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100.水から探すも、ままならない 〇★

 ――あなたが落としたのはこの金の兜ですか?


 ――なに、違う? 金や銀ではなく鉄の兜ですって?


 ――正直なあなたには、この鉄の兜をお返ししましょう。


 ――え? 金と銀? 落としたのは一個ですよね?


 ――では兜は返しました。ご安全に!


 というわけで、兜は鉄に戻った。


 さっきまで一塊の金ぴかオブジェだったものが、ちゃんとパーツが動く装備品になった。


 泡の中の人間どもは、息を呑んだまま固まっていた。

 カストールとかいう兵士は、膝をついたまま深く頭を垂れている。

 リディアは目を丸くして、兜と俺を交互に見ている。

 ギュゲスは職人目線なのか、感心したように顎を引いて、動いたバイザーを見つめていた。


 木こり野郎は腕組みして頷いていた。

 何、後方理解者面してやがるんだよてめぇは!

 元はと言えばてめぇの安請け合いと無茶ぶりのせいなんだからな!?


 けど、まぁ正直、俺もちょっと感動していた。


 この世界に転生して以来、ずっと自分や力の仕様の謎っぷりに振り回されてきた。

 それが、やっと少しだけ、自分の思うように使えたんだから。


 まぐれかもしれない。解釈も合ってないかもしれない。

 けど、前例その一だ。


 黄金を鉄に変えたわけじゃなく、停止命令の取り下げ。

 ゴールデンウィーク終了のお知らせ。


 黄金として休んでいた兜が、また兜として働き始めた。


 うん……、我ながら意味不明だな。


 でも、俺の中では、これが一番しっくり来るイメージだった。

 実際、何がどう作用して戻ったかよりも、今は手段として使えることが一番だ。 


『マァマ、だぁじょー!』


 頭の上でミュルナが誇らしげに叫ぶ。

 お前は何もしてないだろうが。


『みゅりな!』


 ミュリナは俺の腕にぶら下がったまま、兜を睨むように見ている。

 よく分からない対抗意識に燃えてる。お前は何と戦ってんだ。


『もにゅ、もにゅ……』


 ミュシアは羽衣と俺の髪を吸い比べている。

 お前はそれが通常運転なのか? どっちも水だっての!


 俺は兜のバイザーをもう一度上げ下げしてから、カストールに返してやった。


 おい、跪くな。

 周りの奴らもつられてんじゃねえ。


 まーた、勝手に神話的な場面にされちまってるな、これ。

 ただの実験だってのに。


 さて、次は――。


 俺は視線を、巡らせた。


 泡の内側にも、人間の形をした黄金がいくつかある。


 ちびどもにやる水を汲もうとして、黄金になっちまったらしい。


 “私”のやつ、「残っている人間がいます」とか言ってたくせに、ここの人間まで何人か黄金にしてるじゃねぇか。

 いや、まぁ、こんだけ洪水が広がってて、一か所だけ処理を変えろって方が無茶か。


『……申し訳ありません。源流に近過ぎて発見が遅れました』


 出たな問題社員一号。

 報告・連絡・相談は怠るなよ、仕事をひとりで抱え込むな。

 そういうのは属人化って言うんだぞ。いや、俺たちの場合は属神化?


『貴女の仰ることは、やはり、時々わかりません』

『じゃあ、わたしは二号? 二位は嫌、一番がいいわ。アイオリスの』


 出てくんな二号。黙ってろ、上手いこと言ったつもりかよ。


 うるせぇ、とにかく社長命令だ。お前らは黙って仕事してろ!


