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第17話 名前


 モルガンは帰って来たティナたちを見て驚いた。


 魔物の子供を連れ帰ったこともそうだが、その魔物の子供が大人しく──と言うより、甘えた様子でティナの腕の中にいたからだ。

 基本、魔物は人に懐かないと言われている。それなのに魔物の子供はすっかりティナに懐いていると、ひと目でわかったのだ。


「この短い時間で随分懐かれてんじゃねぇか。流石はティナってことか?」


 魔物の子供がティナに懐いたのはきっと、彼女が元聖女だからかもしれないとモルガンは推理した。


「魔物が凶暴になるのは瘴気を浴び続けているから、という説がありますし。瘴気が抜けたコイツは魔物に似ている子犬なのかもしれませんね」


 成績優秀だったトールは魔物についても詳しかったようだ。

 ティナはずっと「魔物は人に害を与える存在」だと神殿で教えられてきた。その教え自体が間違っているかもしれないとは、考えもしなかったのだ。


「じゃあ、私が一緒にいて<浄化>し続けていたら……」


「うん。多分コイツは凶暴化しないんじゃないかな」


 明確に証明された訳でなく、仮説だとわかっていても、ティナはトールの言葉に安心する。トールの声には人を落ち着かせる力があるのかもしれない。


「何だか変な気配がするんだけど……あら?」


 アネタを寝かしつけていたイロナがテントから出てきた。

 勘が鋭いイロナは、魔物の子供の気配を感じ取ったらしい。


「あ、あの、この子は……!」


 朝になったら折を見て、魔物の子供のことを説明しようと思っていたのに、早速イロナに見つかってしまった。

 隠そうにも既に手遅れで、ティナの腕の中にいる魔物の子供を見たイロナが驚きの声を上げる。


「やだーーーー!! 可愛いーーーー!!」


 イロナは魔物の子供を見て大興奮だ。

 もしかすると拒絶されるかと思っていたティナは拍子抜けしてしまう。


「え、えっと……。まだ子供とは言え魔物ですけど……怖くないんですか?」


「ええーっ?! こんなに可愛いのに怖い訳ないじゃない! 何かいるな、って感じたけど、まさか<金眼>の魔物だなんて!」


「え? <金眼>……?」


「ええ、<金眼>の魔物はその生息地一帯の主のことよ。この子、大きくなったらきっとすごく強くなるわよ」


「ああ! そういや聞いたことあるな。何だっけか、<王の目>とも言うんだっけか?」


「そうよ。金色の瞳を持つものは王者の素質を持っていると言い伝えられているの。ほら、クロンクヴィストの王族にも<金眼>持ちがいるって噂でしょう?」


 イロナたちの会話をティナは呆然としながら聞いていた。自分が知らない内容ばかりなのはもちろん、腕の中の魔物の子供が将来<魔物の王>になるとは思わなかったのだ。


「え、クロンクヴィストの王族は金色の目をしているんですか?」


「ええそうよ。まあ、王族全員じゃないけれど、クロンクヴィストの王族は今も古い血統を引き継いでいてね。<金眼>はその証で、それを持って生まれた者が王位を継ぐらしいわ」


「へ、へぇ〜〜……。私、全く知りませんでした」


 聖女や王妃候補として多忙だったとは言え、隣国の王族について知らなかったのは流石に恥ずかしい。


「ああ、そりゃ知らなくて当然よ。<金眼>の魔物なんて最近は滅多に現れないし、クロンクヴィストでも百年ぶりに<金眼>持ちの王族が生まれたって話だもの。でもねぇ……」


 イロナはそう言うと、少し困った表情になる。


「何か問題があるんですか?」


「それが、<金眼>を持って生まれたのが第二王子で、側室の子らしくて。王位継承で随分揉めているらしいのよね。私は優秀な王子なら生まれは関係ないと思うけど。貴族の権力争いまで絡むと複雑になっちゃうわね」


