第15話 野営
隣国クロンクヴィストへ続く街道の途中の開けた場所で、ティナたちモルガン一家一行は野営をすることにした。
トールとモルガンの活躍により、あっという間に設営が終わってしまい、野営を心待ちにしていたティナは、設営を手伝いたくても手も足も出せず、心の中で悔し涙を流していた。
設営を終えてすぐ、トールが「俺、薪を拾いに行ってきます」と言って立ち上がる。
「あ、私も行くよ!」
一人で薪拾いは大変だろうと思ったティナが、トールに同行を申し出るが、「ロープを持っていくし大丈夫だよ」と、トールにやんわりと断られてしまう。
設営も薪拾いも出来なかったティナが、ならば料理は自分が作ろうと思った時、「じゃあ、料理は私が作るわね。ティナちゃんはアネタを見ていてくれるかしら?」とイロナが申し出た。
「お! やった!! イロナの料理は美味いからな! 楽しみだ!!」
モルガンがイロナの料理を心待ちにしている様子を見て、ティナは料理作りを諦めることにした。
正直アネタと遊ぶのは楽しいし、イロナの料理はすごく楽しみだ。モルガンが大喜びしているぐらいだから、かなり美味しい料理なのだろう。
それにまだまだこれからも野営をするのだから、ティナが役に立つ時がきっと来るはずだ。
* * * * * *
ティナとアネタが遊んでいると、トールが大量の薪を持って帰ってきた。
「トールお疲れ様。重くなかった?」
「うん。これぐらいなら大丈夫」
ロープで器用に巻かれた薪は、朝まで焚き火しても十分足りるぐらいの量だった。設営の時の手際の良さといい、トールはかなり野営に慣れているようだ。
「はーい! おまたせ!」
タイミング良く料理が完成したようで、イロナが次々と料理をテーブルに並べていく。
テーブルに並べられた料理はティナが見たことがない料理で、全体的に赤いものの、野菜がたっぷりと使われ、とても色鮮やかだ。
見るからに辛そうな料理も中にはあるが、妙に食欲を掻き立てられる香りが漂っている。
「うわぁ……! すごく美味しそう!! どこの地方料理なんですか?」
「これは南の方にある小さな国の民族料理よ。どこの国かわかるかしら?」
「え? え? えーっと?」
「エヴェルス国の料理ですね。香辛料を多く使うと聞いたことがあります」
「あら、トールくんは物知りね。即答されるとは思わなかったわ……残念」
イロナが冗談めかして肩を竦める。ティナもトールが優秀なのは知っていたが、馴染みがない国の料理まで知っているとは思わなかったらしい。
エヴェルス国がある南の方は小さい国が多く、名前も似たような感じなので覚えるのが大変であった。学院の授業でも学生泣かせの地域だと揶揄されていた。
「おうおう、この料理は出来たてを食べなきゃ駄目なんだよ! ほら、食おう食おう!」
モルガンが促し、ティナたちをテーブルに着かせると、早々に夕食が始まった。
イロナが配膳し、皆んなに料理を配っていく。
「たくさん食べてね。お口に合ったら嬉しいわ」
「はい! いただきます!」
ティナは喜々として料理を口に運ぶ。
元聖女で王妃候補だったティナは、貴族並みの扱いを受けていたが、元々食べることが大好きなので、貴族が口にしないような料理でも平気で食べる。
好奇心旺盛な性格もあるが、食わず嫌いは損をすると知っているし、食べ物に対する感謝の気持ちもちゃんと持っているのだ。
「……! 美味しい……っ!!」
トールが言っていたように、イロナの料理には香辛料がふんだんに使用されていた。しかし、ただ辛いだけではなく、甘味が上手く調和されている。
そんなスパイシーでありながらまろやかな味わいの料理に、ティナはすっかりやみつきになっていた。
「俺も初めて食べましたけど、本当に美味しいですね」
「だろ? イロナの料理はうめーんだよ!!」
トールもイロナの作った料理を絶賛している。モルガンの喜びようにも納得だ。アネタも美味しそうにもぐもぐと食べている。
イロナの料理を思う存分楽しんだティナは、初めて食べたエヴェルス料理をすっかり気に入ってしまった。
そうして、モルガン一家と一緒に食事を楽しみ、片付けを終える頃にはすっかり夜も更け、アネタの就寝時間となっていた。
「火の見張り番はどうするよ? 俺も人数に入れてくれて良いんだぜ?」
本来なら護衛の役目である寝ずの番も、ティナを考慮してくれたのだろう、モルガンが申し出てくれた。
「お気持ちは有り難いのですが、モルガンさんは御者もしてくれていますし、ゆっくり休んで下さい。夜は俺が見張りますよ。徹夜には慣れていますから」