『では、外のことは私が……ミュルナたちのことをお願いします』

『この泡が潰れないようにしとけばいいのよね、アイオリスのために』


 問題社員の指導をしつつ、俺は黄金になった人間たちを観察した。


 面白いと言ったら不謹慎だが、服は全部が黄金になっているわけではない。

 水が染みたところは固まっているが、変化の中心はあくまで生身の身体だ。


 たぶん、肌に一滴か二滴かかった瞬間、俺の水が“人間の身体”を一つながりの対象として認識したんだろう。

 変化の瞬間を、俺は見ていない。

 ただ、アイオリス経由で聞いた限りでは、そういうことなんだと思う。


 男は、驚いたような、恐怖に固まったような姿勢のまま、黄金になっている。

 片腕を少し持ち上げ、何かを避けようとしたのか、身体を捻っている。

 その顔には、声にならなかった叫びが残っているようだった。


 溺れ死ぬよりマシな措置とは言え、流石に罪悪感が半端ない。


 兜は戻ったけど、あれは所詮は無生物だ。


 でも、人間は違う。


 もし戻した瞬間、心臓が動いていなかったら。

 もし呼吸が戻らなかったら。

 もし黄金化ってやつが、俺の都合のいい解釈じゃなく、本当に人間を金属に変えたものだったら。


 そうしたら、あの水底に沈んでいる無数の人影は、全部、全部、死――


「イズミール様」


 アイオリスの声に、俺は顔を上げる。


 こいつはまだ肩と背中に矢が刺さったままだ。

 そんな格好で平然とした顔で立ってるな、周りだって絶対ドン引きだぞ。


 ……人のことなんか気遣ってる場合か、バカ野郎が。


 それでも、こいつは俺を見ている。いつだって。


「次は、あの者を?」


「……いや」


 俺は即座に言った。


「まだ駄目だ。生き物で試すのは、まだ怖……じゃなくて、危ない。

 兜と人間は違うだろ。戻せたとしても、その後に倒れたらヤバいからな。

 戻してそれっきりじゃない、アフターサービスも大事なんだぞ」


 あいつは分かったような顔をして頷いた。

 人間だった頃の癖がつい混ざっても、いちいち聞き返してこなくなった。


 なんか、段々、俺のあしらい方が雑になってるような、気安いというか。

 いや、変にちやほやされたり、神扱いされるよりは良いんだけど、なんか距離が……。

 

 違う、そうじゃない。

 今はそんな事より、目先のトラブル解決だ。


 黄金から戻すだけじゃ、何も終わらない。


 アイオリスの傷だってそうだ。


 黄金をほどいた瞬間、止まっていた傷が動き出す。

 矢が肉を抉るようになる。血が噴き出すかもしれない。

 痛みで気を失うかもしれない。

 雑菌は浄化で消せるのか? 失血時の症状ってどう出るんだっけ?

 

 俺は「戻す」ことばかり考えていた。


 でも、人間は俺みたいに、構造が雑すぎる“生き物もどき”じゃない。

 人間が生きていくには、とにかく色々なものが必要だ。


「まず、先に物資だ。服とか毛布とか、食い物とか。

 濡れっぱなしで寝かせたら冷えるし、腹が減ったら動けねぇだろ。

 けど、俺、この世界の人間の生活のこと、何も分からん。だから、お前が聞け」


 アイオリスは妙に感心した表情で小さく頷いた。

 あーあ、どうせ「君はなんて慈悲深いんだ」とか見当はずれなこと思ってんだろ。


 バカ野郎、こっちは慈善事業でやってんじゃねえんだ。

 営利事業とも言い切れんが……。


 アイオリスは人々へ向き直って、俺の言葉を、いつものように人間の言葉へ変えていく。

 俺の言葉をそのまま伝えさせればいい説もあるが、絶対ボロが出る。


 何より、あんまり気軽に会話できると思われても面倒だ。

 距離感バグってる厄介信者とか、俺から言質を取って預言者ヅラする奴とか出てくるかもだ。


(……それって、アイオリスそのものじゃね?)


