二章【顔を上げて、声を聞いて】その2
「……」
利香の言葉の意味を考えていると
「大樹、待たせたね」
用事を終わらせたスフィアがやってくる。
「今日は特に請け負うクエストもないから、のんびり過ごそうと思うんだけど――――」
「スフィア」
「どうしたんだい?大樹」
「……いや、なんでもない」
この言葉に言い表せないものが何なのか、それを訪ねようとしたが、誰かに聞くべきものではない。
そう思って言うのをやめた。
けれど。
「大樹、いいよ、言ってみてくれ」
俺の隣に座り、頬杖をついてこちらを見る。
「君は今、何か思う所があるのだろう? そして一人ではその答えがわからない。なら話してみるといい。何かに悩んだ時は、誰かに頼っていいんだよ」
「そう……なのか?」
「ああ――とはいえ、私は君に望む答えが返せるかはわからない。けれど一つの選択肢を提示する事はできるだろう」
そういって、俺の言葉を待つ。
俺は視線を彷徨わせた後、ゆっくりと答えた。
「利香に……前を向いていると言われたんだ。俺は何も変わってないはずなのに、夢を諦めて、自分がしてきたことの意味もみつけていない」
スフィアに「意味はあった」と言われても素直に受け取ることすら、まだできていない。
それでも、前とは違う、と言われて、自分の何がどう変わって見えるのか、それがわからなくて。
「……どうしていいのかわからなくなった」
「――ふむ」
スフィアは俺の言葉に軽く頷くと。
「別に、今はわからなくていい、と私は思う」
「わからなくて、いい?」
「ああ、君はね、今知ろうとしているんだよ。今までは聞こうとしなかった事、見ようとしなかったもの。それらに耳を傾け、目を凝らしている最中だ。そんな状態だから答えを知りたいと強く願うだろうが、それは人から提示された答えでは意味がない。自分で知り、その中で手にした答えこそ、重要になる。だから今は答えに辿りつかなくていい。今の君に必要なのは、答えを知る事ではなく、知るために行動することさ」
とはいえ、疑問を疑問にしたまま、というのもあれだからと、人差し指を立てて言った。
「前向き、という言葉で考えると、夢を諦めた君には疑問しか残らないのであれば、考え方を変えてみるのも一つの手だよ」
「考え方を変える?」
「そうさ、人というのは何かを選択するとき、自分の考えを全て理解した上で判断していると思っているようだが、そうやって考えるより前に無意識で選択肢をしぼっている事がある」
机に設置されたテーブルからメニュー表をとりだして開いてみせる。
「例えば、今から一つ、料理を頭に思い浮かべてくれ、と言われた時、今までの食べてきたものが思い浮かぶだろう? さらにこういう食事を提供する場なら、そこで提供されているモノの中から選択するはずだ。これは今まで培ってきた経験や知識から、より選択しやすいように、無意識の中で取捨選択を行っている、と言うことだ」
確かに、言われてみれば、そういう理屈で考えているだろうとは思っても、そういう理屈を考えてから、答えを選択している、とは思っていない。
それがスフィアのいう無意識という事なんだろう。
「これはね、人が生きていくなかで「膨大な情報」を処理するための仕組みで、決して悪い事ではない。けれど時として「答え」をねじ曲げ、「考えるべき事」を見えなくしている可能性がある」
「どういう事だ?」
「今回の事で言うなら「前向き」という「答え」に対して「+」の要因が自分の中にあるのか?と問いかけているわけだけど、そもそも君は自分の中に「そんなものはあるはずがない」と「答え」を出しているわけだから、成立していないんだよ」
ちょっと書いてみようか、と指先に魔力を集め、空中に文字を描いていく。
「答えがでているのに、違う「答え」に関して考えを巡らせても、自分で出した答えが邪魔をして、問題をいくら増やした所で結果は変わらない」
1+1=2という簡単な数式を書き、その下に3という数字を書く。
「こうやって、答えは“3”だと言われた所で、君は“2”という答えを出している。なのに“3”と言われて、君はそのために色々数を捏ねくり回すが、“2”という答えを先に出している以上、どんな数字をいれたって、君は納得しない」
色んな数式を書いて、それでも答えが2になって、又数式を書いてを繰り返し、最後は線でごちゃごちゃに塗りつぶす。
「ほら、こんな事を続けていても、こんがらがるだけで、納得する答えは何も得られない」
ふっと、魔力を消して、空中に描いた数式は全て消える。
「じゃあ一体どうすれば?」
「だから、考え方をかえていくのさ」
スフィアはにやりと笑う。
「前向きかそうじゃないか、其処を答えにするのではなく、以前の君と、今の君の違いに目をむけてみる、とかね」
鋭い微笑みを、ふわりと優しいモノに変える。
「以前の君はあきらめていた。誰とも関わらなかった。一人だった。今の君は、夢を叶えられなかった事に思う所はある。それでも私の手助けをしてくれる。ギルドのメンバーに声をかけられ、昔馴染みと又会話するようになった。一人ではなくなった。こうして並べてみると、「前と違う」ことは明快だ」
「……]
「そして、前と違うことに対して戸惑って、答えを求めているようだけど、「難しく考えてこんがらがる」ならもっとシンプルでいいんだと思うよ。今のこの状態が、悪くないと感じているか? それを問いかけてみるといい」
「悪くないか、そうでないか……」
「そうだ、いきなり答えられない問題に目を向けるのじゃなくて、今の答えられる範囲で、答える。それは望む答えには及ばないかもしれないが、でも望む答えの足がかりにはなる、と私は思うよ」
私が言えるまではここまで、と立ち上がる。
「さて、何やら若人の君は、前途多難な人生という問題ついて悩んでいるようだし、今日はもう、一人で過ごす事にするよ」
そういって立ち去ろうとするスフィアの腕を掴む。
「大樹?」
「今日はゆっくり過ごすって言ってたよな? その中で俺に出来る事があるなら、力を貸す」
「……いいのかい?」
「良いも何も、俺は元からそのつもりだったし、悩むのなんてのは後でいくらでもできる。……俺は、何ていいのかわからないけど、「救われた」って思ったんだよ。夢を諦めた事を吹っ切れたわけじゃいけど」
それでもあの日の言葉や行動が、“救い”になったという思いは変わらない。
「だから……何か手伝える事があるのなら、手伝わせてくれないか? 頼む」
「……ふふ」
一瞬目を丸くした後で、スフィアは優しく微笑む。
自身に満ちあふれたいつもと違う笑みに、目が離せない。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらっても、いいかな?」
「あ、おう」
そう言って、俺とスフィアはギルドを出た。
叶わなかった夢。
諦めた自分。
そんな自分を救ってくれた相手。
何も答えは得ていなくても、何かが変わっていく日々。
そんな日々の中で、まだ知らぬ答えを探す。
何もわからないまま。
不安は心の底にくすぶったまま。
でも今は、スフィアに傍にいよう、そう思ったのだった。




