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第16話 魔物


 ティナが張った結界の境界部分から青白い火花が迸り、ティナとトールの間に緊張が走る。


「な、何だ何だ?! 何が燃えてんだよ!!」


 突然の出来事にモルガンが混乱している。

 結界に触れると燃えるとは聞いていたが、まさかあんなに高温の炎だとは思わなかったのだ。人間なら一瞬で灰になってしまうだろう。


「──っ?! あれは?!」


 トールが火花が散った方向を見て驚いている。髪の毛が視界を塞いでいそうなのに、トールはやけに目敏いのだ。


「この気配は一体……魔物じゃない……? え、でも……っ」


 結界に触れたものの情報が共有出来るティナは、伝わってきた情報に困惑してしまう。


 そんな困惑する二人を置いて、トールがいち早くツヴァイハンダーを背にして境界へと向かう。気付いたティナも慌ててトールを追いかけるが、身体能力の差は歴然であっという間に距離が空いてしまった。


 ティナが結界の境界まで来ると、一足先に到着したトールが何かを持ち上げているのが見えた。


「ト、トール速すぎ……! 何を持って……っ! えっ? ええーーっ!?」


 ティナが驚きの声を上げる。何故なら、トールが抱いているのは黒い子犬──のように見える魔物だったからだ。


「うわーっ! 可愛い……っ、じゃなくて、この子、魔物だよね……?」


「……だと思うけど。見たことがない魔物だね」


 物知りのトールも見たことがないという魔物の子供は、黒いフサフサとした毛並みで、頭から二本の角を生やしていた。


「何だコイツ? 変異種か?」


 モルガンも初めて見る魔物だったらしく、珍しそうにマジマジと魔物の子供を見ている。


「結界に触れて燃えていたはずなのに、どうして無事なんだろう?」


 トールが不思議そうに魔物の子供を撫でている。きっと優しい目で魔物の子供を見ているのだろう。

 そんなトールの姿に、ちょっぴり魔物の子供が羨ましいな、とティナは密かに思う。


 それはさておき、確かに悪意がない魔物であれば、結界に触れても問題なく入ってこれる。

 しかし、この魔物の子供が結界に触れた瞬間、確かに炎が上がっていたのだ。

 それはこの魔物の子供が瘴気を纏っていたということに他ならない。


「うーん、多分だけどこの子、瘴気にあてられていたんじゃないかな」


 魔物の子供が何かしらの原因でたまたま瘴気を浴びてしまい、たまたま張ったばかりの結界に触れ、結界がたまたま瘴気を浄化してしまったのではないか、と言うのがティナの仮説だ。


「なんかすげぇ偶然だな」


「もしティナの仮説通りなら、この辺りに瘴気溜まりがないのはおかしいんじゃないかな。俺が薪拾いに行った時はそんな気配しなかったよ」


「……そうだよね。私も怪しい気配は感じないし……。じゃあ、この子はどこで瘴気を浴びたんだろう?」


 結界に触れて気絶している、見たこともない魔物の子供をティナが不思議そうに見ていると、モルガンが言い難そうに言った。


「でもよぉ。その魔物は大丈夫なのか? 小さい子供とはいえ魔物だろ? 目が覚めたら暴れたりするんじゃねぇか?」


 モルガンの意見はもっともであった。まだ小さいアネタが一緒にいる以上、親として心配するのは当然だろう。


「じゃあ、目を覚ます前に森の奥へ戻しますか?」


「その方が良いだろうなぁ……。コイツの親が探してるかもしれねーしなぁ」


 トールとモルガンは、魔物の子供を森の奥へ連れて行くことに決めたようだ。ティナは少し残念に思いながらも、トールに付いて行くことにした。


「何かあったらすぐに逃げてこいよ!!」


「はーい!」


 モルガンに留守を頼み、魔物の子供を抱きしめたティナとトールは森の奥へと入っていく。


 ちなみに魔物の子供をティナが抱っこしているのは、トールに頼み込んで無理矢理許可を得たからだ。

 凶暴な魔物だったら、と心配したトールだったが、ティナが「何かあればすぐ結界に閉じ込める」と言うので、渋々了承したのだ。


 ティナの可愛いお願いに弱い自分を自覚したトールは、もし魔物の子供がティナに危害を加えるようであれば、速やかに自分が討伐しようと考えていた。

 既に魔物の子供に情が湧いているティナは、きっとこの魔物の子供に襲われても討伐を躊躇うだろう。ならば自分が悪者になってでもティナを守ろう、とトールは密かに決意する。