 とにかく、そういうのは一人いれば間に合ってる。


 木こり野郎の説明に、泡の中がざわめいた。

 たぶん、今まではこの先どうするなんて、まともに議論されてなかったんだろう。 


 リディアが真っ先に反応した。

 アイオリスへ向けて、何かを早口で言う。

 その目はもう、さっきまでの泣きそうな少女の目ではない。

 背が高い上に不愛想なあいつに物怖じしない。むしろ押してる。


 アイオリスが俺へ訳す。


「リディアは、傷の処置には清潔な布、傷を洗う水、針と糸、刃物が要ると言っています。

 それから、体を冷やさないための毛布も必要だと」


「針と糸……やっぱ縫わなきゃ不味いのか?」


「深い傷なら、傷口を焼き固めることも……幸い、他に深い傷を負った者はここにはいません」


「お前が言うな、お前が! 怪我人! お前! 深い傷負ってるの、お前!」


 俺の剣幕に、周りの人間の目が集まったので、さっと奴を盾にする。

 おい、木こり野郎、そのにやけを押し殺したみたいなツラはなんだ。


 で、傷の処置は、兵隊ならある程度出来るらしい。

 傷口を縫えとか言われても、俺には絶対無理だから心底助かる。

 それだけでもここを見つけた甲斐があるってもんだ。


 こいつ、ムカつくからちょっとくらいは痛くしてもいいぞ。

 その代わり、ちゃんと治してやってくれ、頼む。


 次にギュゲスが何かを言ってきた。


 身振りが大きい。こいつのことだ、何かを作るって話だろう。

 手で板を示すような仕草、布を広げるような仕草、何かを組むような仕草をしている。


 アイオリスが訳す。


「ギュゲスは、まず火が必要だと言っています。灯りとしても暖を取るにも欠かせないと。

 それから、かまどや便所、寝床を分けて作るべきだとも。

 道具や資材の多くは近くの資材置き場にあるはずだと申しています」


 やっぱりこいつは現場の人間だ。話が早いし具体的だ。


 けど、火と便所かぁ……。

 水の女神様、火と下水に正面から向き合う羽目になる。

 どう見ても業務範囲外だろ……総合インフラをやらせんな。


 でも、必要なのは分かる。

 綺麗な水だけ飲んでたって、出るもんは出るんだから。


 次。


 カストールは、兜を置き、地面に膝をついて平身低頭で進言してきた。

 完全に忠臣ムーブ。俺は殿様か? いや、女神様だったわ。

 面を上げよとか言っても通じそうにない。もう諦めた。


「カストールは、人々を戻すのであれば、統制が必要だと申しています。

 物資の分配、家族の行方、荷物や財産の処遇で混乱が起こるだろうと。

 人々に順番や決まりを守らせる必要があると……私も同意見です」


 人間を戻せることを前提にしてやがるな……まぁやらなきゃなんだが。


 でも、その発想は正直抜けてた。

 人間が増えれば、その分、食い物も必要になるし、トラブルも増える。

 

