第二話
第2話 悪女の主催する、最悪のお茶会
公爵家の温室は、その日、異様な緊張に包まれていた。
「本日のお茶は、わたくしが淹れたもの以外、口にしないこと。よろしいわね」
主催席で告げると、招かれた令嬢たちの顔が一斉にこわばった。
「そ、それは、王宮から届いた茶葉が……」 「王宮の茶葉? あんな安物、わたくしの温室にふさわしくなくてよ。全部、下げなさい」
(ええ、下げてもらわないと困りますの)
令嬢たちの視線が、また冷たくなる。横暴だ、傲慢だ、と顔に書いてある。ちょうどいい。
その中に、ひとり、居心地悪そうに縮こまっている少女がいた。聖女リリアだ。 本当は呼びたくなかった。けれど、わたくしの目の届く場所に置いておくには、招待するのがいちばん早い。
「リリア様。あなたのカップ、こちらにお寄越しなさい」 「え……?」 「聖女様のお口に、わたくしの茶葉が合うかどうか。まずわたくしが味を見て差し上げますわ」
わたくしは彼女のカップを取り上げ、先に口をつけた。
温室がざわめく。
「毒見を……!」 「なんて無礼な」 「聖女様を、まるで召使いのように」
——ええ、毒見ですもの。
何も入っていないことを確かめ、カップを突き返す。
「悪くない出来ね。あなたには、もったいないくらい」
リリアは戸惑ったようにカップを受け取り、そっと一口飲んだ。それから、小さな声で言った。
「……おいしい、です。セラフィナ様のお茶」
思わず、扇の陰で唇を噛む。
「勘違いなさらないで。他の方に出すついでですわ」
……調子が狂う。この子の近くは、どうにも危険だ。
*
お茶会が終わり、令嬢たちが逃げるように帰っていくと、温室は急に静かになった。 片づけを侍女に任せて一息ついたそのとき、入り口から低い声がした。
「昨日の『手が滑った』は、見事な狙いでしたね」
振り向くと、昨日の黒い軍装の男が、扉にもたれて立っていた。 黒髪に、日に焼けた肌。歳は二十代半ばだろうか。あの笑いをこらえていた男だ。
「……どなた? 招待した覚えはありませんけれど」 「北の辺境を預かる、ルーカス・ヴァルデンと申します。田舎者の非礼はお許しを」
男は悪びれもせず、温室の中へ入ってくる。
「昨日、庭園の裏手で、茶葉の木箱を見ました。蓋に押された納入印は、私の領地に届く物資と同じものでした」
心臓が、一拍だけ跳ねた。
「……だから、何ですの」 「うちでは毎年、納めたはずの穀物が、王都で数字だけ消える。その印が、聖女のお茶の箱にも押されていた。偶然でしょうか」 「存じませんわ。辺境の帳簿の不始末を、公爵家に持ち込まないでいただける?」
わたくしは扇を閉じ、冷たく見下ろす。 ルーカスは肩をすくめて、笑った。
「では独り言を。悪女の手が滑ったおかげで、聖女は無事だった。……いつか、その手をお借りしたい」 「お帰りはあちらよ」 「ええ、今日のところは」
一礼して去っていく背中を、わたくしは睨むように見送った。
(見抜かれた。……面倒な人)
*
ほっとする間もなく、温室に新しい足音が響いた。
「これはこれは、セラフィナ嬢。昨日は災難でしたな」
白髪をきれいに撫でつけた老紳士——宰相カルヴァン侯爵が、従者に木箱を抱えさせて立っていた。 柔和な笑み。王宮でも「話の分かるお方」と評判の人物だ。
「昨日のお茶会の件、聞き及びました。王宮の茶葉がお口に合わなかったとか。お詫びに、新しい茶葉をお持ちしましたよ」
従者が差し出した木箱の蓋には、見覚えのある納入印。
——あら。ご丁寧に、同じ印で。
「まあ、宰相閣下自らとは。ありがたく頂戴しますわ」
わたくしは箱を受け取る。その一瞬、蓋の端に貼られた納入札を、爪で剥がして袖の中へ滑り込ませた。
そして、にっこりと微笑む。
「あら、ごめんあそばせ。手が滑りましたわ」
木箱は温室の池に落ち、派手な水音を立てて沈んでいった。
一瞬の沈黙。 宰相の口元は、微笑んだまま動かなかった。けれど、細めた目の奥だけが、初めてまっすぐにわたくしを見た。
それは好々爺の目ではなかった。 敵を見る目だ。
——ようやく、こちらを見てくださったわね。
わたくしは扇の陰で、静かに笑った。