「瘴気が発生したような気配は無いね」


 ティナは周囲の様子を伺いながら瘴気の痕跡を探してみるが、今のところそれらしき場所は見当たらない。

 瘴気が発生すると、不気味な黒いモヤのようなものが漂い、木々は枯れ、土は腐り、小動物や鳥の死骸が落ちているのですぐわかるのだ。


「一見、普通の森だよね。もっと奥に行けばわかるかもしれないけど」


 トールもこれと言っておかしな気配は感じないようだった。


 そうしてティナとトールがしばらく歩いていると、魔物の子供がもぞもぞと動き出した。


「あ、目を覚ました! うわ……っ! やっぱり可愛い……っ!!」


 目を覚ました魔物の子供の瞳は金色で、キラキラと輝いている。まるで夜空に浮かぶ月のような瞳に、ティナはつい見惚れてしまう。


 魔物の子供はつぶらな瞳でじっとティナを見上げると、嬉しそうにしっぽを振っている。

 トールは神経を集中して警戒していたが、魔物の子供に敵意は全く無いようだった。トールはもしものためにと密かに発動させていた魔法を解除する。


「わっ! わわっ!! ふふふ、くすぐったい!」


 ティナをじっと見ていた魔物の子供は、野生の勘か何かでティナに悪意がないとわかったらしく、ペロペロとティナの頬を舐めている。


「……」


 魔物とはいえ、一見子犬に見える動物と戯れるティナはとても可愛い。しかし何となく面白くないトールは、魔物の子供の首根っこを掴んでティナから引っ剥がした。


「くぅーん!」


「え、トール?」


 突然のことに驚いたティナがトールを見ると、何となく不機嫌そうな雰囲気を醸し出している。

 そんなトールに掴まれた魔物の子供は、訴えるような瞳でティナを見る。どうやらトールの不機嫌オーラに怯えているらしい。


「……ティナ、何の魔物かわからないんだから、顔を舐めさせちゃ駄目だよ。もし唾液が酸性だったらどうする?」


「ひぇっ!! あ、そうだよね、気を付けなきゃダメだよね……ゴメン」


 素直に謝るティナにトールの良心がチクっと痛む。

 いつだってティナは、トールの言葉を疑いもせずに信じてくれるのだ。


「あ……いや、俺こそゴメン。ティナにそれらしいことを言ったけど、本当はコイツにヤキモチを焼いただけなんだ」


「えっ?! や、ヤキモチ……?」


 トールの言葉にティナの顔がかぁっと赤くなる。相変わらずトールは意味深なことを言うので、どういう意味で受け取ればいいか困ってしまうのだ。


「ティナに素直に甘えられる魔物が羨ましかったんだ。あ、ティナの顔を舐めたいって意味じゃないから!!」


「……っ?! そ、そりゃそうだよね! うんうん、わかってるわかってる!」


 トールの意味深発言は止まらない。トールの更なる追い打ちに、ティナも自分で何を言っているのかわからなくなってきた。


 何とも言えない雰囲気になりかけた時、トールが掴んでいた魔物の子供がジタバタと暴れだした。


「わうわうっ!! わふぅっ!!」


「うわっ!!」


 驚いたトールが思わず手を離すと、魔物の子供は再びティナへと飛びついた。


「え? え? どうしたの?!」


「くぅ〜ん くぅ〜ん」


 まるで”抱っこして”とせがむような鳴き声に、ティナはそっと魔物の子供を抱き上げる。

 すると、魔物の子供は安心したかのように丸まり、ティナの胸に顔を埋めた。その様子はそこが定位置だと言わんばかりだ。


「っ?! コイツ……っ!!」


「ト、トール落ち着いて! まだ子供だから!! きっと寂しいんだと思う!!」


 再び魔物の子供を引き剥がそうとしたトールを、ティナが慌てて静止する。魔物の子供を庇うティナに、トールは「……ゴメン」と言って、伸ばしかけた腕を下ろした。


「有難う、トール。心配してくれて」


「……うん。でも、ソイツをどうする? もし一緒にクロンクヴィストへ連れて行くつもりなら、モルガンさんの所に戻ってもう一度相談する?」


 ティナには懐いている様子の魔物の子供だが、他の人間に危害を加えないとは限らない。それにいくら魔物の子供でも忌避する人間はいるのだ。


「うん。モルガンさんにはこの子から全く害意を感じないから大丈夫だって……一緒に連れて行ってあげたいって言ってみようと思う」


「わかった。俺も協力するよ」


 魔物の子供を人一倍警戒していたトールだから、きっと同行を反対するとティナは思っていた。それでも協力してくれるのは、ティナを想ってのことだろう。


「本当?! 有難う! やっぱりトールは優しいなぁ」


 トールの気持ちが嬉しかったティナは、満面の笑顔でお礼を言う。


「……優しくなんてない」


 そう素っ気なく言いながらも、トールの耳が赤くなっていることに気付いたティナは、トールをとても愛おしいと思う。


 自分は意味深なことを言うくせに、言われるのは慣れていないトールに、今自分が考えている言葉を口にしたら──彼はどう反応するのだろう。


 ──本当は魔物の子供が、トールにとても似ていたから抱きしめたかったのだと。

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