 家族とか知り合いを先に治せとか言われるのは、考えてみるとだいぶ厄介だ。

 今、それを騒ぎ立てる奴が出てきてないだけ、だいぶ民度が高かったんだな。


 しかしまぁ、意見を募ってみれば出るわ出るわ。


 生活ってこんなに面倒だったんだなぁ……。


「……もう、完全に避難所運営じゃねぇか」


「ひなんじょ……?」


「いい。こっちの話だ」


 有限会社“泉の女神”、緊急災害対策本部を設立。


 事業計画? ない。復旧の目途も立ってない。

 人員配置? 現場判断。現地採用。

 必要物資? 現地調達。現場で製造。

 予算? 金なら幾らでもある。だが、払う先は水没済みだ。

 責任者? 俺。


 最悪だ。


 でも、やるしかない。


※※※※※


 俺は胸にしがみついているミュルナを掴んで、目の前に下ろした。


『マァ?』


「ミュルナ、仕事だ」


『だぁ!』


 返事だけはいいな、お前。まだ何も言ってねぇよ。


 角で掴まり立ちしていたミュリナも降ろす。

 脚の間をくるくる回ってたミュシアの襟首を掴むような感じで引っ張り出す。


『マンマァ?』

『んまぁぅ……』


「お前らに。特別任務を与える」


 三人の目が、ぱっと輝いた。


 「特別任務」の意味なんか分かっていないのに、何か楽しそうだということだけは伝わったらしい。


 特別任務。期間限定。特務仕様。先行量産型。特殊作戦群。


 ちびっこはそういうのに弱いんだ。大きいお友達もな。


 俺はアイオリスへ言う。


「なんか、食い物あるか? こいつらへの見本にしたい。何かしらあるだろ?」


 アイオリスが訝しみながらも人々へ伝える。


 少しざわついた後、リディアが小さな布包みを持ってきた。

 中には、オートミールっぽい粉と、干し肉らしいものが少し。


 ギュゲスは何か言いながら、ドライフルーツみたいなのを手のひらに載せて見せた。

 カストールは兵糧らしい小さな袋を差し出した。

 おお、軍隊メシってやつか。中身は、堅そうなパン、干し肉、豆。


 うーん、どれも地味。


 俺はそれらを、ちびどもの前に並べる。


「いいか、これだ」


『だぁ!』

『みゅ』

『まむ?』


「これと同じものを探してこい。人間が食うやつだ。メシ。食べ物。分かるか?」


 ミュルナは胸を張った。


『ミュルナ、だぁーじょ! メー、シィィ!』


 うん、絶対分かってないね、お前は。

 でもやる気だけはやたらとある。何でだ?


 ミュリナはスンとした表情で、パンと干し肉をじっと見つめている。

 ただ、ヒレがぴこぴこ動いている。返事はないが理解している……のか?


 ミュシアは他の二人の様子をボーっと眺めていたと思ったら、パンに顔を近づけた。


「あっ、こら、食うな」


『たべもぉー』


 どこでどう覚えたのか、ミュシアはパンにかぶりついた。

 齧るというより、もはや頭突きに近い。


 硬いパンがとぷんと水の体の中に入って、湿った色に変わっていく。

 俺はミュシアの体の中に手を突っ込んでパンを取り出す。


『メ゛ーッ! ヤ゛ーッ!』


 ミュシアはパンに水を吸われる感覚が嫌だったのか、口を尖らせるみたいな顔をした。


「だから食うなって言ったろ」


 濡れたパンをアイオリスに押し付けると、視線が集まる。


 深刻な食糧難の兆候を感じる。

 まずい。

 初手で無駄にしちまった。


 いや、でも、水に浸しただけならセーフだよな?

