EX(118.1+).黎明の潮流を治むる一の龍 〇★△
118.1話「空の下で果たされた約束」~118.2話「魔術師、帰りて」の間のお話
丘に帰ってから三日。
俺はちびたちにせがまれて、水フィギュアで源流の戦いを再現したり、アニソンを歌わされたり、物資調達スペシャルガチャをしたりと、すっかりちびたちの娯楽係になっていた。
あいつらは大体なんにでも喜んでくれる。チョロい奴らめ。いったい誰に似たんだ?
けどまぁ、遊んでばかりもいられない。
厄介事の大元は片付いたが、後始末はまるで片付いていない。
誰を先に戻すか、どこまで生活圏を広げるか。
今ここで雑に決めたことは、後で絶対に揉める。
まず大方針を決める頭が要る。でないと決裁が全部こっちへ回ってくる。
だがアイオリスも駄目だ。こいつは俺やちびたちのためなら平気で自分を使い潰す。
だから、こいつと人事の話だけは先に詰める必要があった。それも秘密裏にだ。
結魂特典だかなんだかの“お肌の触れ合い通信”は、秘密会議に最適だった。
つまり、俺とアイオリスがくっついてなきゃいけないのは必然なわけだ。
……いや、必要だからだぞ。全然そういうアレじゃない。
そのはずなのに。
(おい……話、終わっただろ)
泡の丘の外れ、水辺の草を撫でる風の中で、俺は胸の奥でそう言った。
人事の話は取り敢えずサルディスとかいう爺さんを戻してみるってことで固まった。
それは良いんだが、俺は何故か背後から抱き寄せられている。
いつからこうされてた? 自然すぎて気付けなかった。
だが、犯人の木こり野郎は、至って平然としたものだった。
(ああ)
(ああ、じゃねえんだよ。さっさと離れろ)
(もう少しこうしていたい)
(はぁ? わがまま言ってんじゃねえ、ガキかお前は)
(ミュルナたちが羨ましいと感じることはある)
(キモっ! 俺はお前のママじゃねえ、勝手に人にバブみを感じるな!)
重たくて色々拗らせてる金髪イケメンにオギャられるなんて冗談じゃねえ。
(私はただ君の傍に居たいだけだ)
(……)
こいつは本当に、相談事を終えると、そのまま流れるようにイチャつきフェーズへ移行してくる。
無自覚鈍感系ムーブかと思えば、自覚的にもぶっ刺してきやがる。
最近は俺の方も、いちいち全力で振りほどけなくなってきているのが、なお悪い。
胸の前に回された腕は重く、温かい。背中で鼓動を感じる。
そんな風にくっつかれると、こっちの身体まで勝手に人間に近づいてくる。
くそ、動くな俺の心臓もどき、勝手に妙な気分にさせるんじゃねえ。
(……おい。もうじき、ちびたちが帰ってくるんだからな。
時と場所を弁えろよ、このケダモノが)
(分かっている)
(本当に分かってる奴は、こんなことを――)
その時だった。
空で、何かがきらりと光った。
「!?」
次の瞬間、風を裂くみたいな音に続いて、とんでもなく重たく硬い音が響き渡った。
ガゴォン、と。
土砂崩れとか、雷とか自然に存在する音じゃない。
金属の破砕音とも違う。
逃げ場のない衝撃だけが、空気を殴りつけるような轟音だった。
地面がびり、と震えてるのを背中に感じた。
アイオリスが俺を抱きしめて地面に伏せたからだ。
判断が早い。
遠くで悲鳴が上がった。
アイオリスは既に顔を上げ、周囲の様子を覗っている。
俺をしっかりと抱え込んでくるその腕や身体は力を蓄えて張り詰めている。
俺も少し遅れて周りを見回した。
音がしたのは、立入禁止にしてある黄金化地帯の一角だ。
そこに何か巨大なものが転がっていた。
「んん……?」
初めは見間違いだと思った。
結構な距離があるのに、それが魚のように見えたからだ。
魚だとすると、とてつもなくでかい。
「……は?」
間抜けな声が出た。
意味が分からない。
その大きさも、形も――そして、黄金化したその姿も。
っていうか、なんかマグロっぽくね?
あのゴロリとしたシルエットは紛れもなく奴だ。
そんな馬鹿な、水没はしてたが、ここは森だぞ。
近海でもねえのに、なんだこの金塊マグロどもは……。
だが理解が追いつくより早く、二発目が落ちた。
ガッゴォンッ!!
今度は少し離れた黄金の森の方だ。
枝も葉も黄金のままだから折れはしない。
ただ衝突のたびに、無数の枝葉が魚体の表面を引っ掻くように震え、甲高い音を重ねていた。
(イズミール、場所を移す!)
