二章【顔を上げて、声を聞いて】その4
そう思い行動を開始して、けれど目的はおろか、足がかりになるようなものさえ、掴んでいない。
時間だけが浪費し、先に進めないもどかしさ。
焦りだけが募っていく状況。
そんな中でどうしても協力者がいると判断した俺は迷いに迷い――。
『はあ、はあ、はあ――――』
病気に苦しむスフィアの姿が脳裏に浮かび。
「……行くか」
俺はもう、迷うことをやめた。
自分一人ではどうにもできなくて、それでも何とかしたいと思うなら――。
――誰かに向かって手を伸ばす事を、今更ためらったりはしない。
そう決断を下し、俺は資料室を抜けて、ある場所へと向かうことにしたのだった。
「やぁ大樹。君がここに来るなんて珍しいね」
「……ああ、レオ。久しぶりだな」
ギルドより少し離れた場所に存在する個人診療所。そこで働くレオ・朝霧は利香と同じく昔馴染みの人間。
「少し話したいんだけど、いいか?」
「まぁ、今は誰かを診ているわけではないし、急患がこなければ特に問題はないけど――」
「なら、頼む」
「……わかった、じゃあ奥に行って話そう。何だか大事な話みたいだから、立って話をするのもなんだし、それにあまり人に聞かれたくない話だろうからね……」
「……助かる」
「……」
「どうした?」
軽く頭を下げると目を見開いてこちらを見てきたので、首を傾げていると
「いやごめん。利香が「昔みたいになったわけじゃないけど、それでも昔みたいな大樹になった」というわかるような、わからないような事を言っていたもんだから、それって一体どういう事なんだろう? って思っていたけど、今の君をみて理解できたよ」
「……どういう意味だ?」
「んー、簡単にいうなら、以前の君よりはずっと良いって事さ」
またそれか、と思いつつも、現状それについて深く聞いても意味がないだろうと思い「そうか」とだけ呟く。
「俺の事は好きに受け止めてくれていいさ。それより大事な話が……」
「あ、ごめん。そうだったね。じゃあちょっと奥の休憩室に行ってくれないかい? 僕は表に看板をだしてくるよ。急患以外は断っておいたほうがいいだろうから」
「わかった」
椅子から立ち上がり、直ぐに済ませてくると入り口に向かっていく。それを見届けた後で、診察部屋から出て、休憩室に入った。
その部屋は、事務的な作業を行う事ができる机と椅子の他に、食事や寛ぐために用意されたテーブルとソファーが存在する。
俺は、ソファーに腰掛けてレオを待つ。
数分後、レオはカップを二つ手にして現れた。
「待たせたね、急ぎの用事だろうから直ぐに来た方がいいとは思ったんだけど……その前にはい、ハーブティ」
湯気を立たせているカップを俺に一つ手渡して、もう一つのソファーに座った。
「君は何か焦っているように感じたから……少しでも落ち付けたらいいと用意したんだけど、余計なお世話だったかな?」
「……いや、ありがとう」
柔らかく笑う姿。昔から変わらないレオの姿に、俺は礼を言ってハーブティを口に含んだ。
独特の甘い匂いと、すっきりした味。
それと入れ立ての暖かさが、俺に「落ち着け」と言っているようで、軽く深呼吸する。
「確かにレオの言うとおりだ。焦るだけじゃ何も前に進めない。今の俺にとって大事な事だった」
脳裏にチラつくスフィアの苦しむ姿、それにより急かせれていたのだと、この時ようやく自覚した。
「だから、こうやって落ち着けるように考えてくれて助かった。ありがとうレオ」
「どういたしまして、そして改めて聞くよ。僕に一体どんな用があったんだい?」
にこりと微笑んで訪ねるレオに、「ここだけの話しにしてほしいんだが」と前置きを置いてから話し始めた。
スフィアの事。病気の事。今まで俺が見たモノ。
俺が知りうる限りの全てをレオに話す。
その言葉の数々に、レオは相づちを打ちながら耳を傾けている。
「……多分スフィアは他の誰かに、自分の病気をどうこうしてほしいなんて望んでないし、俺に何かしてほしいわけでもないと思う。全部自分でどうにかしようとしていて、そしてその結果を受けれているような……そんな態度だった」
スフィアの言葉に悲壮感はまるでないし、誰かに助けを求めるようなものもない。
自分で出来る範囲の事をやって、その結果が助からないとわかっても、きっと納得するのだろう。
スフィアという人間は、そんな人間だ。
「だから、望まれていないということはわかってる。スフィアがごく限られた人間にしか話していないだろう事を、俺は勝手にばらして、もしかしたらそれは、信頼を裏切っていることになるのかもしれない」
その信頼を裏切りたい、と思った事はない。
俺を救ってくれた人間に、泥を被せたいわけでもない。
「それでも、あんな姿を見て、時間があまり残されていないかもしれないと思ったら、いてもたってもいられなくなった。そして出来る事なら、病気を完璧に治してやりたい」
けれど、もし治せる方法があるなら――――――俺は、行動したい。
「そのために、必要な事なら、信頼を裏切ってでも、俺はその行動する事に決めた。そして俺一人がどれだけ頑張ったって前に進めないことがわかった。だから頼む。俺に協力してくれレオ」
レオに向かって頭を下げる。
「……顔を上げてくれ」
その言葉に顔を上げると、苦笑しているレオがいた。
「どんな問題か予想していたけど、全くの予想外のモノで正直驚きを隠せないし、それに君の相談はとても難問なものだ。力になってあげたいと思っても、簡単に問題を解決する事はできないだろう」
