一章【蹲る者と、そうでない者】その4
「さて場所も変えて、魔獣よけの結界も張り終えた事だし、話をするとしようか」※要相談
桜華山を降り、光陽王国へ戻る道中、太陽が沈み夜を迎えた事で、野宿することになった俺達は、野営の準備を終え、今はたき火を前にして、携帯食を食べ終えた所だ。
そんな時になって、スフィアは桜華山で出来なかった話をしようと持ち出してきた。
山を下りたらしてもいいような気がしたが、スフィアなりの事情や心の準備があったかもしれない。
なので、話すのをずっと待っていた。
「その前に、実際にみて貰った方が早いと思うから、ちょっと待っててくれ」
俺は言葉の意味がわからず眉をひそめるが、俺の態度を気にせず、小言で何かを呟くスフィア。
するとたき火の光とは別の、淡い青の光が全身を覆い、すぐに消えた。
「よし、これでいいだろう、大樹見てくれないか?」
そう言うと、隣に座っていたスフィアは胸元のローブや身につけていた衣類を全てずらし、肌を露出させる。
「――――っ。」
鎖骨は元々露出している作りだから問題ないにしても、そうしてしまえば、当然普段隠している場所も露わになり。
いくら、スフィアのような人間でも、肌を露出させられれば、唐突に行動にあわててしまう。
――゛普段゛であれば。
「……おい、スフィア、それは一体”何”だ」
けれど、今はそれで慌てることはない。
何故なら。
「――驚いただろう、この身体を見せると、大抵君のような反応をしてしまうからね、普段は魔法で隠しているのさ」
微笑むスフィアだが。
その身体の至る部分がどす黒く変色していた。
露出していた胸は勿論、肩や腕……もしかしたら、衣服で見ることのできない下半身にまで浸食しているのかもしれない“それ”。
「普段から、だって?」
「そうだよ、私のこれは、日を追うことに強く拡がっていってね、最初は胸元だけだったものでは現在ごらんの有様だ。これも若さ故の過ちといえば仕方のないことだけれど、かといって他人様にみせるのは忍びないからね」
そういって、衣服を正し、先ほどのように呪文を唱えれば、淡い光で覆われ消えた後は、見た目は元通りになった。
微笑みを浮かべた姿が、パチパチと音を鳴らすたき火の光に照らされている。
変わらない、いつもの表情。
けれど、先ほどの有様を見せられた俺は、異様な雰囲気を感じ、黙り込んでしまう。
「これはね、言ってしまえば“不治の病”と言うやつで、普段は痛みを感じないが、時折発作のように全身が強く痛む。それと身体が衰弱しているせいか、年々魔力の総量も低下しているんだ」
「……」
発作と、魔力の低下……。
「私の魔力は全盛期とはほど遠く、又いつくるかわからない痛みを押さえるために、特殊な薬を服薬している。副作用として身体能力も低下していて……昔は楽々こなせたことだって、今では難しいんだよ」
淡々と語る言葉に、不安や失望は感じない。
仕方のない事だとわりきって、穏やかに、事実を話していく。
「だから、他の者には頼めなかったし、頼りにできなかったんだ」
「……なぁ、その病気は治らない、のか?」
「うん? ああそうだね。今回の薬草で作る薬は完治させる事はできない。最初はそのつもりで作ったのだけど、薬でできるのは、抑え込む事だけだった」
「……」
「とはいえ、呑めば症状が緩和するし、緩和した分の魔力は回復できる。私は自分の身体が動く内は――私のやりたいように生きたい」
そう言った時に、俺との距離を詰め、片手を伸ばし、頬に手をそえる。
「ありがとう大樹。私は君のお陰で、まだ生きて行くことができる」
「……っ!」
思わず、唇を強くかみしめた。
わからない。
理解出来ない。
強いと思っていた女が、実は病に犯されていて、いつか死ぬかもしれない。
自分では想像できないような身体に苦しんでいる。
それだけでも混乱しているというのに。
なんで。
なんで、この女はっ――――
「……そんな風に、笑っていられるんだ?」
ただ穏やかに、感謝をつげるスフィアの心情が読み取れなくて、思わず零した言葉に。
「辛いんだろう、認めたくないだろ、やるせないだろっ。 あんたは”天才”かもしれないけど、何だって楽々こなせたかもしれないけどっ、それでもそうなってしまったら、今までのように出来なくなったら、絶望したはずだろ!? なのに、どうして、そんな風にしていられるんだよ!?」
スフィアの腕をはねのけて、立ち上がり叫んだ。
自分の記憶がフラッシュバックする。
病気と才能の差を同列に考えるなんて可笑しいにも程がある。