アイオリスが俺を抱えて走り出す。
着弾が人里へ及ぶ前に、その間へ割って入るつもりなのだとすぐ分かった。
それに、ミューズが物資調達に向かった街のある方角でもある。
三発目。
四発目。
黄金の森の中に立て続けに着弾する。
(おい待て。何だこれ。攻撃を受けてんのか!?
マグロ!? マグロなんで!? いや、マグロか? 本当にマグロなのか!?)
空から黄金マグロを撃ち込んでくる馬鹿がどこの世界にいるんだよ! なんでマグロなんだよ!
パニックになりかけた俺をよそに、木こり野郎は足元の太い枝を拾い上げ、短く告げた。
(イズミール、これを黄金に。肘まで頼む)
(お、お前、何言ってんだよ!)
こいつだって驚きはあるだろうに、その顔はもう戦う男の顔だ。
ついさっきまでイチャイチャモード全開だった男が、いきなりバーサーカーに戻るな。
相手は正体不明だけど、デカくて速くて重そうな攻撃。
だから、武器だけじゃなく手ごと固定して備える。
判断と理屈は分からないでもないが、頼もしさを通り越して、もはや業だと思う。
けど、戦いのときはこいつの判断を信じて従う。
あの戦いで覚えた呼吸が、まだ身体に染みついていた。
だから、言われるがままに、木の棒ごとあいつの腕を黄金化した。
泡の丘では、人間たちが完全にパニックだった。
何かを叫んでいるが、言葉は分からない。
でも、裁きだの赦しだの、ろくでもない方向へ盛っているのだけは雰囲気で分かった。
俺に祈るな、こっちが聞きてえんだわ。
俺が眉をひそめた、その視界へ、今度は魚じゃなく、金色の小さな影が降りてきた。
空から、ゆっくりと。
それは小柄な少女の姿をしている。
頭から生えた枝角、長い髪、起伏の少ない身体、大きく広がった袖。
形は、のじゃ様のあのロリボディに近い、というかそっくりだ。
だが、その色はのじゃ様と違って黄金色で、陽を受けるたび輪郭がぎらりと縁取られる。
太い眉にジトッとした目つき、表情の薄い人形めいた雰囲気だけど、異様な存在感がある。
見た目は小さいのに、あれ一人が空から降りてきただけで、周りの空気ごと海に浸かったみたいに重くなる。
……あっ、こいつ龍神だ。
一発でわかった。
ふよふよと降りてくる金髪ロリを見て、人間たちは遠巻きに膝をつき始めた。
いやまあ、分からなくはない。
俺でもちょっと「うわっ」ってなるくらいには圧がある。
(イズミール、あの方は……)
あの方、と言いつつもアイオリスはなおも黄金の枝を手放さなかった。
(八龍の誰かだ、ついに来やがったみたいだ)
俺がそう告げると、ようやくあいつも肩の力を抜いた。
手ごと固まってるから、握った枝はそのまんまだが、とりあえずそれは後だ。
金色の童女は、俺たちの前へ降り立つと、やたら厳かに口を開いた。
『余は、此処より東南の海より参った――』
その口上の間も、空からマグロミサイルが黄金の森に向かって降り注ぐ。
ガゴォォン、と轟音が空気を震わせ、人間たちが頭を抱えて蹲る。
『青き島々を抱き、黎明に輝く潮流を治むる海の主――』
だが、囁くようなその声は轟音に搔き消されることなく届いてくる。
その間も、変わらず空から黄金の砲弾が降ってくる。
ガォォォン!
『源流より生まれし、八つの海のうち一つを預かる者――』
ゴシカァァン!!
『余こそが八海の原初の一たる龍、名を――』
グワラゴキィィン!!!