 俺たちの水は綺麗でおいしいに決まってるんだし。


「アイオリス、それはお前が食え。命令な。

 水でふやけただけだし、たぶん食えるだろ……食えるよな……?」


 怪我人だし、むしろ食え。

 これは廃棄じゃない。優先配給だ。


 俺は後始末を押し付けてから、ちびどもに向き直る。


「ミュルナ、ミュリナ、ミュシア。

 さっき見せたのと同じようなものを探すんだ。わかるか?」


 はっきり言って成果は期待していない。

 ただ、この先、だいぶ忙しくなる気配しかない。

 デスマーチに入るからと言って、育児放棄は良くない。


 こうやって仕事っぽい遊びを教えておけば、こっちも手が空くようになる。

 黒いのの気配もないし、水の中ならこいつらの方がよほど自由に動ける。


 とはいえ、完全放置は無理だ。


『もんだぁー、なっ!』

『さぁがぅー』

『しあー』


 返事が信用ならない。


 アイオリスが少しだけ笑った。


「お前、笑ってないで何とか言え」


「御子様方」


 アイオリスは、真面目な声で三人へ呼びかけた。


「どうか、母君を助けてさしあげてください」


 泡の中の人々が、はっと息を呑んだ。

 おいおい、何だその神聖イベントみたいな空気。


 違う。

 これはただの初めてのおつかいだ。


 アイオリスの言葉が、ちびどもにも通じてるのか分からないが、何かしら効果があったらしい。


『マァマ、たしゅけぇ!』

『みゅりなもぉ、みゅりなが!』

『まむ、たす』


 三人が一斉に俺の傍から浮き上がった。泡の外へすっ飛んでいこうとする。


「待て待て待て! 勝手に行くな! 俺も行くんだよ!」


 あの三歳児未満の水属性トリオを、水没黄金都市へ放流して完全放置できるわけがない。

 水門の向こうに落っこちたらガチでヤバい。

 あそこにだけは近づけないようにしなきゃだ。


 俺はアイオリスを振り返る。


「ちょっと物資を探してくる。お前は絶対動くなよ。

 何があっても動くな。何かあったら呼べ。俺には届くから」


「分かった」


「絶対だぞ。怪我人は座ってろ。メシ食って寝てろ。いいな」


「ああ」


 ああ、じゃねぇ。

 分かってるのか、本当に。


 俺は何度も睨んでから、泡の外へ出た。


※※※※※


 泡の外は、静かだった。


 透明な水が、どこまでも広がっている。

 水面ははるか上。

 陽の光は青白く揺れ、黄金になった世界の上を薄く照らしていた。


 黄金の草。

 黄金の木。

 黄金の家。

 黄金の荷車。

 黄金の人影。


 すべてが止まっている。


 水は澄んでいて、濁りはない。

 何も流れていない。

 葉の一枚、泥のひとかけらすら舞っていない。

 俺が、全部止めたからだ。


 死なせないためのはずだった。

 流されて、溺れて、黒いものに侵されるよりはマシだからって。

 そう思わなければ、耐えられなかった。


 でも。


 止めたのは俺の力だ。


 俺がこの景色を作った。


『だぁー!』


 ミュルナが黄金の屋根の上を滑るように飛んでいく。

 おい、遊ぶな。


『みゅ』


 ミュリナは黙々と荷車の中を覗き込んでいる。

 お前は偉い。花丸をやろう。いや、どこに?


『あむ、まむぅ』


 ミュシアは黄金の果物らしきもの齧っていた。


「だから、何でも齧るなって!」


 俺はミュシアを水流で軽く持ち上げた。

 ミュシアは不満そうに手足をばたつかせる。


 齧るっていっても歯なんてない。俺と同じで食べたふり、おままごとだが。


「けど、まぁ食い物っぽいのを見つけたのは偉いぞ」


 そう言ってやると、キャッキャと踊り出した。

 単純というか、現金というか。


 そうこうしてると、ミュルナが得意げに何か大きな袋を引っ張ってきた。

 でかい。どう見てもミュルナの身体より何倍もある黄金の袋だ。

 どこにそんな力があったのかと思ったけど、たぶん、周りの水で押してる。


『ミュルナ、えらぁい!』


「よしよし、いいぞ! その調子だ!」


 俺は水流でその袋を包む。

 多少、重さはあるが、水中ならどうとでもなる。


 袋の形からすると、穀物か何かだろうか。

 黄金になっているから中身までは分からない。

 でも、候補としては使える。


 ミュリナは、小さな袋を二つ、三つと抱えて戻ってきた。

 無表情だが、ヒレが得意げに揺れている。

 中身はなんだか分からん。塩? コショウ?

 元に戻すまで何が入ってるか分かんねえんだよな……黄金ガチャだわ、これ。


 けど、こういう時はまず褒めてやるのが先だ。

 俺だって何が役に立つものかなんて分からないんだ。

 でも、こいつを今褒めてやれるのは俺だけだ。


「ミュリナ、偉い。そう、それ。そういうのを探せ」


『みゅりな! みゅりな!』


 名前を呼ばれて嬉しかったのか、ミュリナがほんの少し目を細める。

 うん、表情は分かりにくいが、ちゃんと喜んでいる。


 ミュシアは、何か丸いコロコロしたものを抱えてきた。

 本人は完全に食べ物だと確信している顔をしている。確かに饅頭っぽさはある。レア物来たか?!


