一章【蹲る者と、そうでない者】その1
夢に手が届かないと悟って、あんなに自分を燃やしていたモノが嘘のように冷めて。
それでも、時間が流れていった“今”。
ただ強くなる事しか頭になかった俺は、結局ギルドの一員として日々クエストを消化する日々を送っている。
「さー、今日もいってみようっ」
「俺はこの依頼にするぜっ」
「俺は今日は休み、次に日に本気出すっ」
ギルドはいつものように賑わっている。
「……」
ギルドとは、国が認める組織の一つで、依頼者から金を貰い、依頼者の要望に応える便利屋のようなモノ。
そのギルドの一つに俺は所属していた。
俺は、この国一番の魔導騎士団に入団するほどの実力はなく、かといって一般の魔導騎士団に志願する気にはなれなかった。
知り合いの中には俺の実力を認め、ギルドではなく、魔導騎士になろうと勧めてくれたヤツもいたが。
俺は遠くから、あの魔導騎士団を眺めるために強くなりたかったわけではない。
自身が最強の『混沌の矛盾』の一員になりたかったから、強くなった。
だからその申し出を受ける気にはなれない。
それに。
憧れであると同時に夢をあきらめる要因となった人達。
【混沌の矛盾】のメンバー達を常に傍で見続ける、というのは色々クルものがある。
そのため、今までの経験をそのまま活かせる、ギルドメンバー。
ここに居れば、何も考えずに生きていく事が出来る。
国では捌ききれない案件の中で、主に荒事をこなしていく。
それが“今”の俺の日課だ。
至る所で出没する魔獣の討伐や、危険地域に踏み入り、アイテムの確保。用心の護衛など。
依頼は多岐にわたるので、有りがたい事に、食い扶持に困ることはない。
俺の強さも、あの人達のように飛び抜けているわけではないが。
かといって、それなりに必死にやってきたおかげか、並で収まる、ということはなかったみたいだから。
ギルドの中でも、高ランクの依頼を受ける事が出来ていた。
「……」
そんな中途半端な実力に自嘲しながら、いつものように、ギルド内の壁に設置されたボードを眺めていると。
「嘲笑の笑みを浮かべながら、依頼を眺めてるのは、何だか薄気味悪いから止めた方がいいって、前にも言わなかったかな?」
後ろから、声をかけられた。
振り返れば、見知った顔。
同じギルドに所属している女が、こちらを見ている。
「……」
「そうやって、それ以外は仏頂面と……本当に変わらずだよね」
「……ほうっておいてくれ」
言葉を返した後に、ボードに再度向き直った。
けど、相手はそんな態度は関係ないと、お構いなしに話し続ける。
「つまらない男になっちゃったね、昔『俺は最強の魔導騎士団に入団するんだっ!!』って騒いでいた頃は、と~っても、熱い男だったっていうのにっ」
「……別に。何にも知らなかった子供が、ただ現実を知った、よくあることだろ?」
「現実って……あのねぇ、あんたが普通に収まらないことも、そしてどれだけ努力していたのか、それはみんな知ってるんだよ」
目線を再び相手に移すと、相手は不満そうに眉を潜めている。
「それがいつからか、冷めた目で淡々と作業のようにクエストをこなすだけ……そりゃあ、さ。あんなに入団を希望していたのに、入る事は出来なかったけど、でもだからって――――」
「……なぁ」
「何?」
「もし言いたい事がそれだけだったら、悪いけど、クエストを選んでいる途中なんだ、後にしてくれないか?」
「――っ」
「入る事ができなかった……そうだよその通りだ。だからそれ以上の事なんて、もうどうでもいいだろ?」
目を閉じて、少しだけ昔を思い返す。
最強の魔導騎士団、その響きが子供の頃、とてもカッコ良いものだと思った。
だから俺は――――
『すっげぇ! 俺もいつかあんな風になって、そして――――』
幼い頃の言葉の全てを思い返す前に、目を開けて、夢だったモノを打ち消した。