「うるせええええええっ!!!」
俺はアイオリスに抱えられたまま叫んだ。
『第九の海よ、余の名は――』
「おいこら! ミサイルを撃ち込みながら挨拶すんな!」
『みさいるとは……』
「魚だよ、魚! お前がやってんだろ、これ! 今すぐ止めろ!!」
『ふむ』
止めろと言った瞬間に、空と黄金の大地が静かになった。
そう、こいつら龍神に悪意や敵意はない。
なにしろ海そのものだ。水たまりの中の微生物みたいな人間をわざわざ害する意識もないだろう。
そして、異様に合理的で頭が良い。
で、頭が良すぎてバカで非常識なところがある。
「よ、よし、まず質問にだけ答えろ。
お前、八海の一人だよな? 一番目とかなんとかの」
『うむ、余は八龍の一、名を――』
神やら精霊やらにとって、名前は凄く重たいものらしい。
なら気軽に告げてくるなって話なんだが、どうも八海の龍神どもは、俺に主導権を預けたがってる節がある。
世界の海を一つに束ねる立場とか冗談じゃない。
だから、復興で力を借りるのは良いが、必要以上に関わり合いになりたくないのが本音だ。
「なんだかんだ長ったらしい名前を覚えさせんな。
よし決めた、お前は“黄色一号”だ」
(イズミール……それはあまりにも)
アイオリスが信じられないものを見るような目を向けてきたが、無視。
『……』
そして、一番目の龍だとかいう黄金の童女も黙った。
普通ならガチギレしたっておかしくない。
クソデカ怪獣ボディ相手には言えっこないが、その姿なら遠慮なく言わせてもらう。
「一番で黄色。分かりやすいだろ」
八匹いたら数で気圧されそうだが、こっちのホームグラウンドで相手が一人なら、ノリと勢いで押し切ってやる。
『……あいわかった。汝の意を酌もう』
わずかに間が空いたが、飲んだ。
本当に飲みやがった。
あのまま黙り込まれてたら、スライディング土下座で許しを乞う流れになってた。僅差の勝負だったな……。
だが、これで後の連中にも通しやすくなった。
適当なあだ名をつけて名乗り回避作戦成功だ。
『キコリヤロウ、汝にもキイロイチゴウと呼ぶことを許そう』
のじゃ様より若干偉そうだが、少なくとも話は通じる類らしい。
アイオリスは一瞬だけ俺を見た。
どうしてくれんだよこれ、みたいな顔だ。
そういうことになったんだから仕方ねえだろ。
まぁ、そんなことよりも聞かなきゃいけないことがある。
「おい、黄色一号、あの魚は何のつもりだ。何しに来たんだお前」
もとい八海筆頭らしい金ピカ童女――黄色一号は、黄金化地帯へ転がる魚群を一瞥して言った。
『無論、汝と仔らへの挨拶に参ったまでよ。一の龍たる余が先触れを担うは道理――』
「その道理には、人んちの庭にマグロミサイルを撃ち込むことも含まれてんのか!?」
『みさいる……うむ。食料不足と聞いたのでな。あれは余からの土産だ』
『土産の渡し方が空爆ってのはどういうことかを聞いてんだよ!!』
即座に怒鳴っていた。
黄色一号は、きょとんともしねえ。
むしろ「何が問題だ」とでも言いたげに続ける。
『生のままでは傷むゆえ、黄金とした。水路が繋がっておらぬゆえ、水流で飛ばした。
小さき人の子らの眠りを妨げぬよう、昼間を選び、傷つけぬよう、人気の無い黄金の地に降ろした』
なるほど、完璧な配慮だな。
ただし、非常識なまんまってことを除けばよぉ!
『配慮で冷凍マグロミサイル撃ち込んでくんな!!
音!! バカでかい音を立ててんだよ!! 見ろ、人間どもが完全にビビってんのだろうが!!』
『人の子らの祈りが届いてくる』
『祟らないでとか祈ってるだけだろ!!』
アイオリスが額を押さえた。分かる。俺もそうしたい。
だが奴はそれでも一応、聖者の顔で一歩前へ出た。
「キイロイチゴウ様、御厚意はありがたく思います。
確かに食料は不足しておりました」
黄色一号が頷く。うむ、って顔だ。腹立つな、おい。
「ただ、次からは運搬の方法を考えていただけると助かります」
『危害が及ばぬよう配慮を重ねた心算であったが、未だ不足があったようだ。許せ』
「そこが一番怖えんだよ!」
善意百パーなのが余計に質が悪い。
何より怖いのは、どう見てもトン越えのクソデカマグロモドキが、ミサイルみたいな勢いで着弾したのに、一発も黄金化したところから外れてないことだ。
それどころか、ぶつかった反動で跳ねたり、転がったりして二次被害を出したりもない。
なんだその精密爆撃、誘導ミサイルかよ。文明レベルを考えろ、ライン越えだろうが。
だが、ただひたすら喧しくて怖かったことを除けば、確かに配慮は行き届いている。
しかも、腹立つことに魚そのものは本当にクソでかくて、一匹でも相当な人数を養えそうだった。
畑や店先にあった誰かの財産だったものと違って、後の補償とかを考えなくていい、フリーな食い物ってところも凄く大きい。
しかも、それが十匹以上は着弾した。やっぱ嫌がらせか?
なんだ着弾って。食い物に使っていい言葉じゃねえだろ。
総合的に言うと、クソありがとうございましたと言わざるを得ないのが一番腹立つ。
『みゅぃーっ?!』
その時、ガタゴトンと荷物を下ろす音と共に、素っ頓狂な少女の声が響いた。
街に物資調達に向かっていたミューズがそこにいた。
騒ぎを聞きつけて切り上げて来たんだろう。いつもより荷物の量が少ない。
俺たちの間をすり抜けるみたいに前へ出ると、黄金の魚体を見て、まず目を輝かせた。
『おさかな大きい!』
次に、黄色一号を見た。
『大きくてちっちゃい!』
こらこら、怖がれ。少しは。知らない奴だぞ?