 まぁ、黄金だから、なんだか分から……ん?


「……ミュシア、それどっから持ってきた?」


『しあー』


 指さした方に、なんか馬っぽい生き物(黄金像)がいた。

 で、その足元には似たような丸いコロコロが……。


 うん、これは不味い。


「戻してこい! あと、浄化、浄化、浄化!」


『メンメェー?』


 いっぱい、浄化した。


挿絵(By みてみん)


 俺とちびたちは水底を回った。


 元々は深い森だった場所が切り開かれて道がある。

 建物がある。町がある。


 俺の目の届かなかった場所にも、人の営みが生まれていた。

 今は全部、金色に固まっている。


 俺は人間の形をした黄金には出来るだけ近づかないようにした。

 顔を見れば、悲鳴や怒声が聞こえてくる気がしたから。


 俺たち以外に動くものが居ない町を、ふわふわと泳ぐ。


 水面はだいぶ遠くなってきた。

 水位はまだまだ上がり続けている。

 そのうち、この町にも陽の光が届かなくなってしまうのだろうか。


『マァマ! ちょーし! よしよし!』


 ジメジメした方向に意識が沈みかけたところで、能天気な声に引っ張り戻された。


 ミュルナがデカい樽を抱えて飛んでくる。

 こいつはいつも大物ばかり持ってこようとする。

 たぶん、最初にデカい袋を褒めたからだ。


 褒められたことを、そのまま信じている。

 次も、もっと大きいものを持ってくれば、また褒められると思っている。


 単純だ。

 危なっかしい。

 でも、その単純さが少しだけ眩しい。


『ミュリィィィ!』


 ミュリナは同じ形の袋を揃えて、いくつも持ってくる。

 雑多に集めてくるんじゃなくて、ちゃんと種類ごとに分けてくる。

 誰かが物を持ってくると、すぐに自分も飛んでいく。


 張り合っている。

 負けたくないんだろう。


 表情は薄いくせに、ヒレだけはやたら忙しい。

 見ろ、分かれ、ちゃんと出来てるぞ、と言っているみたいだった。

 ちゃんとしていれば、ちゃんと評価されるって信じてる。


『め゛ぅー』


 ミュシアは一番マイペースだ。

 ボーッとしていたり、人真似をしていたと思ったら、突拍子もないことをする。

 今も半開きで固まった箱に身体を突っ込んでジタバタしていた。


 引っこ抜いてやると、手に工具みたいなものを持っていた。


「お前、そういうの見つけるの上手いな」


『しあー!』


 工具を掲げて、得意げに身体を揺らす。

 褒められたことだけは分かったらしい。


 ミュルナは褒められた方へ全力で突っ込む。

 ミュリナは隣と比べて、自分も出来ると示そうとする。

 ミュシアは何を考えているか分からないまま、感覚だけで渡ってる。


 全然違う。


 同じ水からできているはずなのに。

 同じ俺からこぼれたもののはずなのに。


 どうして、こんなに違うんだろうな。


 俺は今、完全に保育と物流を同時にやっている。


 有限会社“泉の女神”、水底倉庫ピッキング業務だ。

 現場作業員は幼児三名。労基法は知らん。

 異世界に労基署があったら俺は終わりだ。


 でも、こいつらは楽しそうだった。

 俺もまぁ……悪くない気分だ。


 少なくとも最悪にはならずに済んでる。


 こいつらは、自分たちが役に立っているとか、たぶんよく分かっていない。

 単純に、俺が見ていることが嬉しい。

 俺が名前を呼ぶことが嬉しい。

 俺が褒めると、もっとやりたくなる。


 それだけなんだろう。


 俺は少しだけ、胸の奥が変な感じになった。


 人間だった頃。

 子どもだった頃。


 俺も、たぶん、そんなふうに見てほしかった。


 出来たことを、そのまま出来たと言ってほしかった。