けど、それでも思ってしまう。
どうしようもない”現実”に直面した時
必死にもがいて、苦しんで、あがき続けて。
それすらも意味のないことだと、思い知らされた時。
『―――――ぁぁぁぁ!!!!!』
俺は、折れてしまった。
何もかもどうでもよくなって、それでも終わらない日常が嫌で仕方なかったから、考えなくていいように、日々クエストをこなし続けていた。
そんな俺とは違う態度をとるスフィアの事が。
穏やかに笑みを浮かべる事が出来る目の前の女の事が。
どうしても理解できなったのだ。
「大樹」
そうやってどなり散らす俺の事を、スフィアは静かに呼ぶ。
「……」
「大樹、座ってくれるかな?」
もう一度、名を呼んで座るように促すスフィアに言葉に黙って従った。
すると。
ふわり、と柔らかな温もりを感じた。
「君と私は身長差があるから、抱きしめるにはこうして君に座って貰うのが一番だ」
温もりと、スフィアの言葉で、俺は今スフィアに抱きしめられているんだと知った。
「……スフィア?」
俺の呼びかけにスフィアは答えない。
黙って右腕で俺の背中を優しく叩き、左腕を俺の後頭部に回して、子供をあやすように撫でる。
「残念ながら、私は君の苦しみも、辛さも、全て理解してあげる事はできない」
ゆっくりと、言葉を紡いでいくスフィアの声が聞こえる。
「私には、多くの時間があった。色んなモノを知って、色んな人と関わりを持って、そうやって生きてきた中で、得てきたモノ、失ったモノ、数々の出会いや別れ、そういったものを積み重ねて、結果自分はとても幸福な人間なんだろう、そう思えるようになった」
諭すように、優しく話していく。
「悩まなかったわけじゃない、辛くなかったわけじゃない、絶望しなかったわけじゃないんだよ。大樹、私は”知る”事ができた、ただそれだけで、何も特別なんかじゃなかった」
心から噛みしめるようにして囁く言葉には重みがあった。
「だからね大樹、今の自分に失望しても、知るという行為をやめてしまっては駄目なんだ」
そう言って、顔を離してニコリと笑う。
「君は【混沌の矛盾】というこの国一番の魔導騎士団に入団できなかった。なりたいものになれなかった、なるためにした努力は全て無駄だった、そう……思っているんだろう?」
俺が直視したくない現実。
「それは”今”の君の答えだというなら、それはそれで構わない。ただ知って欲しい。君のしてきたことや、君が行ってきた事は、大きな意味があった」
それをあえて告げて、なかったことではなく、現実だと受けとめた上で。
「多くの人間が、君の行いに感化され、国や自分達のタメにつよくなった。諦めそうになったとき、もがき続ける君に勇気を貰った。転んでも立ち上がればいいのだと、奮起した。ギルドのメンバーや、国の魔導騎士達の多くが、君という人間を”知って”前に進もうと決意したんだ」
それら全ては、君が歩いてきた道のりを、多くの人が知ったからだよ、と。
「そして、大樹。君が必死になって得た力で、ここで“救われた”人間が、いるんだ」
きゅっと俺の右手を両手に掴む。
聞いていた話が事実なら、俺は何も救ってなんかいない。
ただ先延ばしにする時間を延ばしただけ。
けれど、目の前のスフィアは心から感謝を告げているように見えた。
「それは君が努力して、身につけた強さが、あってこそだ。君の行いも、得た強さも、出来る事は数多くある。どうか、それだけは心に留めておいて」
そこで、自分の全てを投げ出すことは止めて欲しい、その言葉が、胸に響く。
不思議だ。
夢を諦めてからの今まで、何度も声をかけられてきた。
『無駄じゃない』
『いてくれたよかった』
『助かった』
『ありがとう』
何度も繰り返し、言われて来た。
そのどれもが心に響かなかった。
惨めな自分を、ただ慰めているようにしか聞こえなかった。
だというのに。
「……っ」
どうしてスフィアの言葉に胸を打たれ、涙がこぼれそうになるのか。
理由はわからない、けど抑えこんできたものが、あふれて、とまらなくなって、どうしようもない。
そんな俺に対し。
「よしよし」
普段なら軽口の一つでも叩くであろうスフィアが、再度俺を抱き寄せ頭を撫でてくるから。
「……」
もう抑えようとすら、思えなくなって。
「――――!!!」
この日。
俺は久しぶりに、心の底に溜めていた思いをぶちまけるように、泣いた。
夜空の下、たき火にの光に照らされ、スフィアの温もりに触れながら。
静かな夜に、自身の心を吐き出し続けたのだった。