「……そう、か」
「でもね」
レオは笑って言った。
「君が誰かを助けたいと願うのは、とても嬉しい事だよ。君が夢を追い続け、あきらめた時、君は“周り”を見ようとしなくなった。夢のためにどれだけ努力していたかよく知っているから、僕らは君の力になりたかった。だけど周りを見えなくなった君は、僕らを見ようとはしなくなってしまった」
「……」
「何度も声をかけて、少しも届かなくて、それがもどかしくて仕方なかった。……知っているかな? 利香は泣いた事だってあるんだよ。「何とかしたいのに、何も出来なくて、悔しい!」てさ」
「……」
初めて、知った。
レオのも思いも、利香の思いも。
「それくらい、君のために何かしてあげたかった。そんな君が今周りを見るようになって、こうして頼ってくれている。それがとても嬉しい」
変えたのは僕らじゃないのは、ちょっと寂しいけど、と苦笑して。
「だから、力を貸す。僕に出来る事は何でも。問題を解決する力はなくても糸口を探すことなら出来る」
そういって腕を差し出して。
「大樹、僕はスフィアさんを助けたいと願う君の力になる」
「……ありがとう」
「いやだな、水臭い。僕らの仲だろう?」
「……」
簡単にいうが、俺はここ数年間、誰とも関わりをもとうとしなかった。
両親も、ギルドのメンバー、そして幼なじみの数々の言葉。
それらの言葉を全て無視し続けてきた。
そんな俺に昔と変わらずにこうして接してくれている。
それが、ありがたくて、申し訳なくて。
差しのばされた手にとっていいのか、わからなくなってしまう。
そんな俺に。
「君はどんなに苦しくても、僕を助けてくれたじゃないか」
「えっ?」
「幼い頃からずっと、一緒に過ごしてきた中で、魔獣に襲われた時、僕の持病の病気の薬が足りなくて、苦しんでいたとき、お金が足りなくて、開業に苦しんだとき、君は笑って言った『幼なじみだから助けて当然っ』てね。助けてくれる度君はボロボロで、時には傷だらけになって、それでも最後は笑っていた『俺はこの国の英雄になる男だからな』ってさ。とっても眩しかったよ。僕はそんな君をみて助けられてばかりの自分が嫌になった時もあった。そしたら『じゃあ、立派な医者になって俺を助けてくれよ。俺は英雄に、レオは医者に。お互いなりたいもののために、頑張ってそしてお互いを助けるんだ。そしたら対等だろっ?』その言葉で、僕は心も救われたよ」
「……」
「だから手をとってくれ、”僕達の英雄”」
「……」
「君がしてくれたように、君とは違うやり方で、僕も君の助けになりたいのさ」
「……っ」
ああ。
本当に。
俺は、今まで何をしていたんだろう。
こんなに、俺の事を見てきた人間が、居たはずなのに。
下ばかり見て、耳を塞いで。
どうして、ほんの少しでも顔を上げて、耳を傾けようと思わなかったのか。
夢には届かなかった。
なりたいものにはなれなかった。
だけど、俺の事を認めてくれた人達が、いたんだ。
それは、本当にかけがえのないものだと、今ならわかる。
俺もスフィアに救われたから。
その気持は、救われたからこそ、とても大事なモノだと思う。
「悪い」
「大樹、僕は――――」
「わかってる、謝ってほしいわけじゃないんだろ? けどな、言わせてくれ。今ままで本当に悪かった」
深く頭を下げる。
「そしてありがとうレオ。俺は決して“英雄”なんて呼ばれる人間ではないけど、それでもそう言ってくれて本当に嬉しい。俺の今までは無駄だと思ってきたけど、多分みんなの言うとおり、無駄ではなかったと……そう思うよ」
まだはっきりと、断言はできないけど。
俺に対して、言葉を投げてくれる様々な人が、俺を認めてくれているのは、俺ががむしゃらにやってきた事を知っているから。
俺にとっては単なる慰めにしか聞こえなかったけれど。
みんな、本気で言ってくれていたのだと。
それが今、ようやくわかった。
「そして、頼む。俺は一人で何でもこなせる【混沌の矛盾】にはなれなかった。それでも助けたい人間がいる。そのために力を貸してくれ」
顔を上げて、すっと手をのばすと、レオは少しだけ瞳を開いたが、すぐに表情を変える。
そして。
「もちろんさ」
と俺の手をとって、強く握りしめてくれた。
その事に感謝しながら、俺も強く握り返す。
「それで大樹、君の話を聞いていて、いくつか気になる事があるんだけど」
「気になる事?」
「うん、それで確認したい事が――――」
レオが疑問を口にしようとした時。
「レオ!」
診療所の入り口の扉が放たれる音と叫び声。
その後すぐにここ休憩室の扉も開かれ現れたのは、息を荒げ、肩で呼吸している利香の姿だった。
「利香?」
「大樹!? ここにいたの!?」
利香は俺がいることがわかると目を見開く。
「ああ、ちょっと用事があって……それより、何かあったのか?」
「っ! そうだった。レオ! 今すぐギルドに来て! 診て欲しい人がいるの!」
診て欲しい人。
この言葉に、胸がざわついた。
「わかった。すぐに準備するよ」
利香の慌てた様子に、レオは急いで準備をはじめる。鞄の中に道具や薬を詰め込みだした
「それで利香。患者が誰でどんな様子かわかる範囲で教えてくれるかな?」
「う、うんっ――――」
利香は頷いてその名前を口に出そうとする。
その名前は。
「スフィアさんがっ、スフィアさんが急にたおれたのっ!」
俺が今、最も聞きたくない名前だった。