 変なことをした時に、いきなり潰されるんじゃなくて、何をしようとしたのか見てほしかった。


 周りと比べて遅いとか、出来が悪いとか。

 そういう札を貼られる前に、俺が何を見て、何を面白がって、何を怖がっていたのか。

 少しくらい、見てほしかった。


 あれをしろ。

 これをしろ。

 そんなことはするな。

 そのくらいできるだろ。

 普通はそうしない。

 ちゃんとしろ。


 そう言われて、ちゃんとした人間になれたかというと、そうでもなかった。


 そうなれなかったのは、俺がポンコツだっただけかもしれない。

 だから、あれが全部間違っていて、好き放題させればいいって話でもないんだと思う。


 実際、ミュシアは何でも齧るし。

 ミュルナは調子に乗ると遠くまで行きかねないし。

 ミュリナは対抗心で無茶をする。


 止めなきゃいけないことはある。

 叱らなきゃいけないことも、たぶんある。


 でも。


 最初から押さえつけて、間違わない形に削って、こっちの都合の良い大人しいものにしたら。


 たぶん、それは違う。


 俺は、そんなふうにされるのが嫌だった。


 こいつらは、俺が造ったもののはずだった。

 水でこねて、形を作って、気づいたら動き出していたもののはずだった。


 なのに、いつの間にか名前を欲しがって、張り合って、甘えて、拗ねて、褒められると嬉しそうにしている。

 俺の思い通りにならない。


 それが、少しだけ怖い。


 でも、少しだけ、ほっとする。


 俺の中からこぼれたものが、俺と同じ形に閉じ込められずに済んでいる気がしたから。


 ミュルナが大きな袋の下敷きになってジタバタしている。

 ミュリナが集めたものをぶちまけて、ビャービャー泣き出した。

 ミュシアがそれを拾って、自分が見つけましたみたいな顔で持ってくる。


 全然違う。

 でも、全部、まぁまぁ……悪くない。


 俺は水流で大きな荷物を受け取りながら、三人に声をかけた。


「無理すんなよ。でかいのは俺が運ぶから」


『ミュルナ、だぁーじょぉ!』


「ミュルナ、お前は木こり野郎か。いいから、よこせ」


『キコィヤオォー! マッマ!』


「ミュリナ、お前が見つけたやつもちゃんと持って帰るから。ほら、拾ってこい」


『みゅりな……!』


「ミュシア、手伝ってやれ。それはお前のじゃないからな。お前のはこっち」


『みぅぅ』


 よし。

 返事だけは百点。


 俺は三人の頭を順番に撫でた。

 撫でたと言っても、相手は水だ。手応えなんかあってないようなものだ。

 それでも三人は、くすぐったそうに目を細めたり、ヒレを震わせたり、もっとやれと言うように寄ってきたりした。


 ……こういうので、いいのかもしれない。


 正しい親とか、立派な女神とか、そんなものは分からない。

 俺にはたぶん、一生分からない。


 でも、少なくとも。


 今、こいつらが楽しそうに戻ってこられる場所では、ありたい。


「じゃあ、そろそろ帰るぞ」


『きこぉ!』

『マァ!』

『ンマッ!』


 三人がそれぞれ勝手な返事をして、俺の周りをくるくる回る。


 黄金の物資をいくつも水流に包みながら、俺たちは泡の中へ戻った。

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― 新着の感想 ―
"Oh no! Everyone outside has turned into gold!" "What?! Quick, we need to strike an epic pose!" Expl…
後方理解者面もなにも、とっくに理解ある彼君じゃん
ままならないとは言うもののママにはなってんだよなぁ
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