ミューズはまるで物怖じしていない。
むしろ「なんかすごいの来た!」くらいの顔で、ずいっと黄色一号に近寄った。
黄色一号の方も、ミューズに向ける気配は明らかに柔らかかった。
『汝が第九の海の仔、ミューズであるな』
『だぁれ?』
『余は――』
「そいつは黄色一号、親戚みたいなもんだ」
『……うむ、汝にもそう呼ぶことを許そう』
『ママ、シンセキってなに?』
「仲間みたいなもんだ」
『なかま! キイロイチゴーはミューズのなかま!』
ミューズは心底嬉しそうに黄色一号の周りをうろちょろし始めた。
金色の髪、枝角、ヒレ。ミュルナたちよりは大きいが、ミューズよりは小さくて幼く見える。
なんだかチビがまた増えたな、という気持ちが俺の中で強まる。
「これから、こういう奴らが時々来るからな、覚えとけ。
……まぁ、そんなに悪い奴らじゃない」
説明してやると、ミューズは嬉しそうな顔をした。
『ミューズ、なかよしになる!』
おお、なんだこの陽の者の気は……本当に俺の子なのか? 眩しい……。
「それはそれとして、だ」
俺は深く息を吸い、黄色一号を指差した。
「正座」
『セイザ。三の龍から聞いた汝への謝罪の姿勢であったな』
「キイロイチゴウ様、そのような真似はされずとも」
「お前は黙ってろ、木こり野郎」
『良い、キコリヤロウ。此度のことは確かに余の手抜かりであった。
若き水の怒り、責を問われるのも已む無きことよ』
黄色一号は、のじゃ様にどんな風に情報を共有されたのか分からないが、一発で完璧な正座をしてみせた。
あんまり姿勢が良すぎて堂々としているので、やけに偉そうに見える。
こうして、泡の丘の外れには妙な光景が出来上がった。
金色の童女が、地べたに膝を揃えて正座している。
そのすぐ前に、ミューズが立って、無邪気に覗き込んだり、横に回ったりしている。
『キイロイチゴ、ママにおこられてるの?』
『うむ』
『なんで?』
『余は不足を補おうと考えるあまり、欠けていたものがあったのだ』
『“たりない”はね、みんなで“わけあう”でなおすの』
『おお、汝は賢い仔だ』
『えへへ』
黄色一号がミューズを見上げ、僅かに表情を柔らかくした。
ミューズは、新しい友達でも出来たと言うように朗らかに笑う。
「おい、そこ! くっちゃべってんじゃねえ! いいか、そもそも――」
俺は腕を組んで説教、もとい、人間の暮らしと社会について説明中。
もちろん、ビビらされた腹いせなんかじゃない。
……あと、二人きりの邪魔をされた件とも無関係だ。たぶん。
隣ではアイオリスが時々仲裁を入れてくる。
それがまた、黄色一号の肩ばかり持ってるみたいで地味に腹が立つ。
もっと俺の肩を持て、このばか木こりが。
枝と手を黄金から戻すの忘れてたけど、罰としてしばらくそのままでいやがれ。
事情を知らない人間たちが、その光景を見たらどう思うか、その時は俺もよく考えてなかった。
それに気付いたのは、遠巻きに見ていた連中がざわめきを鎮めて、地面に跪きはじめてからだ。
ただならない雰囲気の金色の童女が、黄金マグロで爆撃してきたと思ったら、母娘女神の前で恭しく跪いてますみたいな絵面になってた。
ヤバい、これ。
また御大層な神話イベント扱いされてるだろ……そう思った時には、もう後の祭りだった。
ミューズが黄色一号を立たせてやり、両手を握ると、遠巻きに見ていた人間たちの間に、大きなどよめきが走った。
端から見れば、若き女神が荒ぶる黄金の神霊を赦し、迎え入れたとか、そんな風に見えたんだろう。
誰かが泣き、誰かが額を地につけ、誰かが震える声で祈り始める。
お前ら人間どもは本当にそういうの好きだな、おい!
ああ、終わった。完全に終わった。絶対また変な神話が増える。
(イズミール、面倒がらずに誤解を解こう)
(あー、あー、聞こえねぇ! 知らねぇ! 俺のせいじゃねぇ!)
(君のせいではないが、君の説明が必要だ)
畜生、木こり野郎め、そういう優しさはいらねえんだよ!
魚はその後、少しずつ黄金から戻していって、長らくの間、人間たちの腹を満たした。
後でどれだけ御大層に盛られたかは知らないし、知りたくもない。
少なくとも、俺の認識は一つだ。
あれはただの金塊マグロ大漁爆撃事件だった。