あの時の気持ちも、言葉も、今ではただ空しく感じるだけ。
それ以上思い出しても、何も変わらない。
色んな感情を飲み込んで俺は言った。
「俺は、ただ“それだけの男”だった、というだけなんだから」
言い切ると、相手は何も言わなくなった。
「……」
相手を見れば、何かを言いたげにこちらを見ていたけれど、それ以上の言葉を言っても何も変わる事はないのだとわかってくれたのか、「……馬鹿」とだけ呟いて、俺の側から離れていく。
それをほんの少しだけ眺めて、再び目線をボードに戻し、俺は仕事選びに意識を割く。
『うん、大樹なら絶対になれるよ! だってこんなに頑張っているんだもんっ!』
かつて、そういってくれた幼馴染みの利香の言葉が聞こえた気がしたが。
その言葉も、先ほどの利香の言葉も。
今の俺にとっては、どうでも良い事に変わりなかった。
クエストを選んでいる最中に、割って入られたからか、それとも昔を振り返ってしまったせいか、結局どのクエストを選ぶ気になれなかった。
金の問題でいうなら、しばらくクエストをこなさなくても、何も困らない。
自分の生活費はもちろん、親の仕送りだって、しばらくは続けていける。
生活のためだけにやっていることだけど。
ある程度の強さを手に入れた状態ならば、月にクエストを数回こなすだけで事足りてしまう。
それでも、それ以上にクエストをこなし続けてしまうのは。
それ以外にやることもなかっただけ。
「……やめるか」
普段ならここまで考える事はなかったが、昔馴染みに声をかけられて、昔の事を思いかえしてしまったせいか、淡々とクエストこなす気にもなれず、自宅に帰ることにした。
――もう今日は帰って寝てしまおう。
そう思い、やたら騒がしいギルド内を歩き、扉に向かう。
何人もの人間が自分を見るが、気にする事なく扉までやってきて開いた所で。
「やあ、大樹じゃないか」
「げっ」
面倒なヤツに出くわしてしまった。
「げっ、とは酷い反応じゃないか、私はただ声をかけただけだというのに」
くっくっくと笑いながら、身長差からこちらを見上げる女。
お伽話にでてくる、魔導士の女性――【魔女】と呼ばれる服装にアレンジを加えたであろう衣服。
漆黒ではなく灰色を基調とし、肩を露出させたローブと三角帽子を身に纏い、身の丈以上の木製の杖を握りしめている。
更に魔法を使っているのであろう、自身の半分を覆うような鞄を背負っていた。
いくらベルトで固定しようが、魔法メインで戦う女が、そんなものを楽々と背負う事などできないはず。
「それに、君は私を見ると変な目で私を見る、全くそれは“レディ”に対して失礼だと思わないかい?」
「うっせ」
言葉とは裏腹に楽しげな笑みは崩さない、その態度に辟易しながらも、相手を見る。
美貌というのが、容姿が整っているというのならその通り。
目の前のこいつは確かに、顔立ちは整っている。
肩先まで伸ばした銀の髪は艶を放ち、こちらをのぞき込む翡翠の目は宝石のよう。
そんな整った容姿と、こいつの独特の雰囲気が合わさって、妙な色気がある事も認めよう。
ただ――――
「お前は“レディ”だなんて“見ため”じゃないだろう、スフィア」
「おやおや、それこそ失礼極まりない。私の見た目と年齢についてそんな事を言うなんて――――いいかい、女性は年を経る度に、自身の外見に気を遣う生き物なのだよ。よってどんな見た目や年齢であれ、其処について男は汲んでやる生き物であれと私は思っている。何故なら女性の身なりは、男が思っている以上に時間と労力を費やしているからだ」
これだから男という生き物はとため息をつくが、それは”一般人”という括りならだろう。
目の前のこいつは、魔法を極め、一般の魔導士では不可能とされている
不老不死の領域に足を踏み込んだ。
見た目少女、実年齢不詳の女。
“銀の魔女” スフィア・神薙
このギルドで一番とされる魔導士だ。