「ほぇ〜〜……。イロナさんってすごく物知りなんですね……」


 王室の内情はその国の沽券に関わるため、基本秘匿されている。

 それなのにイロナが王位継承権争いのことまで知っていることにティナは驚いた。


「うふふ。そりゃ、顧客から色々聞かせて貰ったからね。私のお客さんには結構貴族が多かったのよ」


 凄腕占術師のイロナに占って貰うには結構な労力が必要だ。確かに貴族であれば、その労力を惜しむ必要はない。

 そしてイロナは顧客の相談にもよく乗っていたらしいので、それこそ色んな情報を手にしていたのだろう。


 ティナは改めてイロナのすごさに感心した。そして魔物の子供に好意的なことに気付き、魔物の子供について聞いてみることにした。


「えっと、この子もクロンクヴィストまで連れて行ってもいいですか……?」


「ええ! もちろんよ! アネタもすごく喜ぶわよ! 私もその子を抱っこしたいわ!」


 イロナからも許可を貰え、ティナはようやく安心することが出来た。


 たとえ反対されたとしても何度も説得しようと思うぐらい、ティナは魔物の子供と離れ難かったのだ。


「良かった……! じゃあ、この子に名前をつけてあげないと。ねえ、トール。どんな名前がいいと思う? ……って、どうしたの?」


 ティナがトールを見上げると、彼は手を口に当てて何かを考え込んでいた。ティナはそう言えばさっきからずっと無言だったな、と思う。


「……あ、何? ゴメン、考え事してた」


「うん、えっと、この子の名前なんだけど、どうしようかなって」


「そうだなぁ……」


 トールが魔物の子供をじっと見る。


「黒いから『ニゲル』……は安直かな。目の色で付けるなら『アウルム』だけど、角があるから『コルヌ』、それとも狼っぽいから『ルプス』?」


「え、えっと……?」


 スラスラと名前候補を出すトールに、今度はティナが戸惑ってしまう。しかもトールが言った名前候補は古代語だ。よくそんなに覚えているな、とティナはトールの頭の良さに感心する。


「その中だったら『アウルム』かな? 響きがいいし」


「私も『アウルム』が良いわ! 確か『黄金』って意味よね。ぴったりじゃない!」


 女子二人の意見に、魔物の子供の名前は「アウルム」に決定した。きっと異論は認められない。


「アウルム! これから名前はアウルムだからね!」


 ティナが魔物の子供──アウルムに向かって言い聞かせる。

 言葉がわかっているのかは不明だが、ただ嬉しそうにしっぽを振っているアウルムを見て、ティナはこれからいっぱい名前を呼んであげようと思う。


 そうして何事もなく夜を過ごし朝になると、ティナはアネタにアウルムを紹介した。


「アウムー! アウムー!」


 アネタはまだ上手く「アウルム」と言えないらしい。それでもアウルムを気に入ったのだろう、名前を呼んではアウルムの後を追いかけ回している。


 そんなアネタをアウルムは嫌がるかと思いきや、意外と面倒見が良いのか仲間意識が芽生えたのか、アウルムはアネタを嫌がることなく相手している。


 モルガン一家とティナたちの旅は順調で、心配されていた強力な魔物、ステュムパリデスとシェロブに遭遇することなく、クロンクヴィストの国境に近付いていた。


 新たな同行者はその愛らしさで、すっかりモルガンたち一行の癒やしとなった。それはとても嬉しい誤算だったが、アネタはアウルムにべったりで、ティナが寂しく感じるほどだ。


 しかし、そんな可愛いアウルムも魔物であることは変わらない。いつ瘴気を帯びて凶暴化するかわからないのだ。

 ティナはアウルムが凶暴化しないように、<神聖力>で毎日アウルムの浄化を続けていた。


 ──そしてある日、ついに新月の夜がやって来た。


 ようやくティナはイロナに占って貰えることになったのだが、これからのことや結果のことが気になって、柄にもなく緊張しているようだ。

 大神官から聖女の称号を与えられた時でも、こんなに緊張したことはなかったのに……とティナは思う。


「フフ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ」


「いや、でも、イロナさんの占い、すごく当たるって評判だったって聞いていますし……」


 イロナは不思議な雰囲気を纏っていることもあり、占いとか関係なく彼女の言葉には、何かの力が宿っているような気になるのだ。

 聖女だと持て囃されていた自分より、イロナは余程聖女らしい。


 ちなみに今はテントの中で、ティナはイロナと二人っきりだ。

 占うにはかなりの集中力が必要らしく、アネタとアウルムはトールに見て貰っている。


「でも、ティナちゃんのことに限っては当たるかどうか、私にもわからないのよね。上手くいくといいけれど」


 イロナはそう言うと、木の箱から袋を取り出した。


「私は石を使って占うの。石には古代アルカナ文字が刻まれていてね。一つ一つの文字がそれぞれ名前と意味を持っているのよ」


 イロナが袋の中から石を一つ取り出し、ティナに見せてくれる。

 白い石には、初めて見る記号のような文字が刻まれていた。

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