少しずつ置いた。
『パパのつち、ねっこ、あげる』
根全体へ薄く土を被せ、細根が集まっている部分へは、少し厚く土を寄せた。
土の中で細根がどちらへ伸びていくのか、ミツバには分かるようだった。
俺が水を流すと、黒い土と腐葉土を通り、横たえた根の周囲を湿らせる。
細根が一本、また一本と水を吸う。
アイオリスが落葉を重ね、土が乾きすぎないよう覆う。
すぐに何かが変わるわけではない。
根が大きく動くことも、土が持ち上がることもなかった。
ミツバは、伏せた根の上へ両手を置いた。
『ここ、パパのところ?』
「ここは、この根がこれから生きる場所だ」
アイオリスが、ミツバの傍へ膝をつく。
「そして、パパがここにいたことを、私たちが覚えておく場所でもある」
仲間の墓へ折れた剣を立てた、あいつらしい言葉だった。
『ねっこ、め、でる?』
「出るかもしれねえ。でも、約束はできない」
『ミツバ、まつ。おみず、おいしいつち、あげる』
「おう。一緒に見よう」
ミツバの三枚葉は、完全には上を向かなかった。
それでも、根伏せした土へ落ちる日差しを受け、葉先が僅かに開いた。
※※※※※
それから、幾つかの朝が巡った。
ミツバは、根伏せをした場所に張り付いて動かないと思っていたが、陽が落ちると別の場所へ移った。
若木になって寝ている間に、土の養分を吸ってしまわないようにしているらしい。
朝になると、アイオリスと一緒に見回りに行く。
植えた根の土を確かめ、風で飛んだ落葉を薄く戻す。
どうやっているのか分からないが、水や養分を分けることもしているようだ。
俺は聖地と世界樹の森を行き来し、向こうへ状況を伝えては、必要な知識を持ち帰る。
『イズミ、おみず、もっと、いっぱい?』
「今日はここまでだ。根っこだって、水没させりゃいいわけじゃねえ」
『いっぱい、だめ……』
「からからの時に飲む水の方がうまいだろ?」
『わかる』
俺は夕方には湖へ帰る。
聖地の連中には悪いが、夜の間に打ち合わせをさせて貰っている。
深夜残業とか割増賃金ものの話だが、この世界にはそんなルールはまだない。
で、明け方にはまたこっちに戻ってくる。
二十四時間営業、コンビニエンス女神様だ。どうだ怖いか。
『イズミ、かえった』
「おう。帰ってきたぞ」
『よぶ。こたえる。くる』
「いいね、だろ?」
三枚葉が少しだけ持ち上がった。
『いいね!』
ミツバは俺とアイオリスを順番に見た。
『イズミ、ママ、ちがう』
「違う」
『キコリ、パパ、ちがう』
「ああ」
アイオリスも短く答えた。
ミツバの頭の若枝が傾く。
『ミツバと、なに?』
「なにって、お前……」
俺は一瞬、言葉に詰まった。
親じゃない。
イルミンスールの代わりにも、ミルラの代わりにもなれない。
だからといって、旅先でたまたま会っただけの他人として放っておく気もない。
「……お隣さんだ」
『オトナリサン?』
ミツバは新しい音を確かめるように繰り返し、三枚葉を開いた。
「困った時とか、寂しい時に、呼ばれたら手伝いに来る。そういう奴だ」
『オトナリサン、いいね』
植え替えた根は、まだ芽を出さない。
世界樹には根伏せが合わないのか、芽の出る時期が決まっているのか、詳しいことは分からない。
周りでは、倒れた枯木の表面に苔や白い菌糸が育ちつつある。
生きた木々の樹冠から差す光と影は日ごとに角度を変え、倒木の陰に小さな茸が増えていく。
ミツバは集めた落葉や土を植えた根の周りへ運び、養分を送り続けた。
風の強い日や、日差しが強く土の表面が乾く日は、自分の大きな身体で遮った。
教えられた通りに世話をするだけじゃない。
根の変化を見て、その日に必要なことを選び始めていた。
アイオリスは森を巡って、立ち枯れた木々を間引いている。
巨木を倒す時は、ミツバを連れて行き、身体の動かし方も教えているらしい。
俺は聖地へ戻るたび、ミューズとリディアを通して話を聞きつつ、八海の連中にも連絡を取った。
俺の水域じゃないせいで気軽に移動できないなら、ここまで俺の水を繋いでしまえばいい。
一度は世界ごと沈めちまったんだ。やってやれないことはないはずだ。
とはいえ、山一つ越えるほどの水を動かせば、どこかが渇き、別の場所が沈んだりするかもしれない。
前みたいに勢いだけで水を流すわけにはいかない。
面倒な計算やら調査は、八海全員へ平等に押しつけることにした。
「聖地からここまで、水そのものを繋ぐぞ。地下が無理なら運河だ。
のじゃ様ども全員巻き込んでやる。絶対に逃がさねえ」
「彼らは承知したのか」
