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悪役を演じきった公爵令嬢は、断罪の夜に王国ごと買い取る。  作者: ももにく


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第一話

第1話 悪女は今日も、紅茶をこぼす

「あら、ごめんあそばせ。手が滑りましたわ」

わたくしの指先が触れた瞬間、聖女リリアのティーカップは宙を舞った。

琥珀色の液体が、庭園の白いテーブルクロスに広がる。雫が石畳に落ちる音まで聞こえるほど、お茶会は静まり返っていた。

「セ、セラフィナ様……」

リリアが青ざめた顔でこちらを見上げる。大きな瞳に、みるみる涙が溜まっていく。

「まあ、ひどい」 「また聖女様に……」 「あれで公爵令嬢だなんて」

さざ波のように、ひそひそ声が広がった。 わたくしは扇で口元を隠し、いちばん傲慢に見える角度で顎を上げる。

「ぼんやりしているからよ。聖女ともあろう方が、カップ一つ守れませんの?」

 我ながら、完璧な悪役ぶりだった。

そのとき、庭園の入り口から足音が近づいた。

「セラフィナ!」

王太子アルベルト殿下だ。金の髪を乱し、まっすぐリリアのもとへ駆け寄ると、その肩を抱いて背にかばった。

「大丈夫か、リリア。火傷は」 「い、いえ……わたくしは平気です。セラフィナ様も、きっとわざとでは」 「かばう必要はない。これで何度目だ」

殿下の青い瞳が、氷のような冷たさでわたくしを射抜く。

「君との婚約を、私は本気で後悔し始めている」 「まあ、光栄ですこと。殿下が後悔なさるほど、わたくしに関心をお持ちだったなんて」

殿下の頬が怒りで引きつった。 周囲の令嬢たちが息を呑む。……よし。今日の分の「悪評」は、これで十分。

殿下はリリアを連れて庭園を去った。取り残されたわたくしを、誰もが遠巻きにして、目を合わせようともしない。

ただ一人を除いて。

客席の端に、王都では見慣れない黒い軍装の男がいた。辺境から来た来賓だろうか。彼だけは、なぜかこちらを見て、笑いをこらえるように口元を押さえていた。

(何ですの、あの方は)

気にしている暇はない。わたくしは何食わぬ顔で席を立ち、庭園の裏手へ回った。

「お嬢様」

生垣の陰で待っていた侍女のマルタが、無言で銀の砂糖挟みを差し出す。 先ほど、こっそり拭き取ったテーブルクロスの布。その染みに砂糖挟みの先を当てて——。

銀が、じわりと黒く曇った。

「……やはり、入っていましたのね」 「三度目です。いずれも、聖女様のお茶だけに」

マルタの声は低く震えていた。 わたくしは布を丁寧に畳んで袖にしまう。

「お茶会の茶葉は、どこの納入品?」 「王宮の財務局印がありました。ですが、お嬢様、その納入印は……」 「ええ。先週、帳簿で見た日付と、合いませんわね」

国庫の帳簿には、存在しないはずの茶葉の納入記録。金の流れの、ほんの小さな綻び。 その先に誰がいるのか、まだ輪郭も掴めない。ただ、リリアが狙われている以上、敵は必ず動く。

だから、わたくしは悪女でなければならない。 聖女の隣に立つ者は、誰よりも憎まれる者でなければ——本当に守りたい人を、敵の目から隠せないのだから。

「マルタ。明日のお茶会も、わたくしが主催しますわ」 「また、こぼされるのですか?」 「ええ」

わたくしは扇を開いて、微笑んだ。

「とびきり、感じ悪く」

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