「でもよお……」
トールの提案をモルガンが渋る。彼に負担が掛かることを気に病んでいるのだろう。
「それなら大丈夫! 私に任せて!」
ティナがトールとモルガンに向かって、明るい声で言った。そんなティナを二人が不思議そうに見ている。
「説明する前にモルガンさん。これから私がすることを口外しないと約束してくれますか?」
「ええ? 約束?! ……そうだなぁ。何するつもりかわからねぇが……ティナちゃんに限って悪さはしないだろうし……。よし! 良いぜ! 誰にも言わねぇよ!」
モルガンがビシッと親指を立てて了承する。商人にとって、一番大切なものは信用だ。きっとモルガンは約束を守ってくれるだろう。
「私がこの場所一帯に結界を張ります。そうすれば魔物も寄って来れないから安心して眠れると思います」
「……結界? それって神官か巫女が……。あれ? でもティナは冒険者だよな? なのに神聖力を持って……っ! ああっ!! まさかっ?!」
結界、神聖力という言葉と、ティナとどこかで会ったことがある記憶が結びつき、モルガンの頭の中で既視感の正体がハッキリとした像を結ぶ。
「せ、聖じょ「わわ! ストップストップ!」っ! ああ、そうか、すまねぇ……。ちょっと頭の中整理させてくれ……」
ティナが聖女だと気付いたモルガンはあまりの衝撃に混乱しているらしく、頭を抱えながら考え込んでいる。
「……ティナ。打ち明けて大丈夫?」
「うん、どうせいつかはバレるだろうし、それなら自分から話した方が良いかなって」
「……確かに」
トールが納得してくれたことで、ティナの気持ちが軽くなる。
正直、ティナは元聖女だと気付かれたくなかった。しかし、遅かれ早かれイロナにはバレるだろうな、という予感もあったのだ。
「……うっし! わかった! ティナは優秀な魔法使いってことで! うん、それで行こう!」
頭の中の整理が終わったモルガンは、ティナが聖女であった事実を知らなかったことにするらしい。無理矢理自分を納得させたようだ。
「……有難うございます、モルガンさん」
「いや、俺も聖……ティナには随分世話になったんだよ。それに何となく訳ありだろうって思ってたしな。さっきも言った通り、誰にも言わねぇから安心しな」
「え? 世話なんてしましたっけ?」
「国中を浄化してくれただろう? そのおかげで俺たち商人は無事に商売が出来るんだよ」
ティナが<瘴気>を浄化しなければ、街道は閉鎖され流通は停滞し、物資を運ぶことも売ることも出来なくなる。正に商人にとっては死活問題なのだ。
「だからティナが必要ならいくらでも力を貸すぜ! 何でも言ってくれよな!」
「……っ! はいっ! 有難うございます! えへへ。すごく頼もしいです!」
モルガンの言葉で、自分は人々の役に立っていたのだと、実感出来たティナは嬉しくなる。
神殿の大神官にはそれが聖女の役割で、当然のことだとずっと言われていたのだ。
今まで聖女の腕輪のせいで、常に魔力を奪われていたティナだったが、今はもうその証も腕輪もない。
制限されず、自由に力を使うのが初めてなティナは、気合を入れて結界を構築する。
「えっと、じゃあ結界を張りますね! <サンクチュアリ>」
ティナが魔法名を唱えると、手のひらから光が溢れ、輝く粒子が空に舞い上がってドーム状の空間が形成される。
魔力の光が消えると、まるで何事もなかったように元通りになり、静寂が訪れた。
「へぇ……! すごく厚い魔力の障壁だね」
「え? え? 兄ちゃん見えるのか?! 俺にゃ何にも見えねぇぞ!」
トールがティナの結界に感心するが、モルガンは何が何だか分からないようだ。
「とても強固な結界だね。まるで城塞クラスだ。ティナ、魔力は大丈夫なの?」
「うん! 魔力は余裕! もっと丈夫な結界だって張れるよ!」
「いやいや、十分だよ。これ以上はオーバーキルなんじゃないかな」
ティナとトールの会話にモルガンは冷や汗をかく。<稀代の聖女>という称号は伊達ではなかったらしい。
「な、なあ……。これ、見えないけど触っちまったらどうなるんだ?」
「ああ、悪意ある者や瘴気を纏った魔物なら燃えちゃいますね」
笑顔で恐ろしいことを言うティナに、モルガンが「ひぃっ?!」と悲鳴を上げる。
「……ん? この気配は……!」
モルガンの悲鳴と同時に、トールが何かの気配を察知した。
トールがティナを背後に庇い、警戒を強めたと同時に、”バチバチッ”という音と共に青白い火花が迸った。