アイオリスは、僅かに眉を上げた。
「元々、あいつらから頼まれた仕事だろうが。
俺たちだけ現地常駐とか、業務配分がおかしいんだよ」
あの連中、俺の留守中に何やかんやで、ちびどもを構い倒してるのは知ってるんだ。
そんなに、じいじ・ばあばムーブがしたいなら、こっちのデカちびも助けやがれ。
「確かに、私がここに留まり続ける限り、他の土地にも向かえないが……」
「それと、この森を見張る森番の部署を作らせることにした」
「森番?」
アイオリスが地図から顔を上げた。
「周りの土地も戻っていけば、そのうち人間も来るだろ。
木材目当て、遺跡目当て、後はミツバを祀り上げて利用しようとする奴らへの対策だ」
『キコリ、ふえる?』
ミツバが小首を傾げた。
「こんな面倒臭い野郎が増えてたまるか!」
「警備だけではなく、森と人との間を取り持つ者か」
「そう。自然保護官とか、レンジャー的な……まあ、名前は後だ」
アイオリスは、森の奥へ目を向けた。
「森と繋がることと、一人で森を背負うことは違う、か」
「そういうことだ」
イルミンスールは、ミツバに森を守るためだけの生き方をさせたくなかった。
森が広いなら、助ける奴も増やせばいい。
水が遠いなら、道を繋げればいい。
決めなければならないことが多いなら、一人で決めさせなければいい。
どれも、今日明日で終わる仕事じゃない。
だから、俺たちは何度でもここへ来る。
◆◆◆◆◆
二つの月が枯れた梢の向こうへ沈み、東の空が白み始める。
朝の光が森の奥へ差し込んだ。
閉じていた色違いの三枚葉が、光を受けて開く。
一本の若木として眠っていたミツバの根へ、昨日まではなかった小さな水の動きが触れた。
根を伏せた場所で、水が地表へ向かって昇っていく。
若木の枝葉がざわめいた。
幹の表面が滑らかな褐色の肌へ変わり、根が二本の足へ分かれる。
ミツバは、目覚めた瞬間にあの場所へ駆け出した。
芽吹き始めた枝を折らないように。
地面を覆い始めた苔や草を踏み荒らさないように。
そこには、湿った土を押し退け、柔らかな緑がふたつ覗いていた。
同じ根から伸びた二つの芽が、朝露を抱きながら、折り畳んでいた葉をゆっくりほどいている。
ミツバの三枚葉が、いっぱいに開いた。
ミツバは芽へ触れず、根を通して土の湿りを確かめた。
それから身を翻し、遺跡に向かって駆け出した。
そこには、呼べば答えてくれるオトナリサンがいる。
『イズミ! キコリ! め、でた! ふたつ!』
井戸のある広間へ叫ぶと、ミツバは返事を待たずに駆け戻った。
目覚めたばかりの新芽は、まだ葉を開いている途中だった。
三枚葉に光を受け、後ろから追いかけてきた二人の声を聞きながら、ミツバは二つの芽に呼びかけた。
『ねぼすけ、おはよう』
二つの芽は、呼びかけに答えない。
ただ、朝日の中で、並んで葉を開いていた。
<TIPS>
「世界樹の守り人」
聖地ゴルディウムより、世界樹の森へ遣わされる森の守護者たち。
大精霊の試しを越えた者だけが、黄金の斧と鎧を帯びることを許される。
彼らの役目は、森へ入る者と出る者を見定め、獣や賊を退けることだけではない。
枯れるべき木を倒し、残すべき芽を守り、森の恵みを求める人と、人の理を解さぬ森との間に立つ。
ゆえに守人には、武だけでなく、森を読む知と、大精霊への崇敬が求められる。
中でも三つの徳に秀でた者には、五字の聖句が刻まれた黄金の葉が授けられる。
その文字は、世界樹の大精霊が自ら記したものとされる。
五字は葉ごとに異なり、一字として重ならない。
そして、いずれも定められた順序で並ぶ。
何故に五字なのか。
何故にその並びでなくてはならないのか。
神官にも、守人にも、その意味を知る者はいない。
ただ、葉を継いだ者は、己の名に代わり、その五字を異名として帯びる。
そこに立つ九人の守人は、九枚の葉を継ぎ、代を重ねる。
人は彼らを総じて、『Goiūōnēs』と呼ぶ。
『Goiūōnēs』は常に九人。
守人が倒れようとも、黄金の葉は決して朽ちることがない。
黄金の葉も、斧も鎧も、森を守る役目も、五字の異名も、次なる者へ受け継がれる。
だが、最古の伝承は語る。
黄金の葉は、初めから九枚だったのではない。
かつては十枚あり、始まりの一枚のみ、未だ次代へ渡っていないのだと。
その一葉は、失われたのではない。
始まりの守人は、遠き地を巡る今も役目を終えず、最初の葉を持ち続けているという。
その始まりの葉に刻まれた、最初の聖句は――
『Aiuēō』




